12話 彼の料理はおいしいの
翌日。ダビドをリビングへと招き、テーブルに着いてもらった。
「教えてほしい。価値の高い魔石を手に入れるにはどうしたらいいですか」
ダニエルはクリスティアーナと交わした約束を説明した。三点のジュエリーを手に入れるには奇跡のような力が必要で、ドワーフであるダビドに助言をもらいたいことも。熱々の特製ホワイトシチューを差し出しながら。
「こ、これは……」
「牛乳とバターをたっぷり使った俺の得意料理です。鶏肉はほろほろになるまで煮込んでありますよ」
リリアーナにもおいしいと言ってもらえた自慢の品である。ダニエルはある種の確信を持っていた。ダビドは美味しいご飯に目がない。そこに漬け込むことができたらと思い、腕によりをかけたのがこのシチューだ。
案の定ダビドは目を輝かせ、その太い喉をごくりと鳴らしている。何度か簡単な食事を差し入れたが、その度にダビドは美味い美味いと喜んだ。そしてポケットからノートを取り出しては料理の絵を描いて注釈をいれていた。おずおずと材料や作り方を聞いてきてはそれをノートにびっしりと書き連ねていくのだ。
ダニエルはそっと二品目を出す。
「ガーリックトースト」
「ふおおおおおッ!」
にんにくがガツンと香る攻めの逸品。鼻腔を刺激するいい匂いを前に、ダビドは快く頷いてくれた。
からっぽになった器。びっちり文字で埋められた小さなノート。ダビドが満足げにお腹をさする。
「希少価値が高いと言われるものには大まかに二つのタイプがある。頻出頻度が低いタイプと、採掘自体が難しいタイプだ」
例えば険しい雪山や海中、切り立った崖の側面。
命の危険を伴うがその分価値は高い。
「もしおまえさんにチャンスがあるとすれば、後者だな。命懸けにはなるが魔力持ちなら可能性はある」
あまりに知名度が低い場所は危険を冒しても価値を吊り上げるのは難しい。理想を言えば広く語り継がれ、外見が特徴的であること。魔石に関わる業者がひと目見て「これは」と唸るものがいい。先日のピンクローズの魔石がいい例だとダビドは言う。
「おまえさんはそんな話を聞いたことないのか」
「……そうですね」
町をふたつ超えたところに怪物が住むという森がある。その森の奥深くには朽ち果てた古い屋敷があって、当時の主人が集めた珍しい魔石がまだあるのだとか。しかしその森は危険な怪物がいて屋敷には近づくことができないと。
「怪物とはまた抽象的だな」
「はい。子どもを森に近づけないようにする為のおとぎ話の可能性もありますね」
思い返してみてもやはり魔石関係の話はあまり聞かない。岩の国と比べたらどこも採掘量はぼちぼちだし、そのどれもその地の領主や貴族が管理しているはずだ。無断で採ろうものなら捕らえられて縛り首一直線だろう。
「もしかしたらギルドかどこかに採取依頼があるかもしれないですね。危険手当がつくような無謀な場所に魔石を採りにいってくれと。報酬は金銭でしょうけど、交渉次第で魔石ももらえるかもしれません」
「それだな」
「ただ、そういう情報を集めようにもどこから手をつけていいか分からないですね。時間がかかりそうです」
期限は三ヶ月と決められている。
しばらく考え事をしているようだったダビドがふと視線を上げた。
「俺の故郷の近くに、それこそ超人にしか採取できないと言われている魔石がある。一応中立地帯ってことになってるから魔石の所有についてもとやかく言われることもないだろう。まあ採れればの話だが」
採れる魔石は一級品なのにとにかく危険が伴うので行きたがる人がいないという。さらに年寄り連中は「あそこは荒神が住まう場所。立ち入ってはならん」と警告してくるらしい。
ガーリックトーストの破片を指先で集めながらダビドがつぶやく。
「……おまえさん、俺んとこの国がどんなところか知ってるか」
「洞窟や地下で暮らす魔石のスペシャリストってくらいですね」
「違いねえ。ついでに偏屈で頭が硬くて余所者嫌い。身内でも輪を乱す奴は厄介者。でもいったん懐に入れたやつはなんだかんだ面倒をみる世話好きな奴らさ。そんでもって――」
ダビドが言葉を区切り、そして悲しそうに眉を下げた。
「……飯に関心がねえのよ」
「飯、ですか」
その意外な内容にダニエルも短く聞き返す。
「俺らは洞窟に穴掘って暮らしてる。だからじゃないが、食料資源に乏しいんだ。魔石のことなら何でもござれだが、とにかく食事が乏しくてみな関心がない」
比較的外に近い場所では狩猟へ出かけたり、魔石のエネルギーを利用して洞窟や地下でも畑を作ったりとしている。そのおかげと言っていいか、料理の顔ぶれが驚くほど変わらない。
「子どもの頃食事の時間が嫌だった。来る日も来る日も、同じメニュー。毎食それ。毎日それ。あんまり食が進まずに小さな頃はチビでがりがり、周りの奴らによくからかわれたもんだ」
ダビドは過去に想いを馳せているのか、どこか遠くを見ている。同じ食べ物が続いて嫌になる気持ちはダニエルにもなんとなく理解できた。容姿をからかわれて嫌な気持ちになるのは、もっとわかる。
一般的にドワーフの寿命は人間よりも短いと言われている。青年期まではあまり差異はないが、三十代四十代となると圧倒的にドワーフは老けている。五十代かと思っていたダビドも聞けば四十一歳だという。もしかしたらその乏しい食料事情からくるものかもしれないとダニエルは思った。
「食糧事情が悪いっていうのが一番だが、俺らには魔石とそれに関する技術があるんだ。他の国ともっと貿易をして、魔石と食材を交換して、うまい食事をしようと俺は言い続けた」
幸いにも立場ある家の血筋であったから、たまに別の部族や他国との晩餐を囲む機会に恵まれた。食事というものはこんなにバリエーションに富むものなのかと衝撃を受け数十年。内向的で引きこもりな民族性のおかげであちこち出かけることも叶わず、くすぶり続けた美味しい食事への渇望。
「だから俺は今しかないと思って国を出たんだ。美味いもんを知って、それを国のやつらに教えてやりたい。別に今までの食事を変えろってんじゃねえんだ。選択肢を増やしてやりてえんだよ」
食材を取引できる相手を見つけたい。そのために輸出量の増量や技術提供、人材派遣をしてはどうかと上にかけあったが、結果は振るわず。それなら自分でやるしかない。
「俺は里長のせがれだが、まだまだ親父は席を譲らんだろう。だから今のうちやれることをやりたいと里を出てきた。うまい料理、うまい食材、それらを扱う商会に里まで流通させるルートの選定。見たいこと調べたいことがたくさんなんだ」
聞きながら、ダビドが今の状況で故郷へ戻るのはイヤなんだろうなと思った。ダニエルは考えた。今必要なのは知識や知恵を授けてくれる人だ。ダビドはまさに求めている人で、どうにかして彼の協力を仰ぎたい。
いっそ身柄を拘束してしまうか。そんな物騒なことまで考えが及んでいると、ダビドの目がくわりと開く。
「だからおまえさんが! 俺に腹いっぱいうまい飯を食わしてくれて! なおかつ食材やレシピについて色々教えてくれるんだったら! 魔石が採れる場所に連れてってやってもいい!!」
ダニエルは隠しておいたクリーム添えリンゴタルトを差し出し、「よろしくお願いします」と頭を下げた。