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シスコン令嬢の妹溺愛防衛論  作者: 如月結乃


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3/3

愛の奴隷が行き着く先は

「愛するクレア嬢のお姿を、ゼロから全身全霊で表現させていただき」

「やめなさいよ!」


 二メートルはある氷塊を前に、ブンブンと音を鳴らすチェンソーを持ち出した阿保の言葉を、アーニャは遮った。


「いい加減になさい! クレアに死体を見せるつもり!?」

「し、死体!? 誰のです!?」

「お前のよ、馬鹿!」


 いよいよ我慢が限界に達したアーニャは、氷を切り出そうとして自分の体を切り刻むロイに妹が悲鳴を上げる地獄を阻止し、妹の手を握った。


「帰りましょう、クレア」

「どうしてですかお姉様、まだロイ様が」

「これ以上は時間の無駄だわ。クレアにはもっと相応しい相手が」


「お姉様っ!」


 瞬間、アーニャは呼吸を止めた。今まで聞いたことのない強い声で愛しき妹に名を呼ばれ、手を振り払われたショックからだった。


「ク、クレア……?」

「今のお言葉、取り消してください! 懸命にもてなしてくださったロイ様に失礼ですっ」


 妹が涙をこらえながら責めているのは、私だ。どうして私がこんな目に? 私はただ、愛する妹を守りたいだけなのに。


「どうして……」


 嫌われて、しまったのだろうか。会ったばかりの男に負けるほど、私の愛は浅いものだったのだろうか。どうしてこんな仕打ちを受けているのだろう。


 妹以外に心を揺さぶられることのないアーニャの頰を、赤子の頃以来初めて涙が伝う。


「お姉様」


 絶望に沈んだアーニャの体を、クレアはふわりと抱きしめた。


「お姉様が私をご自分よりも大切にしてくださっていること、分かっています。その優しさに私が甘えてしまうから、お姉様には苦労をかけさせてばかりで……」


 その声はだんだんと涙声になっていき、クレアはアーニャの胸に顔を埋めた。


「ですからっ、もう私のために憎まれ、傷つくのはやめてください。私は、大丈夫です。きっと幸せを掴んで見せます。お姉様から愛をたくさん受けた、この手で……っ」

「クレア……」


 凍りついたようだった体を動かし、アーニャはドレスの胸元を涙で濡らすクレアを抱きしめ返した。


「公子を、お慕いしているのね」

「ぐすっ。何故お分かりに……?」

「当然よ。私はクレアのお姉様だもの」

「……お姉様っ。私の一番は永遠にお姉様です!」

「私もよ、クレア。愛しているわ」


 巨大な氷塊の前で抱き合う姉妹を前に、ロイはチェンソーを置き、がっくりと肩を落とした。


「恨みますよ、兄上……。兄上がどうしてもと言うから、同席を許した僕が馬鹿でした。ちゃんと考えれば、こうなることは読めたはずなのに」


 恨めしい顔で自分を見上げるロイに、セドリックはため息をついた。


「相変わらずだな、お前は。何をどう勘違いしたら俺を恨むことになるんだ。……お前のそういうところに弱いのは俺も認めるが」

「は……?」


 意味がわからないと口を半開きにするロイの元へ、クレアが近づいて行った。瞬間、頭が真っ白になったロイは、何故か拳法の構えを取る。


「ロイ様、想いのこもったおもてなしの数々、しかと受け取らせていただきました。……婚約を前提に、私とお付き合いしていただけませんか?」


 白い頰を薔薇色に染め、思いの丈を打ち明けてくれた初恋の相手を目の前に、ロイの意識は薔薇の花園へと誘われた。


「なっえ、え? クレア嬢は、兄上がお好きなのでは……?」

「? セドリック様も素敵な方だと思いますが、私は失敗を恐れず、一生懸命に想いを伝えてくださったロイ様に惹かれたのですよ」

「うええっ……!」


 クレアの告白に、ロイは赤面する頰を両手で押さえた。どちらが女性か分からないと、傍観しながらアーニャは思った。


「我々の付き合いも長くなりそうですね、アーニャ嬢」

「公子……」


 いつの間に隣にいたのか、セドリックが声をかけてきた。


「さあ、どうでしょう。全てが完璧な妹の選択とはいえ、あの様子では先が思いやられます」

「フフ。だとしたら貴方は強引にでもクレア嬢を連れ帰ったはずだ。愚弟を認めてくれたんだね。ありがとう」


 図星をついてきたセドリックに馴れ馴れしさを覚え、アーニャの笑みが引きつる。赤面しながら見つめ合う愛しい妹とロイを眺めながら、アーニャは口を開いた。


「あくまで独り言ですが、私は結婚しないと決めています。家は妹に継がせるつもりです」

「何故?」

「一人で生きていけますから。夫など邪魔なだけでしょう」

「そうでしょうか?」


 くすりと笑われ、ムッとしたアーニャが振り向くと、セドリックのやけに熱っぽい視線に捕らわれた。心臓がとくんと跳ね上がる。異性にこんな目を向けられた経験はアーニャにはなかった。


「なっ何です……」

「何事も、試してみなければ分かりませんよ。今日日、我々の愛しい弟妹が結ばれたように」

「言っている意味が分かりません」


 視線を逸らしてアーニャが言うと、セドリックはアーニャの手を取り、その甲に口付けをした。ぴくんとアーニャの手が跳ねる。


「――クレア嬢、長らくお慕いしておりました。愛しき家族のためならば地獄に身を投げる覚悟を持ち、敵を味方にすげ替える実力をお持ちの貴方を」

「なっ」


 予想だにしなかった展開に、アーニャは体を小さく震わせた。


「手紙で何度も求婚したのですが、お読みには?」

「……その手の手紙は、処分させているので」

「やはりそうでしたか。私が出席する社交の場に、一度も姿をお見せにならなかったのも?」

「……面倒事とは無縁でいたい性質ですので」


 真っ直ぐ向けられる視線に嘘は許さないと言われているようで、アーニャは体を小さくしながら本音を打ち明けた。すると、くくくとセドリックは腰を曲げて笑い出した。


「成程。ますます欲しくなりました」

「血迷っておいでで? 私を恐れこそすれど、欲する者などいるはずもありませんのに」


 昏い瞳でアーニャが言う。すると和やかだった空気が一変し、ピリリと肌を刺すようなプレッシャーに、アーニャの背筋が伸びる。


「見る目のない蝿共の雑音など忘れて。貴方の心は、その魅力の分かる者のみに向けられるべきだ。……私のような」


 冷たく、それでいて艶やかな笑みを向けられ、アーニャは唖然とした。こんな口説き文句は聞いたことがないし、紳士的なセドリックの印象と全く噛み合わない。


 それにこの違和感。利他的な仮面の下で、極端に利己的かつ排他的な私欲の塊(バケモノ)を飼い慣らしている……そう、まるで自分を見ているかのような。


「――私は、貴方と同じ側の人間ですから。貴方のためならば、この国すら傾けてみせましょう」


 セドリックは、未知との遭遇に気を取られたアーニャの腕を引き、耳元でアーニャと同じ基準の愛を囁いた。


「……」


 アーニャは、驚嘆した。


 セドリックは、かつてのアーニャの一つ上の先輩であり、学園では容姿や身分ではなく、稀代の英傑としてその名を馳せていた。学年主席はもちろんのこと、若くして法律を全て網羅し、学生の身分でありながら法律改定に関する論文を国から表彰されていた。


 今や次期宰相が内定している、エリート中のエリート。


「公子は、ご自分が何を仰っているか分かっているのですか」


 そんな人が、自分に目を向けていたと言う。アーニャの声は震えていた。


 ――自分は、他人と比べてどこか欠落した人間であると、アーニャは幼い頃から自覚していた。こんな風にしか愛せない自分は醜い。だからこそ拒まれ、拒み続けてきた。


 愛する妹すら辿り着けない領域で、一人生き続けなければならない宿命。


「セドリックと呼んで欲しい。敬語も不要だ」

「え……」


 呪いこそしなかったが、孤独だった。


「アーニャと呼んでも?」


 しかしそんな生き様に、今日日、初めて光が差し込んだ。


「何故、私を?」

「アーニャ、君は妹君のために社交界に名を広め、学園すらも手中に納めてみせた。……私も同じなんだ」


 戸惑いながら尋ねるアーニャに、見たことがないほど優しい笑みを向けるセドリックは、答えを迷わない。


「同じ……」

「私が学に努めてきたことは知っているだろう? 全ては、純朴な愚弟を惑わす害を打ち消すためだった。もっとも君の存在を知ってからは、選ばれるためでもあったけれどね」


 アーニャは、自然と腑に落ちた。


 ロイは年の割にかなり青く、甘い。そして良くも悪くも、鈍感で真っ直ぐだ。理解し得ないと思っていたが、セドリックの献身の賜物だったのだ。


「だから、私を愛すると?」

「とうに。そして永遠(とわ)に」


 差し出された手に、アーニャは恐る恐る手を重ねた。繋がれた手が互いの鼓動を伝え合い、言葉の代わりに二人の気持ちを体現して


「兄上ー!!」「お姉様ー!」

「「?」」

「今日という日の記念に、クレア嬢と私の氷像を見事削りあげてご覧に入れます!」

「一緒に見ましょう、お姉様ー!」


「やめろ!」「やめなさい!」


 手を繋いだまま、世話の焼ける弟妹の元へ駆ける二人の顔には、同じ笑みが浮かんでいた。


 ――数年後。


「おかえりなさい、お父様!」

「ただいまレクシア。アーニャ、帰ったよ」

「お帰りなさい、セドリック。どうだった?」

「……ああ。新法案が可決されたよ。これで反国王派は国家の犬同然だ」


 セドリックは愛娘を片腕に抱きながら、アーニャの唇にキスを送る。


「ふふ。本当の飼い主は国じゃなくて貴方なのでしょう? クレア達やこの子の未来も明るいわね」


 シーッと口に指を当て目を細めた愛しい夫(共犯者)を、アーニャは恍惚とした瞳で見つめ、その腕の中で確かな幸せに酔いしれるのだった。

書いてて楽しいお話でした。

感想、レビュー等お待ちしてます。

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