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11話 夫婦なんだもの

 店員が持ってきたいくつものジュエリーをポチが見繕い、リリアーナが身につけていく。ダニエルはその様子をずっと見ていた。最初は目がチカチカして違いなどまったくわからなかったが。


「このトップにあるのは非常に貴重な魔石でして、クリスタルバレー産の特に透明度の高いものを使用しております。光をほんのりと帯びる様子が幻想的だと高貴なご婦人方に人気ですよ」


 店の主人が立派な口ひげを撫でながら説明をしてくれる。アクセサリーを彩る美しくきらめく石。サファイヤやルビーなどの宝石と同じようにもてはやされる魔石。どうやら稀少価値の高い魔石は装飾品としての価値もあるようだ。


「ご存じの通り、魔石は時間経過と共に透明度が下がります。しかしクリスタルバレー産の魔石はそのエネルギー内包量の高さから、透明度がかなり長持ちするのですよ」


 自分にも馴染みのある魔石が装飾品に使われていることで、はるか雲の上だった存在感が、少しだけ身近に感じることができた。そうするとチカチカ輝くばかりだったジュエリーのことがよく見えてくる。


 リリアーナは線が細いので大ぶりでごてごてした装飾よりも小花がいくつも咲いているようなデザインがよくに合っていると思った。シルバーよりもゴールドが肌に合っていて、イヤリングとネックレスはデザインを合わせた方が統一性があっていい。彼女の髪は桃色なので寒色よりも暖色系等の石が似合う。どれもダニエルの主観だ。


「これなんか今日の服にいいんじゃないか」


 そういってポチが選んだのはごくシンプルなネックレスだった。上品だが繊細なチェーンに、乳白色の石がメインのペンダントトップ。石の表面は丸く磨かれており、つるりとした光沢が存在感をだしている。角度によってわずかにきらめく虹色が美しい。そしてポチの言う通り、今日の装いに一番似合っていた。


「とても素敵。シンプルな可愛さがいいわね。付け心地もいいわ」


 そう言って彼女は妖精のようにほほ笑む。


「さすがリリアーナ様はお目が高い。それはシンプルな作りながら職人の技巧が詰った最新作なのですよ」

「では今日はこれを頂こうかしら」

「ありがとうございます」


 リリアーナは値段を聞くまでもなく購入を決めた。これが上流階級の人間の買い物。リリアーナの日常。ふと我に返って眩暈がした。


 追い打ちをかけるようにポチが耳打ちをする。


「平民の家が三件は買えるかもな。金額にするとこれくらいだ。相場をよく覚えておけよ」


 指で示されたのは本当にとんでもない金額だった。働いてどうこうなるものではない。となればある種ぶっとんだ行動が必要だろう。ゆっくりしている時間はない。


「……ごめんなさいダニエル。お姉様からあなたへの支援は絶対にだめと言われているの。ポチがいるのもその監視のためよ」


 しゅんと肩を落とすリリアーナだが、それこそ気にしなくていいことだ。ダニエルは「大丈夫です」と笑ってみせる。


「あ、わたし自身が働いて得たお金ならいいのかしら。ポチ、どう思う?」

「クリスティアーナはこの男の才覚を試したいのだ。そこにおまえがじゃぶじゃぶと手持ちの小遣いをつぎ込んでも意味はないが……はした金ならあれもとやかく言うまい」


 リリアーナはむっとしたように眉根を寄せた。


「はした金って……あなた本当にいやな人ね」

「残念ながら多くの女は俺のことが好きだぞ」

「はあやだやだ。これだからポチは」


 軽口をぽんぽんと交わすふたり。リリアーナはうんざりと言った表情だが、本当に似合いのふたりというのはこういうものではなかろうか。


 リリアーナはジョセフの事は本当に嫌がっていたので、なにがなんでもそれは阻止しなければならない。そしてリリアーナは望む人と結ばれる。それはポチかもしれないし、また別の男かもしれない。ほんのちょっとだけ、リリアーナの隣に自分が立つ想像をしたが、すぐにそれは捨てた。


 彼女とは住む世界が違う。

 どんなにダニエルが恋焦がれたとしても、それを望んではいけない。


 だからせめて、彼女の役に立ちたい。

 惚れた弱みと笑われたっていい。




「ドワーフの方とお見受けします。少し見て頂きたいものがあって」


 店の主人が手に持った小さな木箱をダビドに見せる。


「ほう、こりゃ珍しいな」


 それは小さな魔石だった。綿を敷いた木箱の中に丸く研磨された石が三粒ほど転がっている。


「幸運を運ぶピンクローズの魔石だな。加工は難しいが、その美しい輝きを手に入れた者は幸運を味方につけると言われる」

「やはりそうですか! いやあ、もしかしてと思って行商から購入したのですよ」


 ダニエルはその石を見た瞬間、胸を射抜かれたような衝撃が走った。まさにリリアーナの色だったのだ。淡いピンクの髪をそのまま宝石にしたかのような色味で、思わず息を殺して魅入ってしまう。


「どうしたのダニエル」

「……あ、いえ」

「あの石がほしいの?」

「い、いいえ! ぜんぜん!」


 慌てて否定してしまったせいで声が大きくなってしまった。本音を言えば欲しいと思ったけれど、リリアーナにねだるものではないし、大人にもなって何をやってるんだろうと顔が熱くなる。まるで子どもみたいだ。何を思ったかリリアーナはポチの方をちらりと見て、当の本人は黙って首を横に振った。おそらく購入は不可ということだろう。


「ポチはけちね」

「いいんです、リリアーナさん。きれいな石だなって思っただけですから」


 ひとまず、何がリリアーナに似合うのか、それがどれくらいの価値かはなんとなくわかった。普通に行動していてはクリスティアーナの要求に応えられないことも。


「ありがとうございます。勉強になりました」


 それが知れたのは大きいだろう。行動の指針がひとつできた。長いようで短い三ヶ月という期間。時間は有効に使っていかなければならない。


「リリアーナさんは先に帰っていてください。俺は近くの工房を見学できないか聞いてみるつもりなので。あ、でもこの服を返さないといけないですよね。そしたら一旦帰って――」


「一緒に行くわダニエル。夫婦なんだもの」


 リリアーナは本当にいたずら好きな妖精なのかもしれない。自分にどうこうできる相手じゃない。ダニエルはそんなことを思いながら、暴れる心音をどうにか落ち着けようと深呼吸を繰り返した。




 宝飾店を出てみんなで周辺を歩く。


「おいダニエル、この食い物はなんだ!」


「やっぱりサイズの合わない服はダメだな。シルエットが美しくない。今度きちんと仕立てに行くぞダニエル。懐中時計とベルトの類も必要だぞ。ハットもだ」


 騒がしい男たちに振り回されながらダニエルはリリアーナと並んで歩いた。時折ガラスに映る姿はかっちりと紳士服を着ていて、ポチはやんやと言うが上品な装いのリリアーナと並んでも違和感はあまりない、と思う。


 歩きながらこつんと触れたリリアーナの小さい手。その手を握って歩いたらどうなるだろう。そんな気持ちから目をそらし、穏やかに過ぎるこの時間を心に刻み付けた。

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