18.旅支度と門出②
日が山向こうに沈む頃、夕日に染められた村の中央の広場には、大きな馬車の荷台が組み立てられていました。
ワゴンと呼ばれる幌のついた大きな荷台を参考にして、その幌部分をトタンに替えてあるのだそうです。小さな小屋のような造りをしています。
馬の負担を考えて、トタンは特殊な金属を使い、薄くて軽く丈夫に作ってあるのだとか。忙しい職人さん達に代わって、村の子供たちが色々と解説してくれるので、わたくしもちょっとだけ詳しくなりました。
最後は村の皆さんと見守る中、ドルフさんが大きな車輪を取り付けました。
完成のお祝いに酒樽が持ち込まれ、職人さん達は歓声を上げています。
「さぁ、フローラちゃん、ギルバート、せっかくだから中を見てごらんよ」
バーバラさんにそうお声掛けいただいて、荷台の後部にある扉に向かいました。浮足立つ気分で扉を開けると……。
「えええっ……!?」
「な、なんだこれ……!?」
ギルバートさんと二人揃って仰天してしまいました。
ドルフさんとバーバラさん、職人さん達、そして村の子供たちまで、とても楽しそうに、悪戯が成功したという顔をしています。
外からは小さな小屋のように見える荷台は、扉の向こうは見掛けの倍以上の広さがあります。明らかに、外観と内側の広さが噛み合っていません。御者台の側には二段ベッドがあり、入り口の右隅には、小さな竈まで付いています。
「こ、これも魔法ですか……?」
最早それ以外には考えられませんが、頭が追い付かずに尋ねると、バーバラさんは当然とばかりに満面の笑みで頷きました。ドルフさんが今日一番の豪快な笑い声を上げています。
この村には、バーバラさんの他にも数人の魔法使いがいらっしゃるのだそうで、職人さんと魔法使いの方々の合わせ技の特製馬車なのだとか。とっても今更ですが、この村は何か特別な、凄いところなのかもしれません。
「まぁ、それでも大人四人にはだいぶ手狭だけどな。どのみち道中は誰かしら交代で御者をせにゃならんし、どうにかなるだろう」
「これ、馬で引けるのか……?」
ギルバートさんが尋ねました。
確かに、材木でしっかりと壁が組まれた内側を見てしまうと、移動の際の重量が気にかかります。
「重量は普通の幌馬車と変わらねぇさ」
ドルフさんの答えに、昼間つくった革の道具袋を思い出して納得してしまいました。ギルバートさんはまだ不思議そうな顔をされています。
さてその後は、馬車の完成を祝い、携わった全ての職人さん達の労いも兼ねて、村の真ん中で星空の下の晩餐会です。
村の子供たちからの熱心な要望をお受けして、わたくしは今宵も鴨のスープを作りました。
さらに宴の主菜は、皆さんと総出で、この村のお祝い料理を一緒に作ります。
両腕を広げたくらいある大きな鉄板に、たくさんのお肉やお魚、皮をむいた芋と野菜を並べて、この国では珍しいお米を隙間に詰めます。少し水を注いだら、味付けにスパイスや岩塩を削って振りかけて、上からあくぬきした蕗の葉を敷き詰めて、さらに朴の木やヤマモモの葉などを重ねて覆ってゆきます。
鉄板は手のひらくらいの深さの縁がついていて、覆った葉がちょうど蓋のようになります。仕上げに重しがわりに落し蓋のような要領で、丸い鉄板を乗せます。
地面に浅く穴を掘り、高炉から集めた木炭を敷き詰め、更に上からも覆って蒸し焼きにするのだそう。水分量が多く油分の少ない葉は簡単には燃えないんだそうですよ。鍛冶職人の村ならではの豪快な調理方法です。
蒸し上がったら上の炭をどけて、燃えずに残っている大きな朴の木の葉を軽く水ですすいでお皿代わりにして、出来上がったお料理を皆でいただきました。
すでにお酒が入っている職人さん達は上機嫌に異国の歌を歌っていて、その周りで子供たちが踊っています。
「賑やかだろう、これはね、旅路の安全を祝う、門出の宴も兼ねてんだよ」
「先にお祝いしてしまうんですか?」
「そうさ。先にもう祝ってしまったから安全に決まってる、なんていう屁理屈みたいな願掛けなんだよ。でも悪くないだろう?」
にっこりと笑うバーバラさんに、わたくしも笑って頷きました。
この村に来てから楽しい事ばかりで、王都を出たのはついこの間なのに、苦い記憶はもうすっかり遠い過去のように思えます。
宴を終えたら、馬車に荷物を積み込みます。もう夜のうちから出発してしまうのだそうです。
「おい、早くねぇか……? 出発は明日の朝でもいいんだぞ……」
「何言ってんだギルバート。ほんとは一刻も早くライオネルに追い付きてぇんだろ?」
「それは……そうだ。すまん、ドルフ爺、何から何まで……感謝してる」
「礼を言うのは全部上手く行って終わってからだろう。酒代を稼いでおけよ?」
そんなギルバートさんとドルフさんの会話を耳にして、わたくしは気持ちを引き締めました。目的地は王国北部、これから戦地に向かうのです。楽しく浮かれてばかりもいられません。
気持ちを切り替えて背筋を伸ばして荷物を運んでいたら、ドルフさんにぽんと肩を叩かれました。
「フローラちゃんも、気負う事は無い。今この時を楽しもうが、深刻な顔をしようが、結果は同じさ。気持ちの余裕があるくらいの方が上手くいく」
そう言い残して笑って荷積み作業に戻るドルフさんの背を目で追いながら、わたくしは一度深呼吸をしてみました。
わたくしに出来る事は、それほど多くは無いのかもしれません。だけどたった二日で楽しい思い出と共に、もうすっかり心を寄せてしまった人たちの為に、役に立ちたいと願うのです。
旅立ちの前に、村の子供たちが贈り物を持って来てくれました。何と、小さな木彫りの女神像です。
「今日ね、木こりの兄ちゃんに良い感じの木を貰って、作ってみたんだ!」
そう言って誇らしげに笑うのは、10歳くらいの少年です。聞けば、将来は彫刻家を目指しているのだそう。小さくとも精巧で、見事な出来です。
「わたしもおてつだいしたよ! ほらここ!」
そう言って小さな女の子が指さすのは、女神像の足元に取り付けられた素焼きの台座を飾る、小さな花飾りです。幼い子供らしい、ほんのちょっとだけいびつなお花は、でもそれが余計に愛らしく思えます。
「おねえちゃん、かえってきたらまたスープつくってね!」
「名付けるなら、スープ祈願の女神像だな!」
女神像の作者である少年は得意げな顔をしてそんな事を言います。随分と気に入られてしまった事が嬉しく、そしてこの像には子供たちの祈りが篭もっているのだと思うと、胸が温かくなります。
村に来る前は、チェルシーさんにいただいた路銀と、少しの荷物以外、もう何も持っていなかったわたくしは、思いがけず、ここで素敵な宝物が増えました。