第4話 卑劣な条件
「君たちの服装が問題視されている。判っていると思うがな」
開口一番、担任教官のルベルグが詰問口調で言い放った。
灰色の瞳には、露骨な蔑みが宿っている。
手間を取らせんじゃねえぞクソどもが、という心の声まで聞こえそうだよ。
「学内および付属施設内では原則として制服を着用すること。しかし、着崩してはいけないとは、どこにも書いてませんね」
しゃらくさい口調で答えてやる。
学則に触れないよう、こっちは細心の注意を払ってやっているのだ。小賢しいというなかれ、けっこう弱い立場なんでね。ファウルラインの見極めは重要なんですわ。
「……常識で考えろ。栄えある王立魔法学院の生徒に相応しい格好か? それが」
「そうですね教官閣下。女子生徒を物陰に引っ張り込んで乱暴しようとしたり、その犯人に何ら処罰を与えないよりは、常識的であると考えております」
メグを襲った連中には処分されなかった。
ちょっとふざけただけ、というとんでもない言い訳を学院側は信用し、口頭でやり過ぎないように注意しただけだ。
信用したってのは少し違うかな。
それでメグが学院に絶望してやめてくれたら万々歳だとでも思ったんだろう。
惜しむほどの才能もないってね。
「これは自衛ですよ、教官閣下。女性を一人歩きさせず常に護衛を配置する。そして護衛は強面でなければ効果は薄い。理の当然かと思いますが」
まるで治安の悪いスラムのようですね、と、笑いながら付け加える。
ルベルグが苦虫をまとめて噛み潰したような顔をした。
「……まあいい。来月、技能試験を行うこととなった。最も成績の悪かったものは放校処分となるのでそのつもりで」
ため息の後、ぐいと冊子を突き出してくる。
もちろん試験要項が事細かく書かれたものだ。
なるほどね、そうきましたか。
「熟読させていただきます」
芝居がかった恭しさで、俺はルールブックをおしいただいた。
学院側としては、劣等クラスなんぞ全員クビにしても痛痒は感じないだろう。
だからこそ教官が教室に来ることもなく、毎日毎日ずっと自習なのだ。
自主退学するのを待ってるって感じ。
「でもさ、だったら一人って限定しなくて良くない?」
リンゴが首をかしげる。
案件を教室に持ち帰り、全員で検討中だ。
劣等クラスの現在の人数は十六名。入学時には二十八人だったんだけどね。寂しくなったものさ。
絶対にやめてなるものか、石にかじりついてでも卒業資格をぶんどってやるって気持ちの持ち主だけが残った。
「おそらくだけど、ヒビを入れようとしてるんじゃないかな」
リンゴの疑問に答えたのはクライアルトン。愛称はクライで、黒っぽい髪と瞳を持った小柄な少年だ。
本人曰く、東方の血が入ってるらしい。
「ヒビ?」
「仲間を見捨てるくらいするでしょ、人間って。命がかかってたらさ」
「そうだろうか?」
「リューみたいな絶対に仲間を見捨てないなんて熱血漢の方が稀なんだよ」
くすりとエキゾチックな笑みを浮かべ、解説してくれる。
人数が大幅に減ったことにより、劣等クラスの結束は強くなった。一枚岩といっても良いくらいに。
C組のクソどもみたいな明確に『敵』が登場したってのも大きい。
「現状、劣等クラスになにか仕掛けても、全員が一丸となって抵抗する可能性が高いと思うんだ」
クライの説明は続く。
劣等クラスとはいえ、各地から集められた俊秀だから知恵が回るのはたしかだ。
実際、徒党を組むことによって他のクラスからの嫌がらせに対抗している。
「だからその結束を断ち切る」
すぱっとクライが手刀を切ってみせた。
試験の結果として一名が放校処分になる。そういうことを言い出したら劣等クラスの人間が該当する可能性が高い。
劣等クラスって言われるくらいだしね。
「しかも選抜代表戦の形式。全員参加じゃないってのがミソだね」
「なんで? 僕たちの中から最強メンバーを集めて挑めば良いじゃん?」
「その結果、最強の四人の中から一人が放校となる。ただでさえ少ない劣等クラスの戦力が低下するわけ」
「だったら最初から弱い方で組んで……って考えさせるのが狙いなのか……」
クライと問答をしたリンゴが奥歯をぎりっとかみしめる。
えげつないな。
誰が犠牲になるかを俺たちに選ばせようだなんて。
譲り合うにしても押しつけ合うにしても結束は崩れる。
そして一人やめさせられたら、次は誰かとおびえることになるだろう。
なんとか自分だけでも助けてもらえないかと考えるやつも出てくるかもしれない。
「学院側はそんなにあたしたちが邪魔なの……?」
「違うよ姉御。被差別対象を作ることで、他の生徒の不満をそらせているんだ。支配術の一環だね」
「支配……」
「忘れたの? ここは将来、国の中心となる人間を育てる学校だよ」
すでに国民を支配するための教育は始まってるってことか。
平民たちに、自分たちより可哀想な貧民をあてがうことによって、その不満を解消させるってことだよな。
ときにはボコっても良い。たまには救いの手を差し伸べて、自己満足に浸っても良い。
こうやって支配するんだよって教えるわけだ。
大変ご立派な教育ですね。
「で、クライ、そこまで判ってるってことは打開策も判ってるんだろ?」
俺はクライの黒い目を見つめる。
こいつがみんなを絶望させるためだけに解説するような人間じゃないことは知ってるからね。
「たやすい方法ではないよ」
肩をすくめて、クライが応えた。