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悪役令嬢の呪い

悪役令嬢に祝福を

作者: 黒湖クロコ

 ああ。置いて行かれてしまった。

 俺は妻の墓の前に花を供えながら目を閉じる。

「リリス。君は不器用すぎるから……。どうか天国で待っていてくれないだろうか」

 俺は彼女がループし続ける世界から抜け出せていることを祈る。

 でもそれを俺は知ることができない。だから祈るしかない。どうかもう彼女が死を繰り返していませんようにと。そしてもしも繰り返さなければならないのならば、どうか今度こそ幸せになってくれと。

 俺が持っていた、繰り返される世界を記憶し続ける力は、リリスへと戻ってしまったのだから。


◇◆◇◆◇◆


 俺がリリスにかけられた呪いの一部をもらったのは、俺が冤罪に気がつかず、復讐に燃えてリリスを殺してしまったことから始まる。

 最愛の妹が暴漢に襲われ自死を選んだ。その暴漢をけしかけたのがリリスだという噂が流たため、俺は復讐を誓いリリスを殺した。あの時、皆がそろってリリスならやりかねない、彼女ならやると思うと言っていて、俺はその情報を精査せず、凶行に及んだ。

 その時、リリスは私はやっていないと訴えた。でも彼女が悪女であるという噂を山ほど聞いていた俺は、彼女の言葉が嘘であると思った。というよりは、妹に自死を選ばせてしまったというぶつけられない鬱憤をリリスにぶつけたというのが正しいだろう。

 だから俺は彼女を嘘つきだと罵った。

 それを聞いた彼女は、俺が知る限り初めてキレた。

「そんなに私が憎いなら、永遠に私の死を見ていろ」

 そう言い残し、リリスは俺に殺された。

 復讐を果たした俺は、そのまま警察に捕まえてもらおうと考えていた。悪女だろうと殺したことには変わらない。しかしリリスが死んだ、次の瞬間、俺の時間は一年前にまき戻っていた。


「お兄様、ぼんやりしていないで、早くご飯を食べた方がいいと思いますわ。遅刻してしまいますわよ」

「は?」

 朝食の席で死んだはずの妹が、あきれ顔で俺に話しかける。

 そう、こいつは、兄の俺に対してもお小言を言うような、気が強くて可愛げがなくて……すごい可愛い妹だった。自死直前の妹は無理して笑っていて、痛々しくて見ていられない状態だった。そして目を離したすきにその命は俺の手のひらから零れ落ちた。


 俺は思わず立ち上がると、妹を抱きしめた。

「きゃっ。何? 一体?」

「……俺が絶対守るから。死なないでくれ」

「はあ? 何を言っていますの? 死ぬなって縁起でもない。頭は大丈夫ですか? 目を開けて夢を見るとか器用なことをしないでくださいませ」

 妹は眉をひそめると、俺の頭を心配してきた。相変わらず酷い妹だ。でも、これが俺の妹なのだ。

 今が本当に現実かどうかわからないけれど、俺は絶対妹を危険な目に合わせないし、自死を選ぶような状況にはしないと心に誓った。


 そして妹が暴漢に襲われた日は、うっとうしがられても妹に張り付き、そして暴漢を撃退した。うっとうしがっていた妹も、実際に暴漢が出てきて、襲われかけると俺がその場にいたことを感謝した。

 数人の男が相手だったので、撃退は大変だったが、一人襲われた妹はどれほど恐怖だっただろう。そして暴漢たちが誰にけしかけられたのかを訪ねた時、想像と違う名前が出てきて、俺は茫然とした。

「は? お前らを雇ったのはリリスじゃないのか?」

「誰だよそれ」

 リリスの名も知らない様子に、俺の頭は真っ白になった。

 もしも暴漢がリリスの名前を言ったら、俺はリリスに話をしに行き、こんなことをするのはよくないことだと言おうと思ったのだ。多分俺が過去に戻っているのはリリスの力でだと思うから、殺してしまった償いに、せめてこんな罪を犯さずに済むようにと。


 でも違った。

 彼女は嘘などついていなかった。本当に無関係だったのだ。

 ならどうして皆が、リリスがやったと言ったのか。公爵の娘だからその権力の所為で、警察も手出しができずにいるのだと、皆が言っていたのに。

 いや、それよりも、俺はとんでもない過ちを犯した。

 無実の彼女を殺してしまったのだ。

 『そんなに私が憎いなら、永遠に私の死を見ていろ』と叫ぶ彼女は、あの時何を思ったのか。

 謝らなければ。

 命を奪ったのだから許してもらえるとは思えない。でも俺は間違えた。だから誠心誠意謝って、せめて彼女にかかる冤罪を食い止めなければいけない。


 そう思い俺はリリスに会いに行った。

 きっと彼女には罵られるだろう。でもそれも仕方がない。

 しかし会いに行った彼女は、俺を初めて見る者の目をしていた。

「冤罪ですか? えっと、どのうわさか分かりませんが、いつものことですので気にしないで下さい」

 無実の罪で陰口を叩かれることを、彼女はいつものことと言った。

 そうなのだ。彼女には悪い噂がついて回る。でも気が付いた。そのどれもが、嘘であり、冤罪なのだ。

 公爵家という強い力を持っているにもかかわらず、まともに庇護されていない状況、きつめの顔立ち、人と関わるのが得意ではない様子から、彼女は当たり前のように人の罪を押し付けられてきたのだ。

 実際にはやっていない。だから警察に捕まることはない。でも人は、捕まらないのは公爵家の力があるからだと勝手に理由づける。まともに庇護されていないから、どんな悪い噂でも流し放題で、都合がいいように解釈する。


「なんだこれ……」

 吐き気を催すような、生贄。

 そしてそれがさも当たり前だと、リリス自身が思っている異常。

 なんだこれ。

 俺はリリスと別れてから、吐いた。

 耐え切れなかった。俺もまた彼女に八つ当たりしたに過ぎない最低な人間だと思い知ってしまった。

 彼女には俺が彼女を殺した記憶がない。『そんなに私が憎いなら、永遠に私の死を見ていろ』と言ったぐらいなので、彼女は以前も俺に殺された記憶を持っていたのではないかと思ったのに……。

 もしかしたら、彼女が持っていた巻き戻った前の世界を覚えている力を、俺が貰ってしまったのかもしれない。

 ならば俺は何をして、彼女に償えばいい?

 悩みに悩んだ。数日間、記憶がない彼女への償い方を。

「とにかく、リリスの悪い噂を少しでも消すことが、償いになるんじゃないか?」

 冤罪で殺されたのだ。その冤罪は悪い噂があまりに多すぎたためだ。

 だからもう二度と彼女が俺みたいな馬鹿に殺されないようにするには、その原因を取り除くべきだ。


 よし、そうしようと心に決めた次の瞬間、俺は何故か朝食の席に座っていた。

「えっ?」

「お兄様、ぼんやりしていないで、早くご飯を食べた方がいいと思いますわ。遅刻してしまいますわよ」

「はっ?」

 デジャブ。

 妹の言葉は俺がリリスを殺して戻ってきた時初めて言われた言葉ではなかっただろうか?

 生意気な妹は、相変わらず生意気だ。

「なあ、今日は何日だ?」

「……本当に頭、大丈夫ですか?」

 そう言いながらも教えられた日付は、妹が暴漢に襲われるより前の日だ。

 また巻き戻ったのだ。

 何が原因か分からない。でも俺は同じ時間にまた立っている。


 訳が分からない。

 でも妹を暴漢に襲わせるわけにはいかないから、それを守り切り、暴漢を警察に突き出す。

 怯えた表情はしているが、妹は自死をしそうではない。妹の死は回避できたのだ。

 なら、なんのために俺はここにいる?

『そんなに私が憎いなら、永遠に私の死を見ていろ』

 そう言ったリリスの言葉がよみがえる。永遠に私の死を見ていろと言うことは……まさか、死んだのか?

 俺が妹の仇のためにリリスを殺したのは妹の自死から何日後の事だった?

 あの時の俺は復讐しか考えていなくて、自分が今何日を生きているのかも認知していなかった。


 俺はリリスに接触した。

 この仮説が正しいならば、俺はこの先も、リリスが死ぬ度に過去の同じ地点に戻るのだ。

「冤罪ですか? えっと、どのうわさか分かりませんが、いつものことですので気にしないで下さい」

 俺の説明に対しての彼女の言葉は変わらなかった。

 いつもの事。

 その所為で誰かに命を狙われるかもしれないと言っても、あいまいに笑う。

「多分、私が死んでも生きていても変わらないと思いますから。大丈夫です」

「……は?」

「私が死んで嘆く人はいませんし、死んでしまったらその時です」

 そんなわけないだろうと言おうとして、それがどれだけ残酷な言葉なのか気が付いた。


 リリスは公爵から疎まれ、兄弟からも疎まれ、使用人からも蔑まされている。友人もいない。ただ公爵も体面というものがあるので、リリスの服はちゃんと公爵家の令嬢として恥ずかしくないもので、教養も同様に身に付けさせていた。でもそれしか与えられていない。

「……そんな、寂しいこと言うなよ。もしかしたら、この先、誰かが好きになるかもしれないだろ」

 寂しすぎる世界。

 俺は妹を絶対庇護しなければいけないと思っているのに、彼女の兄たちは何もしないのだ。誰からも大切にされないから、リリスは自分が大切なものではないと思っている。


 俺の言葉に対して、リリスは首を傾げ、頬に手を置いた。本当に意味が分からないと言った様子で。

「申し訳ございません。そもそも、たぶん私は、好きということがよく分かりません。なのでその感情を向けられても気がつけないかもしれません」

 分からない?

 ああ。そうか。彼女は一度すら向けられることがなかった感情なのだ。

「そしてもしも向けられたら……怖いです」

「怖い?」

 何故怖い?

 喜ぶべきことではないだろうか? 誰からも好かれなかったならば、誰よりも欲していておかしくないと思う。


「私にとってあまりよく分からない感情ではありますが、それを互いに持っている家族を見ると、なんとなくですが、うらやましいといった気持ちが湧きます。それはとても暖かく見えるので。でもだからこそ、一度自分の手元にきて、失ってしまう方がより恐ろしいです。真冬の中で暖炉が消えていくのをじわじわと待つぐらいなら、初めから無い方が恐怖を感じないでしょう?」

 愛は無いことが当たり前で、たとえ手にしても、永遠にそれを持ち続けられると彼女は思えないのだ。

「いないと思いますが、もしも私を好きだという奇特な方が現れたら、私は恐ろしすぎて、きっと耐えられません。だからこのままでいいのです。向けられても……どうしていいのか分かりませんし」

 彼女にとって、好きは未知のものなのだ。


「もしも、俺が好きだと言ったら?」

 俺の言葉にリリスの顔は恐怖に引きつった。

 本当に恐ろしいのだ。好きという感情を向けられることが。うらやましいと思うということは、恋焦がれる気持ちは持っているのだろう。でもだからこそ失う方が怖いのだ。

「私に近づかないで欲しいです」

「……俺は、君のことなんて好きじゃない。だから安心して欲しい」

 今はまだ、それは事実だ。

 リリスに対してあるのは好きではなく、罪悪感。まだ、彼女を好きではない。

 そして、好きではないと言った瞬間、リリスはほっとした顔をした。それがどうしようもなく苦しい。


 俺はリリスをしばらく監視した。

 俺の予想が正しいならば、リリスは数日後に何らかの形で死ぬ。でもそれを越えられれば大丈夫なはずだ。

 そして監視を続けたある日、リリスが殺されかける事件に遭遇した。リリスを殺そうとした相手は、かつて俺がリリスを殺したように、勝手に彼女のことを悪女だと思い、彼女の所為で不幸になったと思っているような男だった。

 そして俺は何とかリリス守りきれた。

 俺はほっとした。これで、もう大丈夫だ。

 きっといい未来に進む。そう思った。


 その数日後、リリスは俺の目の前で馬車に轢かれた。

 頭部から血が地面に広がり、リリスの目がガラス玉のように光を失う。

 それを認識した瞬間、俺は再び朝食の席にいた。

 心臓がバクバク鳴っている。リリスの断末魔の叫び声が今もまだ耳の奥に残っている。

「お兄様、ぼんやりしていないで、早くご飯を食べた方がいいと思いますわ。遅刻してしまいますわよ」

「……嘘だろ」

 妹が生意気そうな顔で俺を見る。

 でも少しして、心配そうな顔になった。

「体調がすぐれないのなら、部屋で休まれた方がいいと思いますわ」

「……ああ、悪い。少し休む」

 とても朝食を食べる気になれず、俺はふらふらと席を立つ。

 ベッドの上に横になっても、目を閉じても、リリスの死に顔がちらつく。なんで、死んだ? だって、彼女が死ぬ運命は覆ったんだろう?


 そもそもあの馬車は不自然だった。

 突然馬の制御ができなくなったかのように見えた。……誰かが馬に何かしたのか?

 一体なぜ?

 その瞬間蘇る、『そんなに私が憎いなら、永遠に私の死を見ていろ』という言葉。

 俺は、時間が戻る前のことを覚えていられるのは、元々はリリスが持っていた力で、それを俺に渡したからだと思った。でも永遠に私の死を見ていろと言うことは、俺が殺さなくても死ぬ運命だと知っていたということではないだろうか?

 リリスは一体、何度死んで時間を戻っているんだ?

 永遠にということは、それぐらい感じるぐらい、彼女は殺され続けたということではないだろうか?


 常に悪い噂が付きまとい、それをいいように利用して、自分の罪をリリスにかぶってもらおうと思っている人間がいる。

 その積み重ねで、リリスは何度も何度も何度も死んで、そのたびに元の時間に戻りループし続ける。

「……ははは。そりゃ怒るわ」

 彼女は必死に冤罪であることを俺に訴えた。でも俺はそれを信じなかった。

 彼女なりに運命にあらがっていたのに。


 こうなったら、彼女の死を止めるしか、俺が未来に進むことはできない。

 俺は戻って、まずは最初の暴漢事件を未然に止める。これは妹の命もかかっているのだから絶対だ。その後起こる、冤罪により殺される未来を変えて、次に起こる事故を防ぐ。この事故は、リリスを逆恨みをした相手が引き起こしたものだった。

 でもそれを防いでも、また彼女は別の場所で死に、俺は巻き戻る。

 何度も繰り返して分かったのは、俺一人が守ってもどうにもならないということだ。一人の力ではどうにもならない。仲間がいる。なのでまずは妹を巻き込んだ。

 リリスの噂を知る妹は最初は渋ったが、しばらくすれば、リリスの噂のほとんどが嘘であることに気がついた。でも妹がリリスをかばうと、今度は妹の立場が悪くなり、リリスが妹から離れようとする。そして死ぬ。


 しかもこの繰り返しの辛いところは、最初の時点まで巻き戻り、せっかくリリスと妹が仲良くなったはずなのに、すべて無かったことになるのだ。

「……なんだこれ」

 どうすればリリスは死なずに生き残れるんだ?

 俺は積み重ねては崩され、積み重ねては崩される関係に頭がおかしくなりそうだ。

 リリスは間違いなく悪い奴ではない。それなのに仲良くなったはずの妹が、リリスを悪く言う。何故ならばリリスと過ごした時間は妹の中にはないのだ。

 一からまた関係を築く。いつ終わるのか。どうしたらリリスは幸せになれるのか。


「もう無理だ……」

 ある時心が折れた。

 折れて妹の死を防げなかった。悲しいはずなのに、自分の心がよく分からない。落ち込み投げやりになる俺を、友人がリリスの所為でと言い始める。

「違うっ!」

 そうじゃない。そうじゃないんだ。

 リリスはやっていない。なのに、止まらない。

 妹を大切に思っていた男が思い余って、リリスを殺しそのまま自殺した。

 そしてまた巻き戻る。


「お兄様、ぼんやりしていないで、早くご飯を食べた方がいいと思いますわ。遅刻してしまいますわよ」

 妹からかけられる、何度も聞いた言葉。

 俺は妹の死も防げず、妹の友人の凶行も防げず、リリスの無実もはらせない。

「ああ。そうだな」

 逃げることはできないのだ。

 腹をくくるしかない。妹が死ねば、少なくとも妹の友人とリリスが死ぬ。だから防がないといけない。そして心が折れようと、リリスの味方を増やさなければいけない。何故ならば、リリスは殺されるようなことは何もしていないのだから。


「顔色が悪いですけれど、大丈夫ですか?」

 繰り返す日々の中、妹がリリスと仲良くなるように俺もリリスとの距離が縮まる。

 リリスは自己肯定感がなく自分を大切にしようという気持ちがまるでない。それはこれまでの彼女の生活のためだ。彼女は家族に認められない上に、近くにいる使用人にも大切にされなかった。だから自分に価値などないと思い、彼女自身が自分をないがしろにする。

 何においても悪いのは自分だという考え方が癖になっており、酷いことをされてもその原因を自分に求める。


「ああ。大丈夫だ」

「それならよろしいのですが、手をすりむいております。私のハンカチなど使いたくないかもしれませんが、止血に使って捨てて下さい。ハンカチはただの布ですから」

「……ありがとう」

「礼はいりません。むしろ私のハンカチと他の者に知れれば嫌な思いをするかもしれませんので、申し訳ございません」

 それだけ言って、リリスはその場を離れる。

 俺が近くにいると、俺に対して嫌味を言う人間がいるからだ。でもそれはリリスの所為ではない。

 何故かリリスの善意は何でも偽善ととられ、彼女のハンカチは呪われていると陰口が叩かれ、リリスなんかに好かれたら地獄だなと趣味の悪い冗談に使われる。

 何でこの世界はこんなにリリスに厳しいのだろう。


「謝るな! 君は何も悪いことなどしてないだろ。俺は君にハンカチを貰って嬉しかった」

 俺の言葉に、振り返った彼女は奇妙な顔をする。意味が理解できないような、そんな顔だ。特別なことなど何も言っていない。当たり前のことしか言っていない。

 なのに彼女が戸惑う。それが何よりも悲しい。

「……そうですか。あの、申し訳ございません」

 彼女は困ったような顔で頭を下げ去っていく。謝って欲しいわけではない。それなのに、どうしたら伝えられるのか。


 それからも何度も何度も彼女は死に、俺は彼女の理解を深めていく。

 その中で、悲しすぎる彼女を愛し始めたのはいつからだったか。どうしてもリリスを幸せにしたかった。彼女が殺される未来など間違っている。もっと幸せになるべき人だ。

 そう思い、俺はある時彼女に婚約を申し出た。俺はリリスを愛していると。

「ごめんなさい。……この婚約をなかったことにして下さい」

「なんで」

 リリスに嫌われるようなことなどしていないと思う。最初に冤罪で殺してしまったこと以外は。

 もしもそれが原因ならば仕方がない。俺はあの時、冷静に話し合わなければいけなかった。それができず、そんな男は信頼できないというのならば、それは納得できる。でもこのリリスには俺が彼女を殺した記憶は持っていない。


「私は誰かに好かれるような人間ではございません」

「そんなわけない。俺が君を愛している」

「……どうしてもそれを信じられないのです。むしろそれに縋りつきたくなってしまうのが恐ろしいです。初めからないならいいんです。でも途中で失うのは、恐ろしいです」

 ああ。そう言えば、リリスはもっとずっと前もそう言っていた。

 長くいればその気持ちも変わるかと思ったけれど、彼女は死ぬ度に前の時間を忘れて繰り返すから、変わらないのだ。俺の気持ちが変化しても彼女の気持ちは変化しない。


「でも俺は君と婚約する。なぜなら、俺は、君が死ぬ度に時間を巻き戻っているんだ。だから婚約してすぐ近くで君を守らせてくれ」

 信じてもらえないかもしれない。でもリリスを守る上で婚約して近くにいるというのは、とてもやりやすくなるのだ。

「えっ。何故そのようなことに?」

 リリスの疑問に、俺は苦しい思いをねじ伏せて、自分の罪を告白する。許せないと言われてもいい。むしろ許さなくていい。でも、リリスを生かすためには必要なことなのだ。

 話を聞いたリリスは首を傾げた。


「ならば、私が許します」

「は?」

「私が恨みあなたを呪ったことで繰り返しているのならば、呪った本人ではございませんが、私が許します。だから私になんかもう近寄らなくても大丈夫です」

 言われた瞬間思ったのは『切り捨てられた』という言葉だ。

 俺は今、リリスに切り捨てられた。

「なんで。ここまで巻き込んだのは君だろう?」

「記憶にはございませんが、そうなのでしょう。だから、もういいです。許します」

 そう言って離れていくリリスの後ろ姿を見ながら、俺は俺が壊れる音を聞いた。

 リリスを生かすことだけを考えてこれまで繰り返してきたのに、愛を伝えた瞬間切り捨てられた。


 リリスが死んで、それを見送る人生?

 そんなもの、何の価値があるのか。

 その日、俺は初めて自死を選んだ。

 耐えられなかった。自死をしたら今度こそ、繰り返しはなくなるかもしれない。でもリリスが死んだ後の人生を歩む方が恐ろしかったのだ。


 首を吊るという自死をして、俺は次の瞬間、また目を開けた。

「お兄様、ぼんやりしていないで、早くご飯を食べた方がいいと思いますわ。遅刻してしまいますわよ」

「……ははは」

「お兄様?」

 繰り返した。

 そうか。リリスに切り捨てられても、リリスより先に死ねば、リリスが死んだ瞬間にまた記憶を持って戻れるのか。

 ならこの先は、リリスに切り捨てられないようにしなければ。そして切り捨てられたら、リリスが死ぬ前に俺が死ななければ。

「巻き込んでおいて、勝手に舞台を下すなよ」

 リリスを幸せにできない限り、俺は何度だって、永遠に近い時間が経っても、彼女の死を見よう。それが俺に課せられた贖罪だ。勝手に罪を許されてたまるか。


「リリス。俺は君の事なんて好きじゃない」

「……そうですか」

 リリスはこんな言葉では傷つかない。

 当たり前のことを言われたと思っている。せめてこれで傷ついてくれたらと思わなくもないけれど、仕方がない。

 だから俺は上手く隠す。

 俺はリリスのことなんて好きじゃない。リリスのことを愛している。

 愛しているから、切り捨てられないように、その気持ちをぶつけない。もしも伝えられる日が来るとしたら、彼女がその言葉に怯えなくなった日だろう。


 でも優しい彼女は、結局寿命で命を散らす時、【悪役令嬢の呪い】から俺を解放してしまった。それより前に自死も考えたが、泣いて止めてくれと縋られてしまった。

 俺からの愛を受け取れるようになった彼女は、それを失いたくないと泣いた。だから俺もあきらめるしかなかった。

 彼女が死んだ後、どうか彼女が再びループしていないことを願う。もう俺は彼女を守ってやれないのだ。

「神様、どうか彼女を俺が死ぬまで天国に留めてください。それが無理で、もしも彼女がループしてしまった時は、どうか俺の心だけ寂しがり屋の彼女とともに連れて行って下さい」

 もう俺はやり直せない。記憶を持ち越すことはできないだろう。だからせめてこの彼女を愛している気持ちだけは、別世界の俺の中に入れて欲しい。失いたくないと初めて彼女は言ったのだ。

 できれば俺が幸せにしてあげたいけれど、それができなくてもいい。彼女が幸せであるのなら、それだけでいい。


 だからどうか、悪役令嬢に祝福を。

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