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第四章:水の国の浄化

青い水面が朝日に輝くアクアリウス連邦の国境が、遠くに見えてきた。一行はテラナを出発してから二週間、ようやく目的地に近づいていた。


「故郷…」


マリカの青い瞳には懐かしさと不安が混じっていた。彼女が故郷を出てから一年以上が経っていた。その間、アクアリウスの状況は悪化の一途をたどっていると言われていた。


「どんな状態になっているのかしら」


彼女の声には心配が滲んでいた。


「準備はいいか?」


アルノーは皆を見回した。アルノー、マリカに加え、エリーゼとガイウスの四人での旅となっていた。それぞれが役割を持ち、互いを補い合っていた。


「準備は万全よ」


エリーゼは微笑んだ。彼女は料理と医療の知識を持ち、一行の健康を支えていた。


「行こう」


ガイウスが前を指差した。そこには青く輝く湖に囲まれた検問所があった。アクアリウス連邦の入口だ。


検問所に近づくと、予想外の光景が広がっていた。本来あるべき警備兵の姿はなく、検問所は閑散としていた。


「妙だな…」


アルノーは周囲を警戒しながら前進した。


検問所の建物に入ると、内部は水浸しだった。天井から水が滴り、床には小さな水たまりができていた。


「ここは数日前に放棄されたようだ」


ガイウスが壁の湿り具合を調べ、そう判断した。


「警備兵はどこに?」


エリーゼが不安そうに尋ねた。


マリカは静かに窓の外を指差した。


「あれを見て」


窓の外、アクアリウスの内部に向かう道には青い水の壁が立ちはだかっていた。高さ10メートルほどの半透明の水の障壁で、風にも揺れず、不自然に直立していた。


「精霊の力ね…」


マリカは顔色を変えた。


「アクアリウスが国を封鎖した」


彼女は静かに続けた。


「これは『浄化の壁』。不純とみなされた者を国内に入れないための障壁よ」


「通り抜けられるのか?」


アルノーが尋ねると、マリカは首を傾げた。


「私なら…かもしれない。アクアリウスの民として」


「危険すぎる」


ガイウスが反対した。


「その壁に触れただけで、精霊の判断を受けることになる。不純とみなされれば、溺れるか凍るかだろう」


「でも、他に方法がないわ」


マリカは決然と言った。


「私が先に行き、道を開きます」


「マリカ…」


アルノーは彼女の肩に手を置いた。


「無茶はするな。私たちは一緒だ」


マリカは微笑んだ。


「ありがとう。でも大丈夫。私はアクアリウスの治癒師。水は私の一部だから」


彼女は検問所を出て、ゆっくりと水の壁に近づいた。その手を壁に近づけると、水面がわずかに波打った。


「私を認識している…」


マリカは呟いた。彼女は両手を壁に押し当て、古代語で何かを唱え始めた。水の壁が揺らぎ、中央に小さな通路が開き始めた。


「急いで!」


彼女の声に応じて、アルノーたちは通路に向かって走った。しかし、彼らが近づくと、通路は再び狭まり始めた。


「精霊が抵抗している!」


マリカは額に汗を浮かべながら、通路を維持しようと懸命だった。


「一人ずつ行くしかない!エリーゼ、先に!」


アルノーの指示で、エリーゼが走って通路を抜けた。次にガイウスが続いた。


「アルノー、早く!」


マリカの声が切迫していた。水の壁が彼女の力に抗い、通路は急速に狭まっていた。


アルノーは走って通路に飛び込んだ。彼が抜けるとほぼ同時に、通路は閉じようとした。


「マリカ!」


彼は振り返り、彼女の手を掴んで強く引っ張った。マリカは最後の力を振り絞り、閉じかけた通路を突破した。


二人は勢いよく地面に倒れ込んだ。


「危なかった…」


アルノーは息を整えながら言った。


「壁が…私に抵抗した」


マリカは驚きの表情を浮かべた。


「アクアリウスの精霊が…私を認識しなかった」


「精霊の暴走が進んでいるのね」


エリーゼが心配そうに言った。


四人は立ち上がり、アクアリウス連邦の内部を見渡した。そこには、彼らの予想をはるかに超える光景が広がっていた。


アクアリウス連邦の内部は、まるで別世界だった。かつての美しい水辺の都市は今や半ば水没し、建物の多くは青いコケや藻に覆われていた。道路は川と化し、橋だけが唯一の移動手段となっていた。


「なんてことだ…」


マリカの声は震えていた。


「これがアクアリウスの『浄化』…」


空気は異常なほど湿っており、呼吸するだけで肺が重く感じられた。空には常に雨雲が漂い、細かな霧雨が降り続けていた。


「人々はどこに?」


エリーゼが周囲を見回したが、通りには人影がほとんど見えなかった。


「高台に避難したか、すでに国を離れたかのどちらかだろう」


ガイウスが推測した。


マリカは深く考え込んだ表情で前方を指した。


「首都のアクアポリスへ行きましょう。そこにレティシア・ミール総督がいるはず」


「どうやって行く?」


アルノーが尋ねると、マリカは微笑んだ。


「船よ。アクアリウスでは今や、それが唯一の交通手段」


彼らは水没した市場跡を探索し、小さなボートを見つけた。マリカの水の技術でボートを操り、一行は水路となった街路を進み始めた。


「この変化は…いつ頃から?」


アルノーがマリカに尋ねた。


「私が国を出る直前から始まっていたわ。でも、ここまでひどくなるとは…」


彼女の目に悲しみが宿った。


「レティシア・ミールは、初めは賢明な指導者だった。水の資源を守り、国民に平等に分配していた。でも、戦争が始まると…彼女の中の何かが変わったの」


マリカの話によれば、精霊アクアリウスの意識が次第にミール総督を支配し、「水による浄化」という狂った理念を広め始めたという。


「不純なものを洗い流し、世界を清める。それが彼女の…いえ、精霊の目標になったの」


ボートが進むにつれ、街の状況はより明らかになっていった。水没していない建物には、青い制服を着た「水の監視者」と呼ばれる兵士たちが立っていた。彼らは通りかかる市民を検査し、何らかの基準で「純粋」か「不純」かを判断しているようだった。


「不純とみなされた者はどうなるの?」


エリーゼが恐る恐る尋ねた。


「水の神殿に連行される」


マリカの声は冷たかった。


「そこで『完全浄化』の儀式を受ける。つまり…」


彼女は言葉を切った。意味は明らかだった。


「ひどい…」


エリーゼは震える声で言った。


「急がないと」


アルノーは決意を新たにした。


「フレイナと同じように、アクアリウスの精霊も浄化しなければならない」


彼らは水の監視者に見つからないよう、裏路地の水路を通って進んだ。マリカの記憶を頼りに、彼らは首都アクアポリスを目指した。


夕暮れが近づき、一行は水没した農村地帯で一晩の休息を取ることにした。放棄された納屋の二階は、まだ水に浸かっておらず、安全な休息場所となった。


「火を起こすのは危険だ」


ガイウスが警告した。


「水の監視者たちに見つかる」


代わりに、アルノーは特殊な発光結晶を取り出し、弱い光を放つようにした。わずかな暖かさと明かりを提供するには十分だった。


「明日の計画は?」


エリーゼが尋ねた。


「明日の夕方には首都に着くはず」


マリカは地図を広げながら説明した。


「そこからミール総督の館までは…」


彼女の言葉は、突然の物音で中断された。


「誰か来た」


アルノーは立ち上がり、結晶の光を消した。


納屋の外から、水を掻き分ける音が近づいてきた。誰かがボートでやって来るようだった。


「隠れて」


四人は暗闇の中、息を潜めた。


納屋の扉が開き、ボートが中に入ってきた。一人の人影が懐中電灯を灯し、周囲を照らした。


「ここなら安全だろう」


男性の声が聞こえた。どこか聞き覚えのある声だった。


「バカブ…?」


アルノーは思わず声を上げた。


「誰だ!?」


男が懐中電灯を上に向けた。そこにアルノーたちの姿が浮かび上がった。


「アルノー!?」


それは確かにバカブだった。テラナの農夫で、アルノーに南方のジャガイモの原種を提供した人物だ。


「なぜここに?」


驚きの再会に、バカブはボートから降り、階段を上ってきた。


「説明するよ。でも、他に誰か一緒じゃないのか?」


「ああ、仲間が…」


バカブが振り返ると、ボートから別の人影が現れた。青い服を着た若い女性だった。


「アリア!」


今度はマリカが驚きの声を上げた。それはゼフィールで彼らを助けた技術者、アリアだった。


「まさか…あなたたちに会えるなんて」


アリアも驚いた表情を見せた。


意外な再会に、一同は互いの近況を語り合った。バカブはテラナとメタルグラッドの休戦後、アクアリウスの食糧問題を解決するため、ジャガイモの栽培技術を広めに来たという。アリアはゼフィールでの任務を終え、各国の抵抗組織を結びつける役割を担っていた。


「私たちだけじゃない」


バカブは説明した。


「各国に『賢者の幻想』に抵抗する者たちがいる。今、その連携が始まっているんだ」


「それは心強いニュースだ」


アルノーは微笑んだ。


「でも、アクアリウスの状況は深刻ね」


アリアが懸念を示した。


「水の監視者の数は日に日に増えている。レティシア・ミールの『浄化』は狂気の沙汰よ」


「私たちは精霊アクアリウスを浄化するためにここにいる」


アルノーは自分たちの目的を説明した。


「フレイナでの成功を聞いた」


バカブが頷いた。


「『灰の賢者』の噂は広がっている。希望の象徴だ」


アルノーはバカブとアリアに精霊浄化の計画を詳しく説明した。四元素の力を使って精霊の鏡を作り、精霊と人間を分離するという方法だ。


「計画に加わってほしい」


アルノーの申し出に、二人は即座に同意した。


「もちろんだ」


バカブが力強く答えた。


「アクアリウスの水田は全て水没した。このままでは国全体が飢えてしまう」


「私も協力するわ」


アリアも決意を示した。


「ゼフィールの技術知識が役立つかもしれない」


新たな仲間を得た一行は、翌日の計画を詳しく立て始めた。アクアポリスへの最短ルート、水の監視者を避ける方法、そしてミール総督の館への侵入計画。


「あと一つ、知っておくべきことがある」


バカブは真剣な表情で言った。


「ミール総督の館には『純水の間』と呼ばれる特別な場所がある。そこでは精霊アクアリウスが最も強力になると言われている」


「その場所で儀式を行う必要があるだろう」


ガイウスが判断した。


「だが、そこに近づくことは極めて危険だ」


「危険は承知の上よ」


マリカは静かに言った。


「故郷を救うためなら」


翌日、拡大した一行は二隻のボートに分かれて旅を続けた。バカブとアリアの加入で、彼らの移動はより効率的になった。バカブはアクアリウスの水路に詳しく、監視者の巡回パターンも把握していた。


正午過ぎ、彼らはついに首都アクアポリスの外縁に到達した。かつての美しい水上都市は、今や異様な光景に変わっていた。


都市全体が水に囲まれ、中心部だけが巨大なドーム状の水の膜で覆われていた。その膜は透明で、中の建物が歪んで見えた。高層の建物は水に浸かりながらも立っており、その間を大小の船が行き交っていた。


「あれが『純水のドーム』」


マリカが説明した。


「総督の命令で作られた。『純粋』とみなされた者だけが中に入れる」


「どうやって中に入る?」


アルノーが尋ねると、バカブが地図を取り出した。


「下水道システムがある。水位が上がる前は都市の下を通っていた。今でも一部は機能しているはずだ」


「危険な賭けだな」


ガイウスが心配そうに言った。


「下水道が水で満たされていたら…」


「大丈夫よ」


アリアが自信を持って言った。


「ゼフィールの情報によれば、下水道の主要部分はまだ空気があるはず」


彼らはドームから離れた場所にボートを隠し、バカブの案内で古い下水道の入口を探した。廃墟となった造船所の裏に、半分水没した下水道の入口があった。


「ここから入るよ」


バカブは重い鉄格子を持ち上げた。


「私が先に行きます」


マリカが言った。


「水があっても、私なら呼吸を調整できる」


彼女は躊躇なく入口に飛び込んだ。しばらくして、彼女の声が響いた。


「大丈夫!水は膝まで。通れるわ」


一人ずつ、彼らは狭い入口を通って下水道に降りていった。内部は薄暗く、かび臭い匂いが漂っていた。水は確かに膝程度の深さだったが、流れが速く、足元は不安定だった。


「懐中電灯を使っては?」


エリーゼが提案した。


「ダメだ」


ガイウスが止めた。


「光が格子から漏れると、監視者に見つかる」


代わりに、アルノーは再び発光結晶を取り出し、最小限の光を放つようにした。


「これならばれないだろう」


彼らは下水道を慎重に進んだ。バカブの記憶を頼りに、彼らはドームの中心部へと向かった。


「あと何時間?」


エリーゼが疲れた声で尋ねた。


「もう少しだ」


バカブが答えた。


「もうドームの下にいるはずだ」


その言葉通り、程なくして彼らは大きな中央室に出た。そこは明らかに下水処理施設の中枢だった。巨大なポンプや配管が至る所に見えた。


「ここから地上に出られるはず」


バカブが天井の格子を指差した。


アルノーとガイウスが力を合わせて格子を持ち上げ、一行は一人ずつ地上に上がった。そこは倉庫のような場所で、幸いにも人気はなかった。


「どこに出たんだ?」


アルノーが周囲を見回した。


「中央市場の裏手だわ」


マリカが窓の外を確認した。


「総督の館はあと1キロほど北にある」


彼らは倉庫から出て、人目を避けながら街を進んだ。アクアポリスの通りは水に浸かっており、高床式の歩道が唯一の移動手段だった。市民の多くは青い制服を着ており、表情は硬く、互いに警戒している様子だった。


「皆、怯えている」


エリーゼが小声で言った。


「浄化を恐れているんだ」


アリアが説明した。


「誰が次に『不純』と判断されるか、誰にもわからないから」


彼らは水の監視者に見つからないよう、裏通りを使って北へと進んだ。やがて、街の中心に巨大な建物が見えてきた。


「あれが総督の館」


マリカが指差した。


白い大理石の建物は、周囲の水没した街と対照的に、完全に乾いた島の上に建っていた。館の周りには透明な水の壁があり、入口には多数の監視者が立っていた。


「正面からは無理だな」


アルノーは状況を判断した。


「裏口はない?」


「ある」


マリカが頷いた。


「治癒師用の入口がある。私ならそこから入れるかもしれない」


「危険すぎる」


バカブが心配した。


「あなたは『不純』とみなされた逃亡者かもしれない」


「でも、他に方法がないわ」


マリカの決意は固かった。


「私一人なら目立たない。中に入ったら、裏口を開けます」


議論の末、彼らはマリカの計画に同意した。彼女は単独で館に向かい、残りのメンバーは近くの廃屋で待機することになった。


「気をつけて」


アルノーはマリカの肩を握った。


「必ず戻るわ」


彼女は自信に満ちた笑顔を見せた。


「アクアリウスの民として、私にはまだ入る権利があるはず」


マリカは青い制服を整え、堂々とした足取りで館に向かった。残されたメンバーは息を潜め、彼女の姿を見守った。


マリカは冷静さを装いながら、総督の館に近づいた。治癒師用の入口は館の東側、小さな中庭に面していた。かつて彼女もここから出入りしていた。


入口に立つ監視者二人が彼女に気づき、警戒の表情を見せた。


「止まれ。誰だ?」


「治癒師のマリカ・シリウスです」


彼女は堂々と名乗った。


「治癒師?」


監視者の一人が不審そうに彼女を見た。


「全ての治癒師はすでに登録され、館内に住んでいるはずだ」


「私は…外地への任務から戻ったところです」


マリカは冷静に嘘をついた。


「レティシア総督直々の命令でした」


監視者たちは互いに顔を見合わせた。


「証明は?」


マリカは首から下げていた青い結晶を取り出した。これは彼女が治癒師だった頃の証だった。


「確認する」


監視者の一人が結晶を受け取り、水に浸した。結晶が青く輝き始めると、彼は驚いた表情を見せた。


「本物の治癒師だ」


もう一人の監視者はまだ疑わしげだった。


「浄化テストを受けてもらう」


彼は小さな水晶球を取り出した。マリカは内心で緊張したが、表情には出さなかった。水晶球は精霊アクアリウスの力で「純粋さ」を測る道具だった。


マリカは静かに手を差し出し、水晶球に触れた。球は最初、赤く光り始めたが、マリカが古代語で小さく呪文を唱えると、色は青に変わった。


「合格だ」


監視者は不承不承ながらも認めた。


「入っていい。だが、総督への報告を忘れるな」


「もちろん」


マリカは礼を言い、入口を通り抜けた。


館の内部は驚くほど乾燥していた。大理石の床は完全に乾き、壁には水滴一つ見えなかった。廊下には青い制服を着た職員や治癒師たちが行き交っていた。


「マリカ?」


突然、背後から声がかけられた。振り返ると、年配の女性治癒師が驚いた表情で立っていた。


「セラ先生…」


マリカは動揺を隠せなかった。セラは彼女の師匠だった。


「本当にあなたなの?どこにいたの?」


「説明する時間がありません」


マリカは小声で急いで言った。


「お願い、私を助けて」


セラは周囲を見回し、マリカを小部屋に引き入れた。


「あなたは『不純』リストに載っているのよ」


彼女は心配そうに言った。


「ここにいるのは危険すぎる」


「わかっています。でも、大切な使命があるんです」


マリカは簡潔に自分の目的を説明した。精霊アクアリウスを浄化し、ミール総督を救うという計画を。


「狂気の沙汰よ」


セラは震える声で言った。


「でも…もし可能なら」


彼女は希望の光を見出したようだった。


「手伝います。何が必要?」


「まず、仲間を中に入れなければ」


マリカの説明を聞き、セラは行動を起こした。彼女は自分の権限で裏口の警備を一時的に解除できると言った。


「浄化の儀式が30分後に始まる。その時、警備は手薄になるわ」


「儀式?」


「新たな『不純者』の浄化よ」


セラの表情は暗くなった。


「それは…」


マリカは質問を続けられなかった。意味は明らかだった。


「急ぎましょう」


二人は慎重に動き、裏口に向かった。セラは監視システムを一時的に停止させ、マリカは隠れながら外の仲間に合図を送った。


「こっち」


彼女は小声で呼びかけた。


アルノーたちは素早く反応し、一人ずつ裏口に滑り込んだ。


「無事だったんだな」


アルノーはマリカに安堵の表情を見せた。


「セラ先生のおかげよ」


マリカはセラを紹介した。


「彼女が私の師匠。そして今は私たちの協力者」


セラはアルノーたちを見て、驚きの表情を浮かべた。


「フレイナの錬金術師に、ゼフィールの技術者…まさに四元素の代表ね」


「時間がない」


彼女は急いだ。


「純水の間はこっち。儀式の前に行動しなければ」


セラの案内で、一行は館の奥へと進んだ。廊下や部屋を通り抜けながら、彼らは水の監視者の目を避けた。幸い、多くの者は儀式の準備に忙しく、彼らに気づかなかった。


「ここよ」


セラはついに巨大な青い扉の前で立ち止まった。


「純水の間。ミール総督が精霊アクアリウスと交信する場所」


扉には複雑な錠前が付いていた。


「開けられる?」


アルノーが尋ねると、セラは首を振った。


「儀式の間だけ開く。もうすぐ…」


彼女の言葉通り、館内に鐘の音が響き、青い扉がゆっくりと開き始めた。


「隠れて!」


一行は近くの柱の陰に身を隠した。


扉が完全に開くと、青い制服の行列が近づいてきた。先頭には水の監視者、その後ろには数人の囚人が続いていた。彼らは「不純」と判断された人々だろう。そして行列の最後に、一人の威厳ある女性が歩いてきた。


「レティシア・ミール総督…」


マリカが息を呑んだ。


ミール総督の姿は一見すると人間のようだったが、よく見ると異様な点があった。彼女の肌は青みがかって半透明で、血管の代わりに水が流れているようだった。髪は水のように揺れ、足は地面に触れずに浮いているようだった。かつての賢明な指導者は、今や完全に精霊アクアリウスに支配されていた。


「完全に融合が進んでいる…」


ガイウスが小声で言った。


「フレイナの時より深刻だ」


行列が純水の間に入ると、扉は再び閉まり始めた。


「今だ!」


アルノーが叫び、一行は柱の陰から飛び出した。彼らは閉まりかけた扉に向かって走った。


「止めろ!」


後方から監視者の叫び声が聞こえた。一行は発見されていた。


「急いで!」


アルノーは先頭に立ち、閉まりかけた扉の隙間に体を滑り込ませた。エリーゼ、マリカと次々に続き、バカブがガイウスを押し込んだ。アリアが最後に滑り込もうとした時、扉は彼女の腕を挟みそうになった。


「アリア!」


マリカが彼女の手を掴み、強く引っ張った。アリアは間一髪で扉の内側に入ることができた。扉は完全に閉まり、外側の監視者たちの叫び声が遮断された。


純水の間の内部は息を呑むような光景だった。巨大なドーム状の天井から青い光が差し込み、部屋全体が水中にいるような雰囲気に包まれていた。床は透明な水晶でできており、その下には実際に水が流れていた。部屋の中央には水晶の祭壇があり、その周りに囚人たちが並ばされていた。


ミール総督は祭壇の前に立ち、両手を広げていた。彼女の周りには水滴が宙に浮かび、まるで小さな惑星のように回転していた。


「儀式が始まる」


セラが震える声で言った。


侵入者に気づいていない総督は、古代語で詠唱を始めた。水滴が次第に大きくなり、囚人たちを覆い始めた。


「止めなければ」


アルノーは決意を固め、前に出ようとした。


「待って」


マリカが彼の腕を掴んだ。


「まず精髄を集めましょう。この場所こそ、水の精髄が最も純粋な場所」


彼女はペンダントを取り出した。フレイナから持ってきた「精霊の鏡」だ。


「でも、囚人たちが」


エリーゼが心配そうに言った。


「分散しよう」


ガイウスが即座に判断した。


「アルノーとマリカは精髄を集める。バカブ、エリーゼとアリアは囚人たちを救出する。私とセラは監視者たちを引きつける」


全員が頷き、それぞれの役割に散った。


アルノーとマリカは部屋の端に沿って祭壇に近づいた。ガイウスとセラは入口付近で音を立て、意図的に注意を引いた。バカブ、エリーゼ、アリアは囚人のいる方向へと忍び寄った。


「水の民よ!」


ガイウスが突然大声で叫んだ。


「この浄化は真の浄化ではない!精霊は狂っている!」


ミール総督の詠唱が中断され、彼女は怒りの表情でガイウスの方を向いた。


「侵入者!」


彼女の声は人間のものではなく、水が流れるような不気味な響きだった。


「捕らえよ!」


監視者たちがガイウスとセラに殺到する中、アルノーとマリカは祭壇に急接近した。


「今だ!」


マリカはペンダントを祭壇に押し当てた。ペンダントが青く光り始め、祭壇の水晶から青い光の粒子が吸い込まれていった。


「水の精髄…」


アルノーは息を呑んだ。これで四元素のうち三つが揃った。


一方、バカブたちは囚人に近づき、ひそかに彼らの拘束を解き始めた。


「我々は味方だ。逃げる準備を」


バカブは小声で指示を出した。


「彼女を止めろ!」


ミール総督がマリカに気づき、監視者の一部が彼女に向かって走り始めた。


「マリカ!」


アルノーは彼女を守るため、自らの体で盾となった。


「もう少し…」


マリカは集中を続けた。ペンダントへの精髄の流れは止まらなかった。


混乱に乗じて、バカブたちは囚人を入口へと導いた。セラが隠し通路の扉を開け、彼らを外へと避難させ始めた。


「許さぬ!」


怒りに満ちたミール総督が両手を突き上げた。部屋の床下の水が盛り上がり、透明な水晶を突き破って噴出し始めた。水柱が侵入者たちを攻撃しようとしていた。


「完了!」


マリカが叫んだ。ペンダントには十分な水の精髄が収集された。


「みんな、集まれ!」


アルノーが全員に呼びかけた。バカブ、エリーゼ、アリアは急いで戻ってきた。ガイウスも監視者を振り切って戻ってきた。


「囚人たちは?」


「全員避難した」


バカブが報告した。


「儀式を始めるぞ!」


アルノーはペンダントを高く掲げた。ペンダントには今や火、風、水の三元素が宿っていた。テラナの土の力も加われば、完全な「精霊の鏡」となる。


「まだ足りない!」


ガイウスが叫んだ。


「四元素全てが必要だ!」


「でも、テラナの土は…」


アルノーの言葉が途切れた。テラナの土の精髄は、フレイナでの儀式で使い果たしていたのだ。


「私の土を使って!」


バカブが前に出た。彼はポケットから小さな袋を取り出した。


「テラナから持ってきた特別な土だ。多品種共存農法のために」


「それで足りるかわからない」


ガイウスが心配した。


「試すしかない!」


アルノーはバカブから土を受け取り、急いでペンダントに注ぎ込んだ。


周囲では水の攻撃が激しさを増していた。床から噴出した水柱が部屋中を舞い、一行を追い詰めていた。


「囲まれた!」


エリーゼが叫んだ。


「ペンダントが反応している!」


マリカが指差した。バカブの土がペンダントに吸収され、四色の光が渦を巻き始めた。火の赤、風の白、水の青、土の茶。四元素の力が一つになろうとしていた。


「間に合うか…」


アルノーは祈るような気持ちでペンダントを見つめた。


「不純物どもは浄化されねばならぬ!」


ミール総督…いや、精霊アクアリウスの声が響き渡った。彼女の周りの水滴が合体し、巨大な水の刃となって一行に向かって飛んできた。


「今だ!」


アルノーはペンダントを高く掲げ、ガイウスから教わった古代語の呪文を唱え始めた。マリカも加わり、二人の声が純水の間に響いた。


「精霊の鏡よ、真の姿を映し出せ!」


ペンダントから四色の光が放射され、部屋全体を包み込んだ。水の刃は光の前で蒸発し、ミール総督の体を光が貫いた。


「何をする!やめろ!」


アクアリウスの怒りの叫びが響いたが、光の力は止まらなかった。ミール総督の体が宙に浮かび、その内部から青い水流が引き離され始めた。


「ぐああっ!」


ミール総督の苦悶の叫びが響く中、部屋中の水が激しく渦巻いた。


「続けて!」


ガイウスが励ました。「分離が進んでいる!」


アルノーとマリカは詠唱を続けた。ペンダントの光はさらに強く、鋭くなった。


ミール総督の体から引き出された青い水流は、次第に人型を形成していった。それが精霊アクアリウスの本来の姿だった。


「これが水の精霊…」


アリアは畏怖の念で見つめた。


分離が完了すると、ミール総督の体はゆっくりと床に降り、精霊アクアリウスは水の柱として部屋の中央に立ちはだかった。


「愚かな人間ども!」


アクアリウスの声が響いた。


「私は浄化の使命を持つ。不純物を洗い流すのだ!」


「違う!」


マリカが勇敢に前に出た。


「あなたは創造と生命の源。破壊ではなく、育むものよ」


彼女は第二の呪文を唱え始めた。浄化の言葉だ。ペンダントの光がさらに強くなり、水の柱を包み込んだ。


「覚えていないか?あなたが最初に私に力を授けた日を」


マリカの声には感情が溢れていた。


「私が幼い頃、溺れかけていた時、あなたは私を救った。それが本当のあなた。命を救う水の精よ」


アクアリウスの水柱が揺らめいた。その青い色が次第に澄んだ透明へと変わっていく。


「覚えて…いる…」


アクアリウスの声が変化した。もはや怒りではなく、困惑と悲しみが混じっていた。


「私は…何をしていたのだ…」


「賢者の石という幻想に囚われていた」


アルノーが説明した。


「フレイナと同じように」


「フレイナが…浄化された?」


「そう。彼女は今、創造の火として本来の役割に戻った」


アクアリウスの形がさらに変化し、より調和のとれた流れるような姿になった。


「私も…間違っていた」


アクアリウスの声は静かになっていった。


「浄化とは破壊ではない。再生だ」


彼女の周りの水が穏やかに流れ始め、部屋の損傷を修復し始めた。


「レティシア・ミール…彼女は?」


マリカが心配そうに床に横たわる総督に近づいた。


「生きている」


彼女は安堵の表情を見せた。


「でも、弱っています」


「私が癒そう」


アクアリウスの声が優しく響いた。


水の精髄が総督の体を包み込み、彼女に生命力を戻していった。ミール総督はゆっくりと目を開け、混乱した表情を見せた。


「何が…あったの?」


「長い悪夢から目覚めたのです」


マリカが彼女の手を取った。


「精霊アクアリウスは本来の姿を取り戻しました」


「あの狂気は…終わったの?」


「はい」


ミール総督は震える手で自分の顔に触れた。もはや半透明ではなく、普通の人間の肌に戻っていた。


「私は何をしてしまったのだろう…」


彼女の目に涙が浮かんだ。


「責めないで」


アクアリウスの声が優しく響いた。


「私たち二人とも、幻想に操られていた。今こそ真の浄化を始める時」


精霊は水晶の祭壇に近づき、その上に静かに留まった。


「人間たちよ、感謝する。私を目覚めさせてくれて」


アルノーは安堵の表情を浮かべた。


「まだ終わっていない。他の精霊たちも救わなければ」


「協力しよう」


アクアリウスが申し出た。


「私の力を与えよう。残りの精霊たちを救うために」


ペンダントが再び光り、アクアリウスから新たな青い光が流れ込んだ。


「これで、次の国でも儀式ができる」


アクアリウスの澄んだ声が響いた。


「急ぎなさい。他の精霊たちも苦しんでいる」


アクアリウス浄化から一週間、連邦内の変化は驚くべきものだった。水の壁は徐々に低くなり、水没した土地の一部が再び姿を現し始めた。水の監視者たちは一般の治安部隊に戻り、「不純」の判定は廃止された。


アルノーたちは首都アクアポリスに留まり、復興の手伝いをしていた。特にバカブのジャガイモ栽培技術は、水没から回復しつつある土地に希望をもたらした。


「この土なら育つよ」


バカブは新たに現れた土地を手に取り、満足げに言った。


「水の恵みを十分に受けている」


マリカはミール総督と共に新たな治癒システムを確立しつつあった。かつての「浄化」ではなく、真の癒しを目的としたものだ。


「次はどこへ行く?」


エリーゼがアルノーに尋ねた。彼らは総督の館のバルコニーに立ち、復興が進む街を見下ろしていた。


「ゼフィール自治国だ」


アルノーは北を指差した。


「風の精霊エアロールを救わなければならない」


「私が案内します」


アリアが申し出た。


「内部の状況も把握していますから」


ガイウスは思慮深く頷いた。


「風の次は金属。そして最後に希少元素だ」


「全ての精霊が浄化されれば、世界は変わる」


アルノーは希望を込めて言った。


「賢者の石の幻想から解放された世界」


その夕方、ミール総督が彼らを正式に謁見した。彼女の姿はすっかり人間に戻っていたが、目には深い悲しみと後悔が宿っていた。


「あなた方の功績は決して忘れません」


彼女は一同に感謝の意を示した。


「特に、マリカ・シリウス。あなたは真の治癒師です」


マリカは恭しく頭を下げた。


「故郷を救えて幸せです」


「旅を続けるのですね」


ミール総督はアルノーたちを見つめた。


「アクアリウス連邦は全力で支援します。必要な物資、船、そして私の持つ全ての情報を提供しましょう」


彼女は特別な水の容器を取り出した。


「これは『生命の水』。かつて私がアクアリウスと初めて契約を結んだ時に受け取ったもの。あなた方の旅を助けるでしょう」


アルノーは感謝の意を示して容器を受け取った。


「さあ、準備を始めましょう」


彼は仲間たちに声をかけた。


「ゼフィールへの旅は困難を極めるでしょう」


アリアが警告した。


「情報と監視の国。秘密を守ることが最も難しい場所です」


「どんな困難も乗り越えてみせる」


アルノーの声は決意に満ちていた。


出発の日、多くの市民が彼らを見送りに集まった。かつての「灰の賢者」は今や「元素の調和師」とも呼ばれるようになっていた。


「また会う日まで」


マリカは故郷に別れを告げた。彼女の心には寂しさもあったが、使命感がそれを上回っていた。


「精霊たちを救い、世界に平和を」


彼らは特別に用意された船に乗り込み、北へと出発した。船首にはペンダントがくくりつけられ、その中では火、風、水、土の四色の光が調和して輝いていた。


次なる目的地、ゼフィール自治国へ。風の精霊エアロールの救済に向けて、彼らの旅は続く。


アクアリウスの船は北の海を静かに進んでいた。改良された水の技術により、船は風なしでも素早く進むことができた。


「ゼフィールとの国境まで、あと二日」


アリアは地図を広げながら説明した。


「でも、海からの接近は極めて困難です」


「なぜだ?」


ガイウスが尋ねた。


「ゼフィールは空と情報の国。海岸線全体が監視システムで覆われています」


彼女は海岸線に沿って赤い印をつけた。


「これらは全て監視塔。無人のドローンが24時間体制で警戒しています」


「どうやって入るんだ?」


バカブが心配そうに尋ねた。


「一つの方法があります」


アリアは微笑んだ。


「ゼフィールは情報を重視する国。私たちが持っている情報の価値を示せば、入国許可が得られるかもしれません」


「私たちの情報?」


エリーゼは不思議そうに聞いた。


「フレイナとアクアリウスの浄化の情報です」


アリアの説明によれば、ゼフィールは全ての情報に価値を付け、それを交換という形で取引していた。彼らの持つ二つの精霊浄化の情報は、間違いなく高い価値があるはずだった。


「それで本当に入れるのか?」


アルノーは懐疑的だった。


「保証はできません」


アリアは正直に答えた。


「でも、これが最も安全な方法です」


彼らは様々な作戦を議論した末、アリアの提案に従うことにした。海からゼフィールの監視ポストに接近し、正式に入国交渉を行うという計画だ。


船の進む海域は次第に荒くなり、空には常に濃い雲が漂っていた。これはゼフィールの風の精霊の影響だろうか。


「天候が不安定になってきた」


マリカが空を見上げた。


「エアロールの力が及ぶ範囲に入ったのね」


夜になると、遠くにゼフィールの監視塔の光が見え始めた。細い光線が海面を走り、全ての船を検知しているようだった。


「明日の朝、接近する」


アルノーは決断した。


「みんな、休んでおけ。明日は緊張の一日になる」


彼は甲板に一人残り、星空を見上げた。ペンダントの光が弱く胸元で輝いていた。


「あと三つ…」


彼は呟いた。風、金属、希少元素。残る三つの精霊を救えば、世界に平和が戻るかもしれない。


そんなアルノーの思索を、背後からの足音が中断した。


「眠れない?」


マリカの声だった。


「ああ、考え事をしていた」


「心配?」


「少しな」


アルノーは正直に答えた。


「ここまで来たが、まだ道半ばだ。そして、各国で何が起きているのかも気になる」


「テラナとメタルグラッドの休戦は続いているはず」


マリカは慰めるように言った。


「そして、フレイナとアクアリウスはもう戦争の脅威ではない」


「それでも、レアアルカ王朝が心配だ」


アルノーは遠くを見つめた。


「希少元素の精霊。最も謎に包まれている」


二人は静かな夜の海を見つめながら、これからの旅について語り合った。未知の困難が待ち受けていても、共に乗り越える決意を新たにした。


夜明けとともに、ゼフィールの海岸線がはっきりと見えてきた。高い崖の上には無数の監視塔が立ち並び、その間を小型の飛行体が行き交っていた。


「監視ドローンだ」


アリアが説明した。


「もう我々を発見しているはず」


案の定、数分後には複数の飛行体が船に向かって降下してきた。円盤型のドローンが船の周りを旋回し、スキャンを行っていた。


「身分を証明するチャンスよ」


アリアは落ち着いた様子で甲板の中央に立った。彼女は特殊な信号機を取り出し、光のパターンでドローンに何かを伝えた。


「何を伝えたの?」


エリーゼが小声で尋ねた。


「私の識別コードと、高価値情報を持っていることを」


しばらくして、ドローンの一つが船の前に停止し、青い光線を放った。それはホログラムで、ゼフィールの制服を着た役人の姿を映し出していた。


「識別番号ゼータ-3712、アリア・ウィンド」


ホログラムの役人が冷たい声で言った。


「許可なき帰還。説明せよ」


「情報交換を希望します」


アリアは堂々と答えた。


「私とこの旅行者たちは、極めて高価値の情報を持っています。カイ・スフォルツァ総裁直属の情報分析官に会わせてください」


役人は不信感を隠さなかったが、アリアの主張に興味を持ったようだった。


「情報の性質は?」


「精霊に関するもの。フレイナとアクアリウスで起きた変化について」


この言葉に、役人は明らかに動揺した。


「待機せよ。決定を仰ぐ」


ホログラムが消え、ドローンたちは少し距離を取りながらも船を取り囲んだままだった。


「どうなるでしょうか」


バカブが不安そうに尋ねた。


「待つしかない」


アリアは冷静に答えた。


「ゼフィールは情報に飢えている。特に他国の精霊に関する情報なら」


一時間ほど待った後、再びホログラムが現れた。今度は別の、より年配の役人だった。


「入国許可する」


彼の声は権威に満ちていた。


「しかし、条件付きだ。情報は最高機密として扱われる。そして…」


彼はアリアを厳しく見た。


「裏切り者の帰還は、相応の対価を払う必要がある」


アリアは顔色一つ変えずに答えた。


「承知しています」


「港に案内する。そこで詳細を話し合おう」


ホログラムが消え、新たなドローンが現れて船を導き始めた。


「裏切り者?」


アルノーはアリアに尋ねた。


「ゼフィールを許可なく離れたから」


彼女は淡々と説明した。


「情報の国では、それは重大な罪」


「危険なんじゃ」


「私は覚悟しています」


彼女の目には強い決意が宿っていた。


「エアロールを救うために、どんな代償も払います」


船はドローンの案内で小さな入江に導かれた。そこには近代的な港施設があり、多数の警備員が待ち構えていた。


「準備はいい?」


アルノーが一同に尋ねた。


全員が頷いた。ペンダントの光が微かに強まったように見えた。風の国の浄化に向けて、彼らの挑戦が始まろうとしていた。


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