最終話 終わりの砂
「みんな逃げて! サリーズ先輩は撤退の指揮を!」
忘我の一瞬の後、アナが光の剣をかざしてつっこんでいく。
十六神将とか名乗ってたわけで、相手は魔王軍の幹部だ。学生が太刀打ちできるような相手じゃない。
魔人って呼ばれる存在で、それこそこいつらと戦うために人間は魔法を身につけていったのだ。
戦闘力で考えたら、人間となんか比較にならない。
小型犬とライオンが戦うようなものだ。絶対に勝てない。
下手をしたらミケイル小隊が皆殺しにされる。
なのて逃げるしかない。
もちろん、みんなで背中を向けて逃げたら追撃されるだけ。誰かが残って足止めしないといけないから、アナが飛び出したのだ。
この隊で、たぶんミケイル先輩に次いで強いのがアナだから。
「譲り合いしてる場合じゃない! 急いで!」
楽しそうに笑うリザーベラの剣を光の剣でさばきながら叫ぶ。
「借りておくわ! アンナマリー! 必ず返すから生きて帰りなさい!」
そういうとサリーズ副隊長は隊員をまとめてセムリナ方向に撤退を始める。
敵に詳細な位置がバレてしまった以上、居座り続けても意味がないし、別にここは陣地でもなんでもないから、明け渡したところで痛くも痒くもない。
いまはみんなで生き延びることが大事だ。
ミケイル隊長の身体を担ぎ、四十六名が一目散に駆けていく。
後に残るのは、俺、リンゴ、クライ。
リリクロも残りたそうだったけど、メグがむりやり引っ張っていった。
ヴァルやリュースも同様で、ミケイル小隊の主力が全滅してしまわないための配慮である。
足止めは強力でなくてはいけない。
だが、けっして大人数であってもいけない。
なぜなら生きては帰れない可能性が半分はあるからだ。
「助太刀するよアナ。炎の拳!」
返事も待たずリンゴが突進した。
アナと戦うリザーベラの、常に死角になるような位置につけ、攻撃を始める。
「小バエのようにうるさいガキだな」
ぶんと剣を振るリザーベラ。まったく見当違いの場所を、魔力のこもっているであろう剣が通過した。
おや?
「リンゴの足音を偽装してあの魔人の耳に届けてる」
いつの間にか俺の横に並んでいたクライが言った。
小細工に過ぎないけどね、と。
剣をかいくぐって踏み込んだリンゴ。一気に攻撃範囲に入る。
左、左、と軽い打撃を繰り返し、相手が慣れたところで強烈な右パンチ。
ミケイル先輩をも追い詰めたリズミカルな攻撃だ。
「面白い技を使うな、小僧。だが」
すべて鎧ではじかれる。
「その程度の威力では、蚊が刺したほどにも効かんぞ」
「ぐは!」
左手の盾でいともたやすく弾き飛ばされる。なんというか、そもそも勝負になっていない。
膂力と防御力が違いすぎる。
「そしてお前は、仲間が吹き飛ばされても顔色一つ変えず、ペースも乱さないか」
斬り込むアナの剣をさばく。
むしろ楽しそうに。
対してアナは一言も発しない。
ある種の機械のように。淡々と、黙々と。
「しかも勝とうとしていないな」
鍔迫り合いに移行し、力比べになるとやはり押され始める。
ぐぐぐ、とアナの両足が地面に沈んでいった。
「時間稼ぎに徹するのは立派なことだが、選択を誤ったな」
その瞬間、ものすごい力が加わったのだろう。ガクンとアナの膝が折れた尻餅をついてしまう。
「く」
「吹き飛べ。小娘」
そんな姿勢になったら防御も回避もできない。
蹴り飛ばされて滑空し、子供が飽きて投げ捨てた人形みたいに地面に落ちる。
なんてこった。アナとリンゴが二人がかりで、一分の時間すら稼げないなんて。
二人とも立ち上がろうともがいているから致命傷ではない。ただもう戦闘に参加するのは無理そうだ。
「……だからといって、諦めるわけにはいかないよな」
ついと俺は前に出る。
味方はまだ全然、安全圏まで逃げ切ってない。
いま追われたら全滅するだけだ。
「クライ、二人を頼む」
「心得たよ。リューも無理しないで」
「次は貴様が相手か? 小僧」
「リューベックだ。よくも俺の友人たちをなぶってくれたな。ラクに死ねると思うなよ。魔族野郎」
精一杯虚勢を張って煽ってやる。
あきらかに強い方に冷静な判断なんかされたら勝ち目なんてない。最初から薄紙一枚分もありゃしないのに。
「我に勝つつもりか。先ほどの小娘よりは見所があるな!」
言うが早いか剣をかざして突進してくる。
大上段か!
でも、俺の魔法の方が速い!
「終わりの砂」
ぶわっと真っ黒な砂が広がり、振り下ろされたリザーベラの剣を包む。
そして柄から先が消滅した。
爆発でもなく、折れたのでもなく、ただ消え去った。
「なにっ!?」
はじめて動揺をみせ、リザーベラが跳びさがる。
漆黒の砂が俺の両手のあたりにわだかまっていく。
「何をした。小僧」
「万物は死して土に還る。この砂は冥界への道標だ」
唇を歪めて告げた。
「ふざけるな!」
激昂したリザーベラがカイトシールドの先端を突き込んでくる。
「何度やっても同じだ」
盾が砂に触れた部分から消えていった。
傲然と胸を張り、俺が一歩二歩と進めば、その分の距離をリザーベラがさがる。
「さあ、次は貴様の命を送ってやろう」
「……ここまでか。勝負は預ける。リューベック! その名、刻んでおくぞ!!」
くるりと背を向け、リザーベラが走り去っていった。
その姿が見えなくなってから、俺は大きく息をついて魔法を消す。
「いまの魔法は何? リュー」
なんとか立ち上がったアナがふらふらと近づいてきた。
「はったりだよ」
肩をすくめてみせる。
魔法の研究をしていたときに完成した失敗作だ。
「ハッタリ?」
「ラストサンドで消せるのは生物以外のものなんだよ」
触れれば剣でも盾でも消せるけど、生物にはノーダメージ。人間自体を包んだ場合、服だけ消えてすっぽんぽんになる。
ぶっちゃけただのエロ技でしかない。
それを、思い入れたっぷりに、すごい必殺技であるかのように見せていただけ。
舌先三寸を添えてね。
「あっきれた。退いてくれたから良かったけど、そうならなかったらどうするともりだったのよ」
「それは大丈夫だよ、アナ。魔軍にとってここはべつに奪わないといけない場所じゃないし、ボクたちもどうしても殺さないといけない相手じゃない」
クライが応える。
だから自分がダメージを負う可能性が出てきた時点で退くだろうって彼は予測した。
それで賭けに出てみる気になったんだよな。
「そんじゃ、僕らも撤収しますかね」
どっこらしょと身体を起こしたリンゴが言った。
けっこう元気そうである。
結局、魔軍はセムリナ攻略を断念し、モートンまで後退し拠点を築き始めた。
辛くも侵攻は止めることができたが、俺たちは二つの都市を失い、領土もだいぶ削られてしまった。
そしてなにより、小隊長のミケイル先輩も失ったのである。
第1部 完
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