(現実とは少し)異(なった)世界
世界観の説明とか
まず初めに断っておくが、ここはどこぞの軍の会議室でも、演説用の講堂でもない。
もっと言えば「聴衆」はわずか5人という野球チームにも満たない少なさであるし、先程からしきりにスピーチを行っている女性も、年齢的には少女と言った方がふさわしい。
端的に言おう。ここは学校の教室で、我々はそこに集まって議論をしているだけのただの物好きな集団だ。
「ちょっと棚架? アンタ真面目に話を聞いてんの?」
「へいへい、わかってますって」
そして俺はどういうわけか、その集団に所属している一員である。
「いい? 最初に言ったと思うけれど、これは由々しき問題なのよ」
朱好は机越しに身を乗り出してそう主張する。
今にもまた机を叩き出しそうな勢いだ。
「人類がかつては空想の産物だと思われていた『魔力』を実際に扱えるようになって半世紀。それによって世の中は以前とは比べものにならない位進歩した。だけど私達はその恩恵を十分に受けることができていないわ。それはなぜか!」
我慢ならないと言ったように朱好は目の前の机を力強く叩く。
今かなりいい音がしたが痛くはないのだろうか。
「『魔力』の源が名字…正確にはそこに宿る人々の思いから来ることに気付いた一部の人間がその力を独占したからよ!そして私達の先祖はその邪魔になるため迫害された!」
完全にスイッチが入ってしまった。
これは長くなりそうだと俺は意識を虚空に飛ばす準備を始める。
「結果として今の世の中は『佐藤』をはじめとした名字に『藤』がつく者…通称『藤原一族』によって支配されているわ。彼らが有り余る魔力を使って好き放題している一方で、一族を滅ぼされた私達は先祖から流れてくる力さえ受け取れず、わずかな魔力でなんとかやりくりするような日々を送っている…。そんな理不尽が許されて良いと思う!?」
「「「ダメだ!!!」」」
俺個人へと行っていたはずの演説になぜか周囲の人間が反応している。
それにしても今日の夕飯はどうしたものか。
「だけど私達の先祖は賢かった。藤原一族との戦いに敗れ、改名を余儀なくされながらも、かつての名字の名残を新しい名字の中に残した!もちろんバレたら終わりのそんな危ないことを実行したのは一族の中でもごく少数だったけど、杜撰な管理の目をなんとか誤魔化し、こうして私達は今日まで生き延びた!」
朱好をはじめとした一同は誇らしげに胸を張る。
中には感極まったのか胸に手を当て、俯く者もいた。
冷蔵庫には何が残っていたっけな。
「本来なら私1人でも作戦を実行するつもりだった。一族でも私の一家くらいしかやってなかったこんな無謀なことを他にもやっている一族がいるなんて思っていなかったから。けど実際にはこれだけの同志がいて、そして私達は集った!」
この場の人間はそれぞれに感無量の動作を取る。
ある者は天を仰ぎ、ある者は吐息を漏らし、またある者はニヒルに笑いながらも俯いて隠したその目元には涙が浮かんでいた。
残り物は確か長ネギと鶏肉があった気がする。
「そう、私達は1人じゃなかった。安易によく知られた名前に変えて安定した生活を送ることを良しとせず、知名度も何もない名前で艱難辛苦の日々を送りながらも、決して諦めず、来るべき日に備え着々と機会を伺っていた人間がこんなにもいた!そして幸運にも、私達は知り合うことができた!」
周囲の人間は互いに見つめ合う。
改めて今ここにいられることの喜びを噛み締めるように。
この材料でできるメニューだと…親子丼とかだろうか。しかし、少々マンネリだな。
「今や私達に敵はいないわ。これだけの人数がいればあの藤原一族に対抗することができる!今こそ、私達一族の悲願を果たすのよ!!!」
「「「オオオオオオ!!!」」」
そしてこの場のボルテージは最高に達した。
よし決めた。今日の夕飯は和風カレーにしよう。