愛の証明 in the Gの巣窟
「ええ。私の未来のお姉様ですから」
Gを見る目を向けられているにも関わらず、アーニャの抹殺対象は一切動じずにこやかな笑みを浮かべている。アーニャは笑顔をキープしつつ、思いっきり眉間に皺を寄せた。雷でも落ちてこないだろうか。
「クレア嬢への愛の証明ですが、よろしければ当家の屋敷で行わせていただいても構いませんか? 色々と準備をさせていますので」
アーニャは何故自らGの住処に赴かなければならないのかと鳥肌が立ったが、断ることは臆することと同義だ。
「……ふん、いい覚悟ね。私を呼び出すことの意味はご存知なのでしょう?」
史上最高の生徒会長兼主席として学園を卒業したアーニャのバックには、学園長と国の大臣でもある理事長がついている。結婚せずとも国の重鎮は確実と囁かれるアーニャは、伯爵令嬢ながらに公爵家並みに崇め、恐れられていた。
「もちろんです。最高のもてなしをさせていただきますよ。あっ、クレア嬢もご招待させていただきますので、お二人でお越しください」
一つでも粗相があったら潰すと決め、渋々要求を受け入れたアーニャだったが、最後の一言にGを脳内で千は撲殺したのだった。
◇◇◇
「ようこそおいでくださいました。レイモンド家はお二人を歓迎致します」
――レイモンド公爵家。元老院の一員であり、古くから国家を支えている正真正銘の名家だ。敷地の広さと屋敷の豪華絢爛っぷりも、相応に足るものだった。
「お招きいただき感謝致します、ロイ・レイモンド様。こんな素敵なお屋敷にご招待いただけるなんて光栄ですね、お姉様」
裏事情を知らない妹は、愛くるしい頰を桃色に染めて喜んでいる。アーニャは、守ってみせるこの笑顔と誓いつつ、G、もといロイ公子の視界にも笑顔の妹があるという拷問に耐える。
「そうね、クレア。お招きありがとうございます。クレアも私も、この日を心待ちにしておりましたのよ」
嘘ではない。Gを叩きのめす今日という日を、アーニャは口からナイフが出る勢いで待ち望んでいた。
「それは嬉しいですね。では、早速ですが始めさせていただきましょう」
「ええ。そうしていただけると助かります」
通された客間でアーニャは火花を散らすも、全く効いていないらしいGは飄々としている。まさしく害虫。厄介だ。
「? 何が始まるのですか?」
「手厚くもてなしてくださるそうよ」
「まあ! 楽しみですね」
「本当ね」
さあ、公子はどう出る?
まず当家では手の届かない茶菓子が出てくるのだろうが、そんな当前のことで私を倒せるとは思っていないはずだ。いっそ、その程度の雑魚なら早く帰れていいのだけ
「っ!?」
アーニャは咄嗟に息を呑んだ。客間の扉がノックされ、姿を現したのは色とりどりのスイーツを積んだワゴン。ではなく
「――失礼。セドリック・レイモンドと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ない。シモンズ家のご令嬢にお目にかかれる好機に、私も緊張してしまったようでして、準備に手間取ってしまいました」
遅刻の言い訳をすらすらと述べ、流れるような仕草でアーニャと妹の手に口付けを落とす、銀髪碧眼の彫刻のように美しい青年だった。
見紛うことなく、レイモンド家の長男だ。
「……これはどういうことです? ロイ公子」
「兄が遅れて申し訳ありません。元より同席する予定だったのですが」
「お兄様がいらっしゃらないと客人の相手もできないと、そう捉えてよろしいのかしら」
アーニャはG(小)の言い訳を遮り、詰めていく。兄を呼ぶなど反則もいいところだ。早速帰れて、ありがたいことこの上ないが。
「アーニャ嬢。お気持ちは分かりますが、そう急かさないでいただきたい。愚弟は、貴方方のような花より美しいご令嬢のお相手に慣れていないのです」
爽やかに口を挟んできたG(大)に、アーニャは視線で射殺したい思いで感情を殺した目を向ける。
「失礼ですが、ご自分がこの場に居られる理由はご存じでいらっしゃいますか?」
「もちろん。私は兄という立場ではありますが、心情的には貴方の味方なのですよ。アーニャ嬢」
「私の?」
なら今すぐ、臆病で卑怯な弟さんに妹を諦めさせろと、アーニャは笑顔の裏で思った。
「ええ。私も家族を想う気持ちは理解できます。一世一代の勝負の場に、公正な審判者として同席してほしいという愚弟の願いを、無下にはできなかった。……貴方になら、お分かりいただけるかと」
ちらりと試すような上目遣いを向けられ、アーニャは歯噛みする。
成程、この私に家族愛を盾に、審判の座を認めさせようとは。いい度胸だと敵対心が燃え上がると同時に、いい手であると賞賛を贈らざるを得なかった。
「それはもう。妹の幸せより大事なものなど、私にはこの世のどこにもありませんから」
「お姉様……!」
瞳を輝かせて腕にしがみついてくる妹の頭を撫でながら、アーニャは挑戦的に敵を見据えた。
「分かりました。この場に水を差すのはやめにします。どうぞ、始めてくださいな」
「ご理解いただけて何よりだ」
「ありがとうございます!」
その代わり、妹に相応しくないと判断したら、次期公爵の前だろうと即刻帰宅してやる。そう決意したアーニャは数秒後
「こっこれは一体なんなのです……」
小刻みに震えながら、生まれて初めて狼狽えていた。隣で妹が、抑えきれないといった様子でくすくす笑っている。
「クレア嬢の――燃ゆる瞳に見つめられた瞬間――。私の魂は焦がされた、そう! 一瞬で――」
アーニャを狼狽させているのは、歌だった。
歌い手はロイ公子。彼はアーニャと妹、そしてセドリックを並んで座らせ、部屋の電気を消させた。そして頭上をスポットライトのように照らされた公子は、向かいの椅子の上に立ち上がり、アカペラ歌唱を始めたのだった。
作詞作曲も同名なのは確実だが、問題はそこではなく
「音程が、ない」
目を閉じ、胸に手を当てている歌い手は、ポエムめいた歌詞をミュージカル調で歌っているつもりなのだろう。が、音程がないので狂った棒読みにしか聞こえない。百歩譲ってこれが歌なら、呪いの歌とでも名付けようか。
「お許しください、アーニャ嬢。愚弟は音感が少しばかり鈍いのです」
「少し? これがっ」
隣に座るセドリックに小声で囁かれたアーニャは、思わず本音を漏らしかけて口を押さえる。くすりと小さく笑われ、唇を噛み締めた。
「ですが想いは伝わるでしょう? 苦手な分野で勝負に出た気概も、買っていただけるとうれしいのですが」
「結果が全てでしょう。現に妹も笑って」
います、という言葉をアーニャは飲み込み、目を丸くした。
「ぐすっ」
確かに呪いの歌を笑っていたはずの妹が、握った手を口元に当て、目に涙を溜めていたのだ。
アーニャは生まれて初めて、妹が分からなくなった。一体、この歌のどこに泣ける要素があるのだろう。
「結果が全て、でしたね?」
暗転した室内で薄い笑みを浮かべるセドリックを、アーニャは睨んだ。
「まさか、これで終わりじゃありませんよね」
「ええ。色々と準備していたようですから、最後までお付き合いいただけると思いますよ」
「私はそうは思いませんけれど」
驚きの連続で知らぬ間に猫が外れ、呪いの歌に顔をしかめるアーニャは、熱のこもった瞳で見つめられていることに気づかなかった。
◇◇◇
「これは、何を見せられているのですか」
「……料理ですよ」
アーニャが真顔で尋ねると、セドリックの覇気のない声が返ってきた。
「お料理がこんなにも危険なものだったなんて……。私、これからはもっと味わって食べます。お姉様」
「「……」」
一回戦の歌唱をクリアしたロイ公子は、碧眼に涙を浮かべて喜んだ。そしてアーニャたちを、オープンキッチンへ案内した。
アーニャたちは用意された椅子に触り、エプロンをつけ始めたロイ公子を眺め、
――パンッ。
「げっほ、ごほっ! おえっ!!」
小麦粉の袋を開けようとして破裂させ、粉でむせる、銀髪から白髪になったロイ公子や、
――パキッ。
「あっ」
「……!」
「すまないっ!」
卵をボウルに割り入れようとして中身を吹っ飛ばし、執事の顔面を卵まみれにするロイ公子。
――くちゃ、ぐちゃ、ねちゃ。
「見ては駄目よクレア」
「何が起きているのですか? お姉様」
苺を刻もうとしてミンチにし、エプロンを血液ならぬ苺汁だらけにするロイ公子……を見せつけられていた。
「ロイ……」
頭を抱えたセドリックの指示により、執事がロイ公子のエプロンを替え、手も清めさせた。アーニャは妹の目を覆っていた両手を外し、立ち上がる。
「お暇させていただいても構いませんか?」
こんな茶番に付き合うほど暇ではないし、さっきの歌といい、これが愛だなんて話にならない。
「お待ちください、アーニャ嬢」
「もう結構です。私たちを愚弄しているとしか」
思えません、という言葉をアーニャは飲み込み、目を剥いた。
「ロイ様。ホイップクリームをお作りになるのでしたら、牛乳はいくらかき混ぜても泡立ちませんよ」
「ク、クレア嬢?! ……そうなのですか?」
ハンドミキサーで牛乳を30分泡立てていた馬鹿の隣に、妹が立っていた。いつの間に。
「ええ。私お料理の経験はございませんが、授業で習いましたから。生クリームはありますか?」
「確かここに……あ! ありました」
「これなら泡立つと思います。一緒にやってみましょう!」
「は、はいっ!」
なんということだ。サイコパスクッキングに妹が参加してしまった。止めなければ妹がハンドミキサーに殺られる。
「! 手を退けてください公子」
「時には見守ることも必要だと私は思いますよ」
「そんなこと言ってる場合じゃ……ああっ!」
「きゃっ」
セドリックに肩を掴まれるアーニャの視界に、顔に生クリームを飛ばされて悲鳴を上げる妹が映る。
「すすすすまない!! クレア嬢!」
誰が許すか殺す。
「ふふふっ。甘くて美味しい!」
「「!?」」
セドリックを突き放そうとしたアーニャが、逆に手を取られて組み合っていると、妹の可愛らしい声が響いた。般若のような顔のアーニャと、ロイ公子の目が点になる。
「お料理って難しいけれど楽しいですね。ロイ様、よろしければ最後までお手伝いさせていただけませんか?」
「え? あっああ……」
「ふふっ。ありがとうございます。頑張りましょう!」
生クリームまみれの顔を綻ばせ、楽しそうに手を拳に握る妹の姿に、アーニャは呆然とする。ふいに、握られていた手にぎゅっと力が込められ、反射的に手を引き抜いた。
「ね? 我々が弟妹離れする日も近いようだ」
「っ一緒にしないでいただけますか」
セドリックに至近距離で手を握られたままだったことに気がついたアーニャは、怒りと恥とで顔を赤くし、急いで距離を取ったのだった。
「クレア嬢への想いの全てです。……いかがでしょうか、アーニャ嬢」
自信がありません。と顔に書いてあるロイ公子から振舞われた皿には、石炭のような塊にホイップクリームが添えられている。
アーニャは材料の生産者を憐れみながら、フォークではとても切れない塊を小さくかじった。
「くっそ不味いのだけれど」
アーニャがフォークを音を立てて皿に置くと、ロイ公子は跳ね上がった。
「これは何なのかしら」
「……ケーキです」
ケーキに謝れ。
「空耳かしら? ケーキと聞こえた気がするわ」
「……ケーキです」
「結構なことね。ご苦労様」
ただの炭を口にしたアーニャは、やっと帰れると気疲れした自分を内心慰めつつ、妹を振り返り
「くっそ不味かったですか? お姉様……」
――戦慄した。
「ククククククレア?! どうしてあなたが泣いているの?!」
アーニャは真っ青になりながら、ルビーの瞳からぽろぽろと涙をこぼす妹の頬に、震える手を添えた。
「私も少しお手伝い致しましたから、責任がっ」
「あっ、あっ、そうよね!! このホイップクリームは最高の出来よ! 今まで食べたクリームの中で一番美味しいわ!」
アーニャは人生でこんなに慌てたことはない。俊足でフォークを握りしめ、生クリームを口の中へとかき込んだ。
「本当ですか……? お姉様」
「本当よクレア。神に誓って本当よ」
真に迫られた顔でアーニャが言うと、花が咲いたように妹が微笑み、アーニャは自決を免れた。おのれロイ……帰ったら絶対に呪ってやる。
「やりましたね、ロイ様! お姉様が美味しいと言ってくださいました!」
「あ、ああ……」
はしゃぐ妹がロイにハイタッチを求め、心ここに在らずな様子のロイが応じるのを眺めながら、アーニャは手の中でフォークをへし折った。
「やはり貴方は素晴らしい……」
そんなアーニャを蕩けるような目で見つめながら、セドリックは人知れず呟いたのだった。




