第39話:最後のチャンスと明日への決意
「……そっか。そっちにも気付いとったんか。さすがは孝くんや」
「どーも」
だいたい予想はついていた。今日みたいな日は、普通なら、ひのでちゃんが無理矢理にでもやみよを連れてくるはずだし、やみよだってこういうイベントは嫌いじゃないはずだ。
でも、来ていない。
これが何を意味するか、五日前――ナオと再会した日のことを含めて考えれば、おのずと答えは導かれる。
つまり、五日前の続き。
今日あの不良達を黙らせに行ったか、あるいは、それ以前に行って負傷をしたか、だと推測できる。
もちろんそれは、やみよがかなりの実力者であることが前提なのだが、それについては議論する必要などない。
『葉桜の冷たき烈風』と呼ばれるあいつなら。
「でもそれは、孝くんが知らんでええ事や。孝くんが首突っ込まんでええ事や。孝くんには――関係のない事や」
「でも……」
「でも、やない! 孝くんはこっち側の人間とちゃうんやから! 余計な心配はいらん!!」
言い切った後、途端に口をつぐむ。
訪れる静寂。
それを破ったのは、大方の予想通り、僕だった。
「…………そっか。わかった。ひのでちゃんがそう言うなら」
本当は何もわかっちゃいないのだが、これ以上言い合っても意味が無いのは火を見るよりも明らかだ。
「わかってくれりゃええわ。……そんじゃ、明日頼んだで!」
今までの重い空気を断ち切るように、ひのでちゃんは元気に言った。
「りょーかい。頑張ってみるよ」
当たり障りのない返事。それが、精一杯。
「どーしたの、孝ちゃん? さっきの、ヒノちゃんでしょ?」
いつの間に食べ終わったのか、受話器を置いた僕の隣には、ナオが立っていた。
考えたいことはあるけど、ここは切り替えなければ。ひのでちゃんがそうしたように。
「ああ。ちょっと、タクと海梨ちゃんの手伝いをしようぜー、みたいなことを言われてね。何か良い案ある?」
「手伝いって……、告白させるとか?」
「それができれば一番良いんだけど、まぁ、良い雰囲気にさせる感じで」
「良い雰囲気、ねぇ……」
腕を組み、どうしたものかと悩むナオだったが、数十秒後には「よーし!!」と晴れやかに顔を上げた。
「作戦を思いつきましたぜ、ボス!」
と、ナオはビシッと敬礼をきめる。変な回路のスイッチが入ってしまったようだ。
「で、具体的にどんな?」
「つまりねー……」
――(説明省略)――
「……ってので、どうよ?」
「いいんじゃない? シンプルで。複雑すぎたら失敗しやすいし」
「ほんと!? やった!!」
まだ成功もしていないというのに、手を叩いて喜ぶナオ。そして、右手をグッと握った。
「あたしさー、明日には野原見に帰るしね。だから、頑張っちゃうよ!!」
「おう、頑張ろ……って、えぇ!? いきなりのカミングアウト!? 明日帰るのか!?」
「うん。知らなかった?」
「聞いてない!」
「だって、言ってない!」
「なら知るはずが無い!!」
「それもそうだー!!」
納得してくれて嬉しいよ。
ただ、もう少し早く気付いて欲しかったな。
「ま、そゆことだから。明日の夕方くらいの電車かな」
つまり、明後日ここにナオはいない。
多分、これから会うこともほとんどないだろう。
――このままでいいのか?
僕は僕に尋ねる。
――良いわけないだろ。
僕は答える。
三月。僕は何も言わずに野原見を去った。
想いを伝えぬまま姿を消した、臆病者。
神様という存在が本当にいるとするなら、この三日間は、神様がくれた最後のチャンスなんじゃないのか?
だったら、それを無駄にはしない。
今度こそ、今度こそ僕は――
「おーい! こーちゃーん!」
はっ、と我にかえると、僕の目の前でナオが手をひらひらさせていた。
「どしたの? 考え込んじゃって」
「あぁ、ごめん。中世ヨーロッパ貴族による民衆への圧政と水溶き片栗粉の性質との関係性について考えてた」
「ふぅん……。言われてみれば、何か関係がありそうだよね……」
無いから。ボケただけだから。つっこみを期待してたんだから。真面目に返されると困るから。
「…って、なーんでーやねーん!」
「一拍遅い!!」
もう地の文を挟んじゃったよ!!
「まぁまぁ、メタ発言はそのくらいにしようよ。登場人物として」
「言ったそばからメタ発言するなよ」
「えー、だってー……」
閑話休題。
「……ごほん。つまり、明日作戦決行ということだ。場所は……、葉桜駅前通り」
「おっけぃ! じゃあタクくんと海っちに連絡しなきゃね」
「あ、それは僕がしとく。ナオは先にシャワー浴びてこいよ」
「はーい。こーちゃんに任せたからね!」
そう言うと、ナオはどたどたとリビングから出ていった。
――独りになって、呟く。
「……明日、か」
次が最後のチャンス。
今度こそ、ナオに伝えよう。
たとえ届かなくたっていい。
僕の素直な気持ちを――――
ばたん。
あたしは後ろ手でドアを閉め、はぁぁ、と深いため息をついた。
ふと頭をあげると、正面の窓にはあたしが映っている。
顔が強張り、緊張しているのが自分でもわかるような表情。
「大丈夫」
あたしは言う。目の前の自分に向けて。
「大丈夫。あたしなら、できる」
不安を振り払うように、そう、言い切った。