17.旅支度と門出①
鍛冶職人の村は、空が明るくなり始める頃には全ての炉に火が入り、職人さん達の鉄を打つ音が鳴り響いています。
中には昨晩から夜通しで作業をされていた方もいるようで、煤で全身を真っ黒にした方が、朝日を浴びながら村のあちこちを駆けまわっていました。
「おはようフローラちゃん。夜中はやかましかっただろう? 眠れたかい?」
「バーバラさん、おはようございます。不思議とぐっすりと眠れました!」
「そりゃあよかった」
ドルフさん達は昨晩から、設計図を作ったり、必要なもののリストを作ったり、何やら試作をされたりと、遅くまで作業されていました。眠る時に人の話し声や物音が苦手な方もおりますが、わたくしはむしろそれを子守歌に熟睡してしまったようです。
今も窓の外からは、たくさんの、鉄を打つ槌の音、鋸で木材を切る音、釘を打ちつける小気味良い金槌の音、それから何かを運ぶ大きな掛け声に、笑い声。村は音で溢れかえっていますが、それらは不快には思えず、心地よい音楽のようにさえ聴こえます。
わたくしも顔を洗ったら、さっそく皆さんの朝食を作ります。
とうもろこしと玉ねぎをバターで炒めて、すり潰して裏漉ししたコーンスープをベースに、芋とお野菜、それから大麦を加えて煮込み、最後にチーズを振りかけた具だくさんの大麦粥。香草と一緒に蒸し焼きにした鶏に、卵料理も多めに用意しました。
「腹減った……俺は、もう、駄目だ……空腹で死ぬ……」
「おい、まだ死ぬな! 木こりの兄ちゃん、しっかりしろ!」
「きこりのおにいちゃん、あさごはんまで、あとすこしだよ! がんばって!」
ギルバートさんが、何故か村の子供たちに支えられて帰って来ました。
「……ところで、いいかお前達、何度も言うが、俺は木こりじゃない……! 今日は手伝ってるだけだ……! ドルフ爺め、俺が木こりになるって嘘吐いたの、根に持って広めやがったな……」
子供たちに囲まれながら、がっくりと肩を落とすギルバートさんの後ろに、いつの間にかドルフさんが満面の笑みで立っています。
「何言ってやがる。今日一日、木こりとして働きゃ、嘘じゃなくなるだろう?」
ドルフさんがいつものように豪快に笑い、ギルバートさんは大袈裟に泣き真似をして、子供たちに慰められています。
どうやらギルバートさんは早朝から、木材の切り出しに駆り出されていたご様子。
生木は本来ならば乾燥が必要なのだそうですが、この村の秘密の技術で数時間で自然乾燥出来るのだとか。
「ああ……旨い、生き返る……フローラさんの作る飯は旨いなぁ……」
子供たちと一緒に食卓を囲んで、ギルバートさんは染み入るような声でそう言うと、もりもりと朝ごはんをたいらげてゆきます。幸せそうな顔をしてたくさん食べてくださるので、作ったこちらも嬉しくなってしまいます。
「ごめん、俺ばっかり食いすぎかな? みんなの分が無くなっちまうかな」
「大丈夫ですよ、今朝も魔法のお鍋はご機嫌ですし、もし無くなったらまた作ります。喜んでもらえると作り甲斐があって楽しいんですよ」
「スープのおねえちゃんのごはん、おいしいもんね!」
そんな会話をしながら、おかわり三杯目のコーンスープの大麦粥を渡すと、ギルバートさんはとっても嬉しそうに目を輝かせました。
ギルバートさんは、黙っていたら凛々しくて意外と綺麗なお顔立ちをされているのですが、ご飯を食べている時の様子から、何故か大きな犬を連想してしまいます。ご本人には内緒ですよ。
朝食の後片付けをしたら、わたくしはバーバラさんから頼まれた、旅路の道具を入れる袋作りに取り掛かりました。
ドルフさんお手製だという足踏みミシンを使って、鞣した皮を縫い合わせてゆきます。内側に、布を縫い合わせて綿を入れたキルトの裏地を付けて二重構造にして、重い鉄のお鍋や道具を入れても破れないように、強度も意識しながら作ります。
出来上がったら、さっそく旅に持って行くお鍋や道具類を入れてみた……のですが。
「……? バーバラさん、これも、魔法ですか?」
不思議な事に、外見はお鍋一つ分くらいの大きさの袋に、既にお鍋が三つと薬缶が一つ収まっていて、中はまだ余裕があります。それなのに、持ち上げてみても軽いのです。
バーバラさんは悪戯が成功した子供みたいな、喜色満面な笑みを浮かべています。
「ご名答! でもね、魔法が仕込んであるのは、あのミシンさ。それに、針と糸にもね」
それからバーバラさんはわたくしの隣に来て、鍋や薬缶がすっぽりと収まった袋をあちこちからじっくりと眺めて確認し、縫い目を優しく撫でました。
「うん、素晴らしい出来だね。魔法が仕込んであってもね、誰がいつ使っても同じ事が出来るわけじゃないんだよ。……フローラちゃんに任せて正解だったね」
バーバラさんはそう言って、わたくしが作った革の道具袋を慈しむように撫でています。
針子仕事の経験が活かせたのでしょうか。褒められた事が嬉しくて、ふわふわと心が躍っているような気分です。




