静止のとき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
早いもので、もう1月も半ばを迎えようとしているな。みんな、新年のやるべきことはもう済ませたかな?
近頃は気温の冷え込みが急激で、のんびりとしたお正月のイメージはあまりないな。猫と一緒にこたつで丸くなりたい日々。必要な外出以外はできる限り避けたい感じだったな。かといって身体をあまり動かさないでいると衰えが進むあたり、動く物と書く動物の性質だろうかね。
動かなくなったものには、変化も起こる。なにもしない、というのはあくまで見た目の話であって、必ずなにかしらの現象は起こっているものだからね。そいつがうまいこと重なったとき、我々は幻や伝説ともうたわれるレアケースに出会うのかもしれない。
先生もかつて、動けないがために出会えたかもしれない事例があったんだが、聞いてみないか?
その年の先生にとって、風邪から始まった。
初日の出に初詣、初昼寝を終えたまではよかったが、まずかったのが最後の昼寝をこたつの中で行ってしまったことだろうな。
起きた直後は良かったんだが、時間が経つにつれて咳やくしゃみが少し目立つように。夕飯を食べ終えて、風呂に入ったあとからはちょっと頭もボケボケしてくる始末。横になった布団の中は、普段よりもずっと熱がこもっている感じだったよ。
そうして一晩が明けてみると、いやあ、身体がだるいのなんの。自分の部屋を出るのにも、あちらこちらに手をついて支えにしなくては、満足にことが運ばないくらいだった。
家族があいさつまわりに出かけなきゃいかんことは先生も知っていたし、昔から自分のために誰かが気をつかうということに、抵抗を覚える人間でもあった。
看病に残ろうとする両親に、「たいしたことはない」といいつつも、家に居させてくれなどとトンチンカンなことをいうから、ウソが下手なんてレベルじゃなかっただろう。
しかし、このあたりは両親も先生の性格を熟知しているがゆえか、あまりとやかくいうことはなかった。「すぐ戻る」と、準備を整えて出発する。
本当、言葉通りに最低限のことだけして戻ってくるだろうなと、先生には分かる。
階段の上り下りをしなくていいようにと、先生は二階の自室ではなく、一階の居間に布団を敷いて眠っていたよ。トイレに行くにも、水を飲むにも都合が良かったからね。
重ねまくった布団の下は、ほどよい重さと安心感に満ちている。このまま眠れてしまえば、どれほど楽か。しかし、見送った直後から痛くなりだした頭が、なかなか意識を眠りへ落としてくれない。
頭蓋骨を内側から、コツコツ叩かれているかのようだ。頭痛は、場合によっては神様も斧なり何なりで頭をかち割りたくなるほどだが、こうしてみるとやはり辛い。
やむなく、痛みに耐えながら布団の中で半身になる。今日の空はどんよりとした曇りで、雲がみっちりと溜まっている。ぼんやり見上げてみるそこには、まるで動きが感じられなかったんだ。
変わり映えがない。周囲の家々の屋根やアンテナでもって隠れる部分はあるものの、そこから新たに景色を変えるものが現れないんだ。あげ凧のひとつ、鳥の一羽も横切る気配がない。
少し妙だと思ったさ。例年ならば、それらが見られないことはないほどにぎやかだったのに、今はやたらとおとなしい空気に包まれている。
――頭に響かない分にはいいかな。
そうして、まなこを閉じ、やはり集中できなくてまた開き……を繰り返しているうちに。
ふと、見上げる空が大きくなった気がした。
いや、そうこうしているうちにみるみるこちらへ盛り上がってくるんだ。洞窟の天井からせり出すつららのごときかっこうが、現在進行形でできあがっていく。
そうして張り出した雲の一部が、この家の庭の上空あたりであると判別できたとき、そのつらら上の雲から庭の土へ落ちてきたものがある。
寝ているところから庭まで、窓を隔ててそれなりの距離があった。それでもはっきり見えるほど、その図体は大きかったのだろう。
足の生えた蛇、というものを先生はそのときはじめてみた。
雲そのままを思わせる灰色で長い一本の胴体に、申し訳ばかりの大きさの手袋に思える小さなものが間を置きながら6対。
蛇そのものはぐったりとしたまま、動こうとしない。ちょうど寝ている先生と同じような姿でもって、息をしているかどうかも怪しかった。
――あれは、いったい?
好奇心に駆られ、身を起こしてしまったものの、それが終わりとなってしまう。
満足に確かめることもできないまま、足のついた蛇はそのままの姿勢で、すっと空へ浮き上がりあの雲のつららの中へ戻っていってしまった。雲のつららもまた、緩慢に降りてきたときとは対照的に、一瞬のうちに引っ込んでいって元通りの空を演出する。
結局、親が戻ってくるまでも、その後も空に変化は現れずじまいだった。
ああして、何も邪魔をせず動かずにいた時間と空間こそ、あの足ある蛇が休める数少ない場だったんじゃないだろうか。




