みんなざまぁが大好き!!
大前提として、この世界に
「ざまぁみろ」と言う言葉はありません、
「ざまぁ」はそのままの意味で、どこかの異世界転生人が広めた若者言葉だと思って下さい。
「来週からのサマーバケーションには、一緒に北の湖にある別荘に行こう」
「嬉しい!カイト様最高です!あの避暑地で有名な所ですよね?サマーバケーション楽しみです!!」
そんな大きな声が聞こえて来たので、図書館へと続く渡り廊下で足をとめ、声のする中庭を見下ろすと、ベンチで仲良く顔を寄せあっている私の婚約者であるこの国の第二王子であるカイト様と遠い国から集団留学でこのアカデミーに来ている令嬢の姿が見えた。
その姿を見ながら無意識に、
「サマー(バケーション、どう)しようかしら?」
と小さく呟いた私の声を、一緒に図書館に向かっていた友人のミレーが聞き、目を輝かせこちらを見ると、
「フローラ今『ざまぁ……しようかしら?』って言った?とうとうあの二人にざまぁすることを決心したのね!嬉しい!」
と私の手を握り興奮したように話す。
「えっ?ざまぁ?」
何を言われているかわからず、きょとんとした私の周りには、ミレーの言葉を聞いた周りの生徒たちが続々と集まってきて、
「フローラ嬢、俺もざまぁに協力するよ何でも言ってくれ!」
「フローラさま、そのざまぁぜひ新聞部で追いかけさせて下さい!」
「私も!」「僕も!」「うちの部も!」
と口々に喋って行く。
「大変!私、お父様にすぐ伝えなくちゃ!」
と、走って行ったのは旧四大公爵家であり、この国で多くの病院を経営しているフォレス家の令嬢だ。
「俺も、お祖父様に伝えないと!」
旧侯爵家で、今は大きな商業施設を経営しているロード家の令息もそう言うと、あっと言う間に姿が見えなくなった。
周りの尋常ではない盛り上りに、フローラは聞けなくなってしまった。
『ざまぁって何?』
と。
その騒ぎがはじまった時、件の第二王子と令嬢は騒がしい渡り廊下を見上げ、その中心にいるフローラの姿をみていまいましげに、
「あの騒ぎ、またフローラか!」
「私怖いです。きっとまた、私の悪口をみんなに言ってるんだわ!」
と言いながらその場を立ち去ったので、みんなが騒ぐ内容まで聞いていなかった。
もともと人の話を聞かない二人ではあったが……。
騒ぎが落ち着いた後、思い切って、
「あの、ミレー、私、実はざまぁ(の意味)ってよくわかりませんの」
とフローラは聞いてみたのだが。
「大丈夫!ざまぁ(の仕方)が、わからなくても、みんな協力するし、あっ、今から図書館に行くし、ざまぁで有名な物語を選んであげる!今流行ってるからいっぱいあるし!」
と、ミレーは答える。欲しい答えではないが、わかったことがある。
なんと、「ざまぁ」は『流行っていて』『物語にもなっている』
らしい。
図書館で、ミレーおすすめの三冊を勉強のために選んだ他の二冊と一緒に借り家に帰る。
早足で自室に向かうフローラは途中、執務室から出て来た兄と顔を合わせた。
「聞いたよフローラ、あのバカ王子にざまぁするらしいじゃん」
「あっ、そうなんです、お兄様もうご存知なんですね?」
「あぁ、知ってるよ、名だたる家にはもう伝わっているんじゃないかな?かわいいフローラの為だから協力もおしまない、そうだ我が家の記録水晶を使うといいよ、設置場所についてはこちらにまかせてくれ」
名だたる家には伝わっているらしい、そう言えば今日の集団に郵便事業をになう家と大手新聞社の家の令息、令嬢がいた気がする。
「ざまぁ」の意味がわからないまま、話が大きくなっている事に顔を青くしたフローラに、
「そんなに不安にならなくても大丈夫だよ、みんなに任せておきなさい。若い人にはざまぁは大好物みたいだし、うまくやってくれるよ」
兄はそう言うと、頭をやさしく撫でてくれる。
そのあたたかさに気持ちが少し落ち着いたフローラは大事なことを思い出した。
「あっ、お兄様もう一つ大事なことが、カイト様が留学生の令嬢とサマーバケーションに北の湖の別荘を使うらしいのですが、どうすれば、、」
兄はそれを聞き、すっと目を細めると、
「あのバカ王子そんなことを?それはお父様に伝えておくから問題ないよ。」
そう言うと急ぎ足で父の執務室へと向かって行った。
その後ろ姿を見つめながら考える。
いまだに「ざまぁ」が何かわからないけど、『記録水晶を使う』らしい。あと、『若い人には大好物』でもあるらしい。
その夜、ベッドの上でヘッドボードにもたれたフローラは、ミレーが選んでくれた三冊の本をペラペラとめくる。
内容を要約すると、それぞれ
『王子とその浮気相手に罠にかけられた王子の婚約者の話』
『王子の婚約者にいじわるなことをされた庶民あがりの少女が王子と真実の愛をつらぬく話』
『継母と義姉にいじめられた娘が王子に見初められる話』
である。
ここに、「ざまぁ」の正体が書かれているんだと、気を引きしめると、まずはその一冊に手をかけた。
◇◇◇
「は~面白かった」
三冊目をパタリと閉じ、感嘆の声を出す。
もっぱら勉学の本ばかり読むフローラにとってこう言った本を読むのは久々だ。
娯楽色が強い読み物なので、二時間ほどで三冊読み終える事ができた。
『……でも』
と考える。
『この三冊の共通点って何かしら?』
しっかり勧善懲悪であるが、三冊とも登場人物の立場はそれぞれだ、婚約者はこちらの本ではヒロインだがこちらでは悪である、王子もヒーローだったり悪役だったり。舞台も王城を舞台にしたのが二つとあとは学園もの。イベントも舞踏会があるのが二つとあとは剣と魔法による戦いがメイン。
三冊に共通していない。が、
「あっ、、!」
三冊の結末を思い出し閃く。
「……妊娠、出産!!」
罠にかけられた婚約者は助けてくれた護衛騎士と結婚し、その騎士そっくりな男の子を産むところで話が終わった。
真実の愛で結ばれた二人も三男二女にめぐまれ、その姿を微笑んで見守る所で終わった。
継母と義姉から王子に助けられた娘は双子の赤ちゃんを産んで幸せにくらしました、で終わった。
「ざまぁ、って出産のこと?」
いやでも何を略してざまぁが出産に?そういえば、、
三冊とも夫からの「◯◯俺(私)の子を産んでくれてありがとう、おつかれさま」と言う言葉があった。
「おつかれさまの語尾からざまぁ?」
いや無理があるか?
そうして、フローラは今日の出来事を思い出す。
病院を経営しているフォレス家は最近出産に特化した産院を建てたことで有名だ。
ロード家も最近この国でおめでたい出産のニュースがあってから、その記念グッズやあやかった出産が増えベビーブームがあったので、ベビー用品の専門店をオープンさせた。
ベビーブーム!!そう、言い方は悪いが出産が流行っている。
お兄様が使うといいと言った記録水晶はまだ一般に知られていない貴重なものだ、それをお兄様が前に使ったのは確か、、
「!!お義姉さまの妊娠経過を録る時と出産の時だわ!」
それと、若い人に大好物、、、そう思い同級生たちの会話を思い出す。
「ポムののったパンケーキ最高!」
「ポムジャムもいけるよ」
今、この国では隣国から新しく入ってきたポムという果物を使ったスイーツが大人気なのだ。
ポム、ポム、そうだ!確かあの資料に書いてあった!
フローラは今日図書館で借りてきた隣国の本をパラパラとめくる。
「これだわ」
『酸味は悪阻時期でも食べやすく、その栄養価も高く、一日一個食べると病気にかかりにくいとの観点から、妊娠中に食べるとよいとされている、また産褥期にもよく食べられる。』
「……これ、決まりじゃない?」
でも、フローラは妊娠などしていない。
ミレーは「あの二人にざまぁ」と言っていた。
文法的にはおかしいが、最近の若い人たちの話し言葉は常識に囚われないところがあるし、ミレーもよく変わった言葉を使っている。
『終わった』を『オワタ』とか、、
それはさておき、
「それなら出産するならあの令嬢?」
そういえば、あの令嬢を見かけるたびに、口に手をあて気持ち悪そうにしたり、よろめいたりしていた。
あれはもしかして、、
「悪阻!?」
大きな声を出しそうになり必死で口をふさぐ。
みんなの中では私が「ざまぁしようかしら。」と言ったことになっている、それなら私があの二人の出産のフォローをしないと行けないのよね?
その為にも。
「早目に婚約解消しないと」
そう呟きながら、まだドキドキする心を落ちつかせる。
(それにしても、皆さんよく周りの方を観察してらっしゃいますわね、ご令嬢の妊娠に気付きませんでしたわ。お義姉さまの妊娠も私が一番気づくの遅かったですし、、)
一度気になったことを考えはじめると自分の世界に入ってしまうフローラはそんな事をぐるぐる考えながら眠りについたのだった。
次の日の朝、家族が揃った朝食の場でフローラの父が口を開いた。
「フローラ、昨日ユーリから話は聞いた、別荘のことは大丈夫だから気にしなくいいよ。それよりフローラはこのサマーバケーションの別荘行きはどうするんだい?」
「ありがとうございますお父様、別荘はこのようなことがあったので、今回はやめておこうかと……」
「そうか、フローラが行かないと使用人たちが悲しむな。わかったそう伝えておこう」
「あとお父様!」
「なんだい?」
「あの、早目に婚約解消をしていただければと」
「あぁ、そこまで決心してるんだね、今までフローラが何も言わないから動けなかったけど、そうと決まれば今日のうちに話をつけてこよう」
婚約は三日後には解消された。
話はトントン拍子に進む。
フローラの勘違いもどんどん進む。
それからサマーバケーションまでの一週間、フローラの周りは慌ただしかった。
アカデミーの生徒たちは、何かコソコソと動き、兄も忙しい間をぬってアカデミーを訪れていた。
びっくりした事に、何人かの令息からは
「僕と(俺と)一緒にざまぁしよう」
と誘われ、その意味を考えたフローラは
(こんな昼間からそんなお誘い!しかもお付き合いもないのにいきなりざまぁを一緒になんて)
とびっくりしてお断りをしたのだった。
相変わらず、カイト殿下のお相手を見かけると、こちらを向き気持ち悪そうにしたり、横を通ったあとに踞ったりしている。
(悪阻は個人差があるとはいえ、サマーバケーションに旅行なんて大丈夫なのかしら?)
と心配になるくらいだ。
ーーーーそうしてサマーバケーションが始まったーーーー
別荘行きを断念したフローラは、フォレス家の病院やロード家の商業施設などを、忙しく訪れる。
家業の手伝いや将来の仕事の為である。
そんな時、行く先々でカイト殿下とお相手の令嬢の姿を度々見かける。
やはり、気分を悪そうにしたり、こちらを向いて怒鳴る様子も見られる。
妊娠中は感情が高ぶりやすいと聞くーー
(せめてカイト殿下がきちんと支えてあげて欲しいものですわね)
と思いつつも忙しいフローラは声をかけることなく、その場を立ち去る。
それにしても今年のサマーは暑い、婚約を解消したので殿下は我が家の馬車を遣えないはずである。
(公共の馬車は混んでいるのに、悪阻のひどい時期にこの暑さの中お出かけなんて大丈夫なのかしら?)
またも心配をするフローラであった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、新学期。
馬車を降りたフローラの前にカイト殿下と、不安そうにその腕につかまるお相手の令嬢が立ちふさがった。
立ってられないくらいに、身体の調子が悪いのだろうか? なぜか健康的に日焼けしている二人を見ながらそう思う。
「フローラ!!お前に言いたい事がある!」
突然、大きな声で叫ばれ、登校中の生徒でごった返しているアカデミーの正門前は騒然とした。
「えっ、こんな朝一から?」
「ちょ、まだみんな揃ってないのに」
「俺、みんなに伝えに言って来る」
みんなの騒いでいることは良くわからないけれど、無視できない言葉を誰かが呟いた。
「こんな所でざまぁがはじまるなんて!」
と、
それを聞き、
(こんな所で出産?いえ、まだそんなにお腹が大きくない? でも震えてらっしゃるわ。母体が危ないんじゃ?)
と真っ青になったフローラは、どうしようかとオロオロとする。
そんな中、ロード家の令息が、カイト殿下の前に出て、
「カイト様、こんな場所ではなく、皆が揃ってから皆の前での方がいいのでは? 丁度この後の式の為に講堂の準備がしてありますからそちらはいかがですか? 招待客も多い方がいいですね?お父上もお呼びしてきますね」
と良く響く声でそう提案をする。
カイト殿下とお相手の令嬢は満更でもない表情をしたかと思えば。
「そっ、そうだな、そうしてもらおう、そういう訳だフローラお前も後程講堂へ来い、逃げも隠れもするなよ!」
と吐き捨て、講堂へと向かっていった。
「本当、あの馬鹿、考え無しの行動には困るよなー」
「あっち誰も味方いないしなー」
「だから誰かあっちについて、誘導しろって言ったじゃん」
「誰もつきたくないよー」
「この暑いのにあんな暑苦しい二人の側にいたくない」
なんて、その後ロード家の令息をはじめとした生徒が話していたのは、それどころじゃないフローラの耳には届いていなかった。
◇ ◇ ◇
「フローラ=レイク! そなたとの婚約をここで破棄させてもらう!」
講堂の壇上で、カイト殿下はそう叫ぶ。
(?????)
予想外の展開にフローラの頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。
「はるか彼方の地からこの国に来てくれている、聖女のようなこのベリー嬢への非道な行いの数々! そなたが俺の婚約者だとは世も末だ!」
「そうよ、わざわざ来てあげたのに!」
(あの令嬢のお名前ベリー嬢というのね、紹介もなかったから初めて知ったわ。ベリーといえばかの国で有名な果物だったかしら?)
そんな事を考えるフローラの気付かない所では、同じく集団留学で来ている面々が、顔を横に振りながら慌てている。
『いや、うちの国が頼み込んで頼み込んで許可していただいた留学だってみんなわかってます、彼女にもちゃんと説明したんですけど』
『来年以降の留学枠を減らさないで下さい、お願いします。』
「俺はベリーと出会って、王族の役割を再認識したのだ! そしてこの国がおかしい事にも気がついた!俺は王族の誇りを取り戻す為に立ち上がる事を決めた!これはベリーのおかげだ、フローラお前は婚約者として俺をたてることもしなかったな!」
「そうです!カイト様は王子さまなんだから、もっと大事にしてあげるべきです!」
(そういえば、さっき私が非道だと言っていたわね、婚約解消が遅くなったことを言っているのかしら?)
また気付かない所でカイトの父親が周りに頭を下げている。
『いや、幼い頃からちゃんと教育は、、最近も何度も説明したのですが』
『王族の立場きちんとわかっています、はい、何とぞ』
「断罪すべきはフローラだけでは無い! マイク=ロード前へ
来い!」
「いきなり、俺からかよ~」
面倒くさそうにロード家の令息が出てくる。
「頑張れ~」「ファイト!!」
周りから応援の声も聞こえて来る。
ちなみに先ほどから、フローラは思考の波の中にいて断罪劇を見ていない。時たまベリー嬢をチラチラ見て倒れないか心配しているが。
(あっ!ベリー嬢、腰に「妊婦マークのマスコット」を着けてるじゃない!あーあんなに目立つ所に着けてたなんて、気付かなかったわ!)
なんて、別のことを考えている。
壇上ではカイトが叫ぶ。
「マイク=ロード、お前は大きな商家だということにおごり、客を選ぶという、非道な行動をとった!何より王族を出入り禁止にするとは何事だ!!」
「そうよ!世界のトップと言われるあの店でカイト様がドレスを買ってくれようとしたのに、お店にも入れなかったんだから!」
「そこまで言うのなら……」
先ほど同様よく響く声を少し低くしてマイクは答える。
喋り一つで伝説的な販売数を叩き出した彼の言葉は説得力を持っている。
「あなたがツケで買い物した商品代金を払ってもいましょうか、これだけ踏み倒していて今まで出入り禁止にならなかった方がおかしいでしょう」
そう言いながら、隣に立つ秘書が持つ分厚い書類の山を受け取りカイトに突き付ける。
カイトはその書類に目を通すと、顔を青ざめ、
「なんだ、この書類は!ツケでなどという言葉を使うな!俺が欲しいと言ったものを受け取って何が悪い!王族の俺が身に付けることで宣伝効果もあるんだ、幸せだと思え!」
と意味不明な持論をわめく。
「はーーーっ、、」
大きなため息が聞こえる。
「そもそも、あなたがうちの店で買い物が出来るのはフローラ嬢が婚約者だったからだ。レイク家の商売の勉強の為の目利きを養うために、ツケという形で買い物をしているだけだ、将来あなたがフローラ嬢と結婚したらレイク家に就職しその給金から返すことになっていると説明があったはずだが… まぁ将来の婿殿のために一旦レイク家が肩代わりしてくれていたから、うちに損はないんだけどね」
まるで初めて聞いたかのような顔をするカイトと話の内容がわからないベリー嬢。
フローラは自分の名前を呼ばれた気がして顔を上げる、と、マイクと目が合いにこやかに微笑まれる。
(いつの間にかカイト様はレイク家のマイク様とお話ししていたのね、にこやかに笑ってらっしゃいますが、ベビー用品の話し合いについてうまく行ったのかしら? まだ性別がわからないなら選ぶのも難しいわよね~)
などと思い、笑顔をお返しすると、出産祝いについて考えを巡らせはじめまた壇上から視線を反らす。
マイクはその笑顔に満足げな表情を浮かべると、カイトの反論を待たずに元の場所へと戻る。
ワンテンポ遅れて、我に返り辺りを見回したカイトは一人の令嬢を目ざとく見つけると、歪な笑みを浮かべ
「ヒーリン=フォレス嬢、そなたにも不敬罪の疑いがある、こちらに出てこい!」
と、また叫ぶ。
呼ばれた小柄な令嬢は
「……不敬罪って笑」
と漏れでる笑いを抑えながらも、どうどうと前に出てくる。
大人しそうな外見をしているが、大病院の後継ぎとして学生ながら命の現場に立つ彼女は肝がすわっている。
「そなたは、すべての人に平等を誓う医療に従事しながら、俺とベリーの診察を拒むばかりか、病院に入ることさえ止めるとはどういう事だ! よりによって王族の診察を拒むとは!!」
「そうですよー。転けちゃった脚すっごく痛くて、世界一キレイな病院で診てもらうの楽しみにしてたのにー!それに今入院している世界的な音楽家のお見舞いにも行かせてくれるって約束だったのに!王子さまを締め出す病院なんて最低です!」
その言葉にカイトは慈悲深い聖女を見るような熱い視線をベリーに向ける。
それを見て白けた顔をしたヒーリン嬢は、その小さな身体から出るとは思えないほどの大きな声で答える。
「ええ、我が家の病院はすべての人に平等な医療提供を!!を掲げておりますが、王族については別です。王族の方が入れる病院は決まっております、それは王族法にも記載されてますが、ご存知ないですか?」
「王族法?」
「それに、お話に出ていた音楽家の方はフローラ嬢の従兄弟ですから、今まで一緒にお見舞いに来れただけであって、赤の他人のあなた方が入れるわけないでしょ!そもそも今回は本人が入院を公表してるから良かったものの、誰が入院しているかとかの情報を漏らさないで下さらない?」
「そっ、それはともかく、俺は今までお前の家の病院で診てもらっていた!それを急に王族法だとわけわからない事言い出して締め出すとは!」
「そうです、意地悪です、不敬ですよー」
ヒーリン嬢は貼りつけたような笑顔のままで答える。
「それは、婚約者のフローラ様が一緒だったからですよ。レイク家が開発した医療器機の性能を試すために、お二人が治療を受けてたんじゃないですか? 仕事ですよ仕事、まぁカイトさんは医療器機の知識がまったくなく、メンテナンスにも現れませんだけれど」
そう言ってにっこりと笑う。
カイトはまたしても初めて聞いたかのような顔をし、ベリーはポカーンとしている。
フローラはまた自分が呼ばれたような気がして顔をあげると、こちらを見て可愛く微笑むフォレス家のヒーリン嬢と目が合った。
彼女はいつも「フローラお姉さま」と言って慕ってくれる妹のような存在である。
(いつの間にかヒーリン様とカイト様がお話ししてたのね、笑顔と言うことは、出産の段取りがついたのかしら?あちらの産院は人気があるから今からの予約は難しいと思ったけど良かったわ)
と思い、ヒーリン嬢に笑顔で小さく手をふると、すべての人が予約なく診てもらえるようになるにはどうすればいいかしら?とこの国の医療事情について考えはじめた。またしても上の空である。
フローラから手を振ってもらったヒーリンは、「尊い!」と呟くと、今度はベリーに向かい、
「あと、そこの貴方!腰に着けているマスコット!それ貴方のじゃないでしょ、盗難届けが出てるのよ」
「なっ、違いますーこれは私のですー。泥棒あつかいしないで下さい!これ持ってると幸せになるって噂だし可愛いしでなかなか手に入らないのをやっと手に入れたんですからねー、どこのお店も意地悪して売ってくれなくて大変だったんですから!」
とベリーは胸をはる。
頭を抱えてヒーリンは答える。
「可愛いから、欲しいって、あなたそれが何かわかってるの? この国で妊婦である事の証明に持ち歩くマスコットよ。産院で渡すものだからその辺りのお店で売ってる訳ないじゃない。それに、そのマスコット一つ一つにはどこで体調を崩しても大丈夫なように妊婦さん本人の情報が記録されているんだから、調べたら持ち主わかるのよ」
さっとベリーはこれ見よがしにつけていたマスコットを両手で隠すが、いつの間にか配置されていた憲兵に取り上げられていた。
「どろぼー」
と叫んでいるが、どちらが泥棒かは一目瞭然である。
その姿を見て満足したヒーリン嬢は自らの席へと帰って行く。
またしばし固まっていたカイトは我に返ると喚き出す。
「そっ、それはそれとして、どいつもこいつもフローラフローラとうるさい! 元々フローラがベリーに数々の非道な行いをしたのだぞ、アカデミーの廊下でフローラを突き飛ばしたり、陰で中傷したり、、ベリーはフローラの顔を見るだけで、気分が悪くなるほど精神をやられていたんだぞ!挙げ句にその権力で我が家の別荘を使用不可にし、馬車の使用も制限した、どうせ金を積んで命令したのだろう!そのせいで別荘まで行ったのに門前払いをうけ、街へ行くときは暑い中を歩くはめになった!俺とベリーの真実の愛に嫉妬したとはいえ行きすぎた行動だ!」
『『あー、それであんなに日焼けしてるんだー!!』』
講堂の中の皆の疑問が一つ解けた瞬間だった。
そんな皆の間をカツカツカツと音を立てながら進み、一人の青年が前に出てくる。
「我が家の別荘? 馬車?どの口がそんな寝惚けた事を言っているんですか?」
フローラの兄、ユーリである。
『キャー!生ユーリさまよ』
『年々素敵になっていらっしゃる』
『今日来て良かった~』
令嬢たちから黄色い声が飛ぶ。
アカデミーの卒業生であり、卒業後はこの国の顔とも言われるほどの活躍をしているユーリは、結婚して子どもが産まれてもなおアイドルのような扱いを受けている。
仕事先の他国で知り合った王女と恋に落ち、この国に連れ帰り結婚した一連の流れは劇の題材にもなっている。先ほどその王女が可愛い双子のベビーを産んだことで、この国にベビーブームが起こったほどだ。
フォレス家の産院もロード家のベビー用品のお店も彼女の妊娠、出産がきっかけとなり出来たようなものである。
そのユーリが言葉を続ける。
「そもそも、、」
「北の湖の別荘も、馬車も我がレイク家のものですよ? いつからあなたのものになったのですか? 別荘や馬車などの贅沢品を王族が持つ事は王族法で禁止されてるはずですが。別荘や馬車を持っていたなら法に違反していた事になりますが?どうお考えですか?」
「そんな馬鹿な!去年まで別荘を使っていても、法に違反など言われてなかったぞ、馬車にしてもそうだ! レイク家が金でなんかしたんだろう!」
「これで、三度目だと思いますがそろそろ理解してください。それはフローラの婚約者だったからです。一緒だったから別荘も馬車も使えたのですよ。まぁ今年のサマーバケーションの別荘行きは遠いのでフローラがいなくても馬車をお出ししたんですけど、とんぼ返りだったんでしょう? 自分の別荘でもないのに毎年使用人たちに理不尽な無理難題を押し付け好き放題、何度もフローラに注意されてたのを聞いてなかったんですか?」
ここでやっと分の悪さを感じ始めたカイトは顔色が悪くなって行く。
ぼーっとユーリの顔に見とれていたベリーは
「えっ!カイトさま別荘も馬車も持ってないんですか!お家はお城なのに!」
と言って、少しカイトと距離を取り始めた。
その様子にショックを受けたカイトは、
「しかし、婚約者なら貸すぐらい出来るだろう!そんな優しさもないのか!」
と食い下がる。
ユーリはそれにため息をつくと、
「あなたとフローラの婚約は、サマーバケーション前に解消されてますよ」
と伝えた。
すかさず、新聞部の面々が『婚約解消!!』の文字がでかでかと載る新聞を広げる。
それを受け取ったユーリは、
「これ、僕も読ませてもらったよ、学生ながら経緯の説明もよく調べてあるし、若い世代の目線も良かったよ、一般の新聞も各紙取り上げていたけれど、それゆ並ぶほどの出来だったよ!」
と褒め称えるとカイトの方を向き
「あなたは新聞も読んでないんですか?」
と馬鹿にしたように話す。
(ちなみにフローラは毎日各紙を読むほど勤勉だが、自分が載った記事は恥ずかしくて読んでなかった)
羞恥に顔を赤らめたカイトは、キョロキョロと周りを見回し、自分の父親を見付けると助けを求める。
「父上!王である父上からも一言お願い事します、事実だとしても、いくらなんでも、馬鹿にされすぎです。ガツンとお願いします!」
その声に、あきらめたように、とぼとぼと威厳のない壮年の男性が前に出ると、決心したようにカイトの両肩を強く掴み話しはじめる。
「カイト、今までいくら話しても理解しなかったが、今なら少しは聞く耳を持てるか? 色々言いたいこともあるだろうが、お前を助けるためにも最後まで話を聞くんじゃ」
その真剣な様子にカイトは息をのみ小さく頷く。
「まず、大前提としてこの国は王制では無い、議会政治を行っている。王族に何の権力もない。我ら王族はこの国に住む民たちに生かされているのだ」
「では何のために王族はあるのですか?」
「はー、そこからか、この国では子どもでも知っている建国物語だぞ」
「元々この国は神竜を助けた一人の若者が加護を受け、王となり国を使ったとされている」
それはカイトも知っていた、だから王族は偉いと思っていた。
「しかし長い王国の歴史の中でその力を過信する王が出てきた。神竜は加護を与えたが人間の世界の事に干渉しすぎる事は避けていて何もいわなかったから、王は悪政の限りを尽くし、民は疲弊していた」
「それで神竜がお怒りに?」
「いや、悪政をしき、国が滅びる事は世界の歴史の中でも多々ある、それも一つの淘汰だ。その王はよりにもよって、その時代に現れた神竜の番の女性を無理やり奪ったのだ、神竜より己のが強いと過信して」
この国の民なら誰もが知っている建国史を語る王を見ながら、皆は思う。
『『なぜ、この父がいながら息子がああ育ったのか?』』と。
「怒り狂った神竜は国を滅ぼそうとしたが、番がこの国の民の幸せを願って死んだのでそれも出来ず、民衆中心の国を作る手助けをすると、番の後を追うように亡くなった」
「その死に際、幽閉されていた王の息子に呪いをかけた。決して民より奢らず、民と同じように生きて行くように。そしてその血は決して絶える事なくこの先の子々孫々まで反省して生きろと。反省し堅実に生きなければ罰が当たるらしいが、歴史の中でそれをした王族はいなかった。お前がはじめてじゃ」
王は深々とため息をつく。
カイトは今日何度目かの初めて聞いたかのような顔をした。
「お前にも物心ついた時から教えていたのにのー。なぜ、今まで聞かなかった。神竜の罰が個人に下されるのか国に下されるのか前例がなかったからのー。議会でも揉めに揉め、フローラ嬢に婚約者になってもらったのだ。何度も嗜められていただろう」
「口うるさいだけだと、、王子である俺の婚約者になって光栄だろうと思っていました」
「才色兼備のフローラ嬢は縁談も引く手あまただったのだぞ、それを国のためだと笑顔でひきうけてくれたのに……」
ウンウンと令息の集団が頷く、婚約を申し込んでいた集団だろう。
「本当になんで、こんな風に育ってしまったのか、、」
「俺、物心ついた時から王族は偉い!民とは違う存在なんだと思っていて、、何と比べていたのか今の王族は落ちぶれていると思っていて、そんな中ベリーと出逢って、彼女からこの国の王族の扱いは可笑しい、王族の権威を取り戻すべきだって言われて、初めて賛同されたから気が大きくなって、、」
涙を浮かべたカイトを王が抱きしめる。
講堂の壇上で繰り広げられる、親子が解りあう感動?のシーンを見ながら、集まった皆は
ーーー飽きていたーーー
『あー王子改心しちゃったよー』
『もうざまぁ展開続かないじゃん』
『王は王族らしく謙虚で優しいもんなー、ざまぁするタイプじゃないか』
『えっ、なに?王を呼んできた俺が責められてるの?』
小声で喋る声が聞こえる。
ユーリでさえも、
『あー馬鹿王子改心したから、記録水晶でせっかく録った冤罪の証拠出せないじゃん』
と心で呟く。
一方、ここまで空気だったフローラは、いまだにうつむいて妊婦の病院問題について考えている、一朝一夕では解決しない問題だが、我が国の妊娠事情に気づかせてくれたベリー嬢に感謝したいぐらいだ。
そのベリー嬢が空気を壊す。
「なんなのよー。話を聞いてたら王さまも王子さまも権力ないじゃん、世界一栄えてるこの国の王族と結婚したら順風満帆だと思ってたのにー。第五王女なんてやってられないし、この国に嫁いだら姉様たちを見返せると思ったのにー、王さまがトップじゃないなら誰と結婚したらいいのよ!」
『『すごい爆弾来たー!!』』
『ざまぁ名物、空気読めない系自称ヒロイン!いや、むしろ空気読んでる!』
『君は立派な役者だよ!!』
ベリーは自国で末っ子第五王女として産まれ、父王に甘やかされて生きてきた。今回も自分の欲求を満たす為に、無理やり集団留学の一員に捩じ込んでもらっていた。
カイトとベリーが偶然近づいた報告を受け、父王とは違い切れ者の皇太子である第一王子がカイトをもて余していたこの国の上層部と手を組んだのだ。
ベリーが問題を起こしたら国際問題を起こした王の責任を問い、失脚させる事が出来るのだ。
なので、若者たちが企てたこのざまぁ劇も大人が脇を固める形で容認されていた。実際、目に余る行いの二人にフラストレーションがたまっていた学生には、いい息抜きだっただろう。
神竜の罰の問題があるので、どんな形で幕を下ろそうと改心させるつもりだったのだが、劇途中でうまく行った。
壇上では、立場が悪くなったベリーが、フローラに意地悪されたとか喚きはじめ、出番が無いと思われた記録水晶が大活躍し、大きな拍手に包まれている。
妊婦マスコットの本当の持ち主もわかり、窃盗だけでなく、国の技術を盗もうとしたスパイ容疑までかかり、ベリーは憲兵に連れて行かれた。
いまだにうなづくフローラの肩をユーリが叩く。
「終わったよフローラ」
顔をあげた二人は人気の少なくなった講堂をキョロキョロと見渡した。
「あの、あのお二人は?」
「あぁ、もう退場したよ、辛い思いさせて悪かったね」
ずっとうなづいていたフローラに兄はそう声をかける。
(辛い思い?)
「あっ、ベリー嬢の妊娠はどうなったのですか?」
「妊娠?あぁあのマスコットは盗んだものだったらしくて、彼女は妊娠していなかったよ、さすがにその辺の分別はあったみたいだ、まぁ今日はこのまま解散らしい、ざまぁも無事終わったし、馬車をまわしてあるからフローラは家に帰りなさい」
そう言うと、兄は講堂を出て行った。
「妊娠していないのに、ざまぁは終わった???」
そう呟き呆然と立ち尽くす。
『結局ざまぁってなんなのよーーーーー!!』
裏設定として、カイトは王が悪制を行っていたどこかの時代のうまれかわりです。
現在の王(カイトのお父さん)は職業『王』として、観光地で有名なお城で観光案内のお仕事をしています。