第54話:九月は夏に分類しても問題はないんじゃないかと思う
9月1日。
夏休みという夢から覚めて、どうしようもない無気力感に苛まれつつも、見慣れた道で歩を進める今日という日の朝。
天候は快晴、小鳥もさえずる爽やかな朝なのだが、まだ残暑の候である。
「暑い……これは夏だろ」
だからもう少し夏休みを、という意見は、通らないにしても主張くらいはしておきたい。
そんなことを考えているのは、僕だけではなかったらしい。
「あぁめんどくさい。眠い、暑い、だるい。何の三拍子なのよこれは……」
あからさまに嫌そうに、ぶつぶつと誰かが呟くのが聞こえる。
聞き覚えのある声だから知り合いなのは確実だが、ここまで悪態をついているとなると、はてさて誰だろう。
「ん? あら、前園くん。おはよう」
「……おはようございます、先生」
野乃先生だった。
何度でも繰り返そう。この人は本当に教師なのだろうか。
「これでも教師よ。……それで、足の具合はどう?」
「あ、はい。今週末にはギプスがとれます」
今は、現在進行形で松葉杖登校中だ。うちには自家用車がないから、これは仕方ない。
肝試しとかのおかげで、否応なく松葉杖の扱いも上達したから、問題無いんだけどね。
「そう。安心したわ」
それより僕は、先生が教師らしいことを言ってくれて安心しましたよ。
「ていうか先生、徒歩通勤なんですか?」
「今日だけよ。見回りを兼ねてね。夏休みの間に調子に乗った奴らが……、ほら。いた」
先生の指差す先には、明らかに髪色を変えている学生達。
よく見ると同じ学校、しかもクラスメイトだ。
別に、悪い人達ってわけじゃないんだろうけど、僕はあまり好きじゃないグループの面々だった。
「またあいつら……。じゃあ前園くん、気を付けて」
そう言うと、「ちょっとあなた達!」と彼らに呼び掛け、近付いていった。
その手に、墨汁を持って。
たとえ生徒指導だとしても、他の先生だったなら、怒られる程度で済んだだろうに……。
見つけられた相手が悪かったわけだ。御愁傷様。
「おはよ」
「あっ、おはよう」
教室に入ると、数人のクラスメイトと、姿勢正しく読書をしている海梨ちゃんがいた。
「何読んでるの?」
「んー? 昨日ヒノから借りた本」
海梨ちゃんはそう言って、ブックカバーを外し、表紙を見せてくれた。
タイトルは『モロヘイヤとらっきょう、および生クリームについて考える』。
「……まだ続いてたのか、このネタ」
「えっ? 何か言った?」
「いやいや! 別に」
メタ自粛。最近ちょっと多い。
「そうだ海梨ちゃん。今日の持ち物の玉子って持ってきた?」
昨日からずっと気になっていたわけだ。
僕は、さすがに調理はしなかったから、正しくは“卵”なんだけど。
「持ってきたよ、たまご」
「卵? それとも玉子?」
「えっと、たまご……?」
「やっぱり卵だよね?」
「たまごって書いてたよ?」
「えっ? 玉子?」
「…………」
流すことにしたようだ。賢明な判断だった。
「だから卵でしょ? 今日、調理実習があるから」
「そうだったの?」
初耳も初耳、寝耳に卵だ、いや水だ。そんなこと『夏休みのしおり』には書いてなかったはずだけど。
「追加課題、授業中に先生に言われたよ? 忘れちゃった?」
「……多分書き忘れ」
家庭科の授業は、実習以外に楽しみがないからね。だから聞かない、っていうのは無理があるか。
その後、海梨ちゃんからは詳しく教えてもらった。
どうやら、自分でも作れそうな玉子料理を調べてきて、最初の家庭科の授業で作る、というものだったらしい。
言われてみれば、そんなものがあったような気がしないこともない、こともない。
「孝介くんって、真面目なのか不真面目なのかわかんないよね……」
「人並みには不真面目だよ」
だからといって、人並みに真面目かといえば怪しいものだった。
勉強が好きな人なんてのは、勉強を知らないか、勉強しか知らないかのどちらかである、ってやつ。
「海梨ちゃんは明らかに真面目っていう感じだよね。……あっ、不真面目な奴がもう一人」
ちょうど教室に入ってきて、こちらに「うっす」と片手を挙げたのは、不真面目の代名詞こと、タクだった。
「なんか凄い馬鹿にされてる気がするんだけど、俺」
「気のせい気のせい」
「琢人くん、宿題どう?」
いきなり核心を突く海梨ちゃん。
対するタクは、意外にも満面の笑みを浮かべていた。
これは本当にやっているのかもしれない。だとしたらさっきまでの失礼を詫びなければ……。
「もしかして……終わったの?」
「全然っ!!」
タクは何かもういっそ清々しいくらいに言い切った。爽やかにはにかみ、親指までたててやがる。まぁ予想通りなんだけどさ。
「もう少し、内申点とか、気にしたほうがいいと思うよ……?」
「いーのいーの。俺は多分スポーツ推薦だから」
そういえばそうだった。タクのサッカープレーヤーとしての実力は、県内県外でも並なものではないのだ。
だからと言って、サボって良いはずはないんだけど。
「だったら、凩姉はどうなんだよ。あいつが宿題やってくるなんて、考えられねぇんだが」
「いや、人の話じゃなくて……」
「太陽サンサン、課題は散々、おはよーさんっ!」
そこへ、爽やか三組並に“さん”を連呼しながら、凩ひので、突然の登場。
質問をする前に答えを提示するという技は、さすがとしか言いようがない。
「散々って……、ヒノ。私が手伝ったのに、まだ終わってないの?」
「あーっ! 昨日途中で帰った薄情者がおる!」
「いや、もう夜だったはずだよね……?」
「知らんし! 宿題終わらんかったんはカイリのせいやっ!」
「ひどっ!」
「ひどいな」
「それはひどい」
満場一致だった。当たり前だけど。
その後、ひのでちゃんは必死の抵抗(というか、責任転嫁)を試みたが、始業のチャイムによって、あえなくリタイアとなった。
改めて自分の席に座ると、何人かの席が空いている。
あぁそうだ、さっき髪を染めていた人たちだ、と思い当たったのと、教室のドアが開いたのは、ほぼ同時だった。
「………………」
そこには、髪を黒くして、半泣きの彼らがいた。
……何があったかは訊くまい。
昨日更新すると言いながら、今日になりました。
久々に執筆してみたわけですが、オチの付け方というものを忘れてしまったようで、自分でも愕然としております。
1から勉強ですね、これは。
このセリフを何度言ったかはわかりませんが、次はなるべく早く更新したいです。




