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第二章 親友との邂逅

 最初は偶然だと思った。しかし、詳細に検証してみると、その一致は統計的にありえないレベルだった。19世紀に設計された東京の下水道システムの主要な配管ルートが、600年前の写本に既に描かれていたのだ。


 それだけではなかった。手稿に描かれた不可解な天体図―それまで星座や惑星の配置だと考えられていた円形の図表―が、実は現代日本の主要都市に張り巡らされた監視カメラのネットワーク配置図と驚くほど類似していることも判明した。


 偶然?ありえない。


 この本は予言の書だ。600年前に、我々のこの管理社会のすべてを見通していた何者かがいたのだ。


 吟子は一人では抱えきれなくなり、大学時代からの親友である美術史学者の橘薫子に相談することにした。薫子は同じ大学の美術学部で助教授をしており、中世ヨーロッパの写本装飾を専門としていた。


 二人は表参道のお気に入りのカフェで待ち合わせた。薫子は相変わらず、ヴィヴィアン・ウエストウッドのタータンチェックのジャケットに、アニエスベーのベレー帽という芸術家らしいスタイルだった。一方の吟子は、セオリーのシンプルなブラックドレスに、エルメスのケリーバッグというアカデミックなエレガンス。


 「吟子、顔色が悪いわよ」薫子は友人の様子を心配そうに見つめた。「また徹夜でしょう?」


 薫子の指先には、いつものシャネルのルージュ・ココが美しく映えていた。彼女は吟子の手を優しく取り、その冷たさに眉をひそめた。


 「薫ちゃん、聞いて」吟子は震え声で研究の成果を語り始めた。下水道の一致、監視カメラの配置、すべての奇妙な符合について。


 薫子は最初、友人の話を半信半疑で聞いていた。しかし、吟子が取り出したデータを見るうちに、その表情は真剣になった。


 「これは……確かに不自然ね」薫子は美術史家らしい視点で手稿の挿絵を分析した。「でも吟子、あなた最近食べてる?この前会ったときより明らかに痩せてるわ」


 薫子は吟子の頬にそっと手を当てた。女性同士の友情には、こうした自然な身体的接触がある。男性には理解できない、繊細で深い絆。


 「私、心配なの。あなたがこの研究に夢中になりすぎて、自分自身を見失ってしまうんじゃないかって」


 薫子の言葉には、10年来の友情から来る深い愛情があった。二人は大学時代、同じアパートで共同生活を送ったこともある。夜遅くまで学問について語り合い、時には抱き合って泣いたこともあった。女性特有の深い絆で結ばれた関係だった。


 「でも薫ちゃん、これは重要な発見かもしれないの」吟子は譲らなかった。「もしヴォイニッチ手稿が本当に予言書だとしたら……」


 「吟子」薫子は友人の両肩を軽く掴んだ。「美術史の観点から言わせてもらうと、中世の写本は象徴的な意味を持つことが多いの。リテラルに解釈するものじゃない。ユングの元型論を思い出して。人間の無意識には共通のイメージがあるの。だから似たようなパターンが出現するのは、必ずしも超自然的な理由があるとは限らない」


 薫子の専門知識に基づいた冷静な分析だったが、吟子には届かなかった。彼女の中で何かが変わり始めていた。


 「私、もう少し調べてみる」吟子は立ち上がった。「ありがとう、薫ちゃん。でも、これは私にとって運命なの」


 薫子は不安そうに友人を見送った。吟子のバーバリーのトレンチコートの後ろ姿が、いつもより小さく見えた。



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