第一話
聖女
それは女神の力を授かりし、特別な乙女達に与えられる称号。常に微笑みを忘れず、世に邪悪な気が蔓延った日には不思議な力でそれを祓い。時にはその清らかな心で人の技とは思えぬ奇跡で病から救う。人々に平和と安寧を齎す。その為、常に清廉潔白・品行方正・公明正大でなけばならぬ存在だと思われている。
「やったー!!勝ったわー!!」
ここに一人、自分より背の低い子供達に囲まれながら、誰よりも大はしゃぎする一人の女性がいた。
「…アンジュさん、大人気ない。」
「10歳くらい年下子供に勝って嬉しいのかよ。」
不貞腐れている子供たちを前に、アンジュと呼ばれた彼女は「ちっ、ちっ」と軽く舌を鳴らして、手前に人差し指を突き出して左右を振った。
「大人の厳しさっていうのを教えてるのよ。」
「…私が教えた方がいいですかね。」
低い聞き慣れた声に思わず「え」と声が漏れる。振り返らずともわかる。若干の怒りと呆れを感じ取れる。…もうちょっと隠れられると思ったのに。意を決して振り返ると案の定、爽やかな笑顔を浮かべながら目は全然笑っていない男の騎士の姿があった。
「アンジュ様帰りますよ。」
「「「様?」」」
「そ、そうね。帰らないとね。じゃあね!」
どう見ても騎士の姿の男に様付けで呼ばれる彼女の姿を子供達は首を傾げながら見ていた。その視線に耐えられず、逃げるように去る。自分の性格上、このままではボロが出るのは時間の問題だと判断したからだった。
「ふぅ」
子供達とある程度距離を取った後、思わず軽い息を吐いた。そして、その原因になった男を睨み付ける。
「セア!悪かったと思ってるけど、何よあれ?」
「あれとは?」
「様呼び!」
騎士がどう見ても街娘に様付け呼びなんてしたら、印象に残るに決まっている。どうしてくれるんだ、という目でセアと呼んだ男を見る。しかし、セアはアンジュの意見など介さず、むしろ不満気な顔でこちらを見る。
「私だって、アンを探す為に時間有しているですよ。」
「全く、もう時間になったら戻るって言ってから行ったのに。皆して大袈裟ね。」
「そもそも聖…「あーー!」」
セアが続けて言おうとしたことを思っ切り遮る。
「こちとら、イメージも大切してるのよ!」
「大切にしてるなら、そもそもこんな事をしてないで下さいよ。毎回探す私の身にもなってください。」
「無理な相談ね。それに節度は守ってるわ。」
セアの白けた目を物としないで胸を張る茶髪茶目の街娘の名はアンジュ。歴代最強の聖女という肩書きを持ち、その一方で聖女の誰よりも自由奔放な彼女を一部の巷では堕天使ならぬ”堕聖女”と呼ぶ者もいる。
「問題児は1人で十分なんですよ。」
「何よ、それ。」
「貴方とルーの事です。」
「ルーチェと私がいつ問題起こしてるのよ。」
「はぁ〜」
セアは深い溜め息を着いた。セアの頭には、ルーチェとアンジュが城や神殿を脱走したと大騒ぎしていた使用人や騎士たちの姿が思い浮かんだ。この2人の護衛は40代から50代の騎士達は避けている。その理由はストレスでハゲが進行してしまうからである。将来、セアの頭がハゲたら…絶対にコイツらのせいである。それにアンジュの方に関しては、そのことについて誰かが言及したら彼女はさらりと「また毛生やしてあげるわよ。しかも、前の生え際から強化した奴を。」なんて言うから恐ろしいものである。それに、それ自体彼女の聖術を考えれば、造作もないだろう。女神様も何故こんな自由を象ったような彼女にそんな尊大な力を与えてしまったのか。
「貴方達に理解して貰おうとしたのが愚かでした。」
「酷い言い草だこと。」
「そう思うなら自重して下さい。」
検討してみるわ、と全然その気のないトーンのアンジュの返事にセアは再度深い溜め息を吐いた。
「そうだ、セアがここに来たってことはルーチェが私を呼んでいるでしょ?用件は何?」
「ルーなら今日は王城で待ってる。早く行きますよ。」
「わかったわ。」
セアが差し出した手をアンが軽く手を重ねると、一気に風景が変わった。




