8.鍛冶職人の村①
王都から乗り合い馬車に揺られ、宿場町を経由して二日ほど。
山間の開けた土地に、雑多に色々な野菜が植えられた畑に囲まれて、寄り添うように建物が並び、煙突がいくつも立っています。
ここは武器や防具を作る職人さんたちが住まわれている集落です。
王都に工房を構える職人さんもおりますが、夜通し鉄を打つ事もあるそうで、周囲を気遣って王都から少し離れたこの土地に集まっているのだとか。
四年前に来た時よりも、工房の数は随分と増えているように見受けられます。
剣の作成には柄の加工や剣を納める革の鞘など、たくさんの職人さんが関わるからかもしれません。
集落の一番奥にある、古い建物に向かい扉を叩くと、エプロン姿の恰幅の良い老婦人が顔を覗かせました。
「あら、珍しいお客さんだね」
「こんにちは、あの、わたくしは」
「んん! ちょいと待ちな! ……顔に見覚えがある、今思い出すから……」
玄関先でそんなやり取りをしていると、突然どこかからドォンという音と共に、小さな地響きが起こりました。家がミシミシと揺れています。
「ちょっとアンタ!! 何してんだい、お客さんがびびっちまうだろ!!」
老婦人は血相を変えて家を飛び出すと、裏手にある煙突のついた工房に向かって声を張り上げました。
「はぁ、もう。ちょうどいい、せっかくだから貴女もおいで、用があるのはうちの主人にだろう?」
まだ名乗ってもいないので慌ててしまいましたが、老婦人──わたくしの記憶に間違いが無ければ、ドルフさんの奥様バーバラさん──の後を追いました。
視界の先には、立派な髭をたくわえた、物語に出て来るドワーフを思い起こさせる風貌の男性と、背の高い男性が立っておりました。そしてその傍らには、わたくしの背丈ほどもありそうな長い柄のついた大振りの斧が地面に突き刺さっています。
ドワーフのような男性が、目的の人物、鍛冶職人のドルフさんです。
「おう、バーバラ。すまねぇな、こいつが力加減を間違えてな」
豪快に笑い、それからわたくしを視界におさめると、ドルフさんは立派な髭を撫でて思案するような顔をしました。
「客人か、あんたは確か……ちょっと待て、今思い出す」
先ほどのバーバラさんと同じ事を言うので、名乗るに名乗れず、そのまま待ちます。
その間に、傍に立っていた背の高い男性がこちらを向いて、ばつが悪そうな表情で頭を掻いています。
「ご婦人、驚かせたなら悪かった……! ドルフ爺の腕が良すぎるもんでな、加減を誤ったのは俺だ」
「い、いえ、わたくしも急に伺ったので、お気になさらず……」
その男性の、鍛えられている事がよくわかる体躯に、姿勢の良さ。騎士職の方でしょうか……?
騎士ならば、わたくしの醜聞をご存じかもしれません。胸に苦い思いが湧くのを飲み込んで、努めて平静を保っていると、バーバラさんが、ぱんと小気味の良い音を立てて両手を合わせました。
「ああ、思い出した!『鴨スープのフローラちゃん』だ!」
「おお、『鴨スープのフローラちゃん』か! そうだそうだ、懐かしいなぁ」
ドルフさんとバーバラさんは、顔を見合わせた後で、真夏の青空のような晴れやかな笑顔を向けてくれました。
「……なんだ、その、旨そうな……、二つ名みてぇのは……」
背の高い男性が、ぽかんと口を開けています。
わたくしも、想定外の覚え方をされていた事に少し戸惑ってしまいましたが、それでもご夫妻が記憶してくれていた事が嬉しくて、肩の力が抜けたような気がします。
四年前、まだ駆け出しの針子の稼ぎではとても剣は買えなくて、せめて何か贈れるものは無いかと、この村のドルフさんに相談に来ました。
ちょうど針子仕事は閑散期でもありましたので、三ヵ月程、この集落で暮らすドルフご夫妻の畑仕事や家事の手伝いをして、それを対価として剣を打っていただいたのです。
鴨のスープはわたくしの得意料理で、ご夫妻が大層気に入って喜んでくれたので、何度も……それこそ毎日のように作っていた覚えがあります。
「思い出したら腹が減って来たな。ちょうどいい、飯にしよう」
「そうだねぇ。さぁ、フローラちゃんとギルバートもおいでよ、残念ながら今日は鴨のスープはないけれど、せっかくだ、ご馳走にしよう」
ドルフさんとバーバラさんはそう言うと、上機嫌で家に戻ってゆきます。
「……まったく、自由気ままなご夫妻だ。俺はギルバートだ、よろしくな、鴨スープのフローラちゃん」
「は、はい」
背の高い男性、ギルバートさんはドルフ夫妻に負けないほどに澄んだ笑みを向けてきます。
「しばらく村に居るのなら、噂の鴨スープにも期待できるかな……」
ぼそりと聞こえた呟きに、何と答えて良いものか。ただ一言ドルフさんにご挨拶に来ただけのつもりである事と、ギルバートさんがわたくしの王都での噂をご存じでしたら、どんな反応をされるかと思えば、上手い返事は見つからず、無言で後を追うのがやっとでした。
「そういや、剣を贈った恋人は、今日は一緒じゃないのかい?」
共に昼の食卓を囲み、食後のお茶をいただいていると、ドルフさんが思い出したように尋ねました。
悪意など微塵も感じられない、素朴な疑問を口になさっただけの声に、しかし、わたくしは言葉を詰まらせてしまいます。
「……籍を入れて、先日の討伐遠征からも無事生還しました。ですが、その、残念ながら、離縁になりまして……」
かいつまんで簡潔に話せば、がたりと身を乗り出したのはギルバートさんでした。
「君は、もしかして、……聖騎士エリオットの嫁さんか?」
──ああ、やはり、ご存じでしたか。
仮令聖騎士の事は伏せたとて、騎士団の凱旋早々に離縁話など、そう多くもないのでしょう。
「元ですよ、」
場の空気を何とか笑みで誤魔化してみたつもりでしたが、上手く笑えていたでしょうか。