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シスコン令嬢の妹溺愛防衛論  作者: 如月結乃


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1/3

アーニャ・シモンズの愛

三話構成です。完結まで執筆済みですのでご安心を。

 我が妹こそ至高。

 これがアーニャ・シモンズ(18)の全てだった。


「妹君をどうか私に!」


 その異常な妹愛は社交界でも有名で、交際、婚約にはまず本人より先にアーニャの許可が必要というのは常識であり


「なら、ひとまず私の話を聞いてくださる? 少し長くなるけれど」


 姉、というより鬼姑の形相のアーニャが、妹に群がる羽虫にまずは己の愛を語り始めるのもまた、当前のことなのであった。



 ◆◆◆



「うわああああん!」

「クレア! どうしたの?」


 ――物心ついた頃から、愛しき妹クレアの涙はアーニャの怒りに。


「まあ、ぬいぐるみの腕が! 何故取れてしまったの?」

「ぐすっ。モーブ家の、ご長男がっ」

「……クレアは先にお部屋に戻っていて。大丈夫、私もすぐに行くから」


 シモンズ家の庭で開かれた茶会にて、アーニャは泣かされた妹の頭を優しく撫で、その姿が屋敷へ消えるのを見送った。そして、まっすぐに主犯の元へと歩み寄ると


 ――ビリビリビリ。


「っうわああああああ?!」


 素手で生ゴミ(モ―ブ家長男)のジャケットを、肩口から引きちぎった。ぬいぐるみと同じ箇所である。当時七歳だったアーニャは、火事場の馬鹿力でゴリラ化したのだった。


「お、お前、いきなり何するんだよ!!」

「五月蝿い。ゴミが喋るな」


 地面に尻餅をついた生けるゴミを見下ろすアーニャの瞳は仄暗く、腕そのものを引きちぎることができない憎しみに満ちていた。法律さえなければ、同じ目に遭わせてやれるのに。


「無事に帰りたければ、未来永劫シモンズ家に関わらないと誓え」


 限界まで見開かれた目は瞳孔が完全に開いていて、全身からは子供のものとは思えないほどの殺気が放たれていた。そしてそれは、シャツが剥き出しになった肩に注がれており


「ひいぃぃぃぃ!!」


 千切られると察した生ゴミは小便を漏らし、泣きながら従者と共に逃げ帰って行ったのだった。


 アーニャ本人は知らないが、社交界では"ぬいぐるみ小便事件"と名付けられ、アーニャと被害者の名は広く知られることとなった。また、以来シモンズ家の茶会に男が招待されることは一切なくなったのだった。


 ――学園入学後、クレアの憂いはアーニャの正義に。


「お姉様とこうしてお茶する時間が、私の一番の幸せです」

「ふふふ。うれしい。私もよクレア」


 いつからか日課となった姉妹水入らずのお茶会。


 アーニャと同じ琥珀の髪にルビーの瞳を持ちながら、神が全てを賭けて描いたのであろう妹の顔面を鑑賞できる、至福の時だ。可愛い可愛い可愛い。


「はあ……」


 しかしある日、お茶会中に妹がその眩しすぎる顔を歪め、悩ましげにため息をついたのだった。アーニャは一瞬息が止まった。


「クレア、何か悩み事?」

「はい……。聞いてくださいますか?」

「もちろんよ。話して?」


 妹のため息+悩み事というニ大事件の勃発に、アーニャの心臓がたちまち暴れ出す。


「実は、クラスの女の子たちの空気が良くなくて。家の名や派閥で上下関係ができてしまっているのです。私は、全員と仲良くしたいのに……」

「まあ、それは辛いわね。学園内では身分は関係ないのに。きっと、クレアの願いはクラスメイトに届くと思うわ」

「そうなると、嬉しいのですけれど」


 瞳を潤ませる妹を笑って慰めながら、アーニャの頭は沸々とマグマのごとく熱くなっていった。


「……大丈夫。皆んなと友達になれる日は遠くないはずよ」


 正義なんてくだらないと思っていたが、湧き上がるこの感情がそうなのだと、アーニャはこの日自覚した。


「きゃああああああ熱い!!」

「いやあ――――!!」

「顔が! わたくしの顔がああああ!」

「誰かっ、誰か来て――!」


 翌日の放課後。


 アーニャは妹のクラスの戦犯(女子)(妹以外)を、生徒会室に呼び出した。念の為に生徒会長になっておいてよかった。耳障りな悲鳴の中で、アーニャは過去の自分を讃える。


 ――熱い紅茶がたっぷりと入っていた、空のティーポットを片手に。


「っ何をなさるのですか、会長!? 生徒に紅茶をかけるなんて、こんな暴挙が許されるとお思いで?」


 真っ先に椅子から立ち上がり喚いた罪人を、アーニャはクラスの代表格と断定。侯爵家の出かと納得した。アーニャは生徒全員の顔と名前を覚えている。


 伯爵家の自分に強気に出ているのであろうその瞳をぎょろりと見据えると、能無しのくせに肩をぶるりと震わせた。


「はあ……。茶会の名目で招集をかけたのだから、お茶を振る舞うのは当前のこと」


 言葉を交わすのも穢らわしいとため息をつき、アーニャは侯爵産廃棄物の()にポットをこつりと置くと、圧をかけて強制的に座らせながら言った。


「っこんなこと、学園もお父様も絶対に許さなくってよ! 顔に跡が残ったらどうしてくれますの?!」


 強引に座らせられたのが屈辱なのか、赤面しながら騒ぐ顔の醜いこと。妹の顔が恋しい。早く帰って癒されたい。


「そうですわっ! 体罰ですわよ!」

「わたくしも、お父様に頼んで学園に抗議致します!」

「私もで」


 ――ガシャン。


「「「「「ひぃっ」」」」」


 アーニャは聞くに耐えない騒音に眉を寄せ、ポットを壁にぶつけて割った。法が許すなら、この鋭利な先端で血祭りを開催できるのに。


「聞きなさい。学園は、生徒の自主性を何よりも重んじている」

「だ、だからなんだっていうのよ……!」


 そうよそうよと続く不協和音を、アーニャはぐるりと部屋を見渡して黙らせた。あまりの迫力に、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。


「校則第一条。生徒の身分は学園生活全般において平等とし、権力を有するは生徒会長のみとする……。私は会長として、校則違反者に適切な生徒指導を行ったに過ぎない」

「っ違反なんて知りませんわ!」


「……まだ分からないのかしら。ここでは私こそが法律。正義だと、()()してあげているのだけど?」


 こてんと首を傾げ、瞳孔全開でアーニャが述べると、生徒会室は水を打ったように静まり返った。頭空っぽ代表格も反論が思いつかないのか、俯いている。それでいい。


「退学候補が多くて頭が痛いわ。何人残そうかしら」


 そんな独り言を残して、アーニャは生徒会室を後にした。解放された生徒たちは誰一人立とうとはせず、沈黙の中でただ震えていたのだった。


「……以上を教育的指導の範囲内とし執行しました。紅茶の温度は調整しましたので、怪我人は出ません。問題があればご指摘願います」


 その後、アーニャは学園長と生徒会役員に指導の報告に行った。判断を委ねてはいるが、お咎めなしの自信があった。


「は、はあ。いやあ、口で説明するより効果的な妙案かと。会長の実績からして、本件も吉と出るのは間違いないでしょうし」

「でしょうね。会長らしくていいと思います」

「私もです」「僕も……」


 生徒会役員たちは顔を見合わせて頷き、


「貴方の行いに問題など起こり得ませんよ、アーニャ・シモンズ会長殿。私も理事長も、貴方の今後に大いに期待していますからね」


 学園長はアーニャの全てを肯定した。全てが予想通りだった。


「痛み入ります」


 アーニャは、一年生の時に生徒会選挙を大差で勝ち抜き、その座を最高学年まで守り抜いた前代未聞の生徒会長だ。校則に五十以上手を加え、生徒の学力と満足度を飛躍的に向上させた実績もある。


 とどのつまり、学園においてアーニャは無敵だった。


 蛇足だが、生徒会役員らは本件を"氷のお茶会"と称し、生徒会の規範として残した。


 そして学期末。一人の生徒の「学園が楽しい」という発言九割、教師から見た素行と成績の一割によって、件のクラスは生徒会長直々に表彰されたのだった。



 ◇◇◇



「――このくらいかしら。愛は行動で示すもの。私の愛するクレアに私以外不要なのは前提として、それでもまだ婚約を望むと言うのなら、相応の愛を示してもらわないと」


 私のように、ね? とアーニャは、今日も今日とて目の前の羽虫にバッキバキの瞳で問いかける。確実に何人か星にしてきた圧を発しているが、まだしてない。


 ――妹の学園卒業が迫っている今、妹への縁談、告白が後を絶たないのだ。幸いなのはそれら全てを妹が相談してくれることだが、こうして羽虫を潰すのも何回目だろうか。


 まあ、我が愛しき妹ときたら、内面まで清く優しく美しいのだから当然の結果だけれど。羽虫が多すぎてこの頃は、男が視界に入るだけでアーニャは殺意を抱く。戦乱の世なら確実に殺っていた。


「はいっ! 覚悟の上です、お姉様!」

「……は?」


 アーニャは思わず固まった。おかしい。今までアーニャの愛を知って妹を諦めなかった羽虫など、一匹もいなかったのに。何より、この世で唯一の天使だけが使ってくれる呼称が、どこの誰かは分かっている羽虫如きに汚された。


「お・ね・え・さ・ま??」


 アーニャの中で、怒りと憎しみと嫌悪と殺意がごっちゃになったどす黒いものが、一瞬で頂点に達した瞬間だった。

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