婚約破棄された候爵令嬢は、永遠の恋をする。ある一人の魔族の少年と出逢い惹かれ合う少女、それが許されない恋とは知らずに……。
「悲恋」がテーマです。バッドエンドになります。
この物語は『無属性勇者はデスループで今日も頑張ります!~呪いスキルの最弱勇者~』を。
ユミリア視点で書いた総集編であり、スピンオフ作品となります。
後半の内容は、連載の方とほぼ同じ内容になります。
ご了承頂きます様、よろしくお願い申し上げます。
「あいたっ。」
部屋に戻ると私の顔に、何かが飛び込んできた。私はその何かを、じーっと見つめる。
……可愛い。私の顔に飛び込んで来たそれは、何とも可愛らしい姿の妖精だった。妖精は私の顔を不思議そうに、じっと眺めている。私は意を決し、妖精さんにお願いしてみた。
「あっ、あの。私と友達になってくれませんか?」
私の言葉に妖精さんは、こくりと頷く。
「貴方のお名前を、教えてくれる?」
すると、妖精さんはぷるぷると首を振る。
「じゃあ名前を決めないとね。……えーと、テティス何てどうかな?今日から貴方はテティスちゃん。よろしくね、テティスちゃん。」
私は妖精さんと、仲良く握手を交わした。
……彼女の名前はイズミ。本作の主人公である。
彼女は、ユミリア、シオン、リカルド、そして妖精のテティスの五人で魔王の討伐に向かう。しかし、イズミ達は魔王に敗れ命を落としてしまう。死んでしまうイズミ達だが、イズミの持つ呪いのスキルにより、時間が三年前に戻される。
イズミ達はその後、何度も死んではループを繰り返し、遂に魔王の討伐に成功したのだった。
イズミ、ユミリア、シオン、リカルド、そして妖精のテティス。五名は、魔王を倒した英雄として王国に迎え入れられる。
そしてイズミは、その祝賀パーティーの最中に、ある事を思い出す。
魔王の最後の言葉を……。
…………。
イズミはその最後の言葉に、困惑していた。
聞き間違いなのだろうか?と。いや、それともただの偶然なのかも知れない。
色々悩み考えるイズミだが、その答えが出る事は永遠に無かった。
しかし魔王は、確かに言っていた。「ユミリア」と……。
……ユミリア。
彼女は候爵家に生まれ、六歳の誕生日パーティーの時。第一王子であるエミュール王子と婚約をする。
それ以降、エミュール王子はよく候爵家に行き、ユミリアに会いに来る様になる。ユミリアは幸せだった。私は世界で一番幸せなのだと、実感していた。優しい父と母は将来の王妃様だと、毎日の様にユミリアを王妃扱いし。また、ユミリアも自分の人生は本当に幸せなのだと、疑う事さえ無かった。
十才の誕生日。候爵家に司祭が訪れ、ユミリアは聖女の称号を得る。
"闇の聖女ユミリア"それが、彼女が与えられた称号だった。
エミュール王子も祝いの席に駆け付け、新たな聖女の誕生を喜んだ。
そんな幸せな日々が続く中。ある日、ユミリア一家の元にある知らせが届く。もう一人の聖女の誕生である。
"光の聖女セレナ"彼女は孤児の生まれで、その才を見出だされ。公爵家の養女となる。
その後、国王陛下の誕生パーティーが開かれ。ユミリア達は一家で、その誕生パーティーに招待されていた。ユミリアは辺りをきょろきょろと見回し、エミュール王子の姿を探す。
しかし、しばらくしても現れないエミュール王子に、ユミリアはがっくりと肩を落とす。そんな中、ユミリアの前に現れた一人の少女。
「御初に御目にかかりますわ、ユミリア様。よろしければ、私とお友達になって頂けますかしら?」
ユミリアにそう言い、お辞儀をする少女の名は。"光の聖女セレナ"。ユミリアとセレナはすぐに仲良くなり、打ち解け合った。ユミリアは、元気で明るい彼女と仲の良い親友になれると、この日この時まではそう思っていた。
そしてしばらくすると、ユミリアに会いに来るエミュール王子。王子はユミリアの隣に居るセレナに気が付き、挨拶をする。ユミリアは何も気にせず、グラスを片手に。エミュール王子とセレナが楽しそうに会話をするのを、ただ聞いていた。
楽しそうに笑う、エミュール王子とセレナ。
この日を境に、エミュール王子が候爵家に訪れる事は無くなったのである。
ユミリアは十二才になり、学校に通い始めていた。ユミリアがふと教室の窓から外を覗くと、そこにはエミュール王子の姿が見える。そしてその傍らには、楽しそうに話す"光の聖女セレナ"の姿があった。
「……エミュール王子。」
エミュール王子が一人の時に声をかけても、王子は顔を反らしユミリアを極端に避ける様になっていた。
…………。
この恋は終わったのだと、ユミリアは泣いた。
ユミリアは十六才になり、貴族の騎士、魔法学校に入学する。そして、その新入生歓迎のパーティーの場で、エミュール王子の口から三年間の冒険メンバーが発表される。その中には、やはりユミリアの名前は無かった。
王子の口から出たのは、"闇の聖女"では無く、"光の聖女"セレナの名前だった。
……その日、ユミリアは。王子の口から、正式に婚約の破棄を告げられる事となる。
ユミリアの目に涙は無かった。その目からは、とうに涙は枯れ果てていた。
そんなユミリアの前に、一人の少女が現れる。彼女の名前はイズミ、呪われた少女イズミ。
ユミリアは冒険のメンバーに、イズミ、シオン、リカルドを選び。王子を見返す為、勉学、魔法、冒険と。精一杯励み、努力を惜しまなかった。
辛かった、時には泣いてしまう事もあった。しかし、ユミリアは友となったイズミの姿に。そのどんな時でも明るく直向きな彼女に。……ユミリアの心は救われていた。
友に。イズミ、シオン、リカルドに助けられていた。
特にイズミはそそっかしくて、かなりのドジである。ただでさえ呪われていると言うのに、危なっかしくて放っておけない。
呪われた少女イズミ。厄災の魔女の呪いをかけられた少女。
どちらかと言うと、ユミリアの方が世話をしているのだが。……そんな友に。呪われているのに、何時も明るく振る舞うイズミの姿に。ユミリアは感謝をしていた。
ユミリアにとって、友と冒険をする三年間はとても楽しい思い出となっていた。
……しかし。
卒業式の翌日。魔王に挑み、そして敗北し。私達は命を失う事となる。
ユミリアは薄れ行く意識の中、冷たくなって行くイズミの姿を見ていた。その時、突然イズミの体が光を放ち、眩い光に包まれていた。
……あれは一体、何だったのだろうか?
そしてまた、私の命も尽きる。
優しいお父様とお母様。シオン、リカルド……。そしてイズミ。
……ああ、私の楽しい学園生活の数々の思い出が蘇る。
…………。
私は走っていた。
土砂降りの雨の中、ただひたすら走っていた。
……?
私は、死んだ筈では?
私はそれでも走っていた、そして同時に酷くお腹が空いていた。
……?
今迄生きてきて、こんなにも酷い空腹を感じた事など、一度でもあっただろうか?
それと何か少し、体に違和感を感じるのだ。
……私は、こんなにも小さかっただろうか?
私は激しい雨の中、酷い空腹をひたすら我慢し走り続けていた。まるで何かに怯えている様に。
いや、実際に怯えていた。
少しづつ、意識がはっきりし始める。そして、唐突に理解する。
私は奴隷の少女。村が魔物に教われ、逃げている最中なのだ。その恐ろしい魔物に怯え、必死に走り続けていたのだと。ユミリアは事の全てを今、はっきりと思い出していた。
そしてこの少女の名もまた、奇しくもユミリアと言った。ユミリアは生まれ変わっていたのである。そして今、唐突に前世の記憶がふと蘇ったと全てを理解した。
ユミリアは立ち止まり、自分の両手をじっと見つめる。
…………。
魔力を感じる。前世の記憶が全て残っている為、今迄この体で使えなかった筈の魔法の数々を、前世同様使える事に気が付いた。
…………。
お腹が空いて、動けない。よく自分は、この様な状態で、今迄走っていたのだと驚いた。
ユミリアは空腹もあり、疲れ果ててその場に倒れ込んでしまう。雨が止んでも、ユミリアは動く事が出来ずに倒れたままだった。
……自分は死ぬのだろうか??また、あの時の様に死んでしまうのだろうか?
ユミリアが意識を失って、しばらくすると。そこに偶然通りかかる人影が現れ、その人物はユミリアの体を抱き抱えて、何処かへ消えて行った。
…………。
目が覚めると、そこはベッドの上だった。そのベッドは今迄ユミリアが使っていたベッドと比べると、とても古くボロさの目立つ汚いベッドだと言えるだろう。しかし、今この体のユミリアはベッド所か、何時も固い地面の上で眠っていたのである。ベッド所か、布団があるだけで幸せなのだと感じていた。
「おはよう。」
声がする方向を振り向くと、そこには何だかとても気が弱そうで、何処か暖かみがある優しい笑顔の少年の姿があった。
「君、森の外で倒れていたんだよ。びっくりしたよ。あ、お腹空いてると思って作って来たんだけど……。食べるかい?」
──!?
私は全力で頷いた。気が付くと私は、夢中で食べていた。こんなにも、食べ物を必死に口に詰める事など、今迄に一度でもあっただろうか?今迄一度でも、これ程空腹を感じひもじい思いをした事があっただろうか?
いや、この体の方のユミリアなら、特に何て事もない何時もの日常なのだが。
……私は少し冷静になり、何時もの様に上品に食べる事にした。
…………。
この人は一体誰何だろうか?私は食事をしながら、ちらっと少年の方に目をやる。少年は、何だか少し悲しそうな目で、私を見ていた。
うーん。そうなるよねぇ。十才位の奴隷の少女が行き倒れなんだし。
…………。
そして私は、少しの違和感に気が付く。私はこれでも前世では聖女だったのだ。当然魔力を感じ取る事が出来る。私は目の前にいる少年の魔力に違和感を感じていた。
普通の人間ではないだろう、恐らく魔族。
…………。
私はゆっくりと、スープを飲みほした。
「美味しかったかい?その……。僕はちょっと料理が苦手でね、美味しく無かったのならごめん。」
前世が一応貴族だった私は、この程度の食事で美味しいと感じる事はあり得ない事だったが。しかし、今この体のユミリアは違う。こんなにも温かく、美味しいと思える料理は生まれて初めての事だった。
気が付いたら、私の目には涙が溢れていた。……涙が止まらなかった。この体のユミリアは、今迄こんなにも人に親切にされた事など一度もないのだから。
私は自分の目から溢れる涙を必死に擦り、その涙を止める。当然だが、人も魔族も関係無い。助けて貰い、親切にして貰ったのだからお礼を言わないといけない。
私は、その少年に感謝の気持ちを述べた。
「あっあ、あいゆー。」
──!?
……あれ?
「君、言葉が話せないのかい?」
…………。
そうなのだ。この体のユミリアは今迄一度も言葉を話した事が無いのである。
…………。
「あっ、あっ、あいゆー。」
…………。
……少し、調整する。
「……あり……がと、と……てもおいしかた。こん……な、おいしいたべ……もの、はじ……めて。」
何だか、凄くかたことになってしまったが。とりあえず問題無く喋る事は出来る様だ。
「…………。」
少年は、にこりと笑う。
「そう、良かった。」
「今夜はここに泊まるといいよ。あ、体を洗いたいなら、家の裏に綺麗な泉があるよ。」
…………。
……泉?
うーん。やはり前世との落差が激しい。こちらのユミリア的には、それは普通の事なのだ。だいたい川なんだし。
しかし言われてみれば、体を洗う事何て普段無く。最後に川で洗ったのは随分と前の事だと自分でもぞっとした。いや、実際かなり臭うだろう。私は素直に泉に向かう事にした。
…………。
……泉?沼の方が近いかも知れない。
…………。
……ちゃぷ。とりあえず入る私。かなり冷たい、酷く冷たいのだが、我慢すれば入れない事もない。この体のユミリアは慣れているのだろう。
…………。
……これから、どうしよう?正確な年齢は分からないが、恐らく年は十才前後なのだろう。こんなにも小さい体で、この先生きていけるのか少し不安になる。
……ちゃぷ。
…………。
泉の回りに、ぽつぽつと薄い光を放つ何かがある。……蛍?いや、精霊?
よく分からないが、緑色の球体が淡い光を放ち、ゆらゆらと舞うように漂っていた。
「……綺麗。」
……それは、とても幻想的な光景だった。精霊の一種だろうか?ふと、自分が聖女なのを思い出した。私は瞳を閉じ、魔力を張り巡らし辺りを探ってみる。
…………。
……いる。沢山の精霊達が。そして沢山の魔物、それに魔族。あの少年も魔族だった。恐らくここは、魔族の住まう森なのだろう。
…………。
「お帰り。あのさ良かったらなんだけど、服を貰って来たんだ。着る?」
…………。
よく見たら、私の服は何とも酷くぼろぼろで汚く、臭いも酷かった。……まあ、奴隷だったのだから仕方がない。今よりかは大分ましなので、私は有り難く着る事にした。
「君、名前は?」
…………。
よく考えたら、まだ自己紹介すらしていなかった事に気が付いた。
「ユ、ユミ……リア。」
また、かなりかたことになってしまった。なかなか慣れない。
「僕はリヒトー、よろしくね。君一人?親とか兄弟は?家は何処?」
私は、ぷるぷると首を振った。よく分からないが、何だか頭で考えるより何故か体が先に動いてしまっている。
「…………。」
「…………。」
「そ、そうなのかい?君さえ良ければ、しばらくこの家に住むといいよ。」
「あ、りがとお」
……私、しばらくこの家に厄介になる事にした。ベッドは使っていいよと言われたので、そのままベッドに潜り込む私。少年は。リヒトーはソファーで休んでいた。
…………。
……いい人そうだ。
しかし、魔族なのである。正直、私は魔族にあまりいい印象を持ってはいない。私自身が魔族の手によって、命を落としたのだから。
……でも私には、リヒトーは他の魔族と少し違う様に思えた。
そして私とリヒトーが出会ってから、三ヶ月が過ぎようとしていた。私達の生活は、本当に単純な物で。リヒトーは朝早く出掛け、そして夜には戻り、何か食べ物を探して私の所に戻って来る。私はそれ迄、家の掃除や洗濯。そして、リヒトーが持って帰って来る食べ物を料理して食べる。
家もそんなに立派ではないし、ベッドも相当がたが来ている。おまけにお風呂も無い。
普通の人からすれば、二人の生活は決していい暮らしとは思えないだろう。しかし、私は、この生活が。彼との暮らしがとても気に入っていた。
この村には、他にも魔族が暮らしていた。しかし人の形をしているのは、リヒトー含めて三人しかおらず。他の魔族達は、ほぼ半獣や魔物達だった。
そんな百人も住んでいない、魔物達の村で。私達二人の生活は、五年という歳月が過ぎ去っていた。
…………。
この頃、リヒトーの様子が何だか少しおかしい。
いや、原因はある程度分かってはいるのだ。私が年を重ね、少し大人に近付いたからだ。彼は少しづつ、私から遠ざかる様になっていった。私達の住んでる家の向かいに、空き家が一軒ある。長年、誰も住んでいない為かなり劣化が激しい。
彼は私に、そこに住まないか?と尋ねる。だから私は、彼にこう言った。
「私に出て行って欲しいって事?それなら、そうするわ。」
彼は慌てて否定し、君さえ良ければずっとこの家に居て欲しいと言う。
さらにそれから三年の月日が流れ、私はすっかり大人になっていた。
泉に映る自分の姿を見て、私は前世の自分を思い出す。やはり、似ている。名前だけではなく、その姿形までもが又、前世の私と瓜二つだった。
家に戻ると相変わらず、リヒトーの様子がおかしい。彼はさらに、あれから私を遠ざける様になっており。食事の時以外、あまり話さなくなっていた。
最初の頃は嫌われたのだと、思っていたのだが。それも、どうやら違うらしい。……恐らく私が、大人の女性になったからだろう。
ある日彼は食事の最中、何やら神妙な面持ちで私に少し話があると言い出す。
私は食事を口に運びながら、彼の話を聞いていた。内容は、少し遠出をする必要がある為、しばらく家には戻れないと言う。何しに行くの?と尋ねても彼は話を濁し、教えてはくれなかった。
…………。
「じゃ、じゃあ行ってくるね。……なるべく早く戻る様にはするから。」
……そしてそのまま。一ヶ月経っても、彼が戻って来る事は無かった。
悲しかった。やはり私が避けられていたのは、彼に嫌われていたからなのだ。私は暗闇の中、一人ベッドで泣いていた。
……私の事が嫌になったのなら、言ってくれればいいのに。
…………。
食糧の残りは後、二日間分。……まあ、私ももう大人なのだ。聖女だし、魔法はかなり扱える。食べられる獣を狩る事は簡単だし、かなり野草にも詳しくなった。食糧に困る事は無いだろう。
…………。
私は村を出ようと考えた。村を出て町に行き、本来の人としての生き方に戻ればいいだけなのだから。
彼が居ないなら、もうこの村にいる必要など無い。そう考えると目から涙が零れ落ち、涙が溢れ止まらなかった。……ただただ、悲しかった。
翌朝。良く眠れずに、涙で顔を腫らした私は荷物をまとめ家を出る。
そして、まず私は泉に向かう。泉に手を入れ、この泉には毎日お世話になったなぁ、と染々思う私。泉の精霊達にお礼を言い、家に戻る。
私は家を見つめながら、思い出す。
「……この八年間。色々な事があったなぁ。」
ここでの生活は楽しかった。決して裕福とは言い難いが、幸せだったと思う。
…………。
…………。
さようなら、リヒトー。
「さぁ、何処か村か街を探さなきゃ。近くにあると良いのだけれど。」
近くの村……。私が以前住んでいた村は、あれからどうなったのだろう?いや、あの村に戻るのは少し気が引ける。出来れば違う村を探したい所である。
……もう、行こう。私は目を閉じ、お世話になったこの家に感謝をし。そして、おもむろに振り向き歩き出した。
「あれ、出掛けるのかい?」
…………。
そこには、リヒトーの姿があった。
「ごっ、ごめん。帰るのが遅くなって。あっ、何か食べる物ある?僕もう、お腹ぺこぺこでさ……。」
…………。
「はは、もう三日も何も食べて無くて、ほんともう死にそうだよ。……ははは。」
…………。
私の目から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。私は彼の胸に泣きながら飛び付き、彼の胸を何度も叩いた。
「バカバカァ、一体何処に行ってたのよ!私もう、帰って来ないと思って。今から出て行く所だったわよ。」
……私は一体何回、彼にバカと言っただろう。私が泣き止むまで、彼は何度もひたすら謝り続けた。
…………。
……ひっ、ぐすっ。
「ごめん、これを探しに行ってたんだ。」
彼は荷物をごそごそし、中からある物を取り出した。
……綺麗な宝石だった。
「これを見付けるのに苦労してね。ちょっと遠いのだけれど、魔族しか知らない秘密の鉱山があってね。これをずっと掘って、探してたんだよ。……どう?綺麗だろう。」
「…………。」
「そっ、それでさっ。……あのっ。」
「…………。」
「こっ、これでその。……僕と、僕とけっ。……結婚して欲しいんだっ!……受け取って……くれるかい?」
彼は優しい瞳で私を見つめ、私にそれを差し出した。
──スパーン!!
私はそれを投げ捨てた。
「いらないわよ、こんな物!そんな事よりもっと早く戻って来なさいよ!私、もう知らない!私もう寝る!!」
──バタン。
…………。
私は頭に来て、そのままふて寝する事にした。怒ってふて寝する私だが、リヒトーが帰って来て安心し、笑ってる自分がいた。
…………。
しかし、返事どうしよう?
私は恐らく彼の事が、リヒトーの事が好きなのだろう。けれど私には、恋愛と言う物にあまりいい思い出が無かった。
私は、エミュール王子の事を思い出す。私はもうあの日から、二度と恋はしないと心に決めていた。もう二度と、人を好きにならないと。そう心に決め、親が次に決めたまだ顔をも知らない男性と、結婚すると私は思っていた。
そして私は学園生活を送りつつ、四人で冒険へと旅立つ。
……しかし、シオンと出会い。私は自分の考えを、少し考え直し始めていた。彼は、シオンは最後。私を庇って死んでいった。彼の最後の言葉を思い出す。
「ユミリア、君が無事で良かった。俺は君の事がずっと……。」
…………。
あの時、あの後の言葉を。……私はずっと待ち望んで居たのかも知れない。
……あの時、聞けなかった言葉を。
しかし、ユミリアは死に。また、シオンも死んだのだ。もう、この世には彼は存在しないのだから……。
…………。
私は、宝石を受け取る事にした。
それからの半年間、私達は慎ましながらもしあわせな日々を送っていた。こういう幸せも、いいなと思えた。
暑い夏の夜、二人で泉の畔で夜を涼みながら、美しい精霊達の姿を眺める。宙を飛び交う小さな精霊と、うっすらと優しい緑色の光を放ち、空に飛び立つ植物の胞子を。その何とも美しい光景を、ただ二人でぼんやりと眺めていた。
彼はそっと、優しく私を抱き締める。私は彼の腕の中で、ずっとこんな日が続けばいいのにと思いながら、空に浮かぶ月を見上げた。
……こんな日が、ずっと。
…………。
しばらくして、彼が出掛ける時。また帰りが遅くなると言い出し始めた。
「ちょ、ちょっと!また一ヶ月も戻って来なかったら、今度こそ私。出て行くからねっ。」
「だっ、大丈夫だよ。今度は早く戻るから、明日の夜には戻れると思うよ。ごめんね。」
彼はおろおろと取り乱す、私はそんな彼の頬にそっと口づけをする。
「行ってらっしゃい、リヒトー。なるべく早く帰って来てね。」
「……うん。それじゃ、行ってくるよ。」
……その日の夜、私は急に目眩がし、頭がくらみ倒れそうになった。
「……あれ?」
何だか頭が少しぼーっとする。体か熱いし、少し熱っぽい。体はかなりだるさを感じる。
…………。
私はとりあえず、早く休もうとベッドに潜り込み眠る事にした。
…………。
──!?
私は異変に気が付く。もう夜だと言うのに窓の外が明るい。
「……えっ、何?」
私は急いで外に出る。
燃えていた。……村が。私達の村が燃えている。
「ギャア!」
殺されている魔族や魔物達。……冒険者だろうか。複数の人間が魔族を殺し、村に。いや、森に火を放ったのだ。
「何をしているのっ?やめてっ!」
私は必死に叫んだ。
「……あぁ?何だ、この女。」
「お前、人間か?」
「魔物を倒して、何が悪いんだ?」
…………。
確かに、私達も魔王を倒す為に魔族と戦い。魔物達を倒していた。……しかし。
「この森に住む魔族や魔物達は、決して人を襲ったりなんかしないわ。そうよ。だから、こんな森にひっそりと静かに暮らしているのよ。」
この村の魔族や魔物達は皆、人間の私に優しかった。
…………。
私がそう言うと、彼らの内の一人が私に近付き。私を睨み付ける。
「そんなもんは関係ねぇ!俺達の村の皆も、そうやって静かに暮らしてたんだっ!……それが、それが。あんな事に。俺達が留守にしている間に、奴等に皆殺しにされたんだっ!!」
……私は、何も言い返せ無かった。
「そうだっ!俺達は奴等に復讐する為に、立ち上がり。そして、死に物狂いで強くなり。そして、遂に俺達は倒したんだ。あの魔王をな。」
魔王を倒したの?あの強大な魔力を持つ魔王を?王国の騎士団、総出でも倒せなかったあの魔王を……。
「俺達は魔王を倒し、そして世界の平和を取り戻す為に。この近辺の魔物を狩っているんだ。」
…………。
「しかし、お前本当に人間か?こいつもしかすると、魔女なんじゃねぇのか?」
……魔女?
その言葉に彼らの目付きが変わり、私に剣を突きつける。
──!?
……彼らは殺る気だ。
私はとっさに身構え、呪文の詠唱を唱える。一応、これでも私は聖女なのだ。かなり高位の魔法も扱える事が出来る。……しかし、魔王に敗れた私が。魔王を打ち倒した勇者に、抗える筈もなく。
……勇者の剣は、私の胸を貫いていた。
「……ぐっ。」
私は薄れ行く意識の中、私の頭の中にずっとあの人の顔が浮かび上がる。愛するあの人、リヒトーの顔が。
……ごめんなさいリヒトー、私。
……私。
…………。
…………。
────────。
翌日、帰宅したリヒトーは。冷たくなった私を見つけ取り乱し、泣き叫んだ。
「何があったんだ、一体何が……。目を開けてくれよ、ユミリア。ほっ、ほら。見てくれよユミリア。君の為にドレスを買って来たんだ。君が喜ぶと思って、君の笑顔がただ見たくて。君は結婚式を挙げたいって、言ってたじゃないか……。君はとても綺麗だから、必ず似合うよ……。このドレスを着て、一緒に結婚式を挙げよう……。だから目を……。目を開けてくれよ、お願いだユミリア……。」
「…………。」
「……ユミリア。」
リヒトーは何度も何度も、冷たくなった私の体を必死に揺さぶった。
「…………。」
「……ううっ。」
「うわああぁぁぁぁぁぁー。」
リヒトーは冷たくなったユミリアの体を抱きながら、三日三晩泣き叫び続けた。
その後、ただ一人生き残った魔族に話を聞き。やったのは、魔王を倒した勇者達だと知らされる。そしてしばらくすると、その魔族もやがて息を引き取った。
泉の側に、二人の思い出の泉の側に。リヒトーはユミリアの体を埋める。
「……とても綺麗だよ、ユミリア。」
リヒトーはユミリアの体に、ドレスを着せた。二人で挙げる筈だった、結婚式のドレスを。
リヒトーはユミリアの体を抱きしめながら、優しく話しかける。
「ユミリア、結婚式を挙げて上げられなくて本当にごめん。もし……またもし、生まれ変わる事が出来たなら、今度は二人で結婚式を挙げよう。」
リヒトーは、泣いていた。
「……だから、それまで安心して眠って欲しい。」
…………。
「……安心して。」
…………。
「……必ず。」
「必ず仇は取るから、安心して眠って欲しい。」
リヒトーの涙は、赤かった。
「必ず、人間共を皆殺しにしてやる。……必ずだ!!」
この日から、リヒトーは変わった。変わり果てていた。あの優しいリヒトーは、もう何処にも居なくなっていた。
……そして、何百年と月日は流れ。
私は、新たに生まれ変わっていた。
…………。
あれから、どうなったのだろうか?リヒトーは?今は一体、何年後なのだろうか。
私は蘇った記憶と、今の記憶が混ざり合い困惑する。……そして鏡を見る。
「……蛇だ。」
私の名前はラミリア、魔王軍幹部の娘ラミリア。下半身が蛇の姿の魔物。顔は……。何処と無く少しユミリアの面影が残っていなくも無い。
…………。
……リヒトー。
リヒトーが、彼が近くに居るのは分かっていた。私はすぐに、彼の元に向かう。
……彼は、魔王となっていた。
「リヒトー……。会いたかった。」
しかし、私を見る彼の目が少しおかしい。いや、それは仕方が無いだろう。今はこんな姿なのだから。
「俺に何か用か?手短に頼む、今少し疲れていてな。」
…………。
私がユミリアと言ったら、彼は信じてくれるのだろうか?そうだ、私と彼しか知らない。あの思い出の話をすれば、彼はきっと気が付いてくれるに違いない。
「リヒトー聞いて、私よユミリアよ。私生まれ変わったのよ、覚えてるでしょう?二人で一緒に……。」
…………。
彼は恐ろしい目で、私を睨み付けた。
「……リヒトー?」
「貴様如きが、ユミリアの名を語るなぁ!!」
「……く、苦しいわ。やめ……て、リヒトー。」
彼は怒り狂い、私の首を絞める。……そして。
…………。
…………。
私は最も愛する人の手で、命を奪われたのだった。
……そしてまた、月日は流れる。
気が付くと、私は泉の精霊の姿になっていた。私は彼の事を考える。
リヒトーは、彼は変わってしまった。あの誰よりも優しい筈のリヒトーが、憎しみに囚われ多くの人の命を殺めている。
……私の復讐の為だけに。
私はそんな事は望んでいない、私は彼を止めたかった。
しかし、姿も変わってしまった私には。もうどうする事も出来なかった。
この場所から動く事すら出来ない私は。彼の事を想いながら、ただ時間が過ぎるのを待ち続けた。
そしてある日、泉にやって来た魔王の配下の手によって泉は焼き払われ、私は消滅した。
…………。
そして、月日は何度も流れ続ける。
私は足の不自由な一人の村娘に、生まれ変わった。この足では、彼に会いに行く事すら叶わないだろう。リヒトー達、魔王軍によって数々の国が滅び、消え去っていく。
私は、せめて彼を止めたかった。もう私達には、あの幸せな日々は二度と戻っては来ないのだから……。
そんなある日、村に魔物が攻めてきて私はまた命を失った。
そして、また月日は流れ。私は生まれ変わる。
──!?
私は鏡を見て驚いた。
「……ああっ。」
驚かずにはいられなかった。こんな事があるなんて……。
……鏡に映るその少女の姿は、ユミリアに瓜二つだった。その顔も、声もその姿は間違い無くユミリアそのものだった。
「……ああっ、これで。これでやっと彼に会いに行ける。……彼を止める事が出来る。」
私は涙を流し喜んだ。この姿ならきっと彼を止められる。そしてまたリヒトーを、彼を抱きしめる事が出来る。また、あの幸せな日々を取り戻す事が出来るのだと。私は涙を流さずにはいられなかった。
……私は、彼に会う為に騎士学校に入学する事にした。リヒトーに会う為に。彼に会う前に死んでしまっては元も子もない。
私は三年間必死で努力し、魔王討伐軍に入り彼の元に向かう。
やっとリヒトーに会える、やっとあの人に……。私は自分の胸が、次第に高鳴って行くのを感じていた。彼は私の顔を見たら、どんなに驚く事だろう?そうすればきっと彼もまた、あの優しかった頃のリヒトーに戻ってくれるに違いない。そうすればまた、あの幸せな日々が戻って来ると……。
私は信じ、彼の元に向かった。
以前ここに住んでいた私には、城の中の構図は良く理解していた。私は討伐軍からこっそり離れ、裏道を通って彼に会いに行った。
…………。
「リヒトー、私よ。会いたかった、ずっとずっと貴方に会いたかった。ずっと貴方の事を考えていた……。」
「…………。」
リヒトーは、何も言わなかった。
「私よ、ユミリアよ!分かるでしょ?リヒトー。さあ、思い出して。」
「……ユミ……リア?」
リヒトーが、私の名を呼ぶ。
「そう私よ、ユミリアよ。思い出してくれた?」
彼は私の名前を呼び、ゆっくりと私に近付き。そっと私の顔に手を寄せる。
「……ユミリア。」
「リヒトー。」
「ユミリア?知らんなぁ、誰だそいつは?」
──!?
「……そっ、そんなっ!?苦しい……。やめてっ、リヒトー。」
……彼はもう、私の事など覚えてはいなかった。
ただ人間への憎しみだけで、人々を滅ぼし続けていた。彼は、リヒトーは。既に人の心を無くし、身も心も魔王と成り果てていた。
私はまた、最も愛する人の手でその命を奪われた。
……もう、彼を救う事は出来ないのだろうか。
そしてまた、月日が流れる。
次に生まれ変わった時。私は、その前世の記憶の大半を失っていた。生まれ変わった事は、理解していた。あの人の事も覚えている。そして、あの人を止めなければいけない事も。
…………。
しかし、あの人とは一体誰の事なのだろう?
……あの人。とても、とても大切な人なのは覚えている。しかし、顔も名前も思い出せ無い。
……そして月日は流れ。私はまた、生まれ変わる。
そしてまた、次も。
次、生まれ変わった時。私は前世の記憶を全て失い、全く覚えてはいなかった。
生まれ変わった事さえ、気が付いてはいなかった。
そして、普通に育ち普通に生きる。そんな当たり前の人生を歩んでいた。
そんな私はある日、不思議な夢を見た。
それは悲しい恋の物語。
愛する二人が結ばれ、そして無惨にも引き裂かれる。生まれ変わっても、生まれ変わっても愛する人を止められない。
だからどうか、彼を止めて欲しい。誰でもいい、どうか愛するあの人を止めて欲しい。これ以上、私の為に罪を重ねないで欲しい。
そしてもう一つ、私は大切な事を思い出す。私には、とても大切な友人が居た事を。私はもう一度、彼女に会いたかった。名前も知らない友達に、とても大切な親友に。
もしかすると、彼女ならあの人を止めてくれるかも知れない。
……しかし、これは願いでは無い。
一種の呪いなのだろう。私はこの世界で一番愛する人の死を、願っているのだから。
それも、一番の親友である彼女に。
そう、これは呪い以外の何物でもない。聖女の、いや。魔女の呪いなのだから……。
全ての厄災を産み出した、魔女の呪いなのだ。
……そしてまた、私は生まれ変わる。
私は走っていた。
薄暗い森の中を、懸命に走っていた。
一体、この先に何があるというのだろうか?私は、ただひたすら走り続けていた。
この先に、何があるのかは分からない。ただ、どうしても走らずにはいられなかった。
ふと、私は建物の前で立ち止まる。この建物に、一体何があるというのだろうか?
しかし私は何だかこの建物に、不思議と懐かしさを感じていた。
窓が開いていたので、私はそこから中に入る。
そして私は、一人の少女にぶつかった。
「あいたっ。」
私は、その人の顔を不思議そうに見つめる。
「あっ、あの。私と友達になってくれませんか?」
私は、こくりと頷いた。
「貴方のお名前を、教えてくれる?」
私は、ぷるぷると顔を横に振る。
「じゃあ名前を決めないとね。……えーと、テティス何てどうかな?今日から貴方はテティスちゃん。よろしくね、テティスちゃん。」
『終』
俺は憎んでいた。
俺からユミリアを奪った、人間を憎んでいた。
しかし、俺はその人間に倒される事になる。
……負けたのか、俺は。
いや、俺の心はとうの昔に死んでしまっていたのだろう。
俺は、勇者の剣で貫かれその命を落とした。
…………。
そんな俺の元へ、一匹の小さな妖精が近付いてくる。
……なんだ?
その刹那、妖精の体が光を放ち。俺の目に一人の女性の姿が映し出される。
「……ユミリア?」
「ユミリアなのかい?僕に会いに来てくれたのか?」
彼女は優しく、僕を包み込む。
「聞いてくれ、ユミリア。僕は君の喜ぶ顔が見たくて、君にとても似合うドレスを買って来たんだ。……でも、あんな事になって。」
ユミリアは、ただ黙って僕を優しく見つめている。
「今度生まれ変わったら、今度こそ僕と結婚式を挙げよう。……愛してるよ、ユミリア。」
その言葉に、ユミリアはにっこりと微笑み。二人の魂は天へと登って行った。
「今度生まれ変わったら、きっと……。」
…………。
僕は生まれ変わった。そして今、目の前に純白のドレスを纏い、僕に微笑みかけるユミリアの顔があった。
「綺麗だ。本当に綺麗だよ、ユミリア。」
とても幸せそうに微笑む、彼女の姿を見て。僕の目から、大粒の涙が溢れ出る。
「貴方が泣くなんて、意外だったわ。……でも嬉しい。」
「何を言ってるんだ、ユミリア。君も泣いているじゃないか?」
「あら、やだ私ったら。うふふふ……。」
ユミリアもまた、涙を流していた。
……ああ。本当に綺麗だ、ユミリア。
僕は今すぐ、この場で彼女を抱き締めたかった。……いや、まあ。それは流石に不味いか。
結婚式が終わり、馬車に乗り込む二人。皆が、いや。国中の人達が二人の結婚を祝福した。
「おめでとう、シオン。」
「おめでとう、ユミリア。……お幸せに。」
魔王を倒し、国を救った英雄の結婚式に。国中が沸き立ち、皆が二人の新たな門出を祝っていた。
……おめでとう。
……おめでとう。
…………。
彼女は僕の隣で、屈託の無い笑顔で涙を流し喜んでいた。
そして彼女は、微笑みながら僕の手を取りこう言った。
「私達も行きましょ。リカルド君。」
……ああ運命は、何て残酷なのだろう。
『完』