20.武器商人ゴリアテ②
──どうして俺は、……忘れていたのか。
押し黙って目の前に置かれた剣を見つめ、エリオットは己に問うた。
聖剣を手にしたその日と、それから先の一年間、自分が何を考えていたのか振り返るうちに、じわじわと背筋が冷えて行く気がした。
──失くしたと思い込み、ろくに探しもしなかった……。
かつて、それは大切なもののはずだった。
だが聖剣を得たという誉れと、不死魔獣を面白い程に容易く打ち破れる自身への高揚感は、あまりに大きかった。その輝かしく誇らしい日々に夢中になるうち、喪失は頭の片隅に追いやられて、遂には思い出す事も無くなっていった。
吐き気を伴って胸に湧き上がる感情から逃げるように、エリオットは剣から目を背ける。
正面からゴリアテの視線を感じて、顔を上げる事無くただ事実のみを口にした。
「……聖剣を得る前に使っていた剣だ。失くしたものだとばかり」
「そうでしたか」
返って来たゴリアテの感情の篭らない平坦な声は、酷く耳に残った。
「そちらは、決してありふれた剣ではありませんよ。刀身の見事な出来は勿論のこと、この柄の形状、細部まで丁寧な仕事ぶり。それから、特徴のある柄頭。──私が察するに、これは隠れ郷のドルフ殿の作でしょうな」
「……隠れ郷……?」
「おや? この剣がどこで作られたものか、ご存じではなかったのですか?」
目を細め、まるで品定めをするように向けられたゴリアテの視線が、今のエリオットには息苦しくも思えた。
「この剣は、……他人から贈られたものだ」
苦いものを押し殺してそれだけ答える。
ゴリアテは感情の読めない薄い笑みを浮かべたまま、再び剣を手に取り、毀れて歪になった刀身にそっと指先で触れた。
「ふむ、なるほど……。さて、それでは話を本題に戻しますか。つまるところ、これを、どうにかしたいのですよね」
「直せるもの、だろうか」
「さぁ、まだなんともお答えできません。私どもが抱える職人に、欠けた部分を打ち直させて、剣としての形は整えられたとしても……、器として元に戻るわけでありませんので」
それを聞き唇を噛むエリオットに、ゴリアテは慰めるように笑みを深めて続けた。
「先ほどお話しした、この剣の生みの親であろうドルフ殿に委ねれば、あるいは可能かもしれませんね」
「ならば……! その、隠れ郷というのは、何処に……?」
エリオットは漸く顔を上げ、縋るように問うた。
「……確か、王都の正門から出る乗り合い馬車で、二日ほどでしたかな」
それを聞くなり立ち上がったエリオットとロイドに、ゴリアテは流し目をして付け加えた。
「器の姿が戻せたからといって、全てが元に戻る保証はありません。まぁそれでも、何もしないわけにはいかないのでしょうが。……もしも会えなかったら、その時はもう一度お越しください」
ゴリアテの言葉を気遣いと捉えた二人は、感謝を伝えその場を去った。
客人の去った小部屋に、茶器を持った若い執事が入室してくる。用意された紅茶を喫しながら、ゴリアテは執事に問いかけた。
「ここ最近、ドルフの村に出入りしている商人は変わりありませんか?」
「はい、ゴリアテ様。主に招かれているのは相変わらず食料品や日用雑貨の商人ばかりですけどね。鍛冶職人の村は、このところ職人たちの数が増えているそうですよ」
「聖剣が現れるような状況ですからね、当然の事でしょう。……ああ、しまった。うっかりしていました。私は彼らに、『隠れ郷』とだけ伝えてしまった」
大袈裟に頭を抱えて、しかしとぼけたような顔をするゴリアテに、若い執事は呆れたように笑った。
「ゴリアテ様、わざとでしょう。彼らがあの村に辿り着けるなんて、微塵も思っていないのでは?」
「さぁ、どうでしょうね。お連れの方はまだ見込みがありそうでしたよ」
ゴリアテはソファに深く背を預けて寛ぐと、愉しそうな顔をした。
「招かれるに値する者は、そこにあって当たり前の光景と認識しているからこそ、疑うべくもなく、ただ『鍛冶職人の村』と呼ぶ。しかし、招かれざる者は、見つける事さえ叶わぬので、『隠れ郷』と呼ぶ。私とした事が、それを言い忘れてしまいました。まぁ……、謝罪の機会はすぐに訪れるでしょう」