19.武器商人ゴリアテ①
急ぎ足で王城に駆け戻ったエリオットとロイドは、報告も手短に終わらせると、早速パウエル司祭から伝え聞いた武器商人の元へと向かった。
王城の西門に面して、古めかしい石造りの大きな建物がある。一見すると質実剛健とした古い貴族のタウンハウスのようにも見えるそこが、目的の武器商人が営む商会の本館だ。
武器商人と言っても、店舗は設けられてはいない。王家の御用聞きとあって、商売相手は専ら王家並びに貴族の騎士団や私兵団が中心で、その立場ゆえに国内外の武具・防具の歴史や事情に明るいのだという。
先触れも無く訪れてしまったが、面会を求めればすんなりと応接室に通された。
現れたのは、見上げる程の背丈の、白髪に白髭を貯えた老紳士だ。体躯は厚く、かつて戦士をしていたと言われても信じてしまいそうな風体をしている。
随分と落ち着きは取り戻したものの、未だ平静とは言い難いエリオットに代わって、ロイドが一歩前に進み出る。
「ゴリアテ殿、面会に応じていただき、ありがとうございます」
「ああ、畏まる必要はありませんよ。事実として、身分で言えば私の方が下です。しかし礼節に準ずるあまり話が進まないのは好みませんので、この場はご容赦いただきたい」
ゴリアテは、威圧感のある風貌に酒で焼けたような嗄れた声からは想像もつかぬほど穏やかな口調で、薄く笑った。
「それと、お話はここではなく、奥で伺いましょう」
そう告げられ、二人は応接室の更に奥にある部屋に案内される。
手前と奥に二か所扉があるだけで、窓も無ければ装飾の類も一切無い、殺風景な小部屋に、質の良いソファとテーブルだけが置かれている。
「大切な商談や相談ごとは、必ずこの部屋で行うのです。ご安心ください、あくまでも双方の保身のため」
二人をソファに掛けるよう促すと、ゴリアテはテーブルに三枚の羊皮紙を置いた。
「それから、こちらも」
「これは……?」
「この部屋で話す内容は、互いに一切口外しないという誓約書です。万一どこかから情報が洩れれば、我々は真っ先に疑われる立場に居るようなもの。言ってしまえば、これは私自身の為の自衛手段でもあります」
ロイドはその徹底ぶりに驚いていたが、ゴリアテがそうして武器商人という立場と信用を守ってきたのだろうと感銘も覚えた。
「……それに、貴方がたにとっても、その方が話しやすいのでは?」
そう付け加えると、ゴリアテはエリオットの持つ剣に目配せした。
エリオットは動揺を見せるが、努めて息を整えて、秘密保持の誓約書にサインをする。それから覚悟を決めたように、手にしていた剣をテーブルに置いた。
「改めて、聖騎士エリオット様と、上級騎士ロイド様ですね。私はゴリアテ。パウエル司祭の紹介と伺っていますから、用件に目星はついております。聖剣が──力を損ねた、といったところですかな?」
「随分と……、その、話が早いですね」
肩を揺らし顔色を無くすエリオットを宥めて、ロイド自身も僅かに動揺を隠せずそう問えば、ゴリアテは商人らしい感情の乗らない笑みを寄越す。
「推測したまでですよ。話題の聖騎士様が、そのようなお顔色でわざわざ私を訪ねて来る理由など、限られるでしょう。……拝見しても?」
エリオットが声も無く頷く。
鞘に納まったそれをくまなく見た後で、ゴリアテは柄を手にして一息に剣を引き抜いた。
抜かれた剣を見て、ロイドは息を飲み、エリオットは項垂れるようにして額を手で覆った。
もはや刀身に刻まれていたアイビーのレリーフすら完全に消え失せて、刃が毀れた白刃だけがそこにあった。
手にした剣を角度を変えながら品定めするように眺め、ゴリアテは感嘆するような息を吐く。
「これは、……見事な剣ですね。聖剣の器足り得たのも納得だ」
ゴリアテが口にした言葉が意外に思えて、エリオットは顔を上げた。
「どうしました? 聖剣にあらざれば剣に非ず、とでも?」
「いや……」
自覚は無かったが、図星をつかれたような気がして、エリオットは居心地悪く目を逸らした。
そんなエリオットを一瞥して、ゴリアテは話し始める。
「聖剣について、我々が知る事の多くは歴史に語られる伝承や民話の寄せ集めに過ぎません。ですが、武器に携わる者の間では、古くから確信して語られている事柄があります」
語りながらゴリアテは、慈しむような視線を手元にある剣に向ける。
「聖剣が顕現するには、幾つかの条件が揃う必要がある。それはすなわち、器と、加護と、祈り。これ自体はそう珍しい話でもありません。あなた方も、耳にした事はあるのでは?」
二人は頷き掛けたが少し間を置いて、ロイドが答えた。
「その条件に、器が含まれているというのは、今回の件で初めて耳にしました」
「なるほど……。伝承というものは、人伝に語られるうちに、内容が欠け落ちてしまいやすいですからね」
どこか寂しげにそう呟いた後で、ゴリアテは手にしていた抜き身の剣をエリオットの前に置いた。
「この剣そのものに、見覚えは?」
そう問われて、エリオットは今日の異変が起きてから初めて剣に目を向けた。
聖剣が損なわれた事に頭が支配され、直視出来なかった、その姿に。
「この、剣は……」
──聖剣を得た、あの日。混戦の中で失くしたのだと、そう思っていた……。
騎士団に入団してからその日まで、片時も離すことなくずっと傍にあったもの。騎士になる祝いにと贈られた遠い記憶。
それはかつて、フローラがくれた剣だ。




