7.祝勝と虚栄
王城の御用門には商人たちの荷馬車が列を成している。
今宵催されるのは、恐ろしい不死魔獣を打ち破った祝勝の宴、それも聖騎士と聖女のお披露目を兼ねているとあって、行き交う御用商人達も、王城の使用人達も、皆その表情は明るい。
運び込まれるのは、山のような食材に酒、更には何に使うのか、高価な布やら宝石まである。
そんな光景の傍らで、検閲に立ち会い、積み荷の目録に判を押しながら、宰相補佐の男は溜息をついた。
──この時勢に、これほど贅を凝らす必要があるのか。政治的な目論見があるとはいえ、なんだかなぁ……。
王国北部の不死魔獣討伐は大方けりが付いたと報告は受けている。とはいえ、住む土地を追われた民も大勢居るのだ。
立場上、上の決定に異論を挟む勇気は無い。男にも妻と子が居て、そう易々と義憤を表に出すわけにもいかないのだ。
男は眉間に皺を寄せて、もやもやとした感情を押し殺していた。脳裏には、昨日立場を投げうって王城を去った知己の顔が浮かぶ。
──どうにも、王の帰還命令は早すぎたのだとか。俺に戦場の事はわからないが……。
王の意図する事は、頭では理解している。
聖剣を得た聖騎士が現れたのは、この国を含むあたり一帯では実に百と十数年ぶりの事で、その活躍は既に近隣諸国にも届いている。
聞けば聖騎士となった男は、元は下級騎士で準男爵家の次男──つまるところ平民だ。国としてはその功績を称え叙爵して、一刻も早く盤石に囲い込みたかったのだろう。その上でさらには聖女との婚姻を認め、国内にも周辺諸国にも女神の恩寵を喧伝しようというわけだ。
年齢の合う未婚の王女や高位貴族令嬢が居なかったのは幸いなのか。
──いや、そもそも、聖騎士には王都に妻が居たのだしな……。
自身も妻子ある身の上だけに、苦いものが胸に広がる。
『何も出来ない無価値な妻など捨て置け』
直属の上司である宰相が、吐き捨てるように言った言葉が耳に残っている。
──無価値、か。そんな事を言ったら、この国の民の多くがそうなってしまうだろうに。……俺も、同じか。
誰も彼もが浮立って賑やかな王城の一角で、黙々と仕事をこなしながら、腹の底は冷えて行く。
それから、帰還して早々に王に異を唱え、王城を去った知己に想いを馳せた。
宰相補佐の男の、古い馴染みの友人は、つい昨日までは王国騎士団の団長だった。その栄えある名誉を捨て職を辞して、彼は再び王国北部へと向かった。箝口令が敷かれて、まだ一部上層の者しか知らない事だ。祝宴に水を差すな、という事らしい。
──……愚かしい。……まぁ、結局保身で何も出来ない俺に言えた事ではない……。
男に出来る事と言えば、友人の武勇と無事を祈るばかり。
日が傾きかけた頃、祝宴が始まった。
王城の大広間は豪華絢爛に飾り立てられ、華やかな装いの貴族たちで溢れている。
その中央で、国王が厳かに聖騎士から儀式めいた騎士の誓いを受けていた。
すらりと抜かれた聖剣に、その場の誰もが注目する。
それは、女神の象徴であるアイビーのレリーフが刀身に刻まれた、美しい剣だ。
周囲からは感嘆のざわめきが起こる。
大広間の隅では新米の下級騎士の一団がその様子を見ていた。身を置くには場違いな空気に呑まれそうになりながらも、羨望の眼差しを向けていたが、幾人かは不思議そうに首を傾げる。
「なぁ、聖剣ってさ、なんかこう、白っぽく光ってなかったか?」
「戦場で見た時はそうだったよなー……」
「そりゃお前、ここに不死魔獣が居ないからだろ?」
「……それもそうか……」
礼節もまだままならない若い彼らの呟き声は、会場のざわめきに覆い隠されて、気に留める者は無かった。