第6話 魔法因子
結論からいうと、他の本を探すまでもなく『魔法因子』のなかにヒントがあった。
どうして魔法が存在するのか、どうして発動するのか、どうして効果を現すのか、まさに基礎の基礎が記されていたのである。
いま現在使われている教科書とはまったく違って、使い方の説明ではない。
なんていうのかな、一と一を足したら二になることはみんな知っている。では二と二を足したらいくつになる? 三と五をかけたらいくつになる? というのが、いまの教科書。
『魔法因子』には、どうして一と一を足すと二になるか、そもそも足すとはどういうことなのか、っていう部分の解説から載ってるんだ。
「一足す一が二だと判っているやつには無用な学問かもしれないけどな」
「でもボクたちは、まず一がなにかすら判ってない。ようやくスタートラインに立てるね」
俺の言葉にクライが頷く。
これを理解すれば、魔法が発動できるだろう。
つまり、他のクラスの連中と同じ土俵に、ようやく立てるというわけだ。
「本当は全部ちゃんと読み込んで知識のベースにしたいけど、そんな時間はないからな。みんな、自分に必要だと思う部分だけ写本して、あとは自己研鑽でいくしかないだろう」
技能試験まで正味一ヶ月を切っているのだ。
まずは戦える状態に持って行くのが最優先だ。
「俺はちょっと山に籠もってくる」
「修行は山籠もりが基本だよね」
にやっと笑って右手を突き出してきたリンゴに、俺も右拳をぶつける。
お互い騎士家の出身だから話が早い。
道場でひらひらと剣を振っていたって実戦感覚は身につかない。とにかく自分を追い込まないと、人間ってのは甘える生き物だからね。
「二十日で戻ってくる」
「じゃあまたその頃に教室集合ってことで」
俺たち以外の面々は学院に残り、互いに補完しあいながら技量を高めていくそうだ。
平民出身や文官出身に山籠もりしろってのも無茶な話なので、こればかりは仕方がない。
そして俺が山から下りてくるまで、すこし時間を進めよう。
や、黙々と、淡々と修行している姿なんか、見たって仕方ないだろ?
とりあえず二十日間で、たしかに俺の魔力は少ないってことは実感できたよ。
土魔法っていっても、巨大な岩石をぶつけることもできない。
初歩魔法として有名な石つぶてだって、せいぜい二つか三つしか飛ばせない。
そもそも、そこらへんに落ちてる石ってのが、俺が操るにはちょっと大きくて使いづらいんだ。
笑っちゃう程度の土魔法である。
けどまあ、べつに一本の麦も収穫できないまま修行を終えたわけじゃない。
「ちょっとたくましくなった? リュー」
「二十日くらいで、そんなにはかわらないと思うけどな」
教室で出迎えてくれたメグと抱擁を交わす。
「ちょっとリュー! くさい!」
そして一瞬で突き放された。
二十日もまともに体洗ってすらいないからね。山の中、洞みたいなところに入って剣を抱えて眠り、飢えと闘いながら魔法で獲物を狩って食う。
そんな生活だもの。
清潔さなんて求められるわけがない。
「あんたといいリンゴといい、どこの野蛮人なのよ。お風呂行くよ!」
メグの命令一下、しもべたちに寮の大浴場へと連行されていく。
誰がしもべじゃごるあ、とか、小突き回されながらね。
このノリ、とても懐かしいです。
で、風呂に行ったらリンゴが浸かっていた。
「よ、リュー」
「元気だったか?」
けっこう日に焼けて、頬はこけ、でも目がらんらんと光っている。餓狼のようなと表現すると、ちょっと語弊があるかな。
俺もきっとそんな感じだろうし。
「修行の成果はどうよ? リューちゃん」
「自分には才能がないってのは再認識した。そこからスタートだったな」
体を石けんでわしゃわしゃ洗いながら答える。
だれがリューちゃんだよ。
ていうか、ぜんぜん泡が立たないな。野山を駆け巡り、汗と泥と着物の血でギドギドだから仕方ないけど。
「笑っちゃうぜ。ストーンバレットを発動させたら、小石が三つくらいしか飛んでかないんだからな」
「僕も似たようなものさ。炎の矢を使ったら、ニンジンくらいの大きさのやつが出た」
思わず両手で顔を覆ってしまったね、と、リンゴが笑う。
わかる。
そこまでいくと、泣いたり嘆いたりを通り越して、笑うしかないんだよな。
「『魔法因子』の記述がなければ、泣きながら実家に逃げ帰ったかもしれないけどな」
「そうもいかんでしょ。仲間たちを見捨てて逃げるとか」
「もっともだ」
肩をすくめてみせ、湯船に体を沈める。
二十日ぶりの温かい風呂がしみるね。
「戦えるだけの材料はみつけてきたって顔だね。リューちゃん」
「リンゴもな」
自信があるわけではない。
他のクラスの連中がどの程度の魔法を使うのか、どのくらい強いのかさっぱり判らないから。
魔法の習い始めの時点で一ヶ月以上の差が付いているのだ。その上こっちは自習自得。
開きが小さいわけがない。
けど、結局はあるもので勝負しないといけないからね。
俺だって無為無策で山をおりたわけじゃないさ。
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