誰にも負けないスキルを授かった僕
前略。
車に跳ねられて死んだはずの僕は、どうやら異世界転生とやらをしたらしい。
自称女神だと語る胡散臭い女が僕に問いかけてきた。
「好きなスキルを一つだけさしあげましょう」
「どんなスキルでもいいのかい?」
「ええ。どんなものでも叶えましょう」
僕が問いかけると彼女はにっこり笑って頷いた。
さてはて、どのようなスキルが良いものか。
所謂チート系能力で無双して、存分に欲求を満たしてしまおうか。
それとも、スローライフ的な能力でのんびりと日々を謳歌しようか。
そんなことを考えながら、僕はやがて欲しい能力を決めた。
「誰にも負けない能力をくれよ」
要するに最強の能力だ。
ありきたりなチート能力を希望しても良かったけれど、そもそもが僕のような転生者がいる世界。
どんなチート能力を希望しようともいずれ自分以上の存在があらわれるかもしれない。
故に先んじて保険をかけておいたんだ。
スローライフ系の能力も捨てがたかったけれど、どうせ最強の能力を持っているんだから、そちらは自分の気の向いた時に自力で習得すれば良い。
完璧なプランだ。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか女神はにっこりと微笑んだ。
「分かりました。では、あなたのスキルは『誰にも負けない』です」
女神から能力を授けられ転生してから十数年。
この世界を支配していた魔王に辛勝してから二年半。
僕は滅茶苦茶後悔をしながら日々を生きていた。
「ちくしょう……素直にチート能力にしておけば良かった」
毎日、呪詛のように呟くがもう遅い。
僕の目の前には町で因縁をつけてきたチンピラが大の字になって仰向けに倒れていた。
彼はまだ若い。
もしかしたら、前の世界でいう高校生くらいかもしれない。
対して僕は歳こそ彼とほとんど変わらないが、二年半前に魔王を討ち滅ぼした人間だ。
だというのに、彼は当然のように殴りかかってきた。
無知だからではない。
十分な勝算を持っていたからだ。
事実、今の僕は汗だくになり息も絶え絶えで彼の前に座り込んでいた。
何も知らない人がここを通りかかればきっと『相討ち一歩手前』などと評するに違いない。
「ちくしょう。なんだってこんなことに……」
吐きそうになりながら気持ちを呟き僕はどうにか立ち上がるとふらふらとその場から去る。
僕のスキルは『誰にも負けない』というもの。
事実、僕は魔王だろうが、騎士団長だろうが、大賢者だろうが、今まで戦ってきた存在全てに勝利をしてきた。
あらゆる存在にだ。
ドラゴンだろうが、オークだろうが、ゴブリンだろうが、チンピラだろうが、四歳になる幼児だろうが……僕はどんな存在相手でも負けない。
しかし、それは余裕で勝てるということではない。
そう。
僕の持っている『誰にも負けない』スキルをより正確に説明するならば『どんな相手にもギリギリ勝てる』というものだったのだ。
「ふざけやがって、あのクソ女神」
云わば僕はゲームにおける『HP1の縛りプレイ』を常に強要されているのと同じだ。
「ちくしょう……」
完全なる逆恨みだというのは自分でも分かっている。
それでも。
「絶対、あいつをぶん殴ってやる」
最強の能力を持っている人間とは思えないほどに情けない野望を果たすため僕は今日も満身創痍となりながら旅を続けるのだった。