第46話:病院と廃病院の違いは生きるか死ぬか
寒い日が続きます今日この頃。
なんで僕は肝試しの話を書いているんだろう……?
季節感がないわけではありません。
今もこたつでみかんを食べつつぬくぬくしております。
医者から夏休みが終わる頃にはギプスがとれると宣告され、逆に夏休み中は松葉杖生活を余儀なくされたことを悟ってから二日。
なぜか僕は郊外の廃病院を前にしていた。
つい一昨日まで入院していて、病院という場所にはすっかり慣れたという自負がある僕でも、それとこれとは話が違う。
いくら昼間とはいえ、殺風景な風景がさらにそのおどろおどろしい雰囲気を際立たせている。なんかもう割れた窓から断末魔の叫びやら何やらの阿鼻叫喚が聞こえてきそうだ。というか、軽く聞こえているのは気のせいだと思いたい。
「こーゆートコって大抵不良の溜り場になっとんやけど、なんかここだけ免れとんよ」
「……それって、かなりヤバくね?」
もっともなタクの感想にも、ひのでちゃんは「心配いらん!」と返した。
「患者の幽霊が出るとか、カルテに自分の名前があったりとか、しゅじゅちゅ……手術中のランプが点いとるとか、そんなんは噂にすぎん!」
「噂は立ってるのか!?」
「行った人が言いよった」
「噂じゃない!! 体験談だそれは!!」
僕のやる気メーターはとっくに零を通り越し、絶対零度に達するが如く急降下。もう帰っていいよね?
「ええー? たっくんは?」
「俺もパス」
「なんでっ!?」
「怖ぇんだよ。ガチじゃねぇか」
「…………カイリも来るのに」
ぼそりと。ひのでちゃんの呟きに、タクの耳がぴくりと反応した。
「あーあ、もったいないなぁ。せっかくカイリを説得してきたのに。苦労したんやけどなー。まぁウチらだけで楽しむしかないかぁ」
「…………………」
明らかに棒読みなひのでちゃんの言葉に、タクの心が揺れている。ついでに目線も揺れている。わかりやすすぎとはこの事だ。裏を返せば純粋ということになるのかもしれないけど。
「カイリも、たっくんが来るって言ったら喜んどったけどなぁ」
これがトドメになったらしい。揺れていた視線がひのでちゃんを向き直ると、
「孝介が行くらしいから、やっぱ行くわ」
「うええ!?」
ちょっと待て!! 僕は何も言っちゃいないぞ!!
「なっ? 孝介?」
「なっ? って言われても」
タクの目が必死さを物語っている。一回否定しただけに、何か言い訳を作らないと立つ瀬がないのだろう。
仕方なく僕は「わかった」と返事をした。松葉杖だけど。
「そうこなくっちゃ!! ……そこでっ!」
「…………で?」
まだ何か?
「これをゴールに置いてきて欲しいんやけど」
そう言って取り出したのは……、
「うぉわっ!!」
「……そんなもん持ってくるなよ……」
ベタっちゃベタ、着物・下駄・おかっぱ頭の三点セットに、無表情なはずが、なぜか微笑って見える白い顔。
世にも不気味な市松人形だった。
「呪われる! 確実に呪われる!」
「それならウチはとっくに呪われとるわ」
「絶対髪が伸びるやつだろ!!」
「切ってきたけん心配すな」
「伸びてたのか!?」
「冗談やっ」
僕、まだ死にたくない! 呪われたくもない! 病院が生きるための施設だと思えなくなる。いや、本気で。
「つべこべ言わずに行ってこんかい!! 置かんかったら肝試しにならんやろ!! それでも男か!!」
「…………はい」
結局はひのでちゃんに押し切られる形で承諾してしまった僕。つい五秒前の自分を恨む他ない。
そして、この約十分後。大方の予想通り、僕はもう一度自分自身の軽率な判断を恨むことになる。
しん、と静まりかえった院内に、ふたつの靴音だけがこだまする。夏だというのにひんやりとした空気を漂わせるのは、かつて病院だった頃の名残だろうか。
それとも、違う何かのせいなのか。
「なぁ孝介。これをどこに置けばいいんだっけか?」
タクが手にした市松人形を差出しながら言った。いや、受け取らないよ?
「確か……、ひのでちゃんが言うには、元集中治療室だったかな」
「ふぅん」
そこで会話は途切れてしまった。現在の集中治療室の有様を想像しているのかもしれない。
「……なぁ孝介」
「何? どした?」
「この人形って、どこに置けばいいんだっけか?」
「…………元集中治療室だよ」
うん、その気持ちは痛い程わかる。何か喋ってないと恐怖心に負けそうだけど、怖くて話題なんか思い付きやしない、そんな心境。
「……なぁ孝介」
「集中治療室」
「……わかった。んで、ここはどこだ?」
「……………うぉい」
適当に歩いたつもりなのだが、いつの間にやら到着したみたいだ。怖すぎて途中の記憶がない。
「……入るぜ?」
キィィィイイ……、と。錆付いた音。乾いた空気。薄暗い部屋。
想像していたのとさほど変わらない、ドラマとかでよくある手術室の光景。
ただ――。ただ少し想像と違ったのは、床にガラス片は散らばっていることとか、メスや鋏が至るところに突き刺さっているところや、それと……。
「な、なぁ孝介……」
「だからここは集中ちりょ」
「じゃなくて。これ、見てみろ」
「……? これは、カルテ?」
そういえばさっき、ひのでちゃんもカルテがどうとか。
「……………………」
まさか、ね。うん、有り得るわけ―――
『前園孝介 中学三年生
・全身複雑骨折および内臓破裂
柴村琢人 中学三年生
・全身の刺し傷により失血』
「………………………」
ちょっと待て。今は何時だいや昼だ。どういうことだこれは!? おばけやら幽霊は夜にしか出てこない設定はどこに行った!?
キィィィイイ……バタァン!!
「「――――!!」」
ドアが、勝手に……。
いやいやいや、いやいや。変なことを考えるな。そう、あれだ! きっと風のいたずらだ!! なかなかやるな、風。いいタイミングで吹いた。うん、並の芸人よりよっぽど空気を読んでる。いやはや恐れ入ったよ、風。この調子ならトーク番組のオファーが増えること間違いない。僕が太鼓判を押そう。なぁに、喋れなくても大丈夫だ。その天性の気まぐれだけで十分やっていけるさ。
……ところで風。一つ気になることがあるんだが、
窓も開いてないのに吹くなんて、一体全体どういう了見だい?
「…………ん」
あれ? 何かおっしゃいましたか、琢人さん?
「すまん!! 孝介!!」
そうして市松人形を投げ捨てた後、ドアを勢いよく開けて一心に走り去るタク。
「えっ……マジ……?」
タクがいなくなったことによって、さらに静けさを増した廃病院。全くの虚無。の、はずなのに。
バンバンバンバン!!
「っ……!! な、何なんだよ……? あれか、また風か? つってもそれ以外考えられないよな、うん。当たり前だ」
独り言を言っていないと。何か安心感を持って聞ける音を聞いていないと。不安で、恐怖で、怯臆で。僕は……僕は……。
バンバンバンバン!!
「ひぃっ……!!」
それからはもう必死だった。慣れない松葉杖を必死に弄して無我夢中に逃げた。何も考えない。何も考えられない。
その間の記憶は無い。
ただ、そんな状態でちゃんと入口に辿り着けたんだから人間ってすごいよなー、と今にして思う。
――もう肝試しなんてこりごりだ。
心底思っていた。
そう。
ひのでちゃんの言葉を聞くまでは。
ちなみに企画の話ですが、ちょっと説明します。
この企画は、決してコラボ企画ではありません。「書いてほしいストーリーを募集」する企画です。その中で、コラボレーションをリクエストするのも可能、と、そういうことです。
ちなみに、一人何度でもOKです。期間は、最終長編が始まるまで(いつだよ
できればメッセージで送っていただけるとありがたいです。
それではー。