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22.星の下の打ち明け話

 村を出た馬車は星空の下、夜道を走ります。

 

 わたくしは朝までの御者を任せていただきました。

 こういった長距離移動の馬車は基本的には馬任せで、御者は手綱を持って異常が無いか見張り番をするのだそう。馬を扱った経験は多くはないけれど、思い切って手を挙げたのです。

 万一の時も、馬車も馬具も色々仕掛けがあって安全なのだとか。あの不思議な魔法が仕込まれているのかもしれませんね。


 馬車を完成させるために一日中動き回っていた皆さんの、安眠を守る気持ちで意気込んでいたのですが……。



「ギルバートさんも、お休みになって大丈夫ですよ」


 ギルバートさんは今日はずっと木材を切り出す仕事をしながら、子供たちの相手もされていました。これから戦地に向かうその主役にこそ、体力の温存が必要でしょう。


「いや、さすがに、夜道の御者台を女性一人にさせるのは危ないだろう」


 とても真剣なお顔でそう言った後で、少し経ってからギルバートさんが突然挙動不審になりました。目を泳がせながら顔を両手で叩いて、その後ですすすっと御者台の端に座り直したのです。


「あっ、その、安心してくれ、妙な下心は、無いから、な……!」

「……! も、もちろんわかっておりますとも!」


 なんとなく意味を理解して、わたくしもそっと反対側の隅に移動しました。

 御者台の椅子は二人掛けですが意外と幅が狭く、普通に並んで腰掛けると大分距離が近いのです。真夜中に夫婦でも恋仲でもない男女があまり近い距離で過ごすのは、色々と問題があるかもしれません。なんだか顔が熱いです。


 そんな事をしていたら、御者台の椅子の背に付けられた小窓が開きました。御者台は背面の壁を隔てて、内側の二段ベットの上段と小窓で繋がっているのです。漏れ出た室内の灯りが、夜を少しだけ切り取ります。


「何やってんだい、あんたたち。そんな端に座ったら危ないだろうに」


 バーバラさんが小窓の桟に頬杖をついて顔を出し、わたくし達を左右交互に見ていました。


「俺はフローラさんを安心させるためにだな……」

「わ、わたくしはその、あまり至近距離で接するのは、ギルバートさんの大切な方に、失礼かと思いまして……」


 二人同時に言い訳を並べたら、バーバラさんが愉快そうに笑いました。


「大切な……?」

「ギルバートは独り身じゃなかったかい? 長い付き合いだけど、浮いた話はとんと聞かないね」

「ああーーー……」


 ギルバートさんは半笑いを浮かべた後で、顔を両手で覆ってしまいました。


「見た目も為人(ひととなり)も、ちっとも悪かないのに長ーく独り身ってのは、すこし不思議だねぇ。フローラちゃんも、そう思わないかい?」


 桟に頬杖をついたまま意味ありげな笑顔を浮かべるバーバラさんに、ギルバートさんは顔を上げて困ったように笑っています。それからわたくしの方を向きました。


「それには深い理由(わけ)があるんだよ……俺は生まれが……なんというか厄介でな。まぁあれだ、良い身分のとこの、いわゆる庶子、不義の子ってやつでな」

「何じゃと!? お前まさか……、王家の落とし胤か!?」


 バーバラさんの隣の小窓を開けて、ドルフさんまで顔を覗かせます。


「なっ……、そんなわけあるか! そもそも爺さんは知ってるだろうが。……まぁ、それなりに名のある貴族でな。似たような話はたまに聞くだろう、酒にでも呑まれたのか、耄碌したのか知らねぇが、老いた当主が()()()()()出来たのが俺だ」


 それからギルバートさんは、身の上を話し始めました。


「奥様が情に厚い方で、悪いのは当主であって俺や母に罪は無いって、探し出して面倒を見てくれたんだ。特に嫡男の──歳の離れた異母兄が、俺に随分と目を掛けてくれてな。お陰で生まれの割には恵まれた子供時代だったと思う」


 そう言って星空を見上げるギルバートさんは、大切な記憶を懐かしむのが見て取れるような、優しい表情をしています。


「ところが、名のある貴族家ってのは厄介なもので、俺のような生まれでも担ぎ上げて利用しようとする輩ってのが居るんだ」


 先程とは対照的に、今度は面倒と言わんばかりの表情で、長い溜息をつきました。


「だけど俺は、異母兄に迷惑は掛けたくなかった。だから浮ついた話は、なるべく避けてたんだが……気が付いたら……こんな歳まで…………」


 ギルバートさんは物凄く深刻そうな声を出して、頭を抱えてしまいました。


「ほら、これ食べて元気をお出し……」

「……儂の秘蔵の葡萄酒飲むか?」


 励ますように、バーバラさんがどこから取り出したのか飴の入った小さな壺を差し出し、ドルフさんは酒瓶を見せました。ギルバートさんは、いたたまれない、みたいなお顔をされています。

 

「ところでギルバート、会って日が浅い相手にもそれが話せるようになったなら、そろそろ兄と呼んでやったらどうだ?」


 意味深げに、にやりと笑うドルフさんに、一方のギルバートさんは目を泳がせています。


「……ライオネルはな、昔から儂に愚痴を零してやがったからな。歳が離れてるせいなのか、理由があるのか、お前に兄と呼んでもらえないって」


 その言葉に、わたくしの頭の中で点と線が繋がって、ギルバートさんのお顔をまじまじと見てしまいました。


 当の本人はまた挙動不審になっています。ギルバートさんがよくする、困ったような笑顔には(かげ)りは見えなくて、耳が赤く染まっています。照れ隠しのようにも見えます。




 温かい気持ちでいたところに、急にガタンと音を立て馬車が大きく揺れて、椅子から転がり落ちそうになってしまいました。


「フローラさん……! 危なっ……」


 ギルバートさんが咄嗟に腕を掴み、抱き込むようにしてくださって、何とか無事で済みました。けれども落ち着きを取り戻すのも束の間、今置かれた状況にたちまち体温が上がってゆきます。


「おっと、すまない……」

「い、いえ、助かりました」


 ぱっと離れるとお互いに姿勢を正します。わたくしもすっかり挙動不審になってしまいました。


「ほら、言っただろう、ちゃんと座っとかないと危ないよ」

「石かなんかを轢いたんだろうな。……ベルトでも着けときゃ良かったかな」


 そんな言葉を残して、ドルフさんとバーバラさんはお休みになりました。


 賑やかなお二人が眠ってしまったので、急に静かになりました。夜道を走る馬車の、車輪と馬の蹄の音と、遠くからは鳥や虫の声。

 予想外の出来事に火照ってしまった頬に当たる夜風が心地よいです。


「婆さんに乗せられて、妙な身の上話を聞かせてしまったな……」


 少し気まずそうにギルバートさんが呟きました。


「ギルバートさんが、無理をしてでも助けに行きたい理由を知れて、嬉しいですよ」


 そう答えると、ギルバートさんはまた、照れ隠しみたいに見えるあの笑顔を浮かべていました。


 

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