日常に混じった、たった一晩
気づいたころには寝ており時刻は深夜4時を回っており、慌ててベットから飛び起きた。隣には麗奈が裸で寝ていた。そんな姿を見ても椿は何も思わなかった。すぐに服を着て、お金を置いてホテルから出た。タクシーを手配し、ホテルの下で待っていると、またしても椿の鼻を猛烈な匂いが襲った。顔を上げると昨日のコンビニの店員がフラフラと歩いていた。椿は考える前に体が動いており、すぐに男性へ駆け寄った。男性が転びそうになったとき椿は必死に体を支え、抱きかかえた。
「大丈夫っすか?」
男性は椿の声など聞こえてはいなかった。荒々しく息をしており、フェロモンはいつも以上に香っていた。椿は顔をしからめて鼻を手で塞いだ。
「有馬さん…?」
そのとき男性は椿に急に抱き着いてきた。勢いで椿はよろめき後ろに倒れた。椿は感じたことのない気持ちになり、到着したタクシーに男性も一緒に乗せた。タクシーの中は甘いフェロモンが漂っており、タクシーの運転手も顔を赤らめていた。バックミラーで運転手は椿たちを見た。その様子に腹が立った椿は睨み返した。すると運転手はすぐに目を逸らした。椿は男性のカバンの中を確認し、財布を取りだした。中に身分証などがあることを願い中を見た。すると学生証があった。青嶺学院大学の3回生。名前は有馬由楽だとわかった。第二次性の欄を確認するとやはりΩだった。由楽は一ミリたりとも椿から離れなかった。椿は由楽の頭にキスをした。椿の家に到着すると、すぐにベットへと向かった。二人は一瞬たりともキスをやめなかった。椿が顔を離すと、由楽は首を傾げ
「なんでぇ。」
と両手を椿へと伸ばした。椿はきゅんとし、もう一度顔を近づけた。行為中も由楽が可愛くて仕方がなかった椿は何度も由楽にキスをした。首筋をなめ、耳を噛んだ。じれったくなった由楽は自ら横を向き、髪を上げうなじを見せた。
「噛んでぇ。おねがい。」
しかし、由楽の首にはチョーカーがついており噛むことはできなかった。椿はチョーカーを噛んだ。強く噛んだがもちろん外れることはなかった。外れないチョーカーに舌打ちし首から顔を離した。どれほどの時間が経ったのか、空は明るくなっていた。数時間にもおよぶ行為で気絶するように眠っていた由楽の隣で椿も目を閉じた。
アラームの音で目覚めた椿が隣を確認すると、そこには先ほどまで眠っていた由楽の姿は綺麗になくなっていた。普段ならありがたいことだったがなぜか椿は由楽の姿がないことに少し寂しさを覚えていた。小さく舌打ちをし、仕事に行く準備を始めた。今日もいつもと変わらない1日の始まりだった。洗面所に向かい鏡に映る自分に驚いた椿。首元にはいつつけられたか分からないキスマークがついていた。キスマークを撫でた椿はなぜか胸騒ぎがした。麗奈ではない。それは確かだった。キスマークなど大嫌いだったがなぜか嬉しさまでこみあげていた。今日はいつもとは違う、いい日なのかもしれないと椿は少し口角を上げた。準備を終え、家を出るとすでに車はついており、馬路に挨拶をした。馬路はすぐに椿の異変に気付き、椿に聞いた。
「おはよう。どうしたの?すごい機嫌いいね。」
椿は笑いながら「なんもないっすよ」と答えた。携帯を確認すると麗奈から連絡が来ていた。昨日とは真反対に麗奈の返信など気にしてはいなかった。それどころか昨夜会ったことすら忘れかけていたほどだ。たくさんのメールを確認しているときふと思った。由楽と連絡先を交換するのを忘れたことに気づいた。起きたら交換しようと考えていたため、忘れてしまっていた。しかし、由楽の居場所は分かっていたためそれほど焦ってはいなかった。馬路に今日もコンビニに寄ってほしいと頼み、由楽が働いているコンビニについた。だが、昨日椿を襲った甘い匂いは一切香ってはこなかった。コンビニに入る前に椿は気づいた。今日は店にはいないことを。一応コンビニに入り、確認したがやはり由楽の姿はなかった。商品を取ることもなく椿はコンビニをでた。帰ってきた椿の機嫌が突然悪くなったことに驚いた馬路だが何も聞かなかった。
今日はドラマの読み合わせだ。オメガバースの恋愛物語で椿はα役だ。相手役は四条胡桃だ。胡桃はΩではないが、とても小柄で可愛らしい女性だ。椿も昔、何回か夜を過ごしたことがある。現場に到着し、挨拶して回る。当たり前に胡桃にも挨拶したが、胡桃はよそよそしい感じだった。胡桃とはいい終わり方ではなかった。胡桃とは相性がよく、度々遊んでいたが最後には胡桃が椿を本気で好きになってしまい告白したが椿に振られてしまう。椿はもちろん遊びのつもりだったため告白されたその日に連絡先を消し、関係を断った。それから会うことがなく、久しぶりの再会に胡桃は動揺していた。椿は気になどしていなかったのでそんな態度に少しいらだっていた。
読み合わせが終わり、帰ろうとしていたとき胡桃が椿の袖を掴んだ。
「椿さん。少しお話したいです。」
話したくはなかったが周りの目を気にして、笑顔でもちろんと答えた。部屋を二人で出ると、胡桃は甘えた声で椿に話しかけた。
「ずっと会いたかったです。友達でいいのでまた飲みにいきませんか?」
甘えてくる胡桃に椿はどうしようかと数秒考えた。相性自体はいいため遊び相手としてはいい人材だが、胡桃は自分のことを今も好いていることを椿は気付いている。めんどくさいことは避けたい。考え出して椿は胡桃から距離を取った。
「無理。俺に興味ない子が俺は好きなんだよね。」
椿は真顔で告げ、その場から離れた。数歩、歩いた後、思い出したかのように振り返り胡桃に言った。
「あと、下の名前馴れ馴れしく呼ぶのやめろ。」
胡桃は泣いていたがそんなこと気にせず車へと戻った。
午後からは雑誌の撮影がある。移動中、今夜の遊び相手を探そうと携帯を開けた。しかし、どの名前もぴんとはこなかった。いつもなら誰でもよかった。こだわりなく、連絡が来てる人の中から適当に選んでいた。しかし、今日はどの名前も目には留まらなかった。結局誰にも連絡せず携帯をしまった。雑誌の撮影が無事終わり、インタビューの時間になった。お願いしますと挨拶をし、質問に淡々と答えていった。
「螺鱈さんは運命の番とか信じますか?」
この質問だけすぐに答えれなかった。急に昨日の出来事を思い出したからだ。
「あまり信じてはいなかったのですが、最近もしかしたらいるのかなと思ってます。」
もちろん、こんな匂わせのような答えに質問は深堀されていく。
「ということは最近いい人と出会ったということですか?」
「うーん。もしかしたらそうかもしれないですね。」
椿は笑って答える。そのあとも質問され続けることに答え続けた。
撮影が終わり、最後の仕事に向かう。車の中で昼食を終え、ニュースを確認した。すると、α俳優である田部西都とΩ俳優である高橋裕が結婚&番になったことが発表されていた。記事を読んでいくとある一文が椿の目に留まった。
ーー裕の匂いは他の人とはまったく違い、出会った瞬間にこの人は俺のΩだと本能で感じました。
匂いが違う。思い出すことはもちろん昨日の出来事だ。あの匂いは今でも忘れれないほどだ。考え事をしているうちに現場に到着。テレビ局に入り、メイクを直してもらう。担当してくれている笹見は番ありのΩだった。いつもならたわいもない話をするが、椿は番関係のことを聞きたくなり笹見に質問した。
「そういえば、西田さんと高橋さん結婚しましたね。」
すると笹見は話題に食いついてきた。
「そうですね、あの二人は絶対番になると思ってました。」
椿は二人と共演したことがあるが番になるなど思ってもいなかったため不思議に思った。
「どうしてですか?俺は何も気づかなかったです。」
笹見はうーんと悩んだ後答えた。
「やっぱ、同じΩとして分かるんですよね。裕さんの西田さんを見る目は私と同じでした。」
椿は質問を続けた。すると笹見はそんな椿を不思議に思い始めた。
「螺鱈さん、好きな人でも出来たんですか?」
椿はすぐに否定した。これ以上聞くのはやめ、いつも通りのたわいもない話をした。
テレビ収録を終え、家へと帰った。仕事終わりはいつも飲みに行くためこんなにも早く家に帰ってきたのは久しぶりだった。キッチンに行き、夜ご飯を作り始めた。椿は昔から料理をするのが好きだった。久しぶりの料理に椿は時間を忘れて楽しんでいた。その後は、いつもとは違い、有意義に過ごしていた。寝ようと時間を確認するとまだ、23時半だった。日付が変わる前に寝るのはいつぶりだろうかと考えた。目を瞑り寝ようとしたとき、ふいに由楽のことを思い出した。たった一日しか会っていないのになぜこんなにも忘れられないのか自分でも分からなかった。眠れなくなった椿は准へ電話することにした。電話をかけるとすぐにでてくれ、知っている声が電話越しに聞こえてきた。
「はい、どしたこんな時間に。」
准にあったことを話すと、准は言った。
「それ、運命の番なんじゃない?」
運命の番?そんなわけないとすぐに否定した。運命どころか好きでも何でもないというと准は過去の話を持ち出してきた。
「あの件引きずってるのは分かってるがもう前に進んでもいいだろ。」
沈黙の後、准は続けて言った。
「大丈夫だ。全員があいつみたいなわけじゃない。」
椿には過去のトラウマがあった。この出来事が今の遊び人の椿を作り出したのだ。椿はこの話を避け、違う話題を話し始めた。
気が付けば時刻は25時を過ぎており、椿は准にお礼を告げ、電話を切った。電話を切った後、運命について一人で考え続けた。考えているときあることを思い出した。
"あいつのうなじを噛みたい"
確かにそう感じた。しかし、あれはフェロモンに当てられ意識が曖昧だったからで自分自身の考えではない。そう思い込むことにして椿は眠りについた。




