61.北から南へ
ジエメルド公爵様と救出した騎士の皆さんの回復を確認した後で、ライオネル様率いる義勇軍として、わたくし達一行はウレリ川に沿って王都に向かい南下の旅路につきました。
王都から駆け付けたライオネル様の元部下の皆さんも含め、随分と大所帯になりました。
ウレリ川沿いには王都へ続く古い街道があり、そこを周囲を確認しながら南下し、王都を目指します。雨季に入り道が荒れている事が懸念されていましたが、思いのほか道は安定していて、幸いにも行軍は滞りなく進んでいます。
「……しかし妙だな、やはり不死スライムが見当たらない」
ジエメルドの領都を発ってから四日目。日が傾く中で野営の支度をしていると、周囲の確認から戻って来たギルバートさんが小首を傾げて呟きました。
道中では、結界から放たれたと思われる中型の不死魔獣を何度か確認し、討伐をして来ました。ジエメルド騎士団の若い騎士の方々も自発的に後続に続いて援護をしてくれています。ですが、例の不死スライムが見当たらないのです。
「雨季で川の流れが速いからな、まっすぐ下流に流れて行ったと考えるべきか……」
「それだと、王都も通り過ぎて南の隣国を通って海まで流れちまうんじゃねえか?」
「いや、王都の北東には広い湿地帯があるだろう。あそこは雨季にウレリ川が増水した際の遊水地としても機能しているからな。つまりは我が国の王都付近で、一旦流れが緩む……」
話し合っていたライオネル様と傭兵さん達が険しい表情をされています。
「やはり最速で王都を目指すべきなのだろうな」
ライオネル様は腕を組んで思案しています。ジエメルド領都から王都までは、概ね十日ほどかかるのだそう。ただし、行軍している人数が増えているので、兵糧の確保と馬の問題がありました。
食糧の確保も当然ながら、先を急ぐなら道中で馬をある程度交換しなければならないのだそう。ですが、一頭や二頭ではないので、事前に容易に手配の出来るものでもありません。
ところが五日目の朝を迎えると、にわかに野営地が騒がしくなりました。わたくし達の元に、商隊の馬車の一団がやってきたのです。ライオネル様を始めその場の誰も心当たりが無かったために、少し緊張が走りました。
商隊の先頭の馬車から降りて来たのは、見上げる程に背の高い老紳士でした。その姿を見て、ライオネル様が安堵の息を吐きました。
「ライオネル卿、ご無沙汰しております」
「ゴリアテ、……どうしてここがわかった?」
「私ども商人の情報網を侮ってはいけませんよ。なにぶん、王都の様子が不穏でしてね……。ライオネル卿の行方を捜しておりました。必要なものは揃えましたよ」
ライオネル様と顔見知りの様子で話す老紳士の方は、まるで何もかも見通していたかのように話すと、穏やかに笑んでいます。
それから、その老紳士の方は顔を上げるとこちらに向かって来ます。真っ直ぐと向けられた視線の先に居るのは、どうやらドルフさんのようです。
「……貴方に、ずっとお会いしたかった。初めてお目にかかります。私は王都の商人、ゴリアテと申します」
そう言って、ゴリアテ様は地に膝を突いて、まるで騎士のように敬礼をされました。背の高く体格の良い、厳めしい顔つきをされた方なのに、どうしてか、大切な宝物を見つけた子供のような目をなさっているように思えました。
「武器商人か。おぬしの噂は聞いておる」
ドルフさんはそう言うと、満面の笑みを浮かべて手を差し出しました。硬く握手を交わすお二人は、先ほどの挨拶からすれば初対面なのでしょうけれど、まるで古くからの友人に再会したかのような光景に見えます。
商隊の積み荷はそのまま兵糧として提供いただける事になり、また他にも追加の武器や防具、日用品まで、様々な品が用意されていました。
商人の連絡網を使って、替えの馬も用意していただけるのだとか。至れり尽くせりの様子に、ギルバートさんとわたくしは二人並んで呆気に取られておりました。騎士の方々も、傭兵の皆さんも、シドニー様や聖職者様たちも全員驚いています。
「得したね。こりゃ、ライオネルと爺さんの人徳というやつかねぇ」
バーバラさんは小声で楽しそうにそんな事を囁いています。
ゴリアテ様はこちらにも顔を向け、バーバラさんやわたくし達にも改めて挨拶をすると、従者に声を掛けて武器の入った箱を運ばせました。
「標の魔法使いとお見受けします。……武器商人のささやかな願いです。これから彼らと共にある武器にも、わずかばかりでも祝福を」
その言葉に、バーバラさんは急に悪戯を思いついたみたいな顔をして、わたくしの方を向きました。
「そうだね。それがいい。フローラちゃんも一緒にやろう。今ある武器も全部だね」
「……俺は!? 俺は何かやる事ない?」
ギルバートさんが何故か寂しそうに声を上げると、バーバラさんが笑います。
「あんたも祈るんだよ! それから願掛けのボタンも、追加で作っておくといいね」
バーバラさんに言われると、ギルバートさんは頼りにされて嬉しそうです。
思い掛けない物資の補給を受けて、なんだか強力な味方がまた増えたような気分です。王都に着くまでの間にやれる事も増えました。手を動かしていれば、不穏な気配など吹き飛ばしてしまえるような、すっかりそんな空気になりました。