第1章:契約と再生
「この契約書にサインする気はあるか?」
その白い光は、そう問いかけてきた。
神聖でありながら、どこか虚無感を漂わせるその問いに対し、男はただ首を横に振った。そして残された片腕で、その光を払いのけるように手を振る。
こんなふざけた夢を見るのは、もう何度目だろうか。契約だと? どこから湧いて出た話だ? それで一体何が得られるというのか。
「フン……考えるだけ馬鹿馬鹿しい」
カイン・アリックスはベッドから身を起こすと、ボサボサの髪を乱暴にかき上げた。
足音を忍ばせて娘の部屋の前まで行き、ドアの隙間から覗き込む。あの子がまだ安らかな夢の中にいるのを確認して、ようやく彼は安堵のため息をつき、キッチンへと向かった。
父と娘、二人きりの朝食を作るために。
カイン・アリックス、五十代半ば。元合衆国防衛軍の兵士。十三年の軍役を経て退役した身だ。
現在は独り娘のアシュリーと共に、連盟国と合衆国の境界にある辺境の街で暮らしている。妻は難産で早くに亡くなり、娘だけがこの世に残された唯一の絆だった。
あの忌々しい合衆国政府が、何かと理由をつけて退役年金の支払いを渋っていなければ、とっくにアシュリーを連れてニューアークへ引っ越していただろう。少なくとも、密輸業者や犯罪者がそこら中を我が物顔で歩くこの掃き溜めよりは、一万倍はマシな場所だ。
「もしも……」
彼はまた、あの夢を――あの白い光を思い出していた。
「もし仮に、その『契約』とやらにサインするだけで大金が手に入り、アシュリーをここから出してやれるとしたら……相手が本当の『悪魔』だったとしても……」
カインは手慣れた手つきで目玉焼きを焼きながら、そんな非現実的な取引を頭の中で反芻していた。
「おはよ、父さん」
少女の澄んだ声が、彼を白昼夢から強引に引き戻した。
「お、おお、おはようアシュリー。よく眠れたか?」
カインは振り返り、努めて平凡な、優しい父親の顔を作った。
「ふあぁ……まあまあかな。っていうか父さん、さっき何ブツブツ言ってたの? 『悪魔』とか『契約』とか……」
アシュリーは眠い目をこすりながら尋ねてくる。
カインはドキリとした。無意識のうちに心の声を口に出していたらしい。彼は慌てて手を振り、昨夜悪い夢を見ただけだと適当に誤魔化した。幸いアシュリーは細かいことを気にしない年頃で、すぐに洗面所へと向かっていった。
朝食を終え、アシュリーはカバンを持つと元気よくカインに別れを告げ、高校へと向かった。
そしてカインの、家族を養うための任務が始まる――あの砂埃舞う国境の検問所で、日銭を稼ぐ仕事だ。
実を言うと、このクソみたいな場所で、国境検査官の安い給料だけで二人を養うのは、天に昇るよりも難しい。だからこそ、ここの検査官たちは示し合わせたように「副業」に精を出している。
簡単な話だ。連盟国は希少物資が豊富で、それを合衆国に持ち込もうとする密輸業者が後を絶たない。検査官としては、時々「たまたま」片目をつぶってやるだけで、少なからぬ臨時収入が得られるのだ。
カインはそれに罪悪感を抱いてはいなかった。そもそも、先に生活費を出し渋ったのは合衆国の方だ。上の連中が金を吐き出してから、清廉潔白な役人になれと命令してくればいい。
いつものように、カインは適当に数台の車をチェックし、すでに話がついている密輸業者を関所へ通していた。
だが今日、状況は少し違っていた。
前の車を検査している最中、カインの視線は後続車に乗っている一人の女性に釘付けになった。
密輸稼業に身を置く女は少なくない。だが、その女が纏う空気は、この舞い上がる黄砂とはあまりにも異質だった。
仕立ての良い高価なスーツに包まれた、男なら誰しもが振り返るであろう魅力的な肢体。絹のように滑らかな銀白の長髪は、手入れの行き届いた肌と完璧な調和を見せている。
最も奇妙なのは、その眼だ。変態的な大富豪なら巨額を投じてコレクションしたくなるような美しさでありながら、そこには歴戦の古参兵だけが持つ、背筋が凍るような静寂が宿っていた。
「旦那、俺の方は問題ないだろ?」
目の前の密輸業者がおずおずと尋ねてくる。
カインは我に返り、不機嫌そうに手を振って追い払うと、声を張り上げた。
「次!」
あの女を少し引き止めて、その正体を探らなければならない――彼は腹の中でそう決めていた。
車がゆっくりと停止し、ウィンドウが下りる。
「Привет(プリヴェット:こんにちは)!」
女の口から出た最初の一言に、カインは固まった。
「……悪いが、合衆国英語で頼めるか? でなきゃ、とにかく英語で」
カインは眉をひそめ、ボディランゲージを交えながら一語一語説明した。
女はクスクスと笑った。その笑い声は風鈴のように耳に心地よかったが、どこか人を食ったような響きがあった。
「こんにちは、検査官さん」
彼女は極めて標準的な、教科書通りと言ってもいい合衆国英語で答えた。
「ごめんなさい、ロシア語でちょっとした冗談を言ってみたの。私は……」彼女は言葉を切り、その瞳に悪戯な光を宿した。「エカテリーナと呼んで。ソロモン社の特派員よ」
そう言って、彼女は身分証を差し出した。
「詳しい情報は、自分で確かめて」
本来の手順であれば、カインはシステムで照合を行うべきだ。しかし、このエカテリーナという女性は彼の興味を見事に惹きつけた。彼はタバコと酒で同僚を買収して検査を代わらせ、自分はこの特派員との「世間話」に興じることにした。
「やあ、検査官さん。私の車の荷物を調べもせず、ナンパしに来たのかしら?」
エカテリーナは窓枠に肘をつき、揶揄するような口調で言った。
「その必要はないでしょう、レディ。あなたのような方が、ハエの足についた肉のような小銭稼ぎに興味があるとは思えませんから」
カインはこっそりとタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。
「企業の犬……いや、失礼、特派員様でしたね。オフィスに数日座っているだけで、こいつら密輸人の一ヶ月分を稼ぐんでしょう? ましてや、あの名高いソロモン社なら」
大企業の人間に対しては、いささか無礼な物言いだ。もし相手が針の先ほどしか器量のない権力者なら、カインの職は今日で終わりだったかもしれない。だが長年の勘が告げていた。目の前のエカテリーナは、そういう手合いではないと。
「ふふっ、なかなかユーモアがあるのね」
案の定、彼女は怒るどころか、懐から洒落たデザインの高級タバコの箱を取り出した。
「これを試して。あなたが吸っているそれは、まるで稲わらを燃やしているみたいだわ」
カインは半信半疑で受け取り、火をつけて一口吸う。芳醇なタバコの葉の香りが瞬く間に口腔を満たした。
「正直なところ、エカテリーナさん……」
「カーチャでいいわ。堅苦しいのは嫌いなの」彼女は遮った。
「オーケー、エ……カーチャ。実のところ、企業の車は滅多に調べないんだ、少なくとも時間はかけない。あんたたちは小銭稼ぎには興味がないし、もし本当にデカいヤマだとしても、俺たちみたいな小物が首を突っ込める話じゃない……」カインは弁解した。
「じゃあ、どうして同僚にグズグズと調べさせているの?」
カーチャは優雅に紫煙を吐き出し、逆に問いかけた。
カインは少しの間沈黙し、彼女の瞳を見つめた。
「一つ……聞きたいことがある。あんた……」彼は言葉を選んだ。「戦場にいたことがあるな?」
カーチャの動きがわずかに止まる。彼女はゆっくりとタバコを吸い、その瞳が少しだけ冷たさを帯びた。
「やるじゃない。見抜くなんて」
「やっぱりそうか……いや、大したことじゃない。ただ、あんたの所作、特にその目つきは、オフィスでふんぞり返ってるだけの特派員のものじゃない」
カインは内心でほくそ笑んだ。自分の人を見る目はまだ衰えていないようだ。
「ねえ、人の過去を勝手に推測するのは良い趣味とは言えないわよ」
カーチャは突然話題を変え、体を少し前に乗り出して声を潜めた。
「退役軍人のシングルファーザー、カイン・アリックスさん」
その言葉はハンマーの一撃のように響き、カインは思わず煙にむせ返った。
「ゴホッ、ゴホッ……あ、あんた……どうして俺の……ゴホッ……個人情報を?」
ソロモン社のような巨大企業なら、彼の情報を調べることなど造作もないだろう。だが、このタイミングで直接名前を出してきたということは、相手は間違いなく準備をしてここに来たということだ。
「落ち着いて、カイン。あなたを害するつもりはないわ」
カインの警戒心むき出しの様子を見て、女はむしろ楽しげに微笑んだ。それは、獲物が罠にかかったのを見届けた狩人の笑みだった。
「どうしてソロモン社の車が、わざわざあなたのいる検問所を通ったと思う?」
カインは息を呑んだ。数分前の自分をぶん殴ってやりたい――なぜもっと早く、この「企業の犬」どもを通さなかったんだ? 単なる偶然で済ませておけば、二度と会うこともなかったかもしれないのに。
「ほら、ソロモン社がこれを見てほしいって」
カーチャはそう言って、一冊のファイルを差し出した。
表紙には大きな文字でこう書かれていた――『契約書』。
「契約……」カインはこめかみがズキズキと痛むのを感じた。「そんな物は見たくもない。最近、夢でうなされるほど見てるんでね」
カーチャの顔に、喜びと呆れが混ざったような微妙な表情が浮かんだ。
「運命っていうのは……まあいいわ、とにかく見てちょうだい。ソロモン社は、あなたをある特殊実験プロジェクトの参加者として雇用したいと考えているの。条件は破格よ。あなたの娘さんを合衆国最高峰の高等学府へ推薦入学させること、そして……」
カーチャは契約書の条項を、まるで聖書を暗唱するかのように一言一句違わず読み上げた。
カインには法律用語や難解な単語の羅列は理解できなかったが、最も重要な部分は理解できた――これは、アシュリーの運命を変えるのに十分すぎるということだ。あの子をこの貧しい田舎から羽ばたかせ、真に豊かで安全な生活を送らせることができる。
もし、これが本当なら。
「……以上が契約の全容よ。カイン・アリックスさん、何か質問は?」
「質問だと? おたくの会社が書くような、小腸よりも複雑に入り組んだ文章なんて理解できるか」カインは自嘲気味に笑った。「俺が知りたいのは、なぜ俺みたいな薄汚いオッサンに興味があるのかってことだ。それに、これだけ条件を出しておいて、そっちが契約を破らない保証はあるのか?」
その問いに、カーチャは待っていましたとばかりに答える。
「あなたの十三年に及ぶ戦闘経験こそ、ソロモン社の実験プロジェクトが喉から手が出るほど欲している素材だからよ。その十三年で得た名誉勲章じゃ、腹一杯飯を食うことすらできなかったでしょうけど……ソロモン社はその対価として巨額を支払う用意があるわ」
そこまで言うと、彼女の眼差しは真剣なものに変わった。
「契約破棄について? ソロモンの最高指導者、マレキス女史はこの契約書を起草する際、魂に誓っているの。彼女は決して嘘をつかないし、契約の内容を裏切ることも絶対にない」
「魂に誓う?」
カインは頭をかいた。あまりにオカルトじみている。今どきの大企業じゃ、そんな中二病みたいな設定が流行っているのか?
「あなたに求めることは……我々の実験プロダクトの使用者になること。そして、必ず生きて戻ること」
「……それだけか?」カインは信じられないといった顔をした。「あんたたち、本当に詐欺グループじゃないんだろうな?」
カーチャは微笑み、繰り返した。「『マレキス女史は決して契約を裏切らない』。これで十分でしょう?」
カインの直感は、この契約の裏にはとてつもない何かがあると言っていた。
だが、あと二十年検査官を続けたところで、この金額の端数さえ稼げない。それに、アシュリーがこのクソ溜めから抜け出せるのなら……。
「サインしよう」
家族の未来のためだ。どうせ自分は五十過ぎの老いぼれだ。死んだところで、寿命が数年縮まるだけの話だ。
「結構。契約成立ね」
カーチャは満足げな表情を浮かべた。その笑顔はまるで「同意すると分かっていた」と言わんばかりだ。
「それで、いつテストに行けばいい?」カインの心には、逆に開き直ったような期待感が芽生えていた。
「すぐに。でも、今じゃないわ」
カーチャは意味深に答えた。
「さて、お仕事に戻った方がいいんじゃない? また会いましょう、カイン・アリックスさん」
彼女に言われて、カインは自分がまだ勤務中だったことを思い出した。
検問所へ急いで戻ると、同僚がぽかんとした顔で彼を見ていた。「なんだよ、入ったと思ったらもう出てきたのか? まだ検査も始めてないぞ」
カインは腕時計を見た。
経過時間は……たったの66秒?
心の中の疑念は雪だるま式に膨れ上がったが、彼は手を振って社の車を通させた。
瞬く間に三ヶ月が過ぎた。
ソロモン社の人間からの連絡は一切なく、あの出会いがまるでなかったことのようだった。カインはアシュリーにもこの件を話さなかった。日々が過ぎるにつれ、彼はあれがあまりにもリアルな悪戯だったのか、あるいは炎天下で見せた幻覚だったのではないかと思い始めていた。
だが、心の奥底で何かが囁いていた。事態はそう単純ではないと。
ある日、夕日が沈み、退勤時間が近づいた頃。
「『すぐにまた会う』……一体どれくらい『すぐ』なんだ?」
カインは荷物をまとめながら、一連の出来事を振り返っていた。
「もしかしたら今日現れるかも……いや、やっぱり幻覚だったのかもな、うん……」
突然、オフィスの外から同僚の張り裂けんばかりの怒号が響き、黄昏の静寂を打ち破った。
「あのガキ、強行突破しやがった! 止めろ!」
考える間もなく、カインは本能的に一人で車に飛び乗り、追跡を開始した。激しいカーチェイスの末、彼はようやく国境沿いの森の中で暴走するピックアップトラックを追い詰めた。
「よし、さっさと降りてこい! 話があるならオフィスでゆっくり聞いてやるから……」
カインは車を降り、常套句を並べながら相手に詰め寄った。
そのクソガキを引きずり出そうとした瞬間、背筋から脳天へと冷たい戦慄が走った。
彼は猛然と振り返ったが、一瞬遅かった――
車内には、もう一人仲間が隠れていたのだ。
黒い銃口が彼の胸に向けられていた。それは粗悪な作りの手製ショットガンだった。
「バンッ!」
激痛が襲う。
カインは地面に激しく倒れ込み、温かい血液と共に意識が急速に流出していくのを感じた。
――彼は光の中で目覚めた。
だが、何も触れることはできない。聞こえてくるのは音だけ。
アシュリーの張り裂けんばかりの泣き声、同僚たちの沈痛な弔辞、そして神父が唱える訳のわからない祈りの言葉。
これが、死か。
カインは死を恐れたことなどなかった。戦場で泥にまみれて生きてきた彼にとって、死神は旧知の友だ。
もっと早く死ぬべきだったのかもしれない。あの時、戦友たちと共に前線で散っていれば、少なくとも今のように未練を残すことはなかった。
今……アシュリーはどうなる? 誰があの子の面倒を見るんだ?
そうだ、契約は?
もしあの契約が本物なら、俺は実験台のモルモットになって死ぬ方がマシだった! そうすれば、少なくともアシュリーは金を受け取れた。ソロモン社が約束を破らなければ、俺の死にも価値があったはずだ。
「意味はないさ、俺はもう死人なんだ……」
彼はその光を見ていた。光の中心から一本の手が伸びてくる――それは彼を呼んでいた。
「お前は天使か? それとも早くに逝った俺の愛妻か? あるいは神? それとも悪魔か?」
カインはその手に問いかけたが、相手は沈黙したままだ。
「まあいい、誰でも構わん。行くべき時が来たようだな。さよなら、アシュリー。どうか元気で……」
行き場のないカインは、その手に自分の手を伸ばした。
『契約ハ起動シタ。カイン・アリックス……』
その手が、彼を強く掴んだ。
一瞬の恍惚の中で、彼は金髪隻眼の美女を見た――だが、彼女の頭には悪魔のような角が生えていた。
直後、死者にはあるはずのない感覚が襲いかかった――
激痛。
身を引き裂くような激痛だ。
彼は自分の体が崩壊していくのを目の当たりにした。まずは皮膚、次に筋肉、神経、最後には骨までもがドロドロに溶けていく。
「やめろ! 嘘だ! これは……ぐあっ!!!」
古い肉体の消滅に伴い、彼は恐怖と共に気づいた。新しい生体組織が狂ったように増殖していることに。だが、それは彼の慣れ親しんだ体では決してなかった。
『汝、自らの意志により、この契約を結べり』
あの白い光が、再びそう告げた。
「嫌だぁぁぁッ――!」
彼は意識の深淵で首を振り続け、拒絶し、掴まれた手を振りほどこうとした。
「はっ……ぁぁぁ!!!」
カインは悪夢から弾かれたように目覚め、荒い呼吸を繰り返した。
肺が液体で満たされている感覚に、激しく咳き込む。
「俺は……生きてる?」
「ただの悪夢だったのか……待て、これは……?!」
視界がようやく焦点を結ぶと、カインは自分が病院のベッドに寝ているのではなく、巨大な円筒形のガラス容器の中に浮遊していることに気づいた。まるでSF映画に出てくる培養槽のようだ。
体中には用途不明のチューブが挿し込まれ、薄緑色の液体が全身を包み込んでいる。
彼は無意識に自分の体を見下ろし――瞬時に頭の中が真っ白になった。
そこにあるのは、傷だらけで筋肉がたるんだ初老の肉体ではなかった。
病的ごとき透き通るような白い肌、細くしなやかな四肢。
何より致命的なのは――
「どうなってる? 俺の『アレ』の感覚がないぞ……」
代わりに存在したのは、胸部にある、これまで経験したことのない柔らかく重い負担だった。
「それに、この胸……なんでこんなに、柔らかいんだ?」
「おかえり、カイン」
彼がこの混乱した状況を整理しようとしていると、聞き覚えのある声がガラス壁を通して響いてきた。
カインは勢いよく声の主を振り向いた。
「あんたは……エカテリーナ……いや、カーチャ?」
かつて彼に契約を売り込んだ女が、培養槽の外に立っていた。
以前のスーツ姿とは異なり、今の彼女は見たこともない黒いハイテク戦闘服に身を包み、そのタイトなデザインが致命的な曲線を強調している。
「カーチャは偽名だ。今後はこう呼べ――ミハイルと」
カーチャ、いや、ミハイルと名乗ったその人物はライターを取り出すと、「カチッ」と音を立ててタバコに火をつけた。
今回、その動作に優雅さや媚びた様子は微塵もなく、まるで無骨で古風なスラブの男のように、奔放な荒々しさを漂わせていた。
ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、その声はある種の愉悦を含んで宣言した。
「ミハイル・アレクサンドロヴィッチ・マカロフだ。本プロジェクトへようこそ――ソロモン特殊作戦部隊、『カシウス』へ」
次回予告
死の淵から蘇ったカイン。だが、変わり果てた己の姿と現実に、困惑は深まるばかり。
ミハイルの導きにより、"彼女"は徐々に理解していくことになる。
自身の置かれた特異な状況、そして背負うべき重き責任を――。




