騎士はまだ気づかない
今日も何も変わらない一日。いつも通り顔を洗い、テレビをつけニュースを確認。面白いニュースは特にない。それが当たり前。のんきにパンを食べていると電話が鳴る。画面を見て椿はやばっと小さく呟き家を出た。マンションの下にはすでにマネージャーの馬路が車を止まらせていた。車に近づいてくる椿に気づき、馬路はドアを開けた。
「すみません、寝坊しました。」
車に乗り込みすぐに馬路へ謝罪をすると、馬路は大丈夫と笑った。シートベルトをし、車は動き出した。携帯をポケットから出し、メールを確認した。たくさんの人から連絡が来ていたが椿はどれにも返信せず、メールアプリを閉じた。ニュースを確認していると、馬路が椿に話しかけた。
「最近、ラットによる事件が多いから椿君も気をつけてね。」
確かにここ最近は第二次性による事件・事故がとても多かった。しかし、椿にはあまり関係ない話だった。しかし、馬路はそのことを知らないため、椿は携帯から目をあげ、答えた。
「薬は毎日飲んでますし、病院にもちゃんと行ってるので大丈夫っすよ。」
馬路は安心したように良かったと言った。ニュースを読んでいるとき一つの記事が目に留まった。
"Guiding Knightの黒瀬真白、まさかのβだった"
同じグループの黒瀬真白が最近、自らでβだと発表したのが世間で噂になっている。
"Guiding Knight"訳してGナイトはα3人、β3人の合計6人で構成されているアイドルグループだ。第二次性は公表していないことからファンは勝手に全員αだと思っていたこともあって真白の公表は賛否両論あった。真白が公表したきっかけは、Ωの女優と不倫関係にあるのではと記事が出たことがきっかけだった。そこから真白は批判殺到。それに限界がきて今回公表する経緯となった。椿も他のメンバーたちも第二次性などあまり気にしておらず、公表に反対するメンバーはいなかった。だが、世間は思ったより第二次性を気にしており、一部のファンは推し変やグループを降りる人などもいた。椿はこの記事が気になり、どのように書かれているのか自分の目で見ることにした。
「馬路さん、コンビニ寄ってもらえませんか?」
馬路は察したようにコンビニへ寄った。
車を降りた瞬間、今まで匂ったことのない香りが椿を襲った。すぐに、周りを見渡したが近くに人は居なかった。匂いの先にはコンビニが。椿は惹かれるようにコンビニへ入った。レジには黒い髪を一つに結び、マスクを着けている男性が仕事をしていた。椿は目を離せなくなり、店員の男性をずっと見ていた。目線に気づき、男性は椿を見て小さな声でいらっしゃいませと言った。その声で椿は正気に戻り、雑誌コーナーへと向かった。椿の心臓は早く動いていた。真白の記事と水を手に取り、レジへ向かう。椿は強い匂いに少し戸惑っていた。レジをしている間に男性の名札を確認した。そこには有馬と書かれていた。
「有馬。」
椿は無意識に名前を呼んでいた。それを聞いて男性は首を傾げた。声が漏れていたことに驚き、椿はすみませんとすぐに謝った。支払いをし、すぐに店を出た。焦っている様子の椿を不思議に思い、馬路は大丈夫?と聞いたが椿は何も答えなかった。馬路がもう一度椿に問いかけると椿は小さい声で大丈夫っすと答えた。ふーっと息を吐くと、椿は雑誌を開いた。そこにはたくさんの真白に関することやグループに関することなどが書かれていた。椿は内容に関してはそこまで気に留めていなかったが一番心配だったのは真白自身だった。真白は真面目で椿とは違い、報道や記事などが出たことがなかったからだ。今回の件は真白にダメージがあるだろうと椿は考えていた。記事を読んでいると事務所に到着した。椿は車を降り、部屋へと向かった。部屋にはすでにメンバーが揃っており、椿の到着を待っていた。椿は真っ先に真白を見た。真白は想像通りへこんでおり、よく眠れなかったのが分かった。椿は真白に声をかけた。
「真白、記事の件そんな気にすんなよ。真白は何も悪くない。」
すると真白は椿に頭を下げた。
「すみません。自分のせいでグループにも迷惑かけて。」
すぐに椿は真白の頭を持ち上げ、謝ることじゃないと言った。真白はもう一度すみませんと謝った。椿は真白を抱きしめもう終わりと声をかけた。真白も抱き返した。落ち着きを取り戻した真白の頭を撫で、椿は部屋を出た。すると後ろから玲央が椿を追いかけて部屋から出てきた。椿の隣に並び話し始めた。
「真白の件、本当はどう思ってる?」
椿は玲央を横目でみて、笑った。
「どうってなんも感じてないよ。あんなん俺からしたらなんも痛くないだろ。」
玲央はふっと笑った。
「やっぱりな、言葉が薄いんだよお前。」
玲央と喫煙所へ向かった。たばこを吸いながら玲央と椿は話し始める。
「あの女優はめっちゃ下手だったわ。」
椿は言った。すると玲央は笑い始めた。
「あの人、結構下手で有名だよな。所沢さんもそれ言ってたぞ。」
椿と玲央は業界でもかなり有名な遊び人だった。椿も玲央も顔がいいため、誰でも近づいてくる。椿は男女癖、玲央は女癖がかなり悪く、毎日違う人とベットで寝ている。メンバーすらそのことを知らない。こうして、休憩時間は二人で昨晩の相手の感想を言い合っている。すると、喫煙所のドアが開く。
「移動するから戻ってきて。」
椿は、はーいっといい、たばこを消した。二人を呼びに来たのはもう一人の同い年の准だった。椿は准の肩に手を回すと准はその手を振りほどいた。
「なんだよ、冷たいな。」
椿が言うと准は何事もなかったかのように携帯を見始めた。准はとても冷たいが、けして椿を嫌いなわけではなく全員に対してもこの態度だ。部屋に戻り、準備をしているとポケットに入れていた携帯が振動した。画面を確認すると昨晩、一緒に飲んでいた女優からだった。椿は眉間にしわを寄せ、電話を切った。すぐに連絡先をブロックし、削除した。ため息を吐いて携帯をポケットへと戻した。準備が終わり車へと移動した。車に乗り込むと隣に玲央が乗ってきた。
「さっきのあいつから?」
笑いながら聞いてくる玲央にさきほどの連絡を思い出し、腹が立ってきた椿はそうだよと目を瞑りながら答えた。椿は連絡してくる人がとても苦手で本当の連絡先は教えず、捨てアカウントを教えている。本当の連絡先は家族と玲央、准しか知らない。目を瞑っていると朝のコンビニの男性を思い出した。椿は目を開け、玲央に質問した。
「なぁ、Ωのフェロモンで忘れれない匂いってあるか?」
急に質問してきた椿にきょとんとしていた玲央だが、うーんと考えて答えた。
「そんことないね。Ωのフェロモンなんてどれも同じだろ?」
玲央に聞いたことを間違ったと感じた椿はもう一度目を閉じた。
次に目を覚ました時にはもうすぐ到着する頃だった。背を伸ばすと横では玲央が誰かと連絡を取っていた。
「誰と連絡してんだぁ?」
玲央に持たれかかると玲央は携帯を椿に見せた。画面には麗奈の文字が。麗奈は最近デビューした売れっ子アイドルだ。噂でΩと聞いたが、まさか本当だったとはと驚いた椿は
「俺も連絡先ほしい!」
すると玲央が連絡先を椿へと送信した。椿は嬉しそうに麗奈へ連絡を送った。椿は今日の獲物を見つけたように喜んだ。
連絡が返ってくる前にスタジオへ到着した。がっかりしたようにため息を吐き、車を降りた。今日は新しいシングルの振り入れだった。数時間ぶっ通しで練習するため終わるころには汗で服がびっしょり濡れていた。椿は振り覚えが早く、振り入れは嫌いじゃないが、汗をかくことが嫌いでいつも機嫌が悪かった。しかし、リーダーであることもあり、昔よりは感情を表に出すことが少なかった。だが、振り入れのときは誰も椿には話かけなかった。6時間ほどで振り入れが完成し、そこからは細かい修正をしていった。次の仕事があった椿はスタジオを後にした。車のなかで携帯を確認すると麗奈から返事が返ってきていた。連絡をしていくうちに自分に好意があることが分かり、椿は食事に誘った。当たり前に麗奈は承知した。仕事が終わると麗奈と待ち合わせしているお店へと向かった。すでにお店には麗奈が到着していた。
「椿さん!」
麗奈が椿に気づき、手を挙げて呼んだ。椿は少しいらっとしていた。椿は下の名前を呼ばれるのが嫌いだったからだ。しかしこんなことで逃げられるのもと思い、笑顔で手を挙げた。席に着き、麗奈に言った。
「ごめん、待ったよな。」
椿の言葉に麗奈は大きく首を振った。
「そんなことないですぅ。私も今来たばっかですぅ。」
あきらかにかわい子ぶっている麗奈に椿は若干熱が冷めていた。数時間、たわいもない話をし、二人はホテルへと姿を消した。




