第6話:学園ベタ 其の弐・黒板に…
次の日の朝、憂鬱な気分で学校の階段を昇っていると、海梨ちゃんに会った。
「こ、孝介君!」
「あ、海梨ちゃん。おはよう」
「おはよ〜、じゃなくてっ! 早く、早く来て!」
よくわからないけど、なんか焦っている海梨ちゃん。
予想はつくが…。
「うわ…。まったありきたりな方法だな…」
教室の黒板に、
『柴村琢人の親は殺人鬼だった!』
と大きく書かれており、周りにも同じような中傷文が散りばめられている。
「私も今日の新聞で見たけど、まだ柴村くんの親って決まったわけじゃないし…」
「そうだけど、名前まで似てるとなると、ね」
「どうする? 本人が見たら、違っても本当でも傷ついちゃうよ」
「消しておこうか。やっぱり」
「そうだね」
と、僕たちが黒板に近づきかけたとき、
「柴村……」
柴村くんがドアのそばに立ち、黒板を睨みつけていた。
が、すぐに諦めた様に目をそらし自分の席についた。
文字を書いた人達はその様子をニヤニヤしながら、それ以外の人はざわざわとどよめきながら見ていた。
「消そう。早く」
「うん」
しかし、僕と海梨ちゃんが文字を消し終わる頃には、もうクラス全員が黒板の文を見てしまっていた。
それから数日間。
柴村くんは誰とも口を利かず、学校に『ただ来ているだけ』状態だった。
クラスの人は遠巻きにして話しかけようとはしない。
僕は何度も話しかけたが、無視された。
そんな殺伐とした空気が教室の中に漂っていた。
「どうにかならないのかな…?」
これで何回目になるだろうか。独り言を呟く。
教室はいつもの空気。
最早、『いつもの』という言葉が通じるまでになった。
隣では柴村くんが座っている。
ただ、座っている、だけ。
今日もまた。
僕だってこの状況を打破したいけど…。
すると、ガタンと音を立てて立ち上がった人がひとり。
「海梨ちゃん……」
この空気に耐えられなくなったのだろうか、海梨ちゃんが柴村くんに歩み寄る。
一歩一歩、緊張した足取りで。ここからでも震えているのが、わかる。
「……ねえ。本当はどうなの? 柴村くんのお父さんは本当に人を殺したの?」
これまで暗黙の了解で、『禁句』とされてきた言葉を放った。
一瞬にして空気が凍り、重々しい沈黙が教室を支配した。
「どうなの? 言ってくれなきゃわからないよ」
問い詰めてはいるものの、海梨ちゃんの目は、明らかに否定の言葉を求めていた。
「答えてよ!」
その叫びは悲痛さをも伴っていて。
「ねえ!!」
「うるせぇ!!!」
ついに柴村くんが、怒鳴りながら立ち上がった。
手には銀色に輝く……カッター!!
「〜〜〜〜!!」
海梨ちゃんが、目をつむり、声にならない悲鳴をあげる。
そのカッターが振り下ろされ――――
「やめとけ」