第18話 『旅立ちの世界』
一方でGMAの学園長室にゴートルの姿があった。
「学園長。お呼びですか?」
「ゴートル君。留守の間すまなかったな」
「いえ。他の先生方も協力してくれましたし、なによりも生徒たちがしっかりしているので問題は特に……。ゆ、融合を解く方法に関しては進捗はありませんでしたが……」
「うむ。素晴らしいな。この学園を創って七年もの時が経った。君はその時から私に仕えてくれた。本当に感謝している」
「が、学園長……?」
「ずっと考えていたことがあるのだが……」
ゴートルはガッシュフォードの言動になにかを感じ取った。そして、ふと学園を立ち上げた時を思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
七年前。ギラナダの英雄となったガッシュフォードはルメールに一人の男に会いに来ていた。その男の名前はガージェダリオン。ダリオン家はルメール地方を治めていた良家で代々魔導士としての血を受け継いでいた。
当時十八歳になったばかりのガッシュフォードの実に堂々とした立ち居振る舞いにガージェは驚いていた。
「……それで。どういった用かな?」
「はい。このルメールを治めているダリオン家に許可をもらいに来ました」
「……許可とは?」
ガッシュフォードは魔王を封印した後。マリーを救うために魔導のエキスパートを育てるべく魔導学校を建てることを決意していた。それをルメールに決めたのには理由がある。
それはルメールを統治するダリオン家の魔導士としての資質だった。ギラナダでも優秀な魔導士は数多く存在していたが、ガッシュフォードはこれまでの魔力の使い方に疑問を持っていた。魔力は生命エネルギーを消費するため、自分の限界を知る必要があった。とはいえ、それはともすれば自分の身を守るためにリミットをかけてしまう行為と同じ。かつての大魔導士と呼ばれた者たちは身を挺して散っていったと伝記や見聞に載っていた。
それは限界を超えた魔力を使った証であり、魔導の歴史的観点からすれば危険な行為とされ、魔導士たちはそれを侵す行為を禁忌として封じた。
だが、ダリオン家はそれを拒んできた一族だった。魔導具と魔術の融合。無いものは補う。限界を超えずして魔術の進歩はないと常に研究を重ねる一族であった。
ガッシュフォードはその噂を聞きつけてガージェと面会をしていた。
「はい。私はこのルメールに魔導士を育てる学校を創設したい。その手助けをダリオン家にお願いしたいと思っています」
「…………。創りたいなら創ればいいだろう。このルメールは新しいギラナダ王国に名を連ねる決断をしている。これは父……いや。ゴートル家の決断であり、それはルメールの総意だ。ハインス国王だったかな? 君の仲間だったんだろう? ダリオン家の許可など必要ないだろう」
「では学校は創設します。その上でダリオン家のお力を貸していただきたい。魔王を倒したといってもまた同じことは繰り返されます。それに……これまでの魔導の使い方ではそれに太刀打ちすらできない……」
ガッシュフォードは眼鏡を直した。
「ギラナダとは無関係に魔導の未来と可能性を共に創ってくれませんか?」
ガージェは真っ直ぐな瞳の青年が。ギラナダを救った英雄が頭を下げたことに驚いていた。大抵の冒険者は結果を残せば自分は偉いと勘違いするものだ。平和になることは悪いことではないにしろ、それに興じてその後は落ちていくだけ。過去の栄光だけを盾に落ちぶれていく冒険者をガージェは幾度となく見てきた。
「魔導の未来か……。だが、それを人に頼ることになんの意味がある。自らがそれを示していけば良いだけの話だ。それができないのなら創る必要などないのでは?」
「私はこの冒険の前に一人での修行に限界を感じました。そして、出会った仲間との冒険でそれは覆されました。これは私の感じたままのことです。理解はされないのは承知です。ですが、魔力以上に必要なものがあると知らされました」
「魔術に魔力以外に必要なものなどない。バカ息子と同じようなことを口にするとは……君も想いの力は魔力以上のものを発揮できるとでも?」
「はい。それは私だけではなく仲間も感じています」
「バカげているな。話にならない……。君の学校創設は勝手にすればいい。ダリオン家は根拠のないものに力を貸すほど暇でもない。君のそれがいかに馬鹿馬鹿しいかせいぜいあがいてみせるんだな……」
ガージェはガッシュフォードに力を貸すことはなかった。その後、学園が出来つつある頃にガッシュフォードは一人の青年と出会う。
その男はゴートルダリオン。ガージェの一人息子だ。当時十七歳の彼はダリオン家のためにあらゆる可能性を信じて魔導の研究をしていた。
「あなたが魔王を倒した伝説のパーティーのガッシュフォードさんですか?」
「……ああ。君は?」
「私はゴートル。ゴートルダリオンです。先日、父が失礼なことを……」
「そんなことはない。君の父親は優秀であり、当たり前のことを言っていた。私の理想が子供っぽいのだ。気にするな」
「で、ですが……。可能性に蓋をするのは好ましくありません……。父は実直でこれまで生きてきました。あ、頭が固いところは尊敬できません……」
「君の想いと父親の想いは同じではない。ただそれだけの話だ。そうだ。君はこれからなにか用事があるか?」
「い、いえ……。二、三日の休暇をもらったのであなたに会いにきたんですけど」
「では少し私に付き合ってもらえないだろうか?」
「は、はぁ……」
ガッシュフォードがゴートルと向かった先はルメールから西の地にあるロスト砂漠。
ここには七精の風の精霊が住むとされている。ガッシュフォードは以前ここに訪れていた。もちろん、ハインスに精霊と契約させるためだ。
灼熱の砂漠の真ん中でゴートルはへばっていた。
「あ、あの……こんなところになんの用が?」
「約束のものを取りにきただけだ」
その瞬間、ガッシュフォードは詠唱を始めた。それと同時に強い風が砂漠の砂を巻き上げ始めた。細かい砂の粒がゴートルの頬に当たる。
「な、なにを?」
「私から離れるな。来るぞっ」
巻き上げられた砂は徐々に形を成していく。巨大なそれは四本の足で巨体を支えていた。やがて大きな影が二人を照らす太陽を遮る。
「こ、これは……」
「五神……。ルエット。以前会った時よりも魔力が強いな……」
「か、神になにをする気ですかっ! こ、殺されてしまう……」
「少し協力してもらうだけの話だ。君は自分を守ることだけを考えろっ!」
ガッシュフォードはルエットを前に詠唱を始める。それが合図となり、戦闘は始まった。ゴートルはなにもできずにただ傍観することしかできなかった。ガッシュフォードの無限とも思える魔力は止むことなく魔術を発動し続ける。それを見てゴートルは叫んだ。
「あ、あなたが死んでしまう! それ以上の魔力はっ!」
それに気づいたガッシュフォードは眼鏡を直しそれに答える。
「仲間を守れなかったのだ……。これからの未来を見せるまで……私は死ぬ気はないっ!」
ガッシュフォードのルエットへの攻撃は続けられた。二時間ほど経った頃に、ルエットは砂の中に潜り始めた。完全に姿を消して風が止んだと同時にガッシュフォードはその場に倒れた。その様子を見たゴートルは走り寄る。
「はぁはぁ……。さ、さすがに無謀だったか……。ル、ルメールまでの転移魔術を頼めるか?」
「あ、あなたはバカですか……。下手したら死んでいましたよ! ま、魔力だって使い過ぎだ!」
「な、仲間を守りたいだけだ……。これからの未来を……守る……ために……」
ガッシュフォードはそのまま気絶した。ゴートルは転移魔術により、ガッシュフォードをルメールまで連れ帰った。そして、意識のないガッシュフォードを病院へ運んだ。ガッシュフォードが意識を取り戻したのはそれから四日後だった。
その次の日。病室にガージェの姿があった。
「君は本当にバカのようだ。息子から聞いたよ。なんにせよ。無事で良かった」
「わ、わざわざすみません……」
「君は古の言い伝えを信じているのか?」
「はい。そのためにしたことです」
「どうあってもこの未来を守りたいと?」
「もちろんです……。魔王との戦いで仲間を一人失いました。彼女がいなければこの世界は滅んでいたでしょう。そして、彼女がいなければ我々が出会うこともなかった。成し遂げることも……」
「マリーローミットだったかな? 彼女のために自分を犠牲にするとでも?」
「未来を願ったのは彼女です。ですが、その未来を創りたいと思わせたのも彼女です。マリーの想いは成し遂げるつもりです」
「そうか……。ならば私からの頼みを聞いてもらえないだろうか?」
「た、頼み……ですか?」
ガッシュフォードはその後退院し、自らの名前をつけた学園は完成した。
以前より、学園の講師と迎え入れようとしていたアレクサンダース。レオニードと共に出来たばかりの学園長室で今後の方針を決めていた。
「では、アレク君は魔導工学科で主に魔導具の生成。用途や必要性。歴史など。魔導具のエキスパートを育ててもらう。君は魔導具の研究者だ。難しくはないだろう」
「はい。学園長」
「レオニード君は魔導陣形科だ。君の噂は聞いている……。大いに期待しているからな」
「俺のどんな噂を聞いているか知らねーけど……。学園の教育方針は守ってやる。だが、それ以外の指導に関しては口出しはしてほしくねーぞ」
「それはもちろんだ。魔導陣形科を卒業できるものは少ないだろう。私とて同じことだ。それでも君を呼んだのはちゃんとした考えがあってのことだ。好きにすればいい」
「ははっ……。それなら喜んで教えてやるよ。必ずエキスパートを育ててやる」
「頼もしいな。魔導術式科はしばらくは私が教えよう。その上で講師は探していく。優秀な卒業生を講師にすることも考えてはいる」
「が、学園長。魔導学科の講師は……誰が?」
「ゴートルダリオンという男だ。今日は用事があって来れないと連絡はもらっている。彼とは明日にでも会えるだろう」
「ダ、ダリオン……って。あ、あのダリオン家ですか?」
「なにか問題が?」
「い、いえ。門外不出と言われたダリオン家がよく引き受けてくれましたね」
「頼まれたのだ。新しい世界を創ってくれとな……」
次の日から四人での学園創りが始まった。教育方針は根本的に一致していた四人は魔導の未来を見据えて一期生を迎えての学園をスタートさせた。
見舞いから帰ったガージェは息子のゴートルにこう語ったという。
「ゴートルよ。お前の言う想いというものが魔力以上のものを生むと本当に思うか?」
「それは……わかりません。ですが、父上。あのガッシュフォードさんは……誰かのためにそれを成そうとしています。限界を超えたはずの魔力を彼は惜しみなく使っていました。あれは誰かを想えないとできないと私は考えます」
「なるほど……。お前の言ったことをあの男が体現していたと?」
「はい。彼は命を尽くすという考えではなく、命を懸けるといった印象を持ちました。おそらくはマリーローミットさんの夢見た未来に命を懸けているのでしょう。正直、少し羨ましいですよ……」
「そうか……。ならばダリオン家の長男としてあの男の行く末を見てきなさい。これまでの魔術研究の成果は全てあの男に託そう」
「ち、父上。よろしいのですか……」
「私ももう歳だ。死ぬ前に新しい世界を見ておきたくなったのだよ……」
ガージェの頼みは息子であるゴートルをガッシュフォードに育ててほしいというものだった。それには理由があった。ガージェは古の言い伝えを信じていた。そして、ダリオン家の。いや、これからの新しい魔導の命運をガッシュフォードに託したのだ。
古の言い伝えの一編はこうだ。
『五神の争いは世界の終わりを示す。五神の交わりは新しい世界の始まりを示す』
それがなにを示すのかは誰一人わからなかった。研究者たちはその言い伝えに右往左往し、身勝手な解釈をつけ発表を繰り返した。それはやがて時が経つ中で様々な物議がなされ、次第に言い伝え自体は衰退していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゴートルはため息が交じった笑い声を吐き出す。
「……学園長。ようやく決断されたようで。いつその話を切りだされるかと七年間ずっとヒヤヒヤしていましたよ」
「君ならわかってくれると思っていたのだが?」
ガッシュフォードは眼鏡を直しながら笑顔を見せる。
「それで? どちらに?」
「行き先は決めていない。だが、目的は決まっている」
「そうですか……。一色君も一緒ですか?」
「いや。一色小羽は連れて行くつもりはない。彼女は優秀かつ有望な素質の持ち主だ。それ故に間違った冒険はさせるつもりはない。それでも彼女を必要とする日は必ず来るだろう。その時までに君の教育を頼みたい。魔導学科に入れたのはそのためだ」
「わかりました。お任せください」
「急で悪いが明日にでも学園を出る。今一度学園の生徒全員を中央広間に集めてくれ。私から皆に直接伝えたい」
「ほ、本当に急ですね。わかりました。伝えておきましょう」
次の日。学園中が大騒ぎになっていた。学園長が中央広間に集めたとなれば、また小羽の色魔導のようなものが見れるのではないかと生徒たちは胸を躍らせていたからだ。
その小羽はナズとクワナと共に渡り廊下で中央広間を見下ろしていた。
「ガッシュフォード様ってばなにするのかな?」
「挨拶だって言ってたよね? 小羽」
「う、うん。なんの挨拶だろう……」
小羽は口にはしなかったもののずっと思っていたことがあった。ガッシュフォードとの冒険を終えた後にそれは感じたことであった。
――ガッシュフォードさん。また冒険に行くのかな? マリーさんは元に戻ったみたいだけど……。なんか納得していない様子だったし……。
中央広間に鐘が鳴り響いたと同時にガッシュフォードが現れた。後ろにはゴートル。アレクサンダース。レオニード。
そして、その後ろにGMA一期生のドナムース。彼女は魔術科を約三ヶ月で卒業した天才少女と言われていた。次いで魔学科。魔工科と一年も満たないうちにクラスSを取り、魔導陣形科に移った。だが、クラスSは取れずに卒業を迎えた。
当時。ガッシュフォードは卒業の十日ほど前にドナにこう告げた。
「ドナムース君。君はこの魔術科の講師になるべく資質を備えている。その気があるのなら私の持っている全てを君に教えてもよい。どうするかは君が決めることだ」
「も、申し訳ありませんが……。わ、私は今はそれを決めることはできません」
ドナはガッシュフォードの誘いを一度断っていた。そして、卒業式に卒業生代表として檀上でこう語った。
「私は学園長に出会い、この学園の学び舎で過ごしてきた時間を忘れません。そして、この学園にもう一度帰って来る決断をしました。自身が教えられてきたことを教えれるようにGMAの講師になります」
そして、ガッシュフォードの面接と試験をなんなくクリアした。資質と行動力は講師になるべく相応しいと他の講師たちも納得の上でその座を勝ち取ったのだ。
中央広間はガッシュフォードの登場により大歓声に包まれていた。
「相変わらず我が生徒たちは元気で素晴らしいものだ……」
中央広間から校舎を見渡す嬉しそうなガッシュフォードの横顔をドナは見つめていた。
「学園長。珍しくご機嫌のようですね?」
「そう見えるか? 嬉しいのには違いない。皆が成長する姿を見るのは嬉しいものだ」
「それはそうですね。生徒たちは真面目に取り組んでいます。その成果が今の学園を作ってくれたのではないでしょうか。レオニード先生の科以外はですけど?」
「言ってくれるじゃねーか。ドナ。ようやく俺の科でもクラスSを取れたやつが出たんだ。まだ入って半年のやつだけどな。お前よりは優秀だ」
「先生は厳し過ぎなんですよ。それに教え方が雑です」
「うるせーよ。魔法陣は一つ間違えただけで大変なことになるんだよ。俺の教育方針に口出すんじゃねーよ」
「はいはい。もうなにも言いませんよ……」
ドナの言った通り、レオニードの授業はとても厳しいとされていた。創立して七年にして、魔導陣形科でクラスSを取った生徒がようやく現れた。その背景にはただ厳しいだけという訳ではなかった。魔導陣形科は主に魔法陣の成形。召喚。歴史などを習う。魔法陣は極めて難しく、古代の魔導文字を理解しないとそれを成形することは不可能だ。そして、それを発動させる十分な魔力も必要であり、普通の生徒は良くてクラスA止まりで卒業を迎える。もちろん、ドナもクラスA止まりで卒業を余儀なくされた。
「ゴートル君。皆に聞こえるようにしてくれ」
「はい」
ゴートルは詠唱を始める。ガッシュフォードは時計台を背に学園を見渡す。
「諸君。突然集まってもらって申し訳ない」
中央広間は静寂に包まれていた。生徒たちは真剣な眼差しを向ける。
「ガッシュフォードこと私は本日をもって学園長を退任する。以上だ」
その言葉にそこにいた者全員が驚いていた。あのゴートルでさえ突然のことに思わず声を漏らす。
「が、学園長! いきなりなにを言い出すんですかっ! 辞める必要がどこに……」
「ゴートル君。私が学園を離れれば学園長としての立場は邪魔なのだ。これは決断を皆に伝えるための挨拶だ。黙っていたのは済まないが……もう決めたことだ」
もちろん。他の三人の講師も突然のことに反応は示していた。
「学園長……。さ、さすがにそれは……」
「いいじゃねーか。こいつは一度言ったら聞かねーぞ。アレク」
「それはわかりますけど……」
「だったらなにも言うんじゃねーよ。ガッシュフォードの決意を邪魔すんじゃねーよ」
「随分、聞き分けがよろしいんですね。レオニード先生?」
「お前な……。いちいち絡んでくんじゃねーよ」
ガッシュフォードは眼鏡を直し、笑顔を見せる。
「君たちだからこそ任せられると思ったのだ。この学園を頼む」
そして、校舎を見上げ、改めて口を開いた。
「これから私は修行の旅に出る。皆の成長を最後まで見届けられなくてすまない。だが……。この修行の旅は君たち生徒と同等なものである。私個人としての成長は君たちと同じ想いなのだ。これから君たちは私やここの講師を超えなければならない。そのために私は旅に出る決意をした。君たちがこの私の想いを無駄にしないよう……励んでもらいたい。それでは、出発する」
校舎の至るところで生徒たちはざわつき始める。泣く女生徒までもいた。
当然のようにナズやクワナも騒ぎ始めていた。
「嘘……。学園長が辞めるって……」
「いいなぁ。ガッシュフォード様。ナズも冒険行きたいよー。小羽」
「そ、そんなこと言われても……」
「ナズ。お勉強嫌い」
――ガッシュフォードさん……。やっぱり冒険に。
中央広間ではガッシュフォードの出発の準備が行われていた。自らの魔術、魔導具、どのような手段でも転移可能なガッシュフォードであったが、その強い決意を認めたレオニードが転移魔法陣を時計台の下に書き始める。
「ガッシュフォード。行き先はどこだ?」
「ギラナダまで頼む。一度寄っていかなければならないところがあるのでな。それでゴートル君……。君がここの学園長になるべきだ。これは君の父への義理立てではない。君がそうすべき人物だからだ。生徒たちを。この学園を頼むっ」
躊躇いを見せるゴートルは諦め気味に返事をする。
「はい……。といっても早く帰ってきてもらわないと困ります。正直、どう考えてもここの学園長はあなたしかいない。私は学園長代理ということでここを任されます。どうかご無事で……」
「あぁ……」
「できたぞ。さっさと乗れ」
ガッシュフォードはレオニードの書いた魔法陣の上に立った。
「お前が帰ってこなくてもいいようにこの学園は必ず守ってやる。もう一度言う。必ずだっ。……くたばんじゃねーぞ」
「ふっ……。頼もしいな。では詠唱を頼む」
レオニードは詠唱を始める。魔法陣は光り輝いて閃光を放った。
そこにはガッシュフォードの姿はもうなかった。
「学園長はもういない。君たちは認められ、ここにいることを忘れないでほしい。あの時、誓ったことを思い出してほしい……」
ゴートルの言葉にアレクサンダース、レオニード、ドナムース共に笑顔を見せる。
ガッシュフォードは突然の決断により、旅立った。その目的は誰も知らないままに。だが、ゴートルはおおよその検討はついていた。
それは、「魔導の未来こそがこの世界の未来を作るべきだ」とガッシュフォードは常々言っていた。それこそが学園を創ったきっかけでもあり、この世界を救う方法であると信じていた証であった。