第8話 砂使い
「劣等クラスが!」
仲間が倒されたことに激昂したのか、もう一人が突っかかってくる。
悪い判断じゃない。
この距離で呪文詠唱をしても発動が間に合わない可能性がある。接近戦に切り替えるというのは間違ってない。
「俺が何の準備もしていないと仮定したらな」
後ろにさがりながら腰に下げた革袋に手を突っ込む。
中に入ってるのはただの砂だ。
一掴み、ぱっと空中にまく。
「砂の網」
発動ワードとともに。
空中に散った砂は見る間に漁網のように広がった。
相手は目を細め、しっかり口を閉じて、速度を落とさず突っ込んでくる。
さっそく戦訓を取り入れたか。
暴行野郎の仲間とはいえ、やっぱり優秀だよ。
でもな、サンドネットは、口や目に砂を入れるための細工じゃない。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
獣じみた絶叫を放ち、その生徒は血みどろで倒れ込んだ。
空中をたゆたう砂の網からも、ポタポタと血が滴っている。
よくよく観察すれば、砂がカミソリのような薄刃に形成されていると気がつくだろう。
つまり相手は、薄刃を並べた場所にわざわざ自分から飛び込んだということ。
「砂にはカタチがない。だから、見えているのが本当の姿とは限らない」
俺は嘯き、駆け寄ってくる救護員を視界の隅に捉えていた。
彼らが戦場に入ってくるということは、戦いは決着したということである。
視線を転じれば、気づいたリンゴがにやっと笑いこちらに親指を立てて見せた。
彼の足下には、C組の生徒が二人胸を押さえてもだえ苦しんでいる。
はて?
リンゴの魔法適性は炎だったはずだけど、火傷しているようには見えないな。
「炎と氷は同じものだよ、リューちゃん。熱を操るって意味でね」
魔法因子の活動速度が速くなれば物質は燃える。遅くなれば物質は氷結する。
そういうものなのだそうだ。
「つまり、奴らの胸は凍ったのか?」
「まさかでしょ。僕の魔力はそんなに強くないよ。彼らは氷結した空気を思い切り吸い込んだだけ」
軽く笑って肩をすくめてみせる。
きんきんに冷えている冬の朝に外で深呼吸したら胸が痛くなる。それのもっとハードな状態なのだそうだ。
本来は首から胸へと通っていくときに、体に適した温度に空気は調整されるものらしいが、その調節機能を超えるくらいの冷たい空気を吸い込んでしまい、あえなく行動不能に陥ったのだという。
呼吸困難を起こしているレベルなので、なかなか恐ろしい魔法だ。
「さながら、温度使いだな。リンゴ」
「そういうリューちゃんは砂使いだね」
互いに称号をつけ合う。
そして一拍おいて。
「「かっこ悪すぎるだろ!」」
声をそろえるのだった。
「あたしら出番なしじゃん。なんで二人でみんな倒しちゃうのさ」
味方の元に戻ると、腰に手を当ててメグが憤慨していた。
なんてこった。
勝ったのに叱られちゃったよ。
あ、もちろん俺たちD組の勝利で技能試験の一回戦は幕を閉じた。
二人で四人を倒しちゃったわけだから、そもそも勝負になっていないという説もある。
番狂わせが起きたわけだが、闘技場みたいに観客席があるわけではないので、歓声もブーイングも巻き起こらなかった。
学院の尖塔から監覧している教官たちの反応は、こっちからじゃ判らないしね。
「まあまあ姉御。戦いはまだ続くんだから、手の内を隠したまま勝てたのはおいしいよ」
くすりとクライが笑う。
ひとつ勝てれば良いって言ってたくせに、しっかり欲を出してきてるな。良いことだ。
この後、A組とB組の対戦があり、その勝者と明日俺たちが戦うことになる。
そこで負けたとしても、もう最下位はない。
つまり、落第放校は消えたということだ。
学院側の思惑に反してね。
「ただまあ、ボクや姉御があまりにも活躍しないと、何もしなかったから落第なんて言いがかりをつけてくるかもしれないからね」
「明日はあたしとクライが主体で戦うよ!」
クライの言葉を引き継ぎ、ふんすと胸を反らすメグ。
なんだか闘争心に火が付いちゃってますねえ。
苦笑した俺とリンゴが、ふたりの肩を叩いて試験場を後にする。
本当はA組とB組の戦いを見たいけど、観戦は例外なく認められていないのだ。
そして帰り道、生徒の一団とすれ違う。
とくに挨拶することもなく。言葉を交わすこともなく。
互いにちらっと視線を交わした程度だ。
「A組か。俺たちなんか眼中にないって感じだったな」
「仕方ないさ。トップクラスの成績の連中を集めたクラスだもの。劣等クラスなんて、同じ人間とも思ってないんじゃないかな」
「そういう意味じゃ、C組のやつらは僕たちのことを人間扱いはしてるんだよね」
「まあ、人間だと思ってなかったらイタズラなんてしてこないでしょ」
四人が好きなことを言っている。
過度な緊張感は誰も持っていないようだ。
俺としては、先ほどの勝利が自信につながっている。
どこまで戦えるか、やってみるまで判らなかったのだ。
もちろん山の獣相手には何度も使ってるけどね。狩りと戦いは、やっぱり違うモノだから。
「リューちゃん」
不意に、リンゴが右拳を突き出してきた。
ふ、と笑い、俺は自分のそれをぶつける。
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