第37話:一方その頃。葉桜郊外にて…
今回は更新が早かったですね。
良かった良かった、とホッとしているのは作者だったりします。
では、前回までのシリアスとは打って変わった37話!
葉桜町郊外のとある廃工場。
周りの空き地には背の高い草が生い茂り、いかにも近付き難い雰囲気をかもし出していた。
実際もその通りで、人が中にいるなどといった事は全く聞かれない。
しかし、草をかき分けた先、工場の正面入口には、黒の学生ズボンに派手な色のTシャツ、そして完全に染めているであろう赤髪の高校生が一人、辺りを見渡しながら立っていた。
そして夕方となり陽が傾きだした頃、その高校生は何かに驚いたように目を見開くと、すぐさま工場内に入っていく。そして、
「片桐さん!!」
そう赤髪が呼び掛けると、工場内にいた十数名の高校生らしき人のうち、最も体格の大きい金髪の男が振り向いた。
「どうしたっつーんだ、毬川? サツが来たってんじゃねーんなら邪魔すんな。ぶっ飛ばすぞ」
「!! い、いえ…。サツではないのですが…」
片桐のドスのきいた口調に、赤髪……毬川は恐れおののきながらも答えた。
「『奴』が独りでこちらに向かっています…!」
「ほほお……。俺達に独りで歯向かおうなんざ良い度胸じゃねえか。んで、その常識知らずのバカは誰なんだァ?」
まぁこの辺りで俺に逆らう奴はいねぇから名前なんて知るはずもねぇか、と言って片桐は哄笑したが、その予想は大きく外れることとなる。
「……『冷たき烈風』、です」
同時に、ドォン!! と、工場の大扉が倒れた。
燃え盛る夕日を背景に現れたのは、長い黒髪の少年。
「なっ……。来やがったか…! おい、テメェら! やっちまえ!!」
片桐の号令一下、不良たちが手に手に武器を持ち、少年に襲いかかる。その様子を驚くことなく見ていた少年は、全くの丸腰である。しかし、最初の不良が金属バットを振り上げて突進してきた時、やにわにアクションを起こした。
まるで武器を持っているかのように、片手を斜めに振るう。
もちろん、何が起きるわけでもない、はずだった。
気付けば、不良の手にあるのは根元だけになった金属バット。
「なっ…んだと!?」
と、驚愕の表情を浮かべた不良だったが、次の瞬間には、少年の腕を薙ぐ動きに連動するかのように真横に吹っ飛んでいた。
工場内に驚きと戸惑い、そして何より恐怖が渦巻く。
「テメェら、中坊相手に何ビビってやがんだ?」
呆れた片桐が再びドスをきかせる。片桐と目の前の少年を頭の中で天秤にかけた不良たちは、さすがに片桐には逆らえないと思ったのか、少年に対して向き直った。
「う、うらぁ!!」
そのうちの一人が勇気を奮い立たせ、鉄パイプを持って襲い掛かる。
振り下ろすパイプは少年の頭上に迫り……ながらも、ガキン、と金属的な音をたてて止まった。
繰り返すようだが少年の手には何も握られているようには見えない。そして、鉄パイプは何もないところで止まっているのだ。
「破ッ!!」
気合いの掛け声とともに鉄パイプが弾かれ、少年は腕を左に回す――剣道におけるいわゆる『面返し胴』の動作をとる。勿論腕は届いていないが、しかし不良は後方に吹っ飛ばされる。
それからは少年の独壇場だったと言っていい。襲い来る不良たちを、文字通り指一本触れず次々と薙払う。
まるで、その身に見えない脅威――烈風を纏っているが如く。
十数分後には、工場内で立っている人間は片桐と黒髪の少年だけになっていた。
二人の間に沈黙が流れる。
先に動いたのは少年の方だった。初めて防衛手段としてではない、攻撃のための攻撃。
左拳を握り締めると、振りかぶって片桐の顔面めがけて突き出す。
しかし、片桐は顔を横にずらすだけでそれを回避する。そして、右足を大きく踏み出しながらのストレート、次には踏み出した勢いを利用しながら上段に回し蹴りを放つ。
勿論片桐も、相手が相当の手練れであることは十分承知している。だから、この二撃が当たらないことも、すぐに反撃がくることも分かっていた。
だからこそ、回し蹴り回避からの下段薙払い蹴りを避けることができたうえに、ローキックを放つことができたのだ。
「ちぃっ……」
けれど、片桐の足は少年を捉えることはなく、その手前、何もないはずの空中で停止していた。
「……なんなんだよ、それはっ!!」
片桐は一旦バックステップで距離をとると、落ちていた仲間の木刀を拾って再度突進した。
少年はその様子を見て、右腕を上段に振りかぶる。
――あの見えない攻撃が来る。
片桐は瞬時に判断し、直線的に進むと見せ掛けて、少年が腕を振り下ろすと同時に横移動。当然のことながら、右腕は空振りした。
これで隙が出来たと思いきや、今度は左腕がサイドから片桐に迫る。
だが片桐は、これまであの見えない攻撃は右腕に連動していたことから、きっと右手に何か持っているのだろう、と推測した。
だから左腕に気付いた時、腕の攻撃範囲分しか退かず、カウンターを狙ったのだが……、
それは見当違いだったようだ。
「……っ!!」
気付いた時にはもう遅い。いつの間にか左手に持ち替えられていた何かによって、片桐の体は10メートル程吹っ飛び、壁に激突した。
痛みに耐えながら目を開くと、目の前には黒髪の少年。
そして間もなく、首筋の辺りに、全身から疼く痛みとは対照的な、ひんやりとした感触がはしる。
そう、それはまるで刀を突き付けられているような――
「『葉桜の紅い狂気』…とかいったか、おまえは」
痛みと首筋にある感触で動くことのできない片桐は、返事さえできず、ただ敵意のこもった目で少年を睨むしかなかった。
「おまえがこの当たりで何をやろうと知ったことじゃない。だが、葉桜三中には手を出すな。わかったか?」
言いながら、首に当たる何かの力が強くなる。身の危険を感じた片桐は、素直に頷いた。
「……そうか。分かればいい」
最後にそう言い残すと、案外あっさりと少年は去っていった。
その様子をただ見ていることしかできなかった片桐だったが、はっと我に返り、学生ズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、どこかに電話をかけだした。
2,3回のコール音の後、受話器から聞こえたのは、柔らかな物腰の男の声。
「どうされました? 『紅い狂気』さん?」
「……なぜ『冷たき烈風』に俺らの居場所がバレたんだ?」
「それは貴方が烈風さんにリベンジがしたいと、そう仰っていましたので、烈風さんに情報を流しておいたのです」
「……本当のところはどうなんだ?」
「先程の回答を繰り返しますが?」
「そうかよ……。んで、あいつァ何なんだ。あの見えない攻撃は」
「ご存知ありませんでしたか? 『冷たき烈風』という二つ名の由来を」
「知らねぇな」
「烈風さん……凩やみよの家には、代々伝わる宝刀なるものが存在します。それは『誘凪』と呼ばれる刀でして、なんでも、刀身から柄・鍔・鞘にいたるまで全てが不可視の特殊な鉱石で精製されているそうです。それから繰り出される斬撃は、まさに風の如く、速くてなおかつ見ることができない。それに烈風さんの名字『凩』をかけて呼ばれるようになったのが、今の二つ名だとか」
「長ったらしい説明ありがとよ」
「いえいえ。……おっと、本家から訪問者の方がいらっしゃいましたので、これにて失礼させていただきたいのですが」
「アンタらも大変だな、色々と。……なぁ『渡瀬組』さんよ」
「そちらこそ。では、これにて」
「ああ」
電話を切った後、片桐は先程の説明を思い出していた。
あの見えない攻撃は、刀によるもの。しかし、片桐やその他不良達に切り傷は一つとして見当たらない。
ここから導き出される答えは一つ。
手加減されていた。峰打ちという方法で。
「許さねぇ……」
その結論まで至った片桐は、無意識のうちに拳を堅く握り締めていた。
バトルって難しいですねぇ……。とかいう呟きは置いといて。
次回からはやっとコメディー復活します!!
一番嬉しいのは作者自身です。ええ、僕ですとも。