第48話:右手にかき氷を、左手に団扇を
ジリリリリリ!!
ジリリリリリ!!
「…………電話?」
相変わらずやかましい黒電話だ。もう少しこう、華麗なメロディを奏でたりしてくれないかな。
ジリリリリリ!!
言って聞くような電話でもないか。
ジリリリリリ!!
「はいはい出ますよー。出りゃいいんでしょー」
ガチャッ
「緑日に行こう!!」
「…………………は?」
そんな夏の昼下がりだった。
ぶら下がるいくつもの赤提灯。立ち昇る湯気。威勢のいいねじり鉢巻き。そして人込みの熱気。
典型的と言えば典型的な縁日だが、別に悪いことではない。むしろ型にはまらない縁日なぞに参加したいとは思わない。遠くから眺めていたい気はするが。
「うっす」
「おお、大丈夫か?」
待ち合わせ場所は神社の鳥居の前だった。ちょうど境内へと続く階段が椅子代わりとなる。松葉杖の僕を気遣ってくれたらしい。
「あれ、こんだけ?」
まさか男二人で屋台を冷やかしに来たわけでもなかろうに。
「いやー、もうそろそろ……っと、来た来た」
ごった返す人込みを掻き分けすり抜けて近付いてくる人影が、二つ。
「ごめーん! 待ったー?」
「アンタに彼氏なんかいないでしょ!」
ちょっとズレたツッコミと共にやってきたのは、浴衣姿のひのでちゃんと……
「……………誰だっけ?」
「登場してないからって忘れないで! 薙松若菜よ!」
「まーまー、そう叫ぶなや。ナギ」
「私はツインテールのお嬢様!? カナじゃないの!?」
「ま、ウチに比べて背は低い……」
「黙らっしゃい! ヒノが高すぎるのが悪いんでしょ!」
……随分とテンションの高いツッコミ要員が登場したもんだ。僕としては肩の荷が軽くなって大助かりなんだけど、このままじゃ立ち位置まで奪われそうで。
「なんやぁ? 嬉しぃなさそうやな。海梨がおらんでがっかりしとん?」
「ち、ちげぇよ!」
「そりゃウチらは、カイリに比べたら千とチの違いやろうけどさー」
「その二つは見た目似てるわよ!」
「わかった!! 千とチヒ○の」
「神隠しじゃねーよ」
ひのでちゃんの言葉が冗談であれ本音であれ、僕から見れば海梨ちゃんに負けず劣らず、どちらも可愛いと思う。顔かたちだけじゃなくて浴衣姿なんかも。
ひのでちゃんは、白の生地に大きな向日葵をいくつもあしらい、ひのでちゃんらしい元気さをそのまんま表現した浴衣。頭の髪飾りも勿論向日葵だ。
対する薙松も、薄い黄緑の生地に、鈴蘭? だろうか。濃い緑の葉と白い花が描かれている。“若菜”という名前をすぐに連想させるような、緑色を基調としたデザインである。
ちなみに、二人とも“右手に綿飴”“右手首に金魚”“左手に巾着”“帯にうちわ”の勇者もびっくりな完全装備。どうやらここに来るまでに、既に縁日を満喫しているようだ。僕らは無視ですかそうですか。
「んで、井戸端はどうしていないんだ?」
「やっぱ気になる?」
「お前らいっつも二人で一つじゃねーか」
「いっつも、っちゅーわけちゃうんやけどな。教えんけど」
「……はぁ。めんどくせぇ」
ひのでちゃん、“教えない”ということは“何か理由がある”だと言っちゃってることに、はたして気付いているのだろうか?
かく言う僕は、その“理由”を知っていたりするんだけど。
「何? アンタ、私じゃ不満だとそう言いたいの?」
「「いえ、滅相もございません」」
薙松から撒き散らされる怒りのオーラに、思わず僕まで否定してしまった。関係ないのに。女って怖ぇ。
「はいはい、んじゃあ行こうか。あっちの射的でおっちゃん倒すで!」
「おっちゃんの体重なめてんだろ?」
「本気でやれば、あるいは!」
どうやらおっちゃんが景品だという前提は絶対らしい。つっこんだら負け、なのだろう。
「まず必要性あるの?」
「だって……ほら。威勢がええやん?」
だからどうした。
「うーん。やっぱりもう一回金魚すくい行く? 結構おもろいよ」
おっ、急にまともになった。
「あのねぇヒノ。またあの親爺さん泣かす気?」
まともに……。
「ええやん。結局一匹しか貰っとらんし」
「成程。今度こそ店を潰す気ね?」
まとも…………?
「あんなん紙が破れたって、枠だけですくえるんが悪いんや!」
「アンタだけよ。そんな芸当できるの」
……断じてまともじゃなかったですね、はい。期待した僕が間違ってました。
「本当めんどくせぇなお前らは……。……ん? あれ、井戸端じゃないか?」
指差す先には、遠目ながらもすぐに彼女と断定できる皆目麗しい姿が、確かにあった。
すれ違う人々は、振り返っては何かを囁き合う。しかし当の本人は全く気付いていないようだ。
「なんだ、海梨来てるじゃない。……にしても一人だなんて危ないわね。ちょっと呼んで……」
「あー、ちょい待ち!」
薙松のもっともな意見に、すかさずひのでちゃんが待ったをかけた。
「どうしたの?」
「よう見てみぃ。ちゃんとボディーガードが付いとるやろ?」
「んんんーっ?」
さっきよりもさらに目を細めて見てみる。すると、雑踏に紛れたもう一人……
「アイツ――――、柴村か?」
そう、今僕の隣にいる紀鷺――紀鷺刀夜の言う通り、只今海梨ちゃんに絶賛片想い中のタクだった。
すれ違う人達だって、そりゃ驚くに決まってる。いくら中学三年生とはいえ、美男美女のお似合いカップル(ではないけど)。
今日にもカッコ内の付け足しが除かれないかなぁ。
せっかく『合コン強制終了作戦2nd・応用版(第40話参照)』を実行して二人きりにしたんだから。
「なんだ、あいつら付き合ってたのか」
「いやぁ……まだやな。まだ」
「“まだ”ってことは、確信があるの?」
「ウチの勘」
「じゃあ信頼できる」
女の勘は鋭い、って言うしな。うん。きっとそうだ。
「ちょっと尾行してみぃひん? おもろそうや」
また突拍子もない思い付きをしますねアナタは。
「そんなことやらないわよ! ねぇ刀夜?」
「そうか? 少し気になるけどな。なぁ前園」
「えっ? あぁ……」
確かに気になる。あの才色兼備の海梨ちゃんと、言っちゃ悪いが抜けているタク。その2人が果たしてどんな会話をするのか。
でもさすがに、他人のプライベートを覗き見するのは気が引けるよなー。
タクだって、こんな状況でアホしたりはしな……。
「あっ…………」
「どしたん? 孝くん」
「タクが縁日のことを緑日って言ってたの、訂正すんの忘れてた……」
相手も確認せずいきなり話しだすもんだから、こっちが面食らってしまった。それで黙っていると、タクが勝手に電話番号間違えたと勘違い起こすし。
「なんやおもろそうやん!」
「じゃあ行きましょう!」
打って変わって乗り気な薙松。やはり誰であっても他人の不幸は蜜の味か。
「見つからないようにね」
「まっかせっなさーい!!」
そうして、胸をドンと叩いたひのでちゃんを先頭に、僕らは人込みに紛れていった。
えーと、つまり孝介と一緒にいた男子は琢人ではなく紀鷺刀夜だったとさ、ということです。
次回、縁日編。
下弦 鴉先生提供『海梨と琢人が2人でデートする話』です!!
はてさて、恋愛経験0な作者に書くことができるのか!? 乞うご期待(?)