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28.形のない祈り

 中央に穴が開けられた丸い円盤状の木板に、等間隔に放射状に並べた綿糸と、鉄を細く引き伸ばした糸を、交互に織り交ぜて、組紐にしてゆきます。


 北部に向かう街道を日夜進み、もう五日になります。大分景色も変わって来ました。

 立ち寄る村や街で馬を交換し食材や物資を補充して、休みなく進む馬車の中では、戦いに行くギルバートさんを補助する為の様々な道具を作っています。


 明り取りの天窓から差し込む日の光と、麦畑を走る風の音の中で、バーバラさんは糸巻きで糸を紡ぎ、わたくしは組紐を編んでいます。ドルフさんが御者を務め、ギルバートさんも今日は珍しく(のみ)とナイフとやすりを次々と持ち替えて、何やら木材を加工しています。


「よし! 出来た。フローラさん、毎日の飯のお礼だ、良かったら貰ってくれ」


 手のひらに載せられたそれは、いくつもの花が彫られた木のブローチでした。木片から作ったとは思えないほどに精巧で美しく、驚いてしまいます。


「……すごい……! ありがとうございます! ギルバートさんは手先が器用なのですね」


 お礼を言ったら、ギルバートさんは何故か急に挙動不審になって馬車の隅に行ってしまいました。


「なんだいギルバート、珍しく大人しいと思ったら、随分と洒落た事をするじゃないか」

「こ、これがな、案外いいリハビリになるんだよ」


 そう言いながら自身の片手を見て握ったり開いたりしているギルバートさんは、とても利き腕を負傷しているようには思えませんが、実際は握力に問題があるのだとか。

 今わたくしが作っている組紐は、それを補う為に、中に針金を通して飾り紐のような恰好で斧に付けられる予定です。斧は地面などに深く食い込むと、抜き取る動作の方が握力を必要とするのだそう。組紐をどのように使うのか詳しい事まではわかりませんが、簡単に千切れてしまわないようにしっかりと組んでゆきます。

 

「最近やたらと身体が軽いし調子いいんだよな」


 ギルバートさんは今度は天井に通された梁にぶら下って懸垂を始めました。


「そりゃ、フローラちゃんの作る料理を毎日三食以上食ってんだ。当たり前だろう」

「やっぱり美味い飯の恩恵か、お陰で体調は万全だ」


 旅路なのであまり手の込んだものは作れませんが、喜んでもらえると張り切ってしまうので、料理は専らわたくしの担当です。


「美味いってだけじゃあないさ、祝福がてんこ盛りだ」

「祝福……?」


 その言葉に、わたくしは顔を上げました。料理の際に何か特別な事をしたでしょうか。


「祈りを捧げ、他者への加護をいただく事を、あたしたちは古くから祝福と呼んでいる。フローラちゃんはいつも祈っているからね」

「料理に……祈りですか?」


 バーバラさんはにっこりと笑いました。


「自覚は無いだろう。皆そうだ。女神像に向かって祈る事だけが、祈りじゃないんだよ」


 そう言って、バーバラさんは窓を開けました。吹き込む温かい風の向こうには、広がる遠くの畑で草むしりをしている農夫の方が見えます。流れる景色の中には小さな民家があり、その軒先では椅子に座った女性が編み物をしています。


「農夫であれ、職人であれ、何かを作る時に無自覚にその胸のうちにあるもの。受け取る誰かに、喜んで欲しいだとか、役に立って欲しいだとか。色々な思いがそこにあるだろう? 例えば料理をする時にもね。愛情を込めたとか、心を込めたとか、いろんな言い方をするけれどね」


 バーバラさんは、柔らかい笑みを浮かべます。


「他人の為に在るそれは、すべて形の無い祈りなんだよ。それによって加護をいただく事を、あたしたちは古くから、無私(むし)の祝福と呼んでいる。祝福が宿って寄り集まるとね、時々ちょっとだけ不思議な事が起こるんだよ」


 それからバーバラさんは、にやりと笑うとギルバートさんの方を向きました。


「あんたが作ったブローチだってそうだよ」

「え……っ」

「だってあれは、フローラちゃんの事を考えて作ったんだろう?」

「いや、当然それはそう、だが……」


 もごもごと言い淀むギルバートさんと、目があってしまいました。ギルバートさんのお顔がみるみる赤く染まるのを見て、わたくしも少し顔が熱いです。嬉しいのと、くすぐったいのが混ざったような気分で、手の中にあるブローチもなんだか温かい気がします。


「だけど、それに加えて、フローラちゃんはきっと──」


 バーバラさんが何か言いかけた時に、馬の嘶き声と共に馬車が止まりました。





 御者台の小窓から、ドルフさんが顔を覗かせます。


「そろそろ次の街に着くんだが、どうも様子がおかしい」


 開けられた窓から見える視界の先には、まだ小さくも、壁で囲まれた街が見えます。だけどその向こうに、幾本もの黒い煙が立ち上っていました。


 黒煙から少しはずれた更に奥には、白く細い煙も見えます。煙に何か含まれているのか、日の光を受けてか、時々チカチカと光っています。


「あれは……騎士団がよく使う、信号用の狼煙に似てる……」


 ギルバートさんは呟くと、戦斧を手にとり即座に御者台に向かいます。


「バーバラ、フローラちゃん、速度を上げるぞ、掴まっておれ」


 ドルフさんの声と共に馬車は音を立てて走り出しました。



 

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[一言] >関係性の整理をしないまま行う不義・不貞行為と、 きちんと全てが終わってしまった後で、気持ちの区切りをつけた段階で、好意的な行動にしたいして嬉しく思うような感情を「似た者」と判断される思想理…
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