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9.鍛治職人の村②

 わたくしは、努めて感情のこもらないように、簡潔に経緯をお話しました。


「なんとまぁ……、聖騎士と聖女の話は、出入りの商人から聞いていたけれど……そんな裏事情があったなんて。何が女神の加護だ、聞いて呆れる話だよ」


 バーバラさんは顔を顰めて溜息をつきました。

 ドルフさんは難しい顔をして、遠くを見て思案顔を浮かべています。


 一方でギルバートさんは、急にしょんぼりとしてしまいました。


「すまない、フローラさん、聞き方が軽率だった」

「いえ、隠しておいても詮無い事ですし。……それに、安全な場所で祈るだけの無益な妻より、傍で支えていた聖女様に惹かれるのは、無理もない事です……」


 自らそう口にするのは、自虐めいていて苦いものもありますが、事実でもあります。それが噂話として見知らぬ誰かから語られるくらいなら、いっそ先にわたくしの口から、なんて、悲観的になりすぎでしょうか。


「……長い遠征に従事してるとな、恥ずべき事だが、不貞に走る輩ってのは実際それなりに居る。だけどな、どれだけ輝かしい功績を上げようと、それを理由に許されるなんて道理は無いんだ」


 ギルバートさんは落ち着いた声でそう言った後で、まっすぐとわたくしの目を見て、続けました。


「それにな、大切な人には、安全な場所に居て欲しいものだろう。騎士の多くは守るためにこそ剣を持つんだ。そのうえ、相手がずっと無事を祈ってくれるだなんて、本来なら騎士冥利に尽きる話だ。貴女に瑕疵など無い」


 きっぱりと言い切ってくださるその言葉に、目頭が熱くなってしまいました。




 それからギルバートさんは、天井を見上げて悔いるように息を吐きます。


「俺が現役だったら、そんな事になる前に喝を入れてやったのに……」


 ──現役の騎士では無い?

 驚いていたら、ギルバートさんは苦笑いを浮かべています。


「二年ほど前になるか、戦場で利き腕をやられてな。治療が遅れて、剣が持てなくなって、退役したんだ」


 まだお若く、今も尚、鍛えられている事がわかる体躯からも、現役を退いた方のようには見えませんでした。騎士の方が剣を持てなくなるというのは、辛い過去では無いかと想像してしまいます。

 けれどもそんな(かげ)りは見せずに、ギルバートさんは何でも無い事のようにご自身の話を続けます。


「騎士としての剣技はもう無理でも、まぁ、多少は戦えないわけじゃない。それで傭兵のまねごとをしてたんだが。ところがつい最近、俺の恩師みてぇな元上官が、随分と無謀な戦に出てしまってな。こんな身でも助太刀に行ってやりたくて、それでドルフ爺を頼ってここに寄ったわけだ」


 ずっと無言だったドルフさんが、眉をぴくりと動かし、困ったような顔をして溜息をつきました。


「おい、ギルバート、剣は駄目でも斧なら、なんてなぁ、簡単な話じゃねぇんだぞ」


 ギルバートさんはおどけたような顔をして誤魔化すように笑って、それからもう一度、真面目な顔をしてわたくしの方を向きました。


「聖騎士の嫁さんの話は、()()()から聞いた。……戦況を優先して、見て見ぬふりをして、結果的に罪の無い女性を不幸にしたと言っていた。あの人は立場上、簡単に謝罪に赴ける身ではないから……いや、俺の口からこんな事を言われても、困らせてしまうかな……」


 わたくしは、首を横に振りました。

 恐ろしい不死魔獣(アンデッド)と対峙する戦場を想えば、綺麗ごとだけではどうにもならない状況というのも、理解は出来るのです。あるいは王都で過ごす日々の中で、諦めがついていたのもあるのかもしれません。


「もう、誰かを恨む感情など、残っていなくて」


 わたくしはそれだけ口にしました。


 今はむしろ──。

 先ほどギルバートさんが、瑕疵は無いのだと言葉にしてくださったので、わたくしの中にあった、一番重たくて苦しい鎖のようなものが(ほど)けたような、そんな気がします。


 バーバラさんが隣に来て、抱き寄せて頭を撫でてくださいました。




「それで、王都を離れるから、フローラちゃんはここに顔を見せに来てくれたのか」


 少し間を置いて、ドルフさんが、穏やかな声で尋ねてきます。


「……はい。彼とは離縁にはなりましたが……、過去の大切な思い出まで、無かったことには出来なくて」


 今はもう遠い記憶の、その日々の中には、ドルフさんに作っていただいた剣が常にありました。

 ドルフさんは優しく笑んで、そこに込めたわたくしの感謝を汲んで、頷いてくれました。


「そうだ、フローラちゃん、旅路を急がないなら、久しぶりに、夕飯に鴨のスープを作ってくれないかい?」

「そりゃ名案だ!」


 バーバラさんとドルフさんが期待を込めた眼差しをくださいます。わたくしは、少し驚きましたが、一も二もなく頷きました。


 祈る事しか出来ないという言葉に縛られ、自分の無力感にずっと苛まれていたからでしょうか、人から求められる事がとても嬉しくて、気持ちが高揚してしまいます。それは随分と久しぶりの感覚に思えました。


「おお、例の鴨スープにありつけるのか!」


 後ろでギルバートさんまで目を輝かせています。




 ……ところが、ドルフさんはスンと表情を険しいものに変えると、ギルバートさんに向き直りました。


「それはそうと、ギルバート、お前さっき、聞き捨てならねぇ事を言っていたな?」


 話を振られたギルバートさんは、気まずそうに目を泳がせています。


「さっきはフローラちゃんの手前、聞き流したが……。斧の手直しは、傭兵稼業の傍ら()()()を始めるってぇ話だったよなぁ……? それが何だ、お前さん、その身体で戦地に行くつもりだったのか?」


 あわあわと口を開いたり閉じたりした後で、ギルバートさんは、叱られた子供のようにしゅんと縮こまってしまいました。




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