第24話 魔軍の蠢動
「……このまま私たちが勝ち進めば、決勝はミケイル先輩とサリーズ先輩のペアね」
担架で運ばれていくリンゴを見つめながらアナが呟く。
俺たちが準決勝に勝てるかどうかは判らないけど、ミケイル先輩たちは勝ち進むだろうな。
なんというか、戦い方にそつがない。
相手をちゃんと研究しているというのも強みだ。
「強敵だな。勝てそうか? アナ」
「負けても良いってつもりで戦いたくはないわね」
相変わらず気の強い答えが返ってきた。
でも、俺も同意見だよ。
胸を借りるなんて言う気はない。やるからには勝つ。
もちろん敗北から学ぶことはたくさんあるけどね。勝利から学ぶことだっていっぱいあるはずさ。
「勝とうぜ。アナ」
「いや、戦うにしても少し後の話になってしまうな」
唐突に声が割り込み、俺とアナは慌てて振り返った。
立っていたのはエーリカ殿下。
なんで生徒用の観戦席に?
疑問に思ったが、すぐに解答は与えられた。
「魔軍の侵攻だ。魔法学院の生徒諸君にも従軍命令が下った」
最悪の解答がね。
魔族たちの侵攻だって?
しかも学生にすぎない俺たちまで従軍するって、どんだけひどい状況なんだよ。
「国境の砦は陥落。駐留していた第四師団は通信途絶。現状はセムリナの城壁に拠って第二師団が交戦中だ」
淡々と、ある種の機械のように抑揚なく喋る。
「セムリナって……ドイルシティとモートンはどうしたんですか師匠?」
アナが口にしたのは魔族との国境に一番近い街と二番目に近い街だ。
セムリナというのは三番目の街なのである。
まあ、そこが戦場になっている時点で推して知るべしなんだけどな。
「通信途絶だ」
「そうですか」
エーリカ殿下ははっきりとは言ってないけど、国境の砦に駐留していた第四師団も、ドイルシティとモートンにいた部隊も、たぶん全滅している。
魔軍の先頭を切るのはたぶん鬼族だろうし、オーガーでもオークでもゴブリンでも良いけど、あいつら人間を食べるからね。
殺したら食べるし、捕まえたら食べる。上手く逃げてくれていれば良いけど、連絡すらできない状況だもの。
絶望的だと思う。
「実習は中断とする。出立は明後日早朝。それまで学生諸君は鋭気を養い、思い残すことのないように過ごしてくれ」
そう言い置いて去っていく。
……殿下の温情だな。
出発まで猶予があるのは、どうしても従軍したくない者はその時間に逃亡しなさいって意味なんだろう。
もちろん本当はそんなこと許されないよ。
王立の学校にいる以上、王命には絶対に従わないといけないからね。
だから学費とかかからないし、学内の施設を自由に使えるんだ。
それが嫌なら私塾とかで勉強すれば良いだけ。
でも、やっぱりまだ学生だからね。殿下は選択肢をくれたんだ。
口に出したらまずいから、時間ってカタチでね。
それにまあ、実際に戦況はやばいんだろう。
学生が動員されるレベルだもの。
「思い残すことのないように、ね。十五で戦死は、思い残すことしかないわね」
「だったら、生きて返ってくるしかないな」
にっと笑ったアナに俺は不敵な笑みを浮かべてみせる。
逃げるなんて選択肢は、俺にもアナにも存在しない。
二人とも騎士の出だからね。
物心ついたときから覚悟は完了しているさ。
学生隊は総数四百名。
全校生徒の数より二割ほど少ないけど、よくこれだけ残ったもんだよ。
騎士とか魔法騎士の家系に生まれた者はさ、いつか戦場に出るものと覚悟しているけど、平民や文官の家庭の子にそんな覚悟を持てなんて過酷すぎるからね。
これを五十名ずつ八小隊に分ける。
少ないように見えるけど全員が魔法の心得があるっていう、ものすごく強い戦力だからね。
四百人で、一般兵五千人分くらいの活躍ができるものと期待されている。
たかが学生が。
「全員、乗車してくれ」
ミケイル隊長が指示し、俺たち第一小隊は与えられた馬車に分乗する。
この小隊にはかつて劣等クラスと蔑まれた一年D組のメンバーが多く含まれている。
俺、リンゴ、クライ、メグのいつもの四人の他、六人も。
それにプラスして、アナ、ヴァル、リュース、リリクロの学年第四席まで。二年生も三年生もかなり俊秀が集められた。
名実ともに主力部隊となる感じである。
「よく聞いてくれ。セムリナの状況は一進一退だ」
ガタゴト揺れるキャビンでミケイル隊長が説明を始めた。
各隊の隊長と副隊長には、事前に戦況が知らされているらしい。
それによると、セムリナで防戦していた第三師団五千名と駆けつけた第二師団が必死に守り、一時はかなり魔軍を押し戻した。
しかし魔軍も幹部級が参戦したらしく、ふたたび城壁を守る戦いになったんだそうだ。
で、いまの戦力は両師団あわせて七千ちょっと。
うち第三師団は二千五百くらいっていうから、どんだけ必死に勇戦してくれたんだって話だよね。
「僕たちの任務は、基本的に一般兵たちを休ませてやることだ」
隊長の言葉が続く。
ものすごい戦功とかを期待されているわけじゃない。
魔法で敵を足止めして、その間に兵士を休ませる。
そんな感じの戦いになるそうだ。
「そういうことなら、たしかに俺たちの姑息な魔法は向いてるかもな」
「自分で姑息って言っちゃう?」
呟いた言葉にリンゴが笑った。
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