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姉の婚約者と仲がいいピンク髪妹だわ詰んだ  作者: 猫の玉三郎


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1話 あなたのお名前は?

 リリアーナはある日突然気づいてしまった。

 この状況、まずくないかと。


 リリアーナには母親の違う二つ上の姉がいる。口数は少ないが、美しく頭のいい人だ。婿入りしてくれる立派な婚約者もいる。リリアーナはその姉の婚約者であるジョセフと仲がよかった。姉が不在だからとリリアーナがもてなしたこともあったし、姉への誕生日プレゼントを考えたいからと二人で街へ出かけたこともある。


(花束をもらったことは……ぎりぎり……いや完全にアウトでは)


 つい先ほど受け取ってしまった花束。ふたりで湖畔へ出かけないかと誘われ、そこで姉を誘わないことに初めて疑問を抱いた。その申し出はやんわりとした言葉で断ったけれど「ならば花束だけでも」と、素直に受け取ってしまった。リリアーナの髪色に合わせたであろうピンク色の可愛らしい花たちが腕の中で揺れている。


 ジョセフへ好意を持っていたことは認める。でもそれは憧れであって恋などではないし、決して姉の婚約者を奪おうなんて思っていなかった。こんなセリフは浮気女の常套句と言われるかもしれないけれど、本当にそんなつもりはなかった。しかし重要なのは周りがどう思っているかだ。誘われたからとほいほいついっていった過去の自分をはたき倒したい。


 思い返すのは最近の姉の表情。あれはリリアーナたちを心底軽蔑するかのような眼差しではなかったか。姉はあまり感情を表に出さないが、ジョセフのことを慕っていたと思う。しかも好きなものには執着するタイプだ。無自覚であったにしても好意を向けたリリアーナや、まんざらでもないジョセフに怒って当然だろう。


(まずい……まずいわ……)


 姉クリスティアーナの亡き母はれっきとした高位貴族である。その上の祖父母から姉はとても愛されており、それすなわちリリアーナとは比べ物にならないほどの後ろ盾があることを意味していた。年頃がちょうどいいからと王宮に招かれていた時期もあったらしく、もしかすると王子やその側近とのつながりもあるかもしれない。そんな恐ろしいつながりを持つ姉を敵にまわすなど身の破滅も同然。それに今は父に代わり家政をとりしきり、領地の仕事もしていたはずだ。もし腹を立てそれらを放棄してしまったら……


 さらにリリアーナの髪色は母によく似たピンク。いろんな人から可愛いと言われる濃いストロベリーブロンドだが、色恋沙汰においては破滅の象徴という言い伝えは有名である。


 楽しいことも嬉しいことも、命あってのもの。

 リリアーナは必死に頭を働かせた。


(お姉様が何かしら行動にでるまえにどうにかしないと!)


 ふわふわしているように見えてリリアーナは意外とアクティブである。


 それからの行動は早かった。姉へ手紙を書き、使用人に後を頼み、荷物をまとめて父母への説明も最低限に家を出た。なんせ両親はリリアーナは甘い。絶対にそんなことはしないが、もしリリアーナがジョセフと結婚したいと言ったら簡単にいいよと言いそうで怖い。そもそもあの姉を「無口で気味の悪い娘」といって遠巻きにしているし、この際危機感のない両親とも距離をとったほうがいい。


『大好きなお姉様。わたしは自分の愚かさに気が付きました。クリスティアーナお姉様の幸せに陰りをつけるつもりは一切ありませんでした。申し訳ありません。未熟さを恥じてしばらく身を隠します。どうか、どうか、足りない妹をお許しください』


 ひとり教会に身をよせながらリリアーナは考えた。

 姉に睨まれないためには、ジョセフとの関係を一切断ち、さらには敵ではありませんよというポーズが必要である。溜飲を下げもらうためにあえて困窮している姿を見せるのもやぶさかではない。その足がかりとしての教会でもある。令嬢らしい暮らしから離れ、質素な教会で日々シスターたちの手伝いをする。


 奉仕活動は辛いことも多いけれど、これはリリアーナ自身の禊ぎでもあった。質素な食事も、冷たい水仕事も、それで手が荒れることも、姉の傷心を思えばどうってことない。


 しかし、思っている以上に状況は悪かった。


 ある日、教会の聖堂で他のシスターたちと聖歌の練習に精だしていると、既視感のある男性がずんずんと大股で歩み寄ってきた。


「リリアーナ!」

「……ジョセフお義兄さま?」


 よりにもよってジョセフはリリアーナを探し出し、教会まで来てしまったのだ。


「かわいそうに、こんな所に逃げ込んでいたんだね。もう大丈夫だよ。僕の屋敷でかくまってあげるから」


 この男は何を言っているのかと正気を疑う。

 一番やってはいけないことを提案してくる姉の婚約者にリリアーナは恐れおののき、全身から血の気がひいていった。


 さらに最悪なのは、ジョセフの後ろに姉の姿があったことだ。教会入り口の扉に手をかけ、逆光を背にリリアーナたちをじっと見つめている。おそらくジョセフの行動を見張っていてあとをつけたのだろう。


(どうしたらいいの……!?)


 まさに絶対絶命。

 修道服の上からぎゅっとロザリオを握りしめ、この破滅的状況を回避するためにどうか知恵をお貸しくださいと神に祈った。




 すると、リリアーナにひとつの妙案が浮かんだ。


(結婚……そうよ結婚よ、わたしを苦労させるような相手と結婚をすれば、お姉様は許してくださるかもしれない)




 すでに地獄への一歩を踏み出している。

 一刻の猶予もない。


 態度を尽くし、言葉を尽くして、二人にはなんとか帰ってもらった。あるまじき距離感だったと反省している、ほとぼりが冷めるまで家には帰らない、どうか、どうかと。納得のいってなさそうなジョセフと、冷ややかな眼差しの姉。ひとまずピンチは乗り越えたけれど、油断は禁物だった。




 翌日、リリアーナは教会の礼拝堂で最近よく見かける男性に声をかけた。上背はあるが、ひょろひょろとして猫背。野暮ったい黒髪の若い男だ。髪型は鳥の巣のようにもしゃもしゃして目元が隠れているけれど、清潔感はあるし、ひ弱そうな雰囲気に好感が持てる。実は騎士のような筋肉もりもりの屈強な男性が苦手だったりするのだ。


「わたし、リリアーナといいます。あなたと少しお話しをしたいのだけど、よろしいかしら」


 男は一瞬ぽかんとした。それから周囲をくるりと見渡し、本当に自分に話しかけているのか確認しているようだった。リリアーナの申し出が自分に向いているようだと理解すると、男は頬を赤くしながら一生懸命うなずいてみせる。


 きゅん。


(……なにかしら。胸がきゅっとしたわ)


 了解を得たのでもしゃもしゃ頭の男性を連れて教会の外へ行く。近くにあったベンチへ二人して座った。その間も男はひと言もしゃべらず、しかしリリアーナを気遣うように歩幅を合わせて歩いてくれた。控えめでいい人のように思えた。


「あなたのお名前は?」

「ダ、ダニエル・タッカー……です」


 見た目通り自信なさげな口調。しかし想像していたよりもずっと爽やかな声でまたもやリリアーナの胸が騒ぐ。


 いやいや、と当初の目的を思い出してリリアーナはコホンと小さく咳払いをした。もしかしたら救世主になってくれるかもしれない相手だ。失礼があってはいけないと姿勢を正し、ダニエルをまっすぐに見つめた。


「実は、わたしを助けてくれる男性を探しているのです。不躾なことを聞きますけど……まさか隣国の王子様だったりしませんよね?」


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