閑話 それぞれの戦い
可愛い子だな、と、リリークローンと対峙したメグは、試合中にもかかわらず思った。
綿毛のような茶色い髪も、くりっとした大きな黒い瞳も、細くてちいさな体も、おもわずぎゅっと抱きしめたくなる。
メグが女性にしては大柄でグラマラスなスタイルをしているから、庇護欲をそそるような容姿に惹かれるのかもしれない。
「……いま僕のことをどうおもったのか、ちょっといってみろ」
「うぉっ」
思わずメグがのけぞってしまう。
リリークローンの口から出てきたのは、高くはあったが紛れもなく男の声だったから。
「くっそ。おまえも僕のことを女だとおもいやがったな!」
地団駄ダンスを踊っている。
かわいい。
にへらとメグの頬が緩んだ。
「いやいや。男らしくて格好いいって。大丈夫だよ」
「ほんと?」
「あと五年くらいしたら、きっと」
「あったまきた!」
リリークローンの両手に氷の槍が現れ、勢いよく撃ち出される。
氷の槍。水属性でかなり高位とされている魔法だ。少なくとも、一年生で習うようなものではない。
「さすがAクラス!」
左に跳んだメグが一瞬前までいた場所を氷の槍が過ぎていった。
「よけるなぁ!」
意地になったかのように、次々とアイシクルランスが撃ち出される。
すごい魔力量だ、と、自分と比較してしまうメグ。
そもそも習得していないが、自分の魔力量では一発のアイシクルランスすら撃てないだろうと。
「けど、勝つのはあたしだよ」
魔法を回避しながら距離を詰める。
一発でも当たれば氷漬けにされるような強力な魔法だが、誘導性が低いのが弱点だ。
基本的にまっすぐしか飛ばないのである。
「どこを狙っているか、目の動きで追えるよ。リリー」
「女の子みたいなニックネームをつけるなもぐあ!?」
叫びは途中から悶絶に変わった。
倒れ込み、胸をかきむしり、口に指まで突っ込んで苦しむ。
「喉を水で塞いだよ。人間ってコップ一杯の水で溺れちゃうんだ」
メグのつぶやきを、しかしリリークローンは聞いていなかった。
気絶してしまったから。
『魔法因子』からメグが習得した魔法はたった一つ、水創造だけだった。しかも、どれほど練習してもバケツ一杯分程度の水を作り出すのが関の山だった。
水魔法としてはあまりにも弱い。
だから彼女は練習する方向性を変えた。どれだけ出すのでは泣く、どこに出すかと。
結果、一間(約180センチメートル)弱四方の範囲であれば、どこにでもコップ一杯ほどの水を出せるようになった。
たとえばそれが、相手の口のなかでも。
「ごめんね。苦しい思いをさせて」
倒れたリリークローンを仰向けにし、人工呼吸を始めるメグだった。
デイタリュースは青っぽい黒髪と同じ色の瞳をもった細面の少年で、雰囲気がすこしクライに似ている。
そして学年三位の魔力を持つ優秀な生徒だったのだが、とくに見せ場もなく敗北した。
戦闘開始からきょろきょろと周囲を気にし、やがては頭を抱えてうずくまり、近づいてきたクライがぽんと肩を叩くと、悲鳴をあげて気絶してしまったのである。
結局、魔法の一つも使うことがなかった。
「リンゴの言い方を真似れば、風と音は同じもの、空気の振動という意味ではね。という感じになるかな」
デイタリュースは、四方八方から近づく足音に翻弄された。
しかしどこを見ても誰も近づいてない。
パニックを起こしかけたところで、今度は突然音が消える。
人間というのは視覚に情報収集のほとんどを頼っているが、じつは聴覚に依存している部分も大きい。
突如として音を失うというのは、かなりの恐怖体験なのだ。
理解を超えた体験が連続し、デイタリュースは無意識の野に逃げ込んでしまった、というのがこの対戦の顛末である。
なんとも地味な決着であった。
反対に派手だったのが、リンゴとパーシヴァルの対戦である。
リンゴは劣等クラスのナンバーツーと目されており、パーシヴァルは学年次席。二番手同士の対決だが実力には大きな差がある。
「石つぶて!」
「範囲ひろすぎぃっ!?」
とっさには数えられないほどの礫が迫りくる。
横っ飛びで回避するリンゴだが、さすがにすべては避けきれない。
「いたたたたたたっ!?」
小さなダメージが積み重なっていく。
対するリンゴは有効打を出せていない。
彼の出せる炎の矢は一本だけで、しかもかなり弾速が遅い。
距離を置いての撃ち合いになれば、まず勝ち目がないのである。
だから距離を詰めようとするリンゴ。
パーシヴァルは手数で攻めて近寄らせないようにする。
C組の連中と乱闘して叩きのめしたとか、武勇伝は耳に親しんでいるからだ。
「そこ!」
「させない!」
一瞬の隙を突いて突進したリンゴを、土の壁で弾き飛ばす。
土埃が舞い、喊声が響く。
勝負は一進一退、千日手の様相を示してきた。
と、その瞬間である。
ぱんという小気味良い音とともに、パーシヴァルの顔の前が明るくなった。
リンゴがほんの一瞬だけ、空気を燃やしたのである。
目くらましだ。
「ぐうっ!?」
右手で目を覆って後退する。
接近戦に活路を見出そうとしていると思わせたのは誘いだった。リンゴの動きを注視してしまい、守備がおろそかになっていた。
「まだだ! 視力が回復すれば!」
「させないよ」
リンゴの声が聞こえたのと、つるりとパーシヴァルの足が滑ったのは同時だった。
仰向けに転倒し、したたかに腰を打ち付ける。
さらに、その上から人間が降ってきた。
「ぐぼう……」
全体重を乗せた膝落としを鳩尾にもらい、ぐるりと白目をむいてパーシヴァルが気を失う。
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