14.違和感①
祝勝会の翌朝、エリオットは身支度を整えていた。
王都に帰還してから毎日のように、高位貴族や他国からの賓客との謁見が続いている。
百十数年ぶりに顕れた聖騎士とあれば、やむを得ない事なのだろう。誰もがエリオットに顔を繋ごうと必死だ。国としてはそれも外交の一環に繋がり、重要な任務なのだと説明されている。だが出征前は平民の下級騎士だった身からすれば、光栄に思う一方で、辟易とする感情も無いわけではない。
戦場では全く役に立たなそうな、金糸で編まれた幾重もの飾緒やら、覚えの無いものまで追加された複数の勲章がぶら下がる軍服に身を包み、最後に聖剣の納まった鞘に手を伸ばす。
「……なん、だ……? 気のせいか……?」
持ち上げるとふいに感じたずしりとした重さに、エリオットは違和感を覚えて微かに戸惑った。
一年戦場を共に戦ってきたが、初めて覚える感覚だった。
──疲れが出たか。……いや、やはり鍛錬を欠いている影響か。
戦地からの帰途に十日あまり、凱旋してからは報告に連れまわされ、国王に謁見し、面倒ごとを片付けて、祝勝会に、来賓対応。
気付けばもう半月は鍛錬の時間を取っていない。
身体が鈍っているのだろう。エリオットは違和感をそう結論付けた。
朝食の席に赴けば、愛らしいドレスに身を包んだエミリーが駆け寄ってくる。
「エリオットっ、おはよ! 昨日はよく眠れた?」
甘えるように抱き着いてくるエミリーを受け止めて、笑みを返し頷くと、やれやれと困ったように息を吐く。
城の使用人達は微笑ましく見てはくれているが、中には少しだが呆れを含んだ視線も混ざっている。
エリオットは叙爵を受けて、伯爵位を賜った。元が準男爵家の次男である事を思えば、異例とも言える程の優遇だろう。国は聖騎士にそれだけ価値を見出しているのだろうし、それは聖女も同じだ。
婚姻すればエミリーは伯爵夫人になる。しかし二人とも平民の出で、貴族社会の礼節もまだ覚束ない。聖騎士と聖女という輝かしい価値が、過分な程の目こぼしをくれるだろうが、それが必ず通用するとも限らない。
平民時分のようにただ籍を入れて終わりともいかず、婚姻の披露目を行うまでは節度ある行動を求められている。
──……だからか、寂しいのだろうな。
エリオットは慰めるようにエミリーの頭を撫でて、それから思い出した話題を振った。
「先日の話を聞いた。王都の火災で怪我人を助けたそうだな」
「えへへ、そうなの! ……でもね……また、途中から来た聖職者の人に邪魔されちゃったけどね……」
「……そうか。彼らも君ばかり注目されることに焦っているのだろうさ」
しょんぼりと肩を落とすエミリーを励ますと、ぱっと花が咲くように笑顔が戻った。
「そうだね。それにね、あたしが最初に駆け付けたって、皆覚えててくれたから、平気だよ!」
「良かったじゃないか。……早く、君が聖女である事が正式に公表されればいいのにな」
今や騎士団内に限らず、貴族も民衆も、ほとんどの者がエミリーを聖女と呼んでいるが、まだ彼女は王都の大教会からは聖女と正式に認められてはいない。
──教会も、何を渋っているのか……。
腹に湧く憤りを押し留めて、もう一度エミリーの頭を撫でた。
午前中の賓客との謁見を終えると、まだ国王も宰相も同席のうちに、その場に伝令兵がやってきた。
「王都北東部、ウレリ川の川岸に、不死魔獣らしき魔獣が一体、確認されたとの事です」
その報告を聞いても室内に動じる空気は無い。もとより不死魔獣そのものは、ごく稀にだが人里近くに単独で出現する事も無いわけではない。王都とはいえ、街はずれの川の沿岸であれば尚の事、川を流された個体がたまたま現れたのだろう。
無論、以前であれば不死魔獣のその脅威から、いくらかは騒ぎになっていただろうが、今この王都には聖剣があり、聖騎士が居るのだ。
「ほう、それは良い機会だ。聖騎士の実戦を拝めるではないか」
「左様ですね。午後の予定を取り下げて、向かわせましょう」
報せを聞いて上機嫌な国王の言葉に、宰相が追従する。