視えない俺と視える彼女
「……あの……」
「何だ?」
急いでいる時に限って呼び止められるのはなぜだ。
振り返ると眼鏡をかけたどこか野暮ったい感じのメイドがすぐ後ろに立っていた。
「……最近、ご家族を亡くされましたか?」
何だコイツは。
人のプライベートなことを、ずけずけ聞きやがって。俺がつい先日不慮の事故で両親を失ったことを知った上で、興味本位で聞いてきたのか?それとも俺の気を引くためだろうか。
まだ俺自身、両親が亡くなった実感もわかないのに。
「……話す必要性を感じんな。失礼する」
「でも……あの……」
俺はそのメイドが引き止めるのを無視してその場を立ち去った。そして、そのメイドとはそれで終わったつもりだった。
たが、次の日。
「……あの」
振り向くとまたあのメガネがいる。
その次の日も。
「……すみません、話を……」
またその次の日も。
「……少しでも話を……」
俺は声でそのメイドが分かるようになり、無視して歩きそのままメイドを振り切るようになった。
それにしてもしつこい。
家族が亡くなった悲しみが薄まるほど、そのメイドに対して腹を立てていた。
新手の嫌がらせか?
あまりにしつこいので、俺は逆にそのメイドの情報を集めることにした。
「……珍しいな、堅物のお前が飲みに誘うなんて」
情報通で知られた同期に声をかけて、街の酒場で一杯ひっかける。
「……悪い」
「いや、いいんだ。……むしろ、俺と飲むことでお前の気持ちが少しでも上向くならいいんだが……このたびは、何て、言ったらいいのか……」
だよな。普通はこの反応だ。
両親を亡くした俺を気遣って、話しかけるのもためらうのが。……それを、あのメイド……。
「いや、いいんだ。正直まだ実感がわかないんだ。……実はメイドについて知りたいんだが……」
「おっ!ついに、お前にも春が。別れのつらさを紛らわすなら新しい出会いってね!メイドのことなら何でも分かるから聞いてくれ!!」
同期は前のめりで話してくる。
「……違う。逆だ。腹立たしいから、そいつの上司を通して注意してもらおうと思って」
俺は今までのことを簡単に説明した。同期は「なんだ」と少しがっかりしていたようだが、少し考えてメイドについて話てくれた。
「……茶髪で三つ編み、メガネをかけている野暮ったいメイドか……それなら多分、男爵令嬢のシシリーだな」
アイツはシシリーと言うのか。
「所属は分かるか?」
「ああ、だが上司に言うのは難しいな。彼女は王妃付きのメイドで、しかも王妃のお気に入りだ」
「男爵令嬢が王妃付きのメイド?」
普通、王妃付きになれるのは伯爵令嬢以上だろう。
「ああ、抜擢された当時はかなり話題になったし、やっかみもすごかったんだがな、王からも一目置かれてるらしいと分かってからは、むしろ誰も彼女のことは触らなくなった」
「王が一目置いてる?……アイツをか?」
「ああ、普段全く目立たないからどこが気に入られてるのかさっぱり分からないがな」
俺はグラスの酒を飲み干した。何でアイツが……。
「……本人と話すほうが良いんじゃないか?それでもダメなら王妃様に直訴しろよ」
同期の言葉に頷きたくない自分がいる。
あんなヤツと話すのは本当は死んでも嫌だ。
でも、それしか手がないのも事実だからな……。
俺はため息をつくと、もう一本酒を注文する。
「おっ、いいね。飲め飲め、俺も付き合うから」
その晩は同期と酔いつぶれるまで飲み明かした。
次の日、やはりメガネは現れた。
「……あの……」
俺は振り向くと、声をかけた。
「毎日毎日、何の用だ。俺は忙しい。手短に話せ」
メガネは表情を変えず淡々と話し出した。
「自室のサイドテーブル、3段目のファイルの下、あなたが隠してる本がある。幼い頃、雷が怖くて雷が鳴ったら必ず母の手を握りに行っていた。最近、父と喧嘩して『今度の休みに彼女を連れて来る』と彼女もいないのに見栄を張ってどうしようかと悩んでいた。あと、好みのタイプは……」
「す、ストップ、ストップ、ストップ」
何だコイツは?
何でそんなことを知ってる?
俺に関することを喋っていたが、全てあたっている。しかも、俺が誰にも喋ったことないことばかり。しかも結構恥ずかしいやつ。王の影に諜報を担当する者がいるらしいのだが、コイツがそうなのか。
「……実はですね……私視えるんです」
突拍子もないことを言い出したぞ。
やっぱりただのヤバいやつなのか?でも何で俺をターゲットにするんだ?しかもどうやって調べた?
俺が不審者を見る目でメイドを見ると、メイドは大きなため息をついた。
「…………やっぱり、信じられませんよね。私も他人にいきなりそんなことを言われたら引きます」
自分でも分かっているならなぜ言う?
「……だけど、ここ最近、うるさくてうるさくて私の大好きな睡眠が貪れないんです」
話がどう繋がるんだ?
「それがどうした?何で俺を呼び止めるんだ?しかも何でそんなに俺の個人情報を知ってる?」
「察しの悪い人ですね……それでも精鋭と言われている第4騎士団の副団長ですか。あなたの家族がうるさいんです。レオナルド副団長。毎日、毎日、毎日、あなたに忠告しろって。私だって毎回毎回塩対応されるあなたに対して、ぶっちゃけ良い感情は抱いてないんですが、安眠のためにしぶしぶしょうがなしにです」
と一気に言い切った。
彼女は依然淡々としており、言葉に淀みはない。
……もしかして。もしかするのか?
「……ちなみに、家の両親は何て言ってたんだ?」
信じたわけじゃないぞ。聞くのは自由だからな。
「妹に気をつけろ。それだけです」
「は?妹って家の妹か?」
家の両親が亡くなってふさぎこんでる妹のことか?まだ16歳の。
「知りません。ただ、ご家族がそうおっしゃってるんで。……では、私の用は終わりましたので」
話は終わったとばかりに立ち去ろうとする。
「いや、いや、いや、ちょっと待ってくれ。情報量が少なすぎだろう。もっと何か無いのか?」
「あなたが、忙しいから手短に言うようにおっしゃいました」
確かに言った。でもそれは事情を知らなかったからで……。
「……それは悪かった。頼むからもう少し教えてほしい」
「私も忙しいんです」
それも、俺が言ったセリフだ。……こいつ根にもってるな。
「本当にすまなかった。俺にできることは何でもするから、もう少し教えてくれないか」
全面的に俺の非を認め、謝罪する。背に腹は代えられない。
「……仕方がありませんね。美味しいお菓子を持って来てくれたら考えましょう」
「分かった。どこに持って行ったらいい?」
「そうですね。自室に招いて他の人に誤解されても嫌なので、今晩9時にここで落ち合うのはどうでしょう?」
こいつ言いたい放題言いやがって。
「分かった。では9時に」
「それでは、失礼しましす」
メガネはその場を去って行った。
「……美味しいお菓子か……」
昨日飲んだ同期の顔が浮かぶ。
美味しいお菓子について考えている時点でいや、詳しい話を聞きたいと思った時点で、俺はメガネの言っていることが本当だと思っていることに、俺はまだ気付いていなかった。
待ち合わせの夜9時。
俺は言われた通り、美味しいお菓子をこれでもかと買って待っていた。
が、来ない。
すでに時計は9時15分を指している。
待たされて、イライラしているところに彼女が歩いてやって来た。
「申し訳ありません。遅れました」
全然申し訳なさそうではない様子で、謝罪してくる。
その様子にまたムカッとするが、ここは我慢だ。
「……いや、これを」
俺は袋に入れていた大量のお菓子を渡した。
「これは、限定のチョコレート!こっちは王家御用達のクッキー、これは今流行りのプチケーキ!!こんなにたくさんありがとうございます!!」
初めてメガネの笑顔を見た。
今までの無表情とのギャップで可愛いと思ってしまう……ことは無いな。
やっぱりメガネはメガネのままだった。
「それでは聞いても良いか?」
「はい、どうぞ」
「何で両親は妹に気をつけろって言ってるんだ?」
俺は一番知りたかったことを確認する。
「妹さんのせいで死んだからだそうです」
「……どういうことだ?家の両親は橋の崩落で馬車ごと落ちてしまったんだぞ。その橋についても、きちんと調査して、事件性は無いと判断されたんだが……」
「私もよく分かりませんが、何でも妹さんから速達で手紙が届いたそうです。それで慌ててルートを変更して帰ったら事故に巻き込まれたと……」
「偶然じゃないのか?」
妹が何の用で速達の手紙を出したのか分からないが。
「彼女いますか?」
メガネが急に関係の無い話題を振ってくる。
「は?」
「だから、彼女いますか?」
……こいつ俺に喧嘩売ってんのか?
いや、ここは我慢だ。
「いないが、それがどうした?」
「速達の内容が『あなたが彼女を連れて来るから急いで帰るように』だったそうです。ご両親は後から考えると、あなたに彼女ができたのも、妹さんから手紙が来るのもおかしいということで、あなたに忠告したかったようですよ」
「何だそれは……」
何だって妹はそんな嘘を……。
「分かりません。ま、とにかく知っていることは以上になります。あなたに忠告ができたので、私もあなたのご家族に煩わされることもなくなりましたから、今日から安眠できますし……その前にお菓子パーティーもできますし……」
どことなくメガネは嬉しそうである。
「……ちょっと聞いても良いか?」
「何でもどうぞ」
最初と対応が全く違っている。……これがお菓子の力か……。
「お前は視えるんだよな」
「はい」
「じゃあ、お前を通して俺の質問に応えてもらうことは可能か?」
「無理ですね。視えると言っても、私と会話ができるわけじゃなくて、相手が一方的にしゃべってくる感じですから。たまたま、知りたい情報をしゃべってくれる場合もありますが、それも運任せです。しかも、相手の要望を叶えると視えなくなるので、おそらくもう私があなたのご家族を視ることは無いと思います」
「そうなのか……いろいろ制限があるんだな」
ではどうすれば事件の核心に迫れるか……手段は一つだな。
「……いろいろすまなかった」
「いえ、信じてくれたのも王妃様以外で初めてですし、お菓子ももらえて満足です。もうお会いすることも無いと思いますし」
王妃様もメガネの能力を信じてるからこその寵愛か……。使いようによったら場を一気にひっくり返すからな。
「ああ、では失礼する」
ま、俺はせっかくの忠告のもと、成すべきことを成すだけだ。
たとえそれが大切な妹であっても。
と、もう二度と会うつもりはなくメガネと別れた。
それがなぜ、今自宅に帰る馬車に一緒に乗っているのか。
腹立たしくメガネを睨むがまったく気にする素振りもなく、窓の外を眺めている。
メガネ曰く、
「王妃様にお菓子をたくさんいただいた話をしたら、面白そう……じゃなくて、一緒に行ったら何か手助けできることがあるかもしれないから行ってらっしゃいと言われて来ました……帰ったら料理長特製のケーキをホールでたべさせてくれるって」
と、早朝から騎士団寮を訪ねて来て言われ、しぶしぶだが、一緒の馬車で自宅に帰ることになった。
自宅がある伯爵家の領地までは半日かかるので、基本的に寝泊まりは王都の騎士団寮で行っていた。3週間ほど前に、両親の件で1週間ほど滞在したが、あらかたのことが片付いたので、王都の仕事に戻っていた。
今は引退した祖父が父の仕事を引き受け、領地の運営をしている。そこで妹も一緒に生活していた。
不意に窓を眺めていたメガネが俺の方を向いて言った。
「とりあえず、私はあなたの恋人と言う設定でお願いします」
「はあ?」
いきなり何を言い出すんだ。
残念ながら、俺の好みはお前ではないし、死んでも付き合いたくない。
「だってそれ以外に私のことをどう説明するのですか?」
「そりゃあ……友人とか……」
「まだ、喪も明けきってないのに友達連れて帰っても大丈夫ならそれで構いません」
それは確かに不味い。そうでなくてものんびり暮らしていた祖父を当主代行に引っぱりだすのも散々渋られたからな。隙を見せたらこっちに火の粉が飛んでくるのは間違いない。領主には向いてないのは両親も分かっていて妹の婚約者のカイルに継いでもらう予定にしたからな。俺より勉強もできるし、妹との仲も良好だしな。
「……恋人で頼む。ただし、あくまでも今回だけだ」
「あたりまえです。私にも選ぶ権利はありますから」
ムカッ。
本当に人の神経を逆撫でする天才だな。
「……レオナルド様、到着しました」
御者から声がかかる。馬車が止まると、玄関の前に祖父の姿が見えた。
「レオナルド久しぶりだな!」
「お祖父様、お元気そうで何よりです」
「……ところで、隣にいるのは……」
「お初にお目にかかります、レオナルド様とお付き合いをさせていただいております、エイン男爵家次女シシリーと申します」
誰だお前は?
俺は思わずエスコートのため繋いだ手を思いっきり握ってしまった。
メガネのはずなのに、所作が美しせいか、そこそこの令嬢に見える。ただし、俺を見る目は鋭い。握っていた手をキツく握り返された。
「そうか……ついに、お前にも……。天国の両親も喜ぶだろう。さあ、入ってくれ」
祖父に促されて、屋敷の中に入る。
「お祖父様、ミルファは?」
早速本題の妹について聞いてみる。
「お前も知っての通り、両親が亡くなって以降ふさぎこんでおってな、ほとんど部屋から出てこん。お前が帰ってくると伝えても同じ状況だ……もしかしたら、お前が結婚相手を連れて来たと聞いたら、出てくるかも知れんがな」
「……そうですか。では、シシリーを紹介しに行ってみますね」
「ああ、ありがとう。ま、何にしろ目出度いことだ。シシリーさん、わが家と思ってくつろいでほしい」
「ありがとうございます」
「セバス、夕食は祝いの準備をしろ」
「かしこまりました」
「お祖父様、まだ喪も明けてないのにそんなことをしては……」
ヤバいぞ。この後すぐに別れる予定なのに、大々的にしてほしくはない。
「何を言うか。お前の両親なら、天国できっと共に乾杯してるだろう。むしろ祝わない方が怒るぞ」
確かに。2人からなぜ俺のような堅物ができたのかと不思議がられるくらいとにかく酒好きで陽気な人たちだったからな。
でも、ここはひけん。
「ですが……」
「まあ、お祝いをしてくださるんですか?私実は甘い物に目がなくて……」
メガネ!!お前いらんことを。
「そうかそうか。では料理長にとびきりのデザートを出すように言っておこう」
「ありがとうございます」
終わった。
俺は横目で、メガネを睨むが、全く気にする素振りもない。
「とにかく、ミルファのところに先に行ってみますね」
俺は強引に話を終わらせると、メガネの手を引きずってミルファの部屋の前に来た。
トン トン トン
「ミルファ、兄が帰ってきたぞ」
「……今は誰にもお会いしたくありません」
ドア越しにか細い声が聞こえる。
「……そうか。残念だな。恋人のシシリーを紹介したかったんだが……」
バサッ ダッダッダッ
ガチャ
「お兄様、恋人を連れて来たというのは本当ですか?」
ドアを開いて出てきた妹はかなりやつれた姿をしていた。しかも、いつもはおっとりした妹が怒鳴るような大声を出している。
「……ああ、シシリーという。……それより大丈夫か?」
「良かった。本当に良かった」
そう言って、床にへたり込むとおいおいと泣き始めた。
いや、何だか想定外だぞ。
俺ってそんなに恋人のことで、心配をかけていたのか。
「私の……私のせいで両親が死んだかもしれないとずっと思ってたんです。だから、罪の意識が消えなくて……でも、本当にいらっしゃったんですね。良かった」
「……どういうことだ?」
「どういうも何も兄様が私の婚約者のカイル様に、恋人のことをサプライズで驚かせたいから両親に早く帰るように伝えてほしいと頼んだんでしょ?だから、私も速達を出したんです。でも、そのせいで両親は普段通らない道を通って亡くなってしまって……やっとお会いできました!」
ミルファは笑顔を浮かべる。両親が亡くなったのもあるが罪の意識で苦しんでいたんだな。
「つまり、お前はカイルに頼まれたってことか?」
「はい!やっとお会いできて良かったです。カイル様にもお兄様に連絡をとって彼女を紹介して欲しいと頼んでいたんですが、なかなかお兄様と連絡がつかないという返事ばかりで……。もしかしたら兄様も同じように苦しんでいらっしゃるのかもとか、もしかして彼女がいなかったらとか悪い想像ばかりしていましたの。私も着替えて夕食に参加しますわ!」
「なあ、ちなみにどうやってカイルに頼まれたんだ?」
「どうやってって、手紙ですけど。……見ますか?サプライズの手紙は他の人に見つかったら困るからと捨てるように書かれていたんですが、私カイル様からもらった手紙は捨てるに捨てられなくて残していたんです」
手紙には確かにカイルの名前で俺がサプライズで彼女を連れて来たいと言ってるから、速達ですぐ帰るように伝えてほしいと書かれていた。その後の妹への返事も俺と連絡がつかない、俺が両親が亡くなったことに責任を感じているのではないかなどと書かれていた。
理由は分からんが黒だな。
俺はシシリーと顔を見合わせた。そしてシシリーはこくりと頷くとその場を後にした。
妹と二人きりになり、俺は妹と目をあわせた。
「なあ、ミルファ。本当は分かってたんだろう?」
ミルファはイヤイヤをするように首を横に振る。
「分かってたから、手紙を捨てなかったし、俺にも直接聞かなかった。……俺はカイルにそんなことを頼んでいない。彼女も今回たまたま連れて来ただけだ」
ミルファの目からは大粒の涙が流れてきた。
「……お兄様が両親が亡くなったと聞いて駆けつけた時に、彼女さんが一緒にいらっしゃらないのを見てもしかしたらと思いました。そしてその後のカイル様の手紙からほぼそうじゃないかと思ってました。……でも、それを認めてしまったら、私はカイル様に利用されて両親を殺した犯罪者になってしまいます。カイル様に裏切られたことよりも、兄様やお祖父様に失望されるのが怖くて言えなかったんです……兄様、ごめんなさい。本当にごめんなさい」
俺は妹をそっと抱きしめた。
「いや、お前の悩みに気づかなかった俺も悪かった。決してお前のせいじゃない。悪いのはお前を利用したカイルだ。それだけは間違えるな」
妹は俺の腕の中で、ゆっくり頷くと声を上げて泣いた。
俺は妹のメイドに妹のことを頼むと、急いで祖父のところに向かった。祖父は厳しい顔をしてシシリーと向き合っていた。
「……あらかたのことはシシリーさんから聞いた。決して許すことなどできん。たとえ今まで良い関係を築いてきた相手であってもだ……情は見せるな」
「……はい」
そして、その後はシシリーの歓迎会どころではなく、俺は隣の領地のサリア伯爵家に馬で乗り付けた。
「……こんな夜分にどうされましたか」
夜分にやって来たにもかかわらず、俺に丁寧に対応してくださるサリア伯爵には本当に申し訳ないと思う。だが、手を緩めるわけにはいかない。
「夜分にすまない。至急、カイルに確認したいことがあって参った。すまないが、呼んでくれるか?」
俺のいつになく厳しい表情に、何かを悟ったのかサリア伯爵はすぐに呼びに行ってくださった。
「……義兄上、どうされましたか?」
困惑した表情で俺を見る。全く動揺する様子はない。
……こいつこんなやつだったのか。
人を見る目がない自分が嫌になる。
「……聞きたいことがある……サリア伯爵は外しても構わないが……」
「いえ、一緒にお伺いします」
息子が取り乱した姿は親ならば見たくないと思い提案したが、伯爵はキッパリと言い切った。伯爵もどちらにしろ無関係ではいられない。それならばと同席してもらうことにした。
「単刀直入に聞く。なぜ、両親を殺した?」
サリア伯爵が息をのむ。
「……何を言っているんですか?ご両親は事故で亡くなったとそう伺っていますが……」
「じゃあ、これは何だ」
俺はミルファ宛の手紙を出す。ひったくるようにして読んだのは伯爵だった。読み終わった伯爵の顔色が変わる。
「念の為確認しますが、レオナルド様に恋人はいらっしゃらないんですよね」
俺は無言で頷いた。
「カイル、お前……」
「嫌だな。ただのジョークじゃないですか。実際速達を出したのはミルファだし、俺は道を変えろとも言ってない。橋もたまたま脆くなっていただけでしょう。それなのに俺が殺したことになるんですか?」
サリア伯爵の顔色が真っ赤に変わると、思い切りカイルを殴った。
「……何で俺を殴るんだよ!!」
「お前は知っていたはずだ。あの橋が脆くなって次の日から通行止めにする予定にしていたのを。それなのに、何がジョークだ!恥を知れ!!」
いつも温厚なサリア伯爵が激怒している。
チッ。
カイルは頬を赤く腫らしたまま舌打ちすると、平然と答えた。
「相変わらずあんたは馬鹿だな。もし俺が捕まってみろお前ら連座で捕まるんだぞ。橋が脆くなっていたことは誰も知らなかったことにしたらいいんだよ。そもそも俺がこんなことを考えたのは、あんたのせいでもあるんだぞ。出来損ないの兄貴ばかり、褒めやがって。何で俺より早く生まれただけで当主が決まるんだよ。兄貴よりもそしてお前よりも俺の方が優秀なのに。だから考えてやったんだ。こんなに上手くいくとは思わなかったがな……だけど、やっぱり女は信用できないな。捨てろと言った手紙を残してるなんて」
カイルは饒舌に語る。
それを、見たサリア伯爵は歯を食いしばりながら言葉をしぼりだした。
「……母が幼き頃亡くなり、男手で一つで育てて来たから行き届かない部分も多かっただろう。お前は昔から優劣で人を見下すところがあった。それを、何度も諌めてきたつもりだったが、全くできていなかったんだな……俺が憎かったならなぜ俺をやらなかった。なぜ無関係のお前の家族になるはずだった人を……」
「だから、たまたま思いついただけだよ」
その言葉に耐えられなかったのか、サリア伯爵がカイルの胸ぐらをつかむ。
「お前のような心根の曲がったものなど許せぬ。お前を突き出してわしも自害する」
「やれるもならやってみろよ、ただし兄貴も妹も道連れだがな」
あわや乱闘になりかけたその時、聞き慣れた声が響いた。
「……そこまでにしてください。私はシシリーと申します。この度の件、王と王妃より私に裁量を一任すると申し付けられて参りました」
シシリーがそこには立っており、王と王妃連名での署名が入った手紙を取り出した。……そうか、そういう役目も担っていたんだな。
「レオナルド様、カイル様を捕縛してください」
俺はシシリーの言葉通りカイルを捕縛する。
「離せ、離せよ!この筋肉馬鹿が、俺が俺の方がふさわしいんだ!!」
ジタバタと暴れるが、伊達に騎士団副団長はやっていない。あっという間に縄で拘束を完了し、うるさい口も布でふさいだ。
「……カイル様はご乱心からキルフェ伯爵家の家臣を殺めてしまった。そのため、婚約は破棄。サリア伯爵家は男爵に降爵、婚約破棄と家臣への慰謝料として、賠償金と領地の一部をキルフェ伯爵家に譲渡。以上です」
「……それでは、私が許せぬ」
サリア伯爵が声を絞り出す。
「この裁量はキルフェ伯爵様からも承諾をいただいております。サリア伯爵様、あなたは全て知った上で、この裁量を受け入れることが罪になります。また、誰にも話してはなりません。言い忘れましたが、カイル様の身柄はキルフェ伯爵様のものとなります。その後についても知ることはできません」
「レオナルド様もよろしいでしょうか?」
「ああ、お祖父様が承諾しているなら俺がそれ以上言うことはない」
「……分かりました。全て、全て忘れます。……ただ、親として言わせてください。……お前を救えなくてすまなかった。また再会したらいくらでも愚痴を聞いてやる。だから、だからお前の母にもすまないと伝えておいてくれ」
そしてサリア伯爵は俯き肩を震わせて、それ以後顔を上げなかった。
後味の悪さが残る結果になったが、今回の事件はこれで幕を閉じた。
後日、シシリーに領地から届いた手紙とお菓子を渡す。祖父と妹には恋人ではないことは告げていたが、あの短時間で仲良くなったらしい。
「……いろいろすまなかったな」
「いえ、私こそ美味しいお菓子をありがとうございます」
シシリーはいつものように、お菓子に夢中である。
「それにしても……人は見かけによらないな。あんな風だとは思わなかった」
「そうですね。……でもそういう人多いですよ。特に私なんかいろいろ聞いてしまいますから」
「……そうか、これで本当に最後だと思うからな。……元気でな」
「はい。でも王妃様からは良いコンビねと言われていたので……二度あることは三度あるかもしれません」
いや、いや、いや。まだ一度だ。
「しっかり王妃様に言っておいてくれ。俺は視えない物は信じないと」
今回は偶然だ。偶然。……それにしてはいろいろ当たりすぎだが。そういうことにしておきたい。じゃないと、またシシリーに関わらないといけなくなる。
「そうですか、そう言えばご両親まだいらっしゃいましたよ。孫の顔を見てないのが心残りだそうです。頑張ってください」
「……嘘だろ?」
本当にまだいるのか?
「さあ、どっちでしょう?あれ、信じていないのでは……では、失礼します」
「いや、いや、いや……本当に?」