六年後の再会~俺はお前に必ず勝ってみせる!!
「今日こそ、あの野郎に目にもの見せてくれよう!」
四月八日。桜の花びらが舞う春の陽気に包まれながら、宮本武はつぶやいた。
あと数日で16になる彼は、眼前に貼り出された生徒名を見て不敵な笑みを浮かべる。
長身で、しかもけっこうガタイがいい。背丈は中学三年時に測った限りでは、185センチあったほど。
ようするに威圧感を放つ風貌。
(佐々木薫……忘れもしねえ、あの名前を!!)
苦い記憶を反芻しながら。
幼少時の時だ。
武はそのへんによくいる、有象無象の悪ガキだったといえよう。
ピンポンダッシュは挨拶がわり。爆竹を蜂の巢めがけて投擲するのは趣味なほど。隣の地区にある団地の鉄柵で、ロッククライミングするのが日課だったくらい。
それに喧嘩っ早く、しょっ中ケガをこさえては、保健室へと駆け込む日々。
それもこれも――女の子にモテるため!!
彼の脳内にあるのは、強い男が異性を侍らせるという世界観だったのだろう。
どこのサバンナかと思うが、しかし少年とは同じ年頃の少女から見てガキっぽい……。もとい、ガキそのもの。
だからか――運命のあの日。
「宮本くんさ、そういうのはやめなよ」
やれやれと言った感じで、たしなめられたのは!
見れば、整った顔立ち。さわやかそうな風貌で、子役でもやっていそうな雰囲気をまとう。
「みんな黙ってるけど、ボクは言うね。すごく迷惑だから女の子にちょっかいかけるのやめなさい!」
「っ!?」
まさかの命令形!!
一瞬だけ怯んだが、しかしマジマジとソイツをのぞき込む。
たしかに平均以上の容姿。イラつくくらいにイケメンな印象で、声もウィーン少年合唱団みたいな調べ。
だが!!
しかしっ!!!
背丈は男にしては小柄だ。ナヨナヨした感じなのは間違いない。
そして武の価値観において、男の評価は腕力で決まる。つまるところ、喧嘩で勝った方が偉い。
発想こそ蛮族のそれだが、力こそが正義なんてヤツは一定数いるもの。
「薫ちゃん、優等生でちゅねえ~!」
だから言った――言ってやった、のだが!
「まぁ、君よりは成績がいいからね」
返ってきたのは心を突き刺す言葉。喩えるなら、シベリアで冬将軍に凍りついたバナナで、カチコチの花びらを叩かれるような!
意外にもガラスハートなのだろう。
けれどこんなところで優男に負けては名折れ。イケメンなど滅びればいいのだ。
だから武は実力行使に出た――わけだが。
「っ!?」
なんといったか?
合気柔術?
八卦掌?
あるいはシステマ?
「暴力はやめようよ。みんな怖がってるし……」
あっという間に取り押さえられた。
(この俺が、動けないだと!?)
すさまじい工夫!!
実力差は明らかで、つまり完全敗北。それだけは間違いない!
「あのええ格好しいがぁっ!!」
だからか彼は荒れた。
が、同時にあの少年が持つ力にも惹かれたのは確かではある。
力こそ正義だからこそ、より強い力で佐々木薫をぶちのめせば!?
一時の敗北など本質ではない。
体格はこちらに分があり、故により強くなる可能性を自分は持っているのだ。そう信じて……。
けれども!
「ふぎゃっ!?」
敗北は続いていく。
世界を制するはずの左を難なくかわし、薫は武を打ちのめす。
(おかしい!!)
それとも右利きなのに、左手で闘おうとしたから?
ならば――と再戦に挑む。
今度は利き手の右でジャブを繰り出し――
「ぐぎゃっ!?」
野馬分鬃とかいう技で吹っ飛ばされた。
(な、なぜ……?)
イケメンで勉強できて、その上喧嘩まで強いだと――と武はほぞを噛む。
(天は二物を与えず、のはずじゃなかったのかい!?)
まさかの格差社会!
あるいは親ガチャ!?
その夜――武は、運命を恨み、泣いた。
さらにさらに!
忘れもしない夏祭りの夜!!
女の子たちの浴衣姿がまぶしい。縁日ヨーヨーを腕にくくりつけ、りんご飴やわたあめを食むあの光景が浮かぶ。
それだけなら楽しい思い出にもなろう。
けれども!
「薫、あ~ん!」
「っ!!?」
事もあろうに、イケメン野郎は女の子たちを侍らせていたのだ。
まさにリアルハーレム!!
まるでラノベか何かの主人公気取りでリア充といえる。
(く……俺が弱いからか!)
まあ、考察に正しい部分もあるにはあるが。
しかし、それだけだろうか?
(あるいは……顔?)
ホストやモデルみたいな作り物の笑みを、女たちは求めてるとでも!?
まあ、面食いは性別に拘わらずどこにでもいるものだけれど。
つまるところ。
(あああああああああああ――――――――――っ!!!)
彼の心の叫びを翻訳するなら。
――うらやましい、うらやましすぎるぞ!?
自分が手に入れられないモノを、薫はいくつも持っている。
羨望を超え嫉妬、さらに憎悪にまで感情が昂ぶっていく。
(イケメン許すまじ!)
だから――憎しみが武に力を与えた。
巻藁を突き、木刀で素振り、サンドバッグを蹴り続け――
「はい?」
マヌケな声を上げる武が、呆然とクラス委員長の女子の顔をのぞき込む。胸に届く二つに分けた三つ編みに、度の強そうな眼鏡をかけた装い。いかにも真面目な感じの女子児童が告げる。
「だ・か・ら! 佐々木さん、転校するの! お別れ会するから宮本くんもちゃんと色紙に書いてよ?」
「な、にぃいいいいいい――――――――!!?」
だから武は毎度のことながら、荒れた。
(冗談じゃねえぞ!)
このまま勝ち逃げなど許されないし、認めてはいけない。
「おい、薫!!」
そして自席で女の子たちと仲良く談笑する宿敵へと決闘状申し込んだのだ。
果たし状とともに、グローブを一双、叩きつけた。
イケメン少年に突き付けられたものを見て、クラス中がどよめく。男どもが騒然となり、女たちもざわめき息をのむ。
けれどどこか輝くまなざしは、解せなかったけれど。なぜなら……薫の机に置かれたのは!
ファンシーな柄で、可愛らしいヒツジがプリントされた手袋。
それに便箋もどういうわけなのか、やたらと可愛らしいデザイン。
が、問題などあるわけがないのだ――ないはず。
目的を達するためには、あらゆる手段は正当化される。
巌流島での戦いだって、かの有名な剣豪は、時間ギリギリにやってきたであろう?
おまけに太陽を背にして戦う卑怯ぶり。
それこそが兵法!
自分を最高の状態におき、相手が実力を出せないようにして、勝つ!!
モテモテ色男を女扱いすれば、必ずや激昂するはずだ。少なくとも、武ならぶちキレてしまう。
アメリカの不法滞在者収容所で、ピンクの靴下を履かせるようなもの。
そして、そんな精神状態では、まともな判断などできるわけはない。
なら勝機はこちらにあり!!!
だが――
「ふぁっ!?」
決闘の直前。武は大怪我を負った。
道路に飛び出したちびっ子をかばい、受け身を取ったがショーウィンドウにダイブして。
神様はよほど自分を嫌っているのだろう、と病院での外を窓をながめる。
と――
「宮本くん、大丈夫なの!?」
青ざめた表情の、イケメン野郎が病室のドアを開く。
「ゴメン、もしかしてボクのせい――」
「ちがうわ!!」
全ては受け身を取り損ねたマヌケな自分にある。
それにケガしたのが薫の責任だとすれば、ちびっ子を救った功績も彼のもの。
それだけは武にとってガマンができない。
けど、よく見れば、目元が濡れていたことに気づく。ほおにも涙の痕。
(泣いていた……のか?)
だとすれば、一本取った?
(いや、ちがう!)
勝負はついていないのだ。
むしろ泣きたいのはこちらだ、と奥歯を噛みしめる。
男としてのプライドを取り戻すには、薫に勝つしかない!
だから――
しかし、イケメンほほ笑み、ささやく。
「じゃあ、また会う日までおあずけだね」
「っ!?」
なんとナント何と!!
天は武を見捨ててはいなかった。
再戦の約束をし、時は流れ――今に至る、というわけ。
グッと手を握りしめ、武は不敵に笑む。周りからは、きっとよく言っても不気味がられていたことだろう。
靴箱を見つけ、上履きへと履き替え、足音をひびかせ――
「見つけたぞ!?」
新入生のクラス。一年二組の標識。それは彼のクラスであるとともに、薫も在籍するであろう教室だ。
バタン――――――――!!!
勢いよくドアを開け、ワックスのかけられた床を踏みしめる。
開口一番、武は叫ぶ。
「佐々木薫はいるか?」
割合イカツイ見た目の彼に、クラスメイトたちは恐慌し、凍りつく。
例えるなら、暴走族の殴り込み、みたいな?
と――
「えっと……ボクだけど」
とソプラノの声が返事した。
「ん……?」
それはつまり、女の声音。いぶかしむ武だが、困惑はそれだけに止まらなかった。
「あれ、宮本くんじゃないか。久しぶりだね、元気にしてた?」
朗らかな口調。飄々としたふるまい。間違いなく、強さに憧れ、同時に憎しみをも抱いた、あのイケメン――イケメン、であるのに!
ギョッとする武はいくどもまばたき、息をのむ。
きれいな髪はショートに整えられ、ヒツジ柄のヘアピンで長めの前髪を留めている。
制服は赤のリボンに青地とグレーのセーラー服。意外にもあるふくらんだ双丘。同色でチェック柄のひだスカートが風に舞う。
だけでなく、焼き菓子みたいな匂いが鼻をくすぐるのだ。
「???」
混乱するのも無理はない。
だって、それは誰がどう見ても満場一致で女の格好だったのだから!
それどころか控えめに言っても、美少女と呼んで差し支えないほど。
薫には女装癖があったのか!?
たしかに特殊メイクのスキルをもって本気を出せば、かわいいは作れるはず。
けど、そういうのとは根本的に違っていた。
そもそも男はソプラノの調べを出せない。
のどぼとけは出ておらず、肌だってスベスベ。
だとすれば?
「…………」
記憶を手繰れば、たしかにどこかおかしかったようにも思える。
委員長や女子たちの「さん」づけや、まるで恋人を思わせる親密なスキンシップ。
それにお別れ会の直前。手袋を渡した時に見せた、クラスメイトの反応。
どよめきながらも、どこか期待を込めた視線が、よみがえる。
動揺を誘うために用いた、可愛らしい手袋や便箋だって、相手が女であれば別の意味だろう。
何よりも、事故に遭った際の薫が泣いていたしぐさ。
今まで嚙み合わなかったピースがそろい、真実を描いていく。
(まさか――俺は――!?)
「あれ、どうしたの? 宮本くん顔真っ赤だよ? 熱でもある!?」
論理的に答えを導き出すならば。
――お前、女だったんか――――――――っっっ!!!!!
武は心の中で盛大に叫んだのだった。
宮本くん、そこは気づこうよって書いてて思いましたw