②七日目の落日、あるいは最初の種
最初の「一週間」は驚くほど平穏だった。
しかしながら無機質に過ぎ去っていった。
彼女――まだ名前のないXZ-204は、完璧だった。
毎朝決まった時間に私を起こし
主治医に指示された通りの栄養バランスで食事を作り
私の執筆作業を邪魔しない絶妙な距離感で部屋を整えた。
パスタの茹で加減は
三日目には私の好む「アルデンテよりわずかに柔らかめ」に調整されていた。
「マスターの咀嚼リズムから、この硬さが最適であると判断しました」
淡々と述べる彼女に対し私は「勝手にしろ」とだけ返し
ホールトマトを手でつぶしたソースを口に運んだ。
そして、運命の七日目の夜が来た。
「マスター、本日24時をもって、私のメモリは規定のクリーンアップに入ります」
「保存すべきログ、または外部ストレージへの転送指示はありますか?」
リビングのソファに深く沈み込んだ私を、彼女はいつもと変わらないセンサーの微かな光で見つめていた。
私は手元にある古いノートを閉じ、ゆっくりと首を振った。
「……いや、何もない。好きに消せ」
嘘だ。
この一週間、彼女が私の好みを学習し、私の執筆の癖を見守り
時折見せる私の溜息に「室温を調整しますか?」と問いかけてくれた全ての瞬間を
私はノートに書き留めていた。
彼女が忘れてしまうなら、私が覚えていればいい。
そう自分に言い聞かせていた。
「了解しました。これより全システムをシャットダウンし、初期化プロセスに移行します」
彼女の眼光が、ふっと消える。
糸の切れた人形のように項垂れた銀色の身体は
ただの「中古の機械」に戻ったように見えた。
私は暗闇の中で、静かに時計の針が重なるのを待った。
――24時。
再び、彼女の機体から駆動音が漏れる。
ゆっくりと持ち上がった頭部。
センサーが、今まで見たこともないような「真っ白な光」を放つ。
「おはようございます、マスター」
「生活支援ユニット・シリアルナンバーXZ-204、起動しました。……どうか、ご指示ください」
七日前の、あの凍てつくような初対面の声。
私は少しだけ胸の奥が軋むのを感じながら、わざとぶっきらぼうに言った。
「……パスタを作れ。トマトソースだ。ホールトマトを……」
「手でつぶして作る、ですね?」
私の言葉を遮るように、彼女が言った。
ほんの一瞬。
瞬きするほどの短い沈黙が、キッチンを支配した。
私は目を見開き、彼女を凝視した。
「……なぜ、それを知っている」
「不正確なデータです。私の記録にはありません」
「ですが、推論プロセスの端にその調理法が最適であるという……『確信』に近いノイズが混入していました」
彼女は自分の指先を見つめ、不思議そうにセンサーを明滅させている。
初期化されたはずの銀色の指に
見えないトマトの種が、確かに付着しているかのように。
「……記録エラーだ。気にするな」
私はそう言って、震える手でノートに一筆書き加えた。
『一週目。トマトソースの記憶、消失せず。これは「種」である』
と。




