第35話:Remember My Past....four
「あっ。おはよ、前園くん。今日は早いね」
「目が覚めちゃってね。……というより、寝れなかったのかな」
「……奈央ちゃんはどうしてる? 今一緒にいないっていうことは、今日学校には来ないんだね……」
「いや、僕が家に行った時にはもういなかったな。佐代井はナオを見た?」
「全然。……ってヤバくない!? もしかして……」
と、佐代井はその続きの言葉を飲み込んだ。誰だって想像したくもないだろう、その先は……。
佐代井との間に沈黙が流れた時、勢いよく教室のドアが開いた。
「おい! タカ介っ!!」
「いや、孝介だから。岩槻」
「漫才をしてる場合じゃない! 今、屋上で……奈央が、奈央が……」
「うそ!? 屋上!?」
佐代井の表情に緊張が走った。『屋上』、それに岩槻の焦った様子を見れば、何がどうなっているか容易に見当がつく。
「わかった。僕はすぐに行く。岩槻、案内して! 佐代井は先生を!」
「うん! ……前園くん、奈央ちゃんを頼んだよ!」
そう言い残して佐代井は職員室に向かって行った。
僕は岩槻他数人いたクラスメイトと共に屋上を目指して走り出した。
「ここ?」
僕の問いに岩槻は首肯で答えた。いつもは施錠されている扉の南京錠が完膚なきまでに壊されていることから簡単に想像できるはずだけど、やはり僕は緊張してるのだろう。
「…………よし」
意を決して扉を開くと、まず感じたのは鼻をつく匂い。そして屋上の真ん中で扉に背を向け佇む、一人の女の子。
「ナオっ! 何やってんだ!?」
「奈央ちゃん!!」
その姿を見るやいなや、僕らは駆け寄ろうとした。けれど……、
「来ないで!!」
ナオの叫びによって止められた。その右手には…………マッチ箱。
そして気付いた。屋上には半透明のポリバケツが多数散乱していることに。この臭気の元は、辺りにぶちまかれた灯油によるものだということに。
「ちょっと、これ……」
他のクラスメイト達も驚きと戸惑いの表情を隠せない。
それに迂闊に近寄れば、ナオが火を付けてしまう可能性がある。
だから僕らは、屋上の入口で立ち止まったまま動かなかった。
――動けなかった。
岩槻他クラスメイト達も、打開策を考えているというよりは、ただナオがその行動を止めるよう祈り願っているように見える。
その後階段を駆け上がる音が聞こえ、佐代井が担任の先生を連れ立って来たのだが、同じように駆け寄ろうと一歩踏み出して、そして、踏み出したままだった。
「今藻! 待て! そんなことをして何になるんだ!!」
「そうだよ奈央ちゃん! 死んじゃやだよ!」
「私たちにできることなら何でもするから!!」
ナオの小さな背中に投げ掛けられる言葉。が、必死の説得も虚しく、
「あ、あたしの……」
震えた声で。
「あたしの何が分かるっていうの!!」
「えっ……」
しかしはっきりと言い切った。
「……知ってる? そうやってあたしを助けようとするのが、あたしにとって一番辛いの! みんなに迷惑をかけてるって思うと、なんだか自分が無力に感じて胸が張り裂けそうなの! わかる? この気持ち。わかるわけないよね。自分の存在価値が無いって気付いたあたしの気持ちが!!」
隣にいる岩槻の顔を見る。
屋上の扉を開けた時と同じような、驚きと戸惑い。しかし、今は戸惑いの色が強い。
ナオの言っていることは無茶苦茶だ、とでも言いたそうに。
しかし、これはナオが感じていること。
いくら理屈が通っていなくたって、真実は真実。
ナオが死のうとしているのも――また、真実。
だからもう、理屈の言い合いはやめよう。
何が正しいかなんて、本当は誰にもわからないんだから、自分が正しいと思う道を。
僕は小声で「先生達はここにいてください」と一言言って……
「来ないでよ」
一歩前に踏み出した瞬間、ナオが言った。
思わずどきりとしたが、ナオは後ろ向きのままだし、足音は極力たてないようにしたはずだからタイミングが良かっただけか。
「今、来ないで。あたしは、みんなを巻き込みたくないから」
そう言いながら、ナオはそばにあったポリバケツを持った。
その中にはまだ中身が入っていたようで、若干バランスを崩しながらも、ナオはそれを頭の上に。そして、中の透明な液体をゆっくり体に垂らし始めた。
乾いた髪に、染みがじんわりと広がってゆく。次には着ている服にも。
『おいっ、その制服どうした!? ズタズタじゃないか! 誰にやられた!?』
『いやー、いつの間にかこんなことになっちゃってた。あははー』
『あははー、じゃない!!』
『ま、いいじゃん! 明日からは体操服登校だよ? なんか遠足みたいだねっ!』
『ナオ…………』
その体操服も今、液体によって浸食されていっている。時間とともに着実に。
だが、僕も音をたてないように、一歩一歩慎重にナオに近づく。
けれど、まだ距離があるというのに、ナオは手にしていたポリバケツをポイと投げ捨て、ついにマッチ箱をあけた。
マッチ棒を一気に三本取り出し、少し躊躇ってから三本同時に火を付ける。
「くそっ……!!」
こうなったら仕方がない。もう足音などは気にもせず、全力でナオに向かって走り出した。
灯油のピチャッピチャッと跳ねる音に気付きナオが振り返る。
「こ、来ないで!!」
ナオの手で燃え盛る小さな炎が揺らめく。ナオの動揺を表すかのように。
「来たらこーちゃんも死んじゃうんだよ! だから、来ちゃ……」
脅しというよりは懇願に近いナオの言葉が耳に届く。
が、僕はそのまま走り続け、ついにナオの目の前にたどり着いた。そして、
「こんなことはやめろ!!」
そう言いながら、マッチを持った方の手首を思いっきり掴む。
これで一安心かと誰もが思った、その時だった。
「あっ……!!」
手首を掴まれた勢いで、燃えているマッチ棒がナオの手からこぼれ落ちた。
時間がゆっくりと流れるような感覚。まるでビデオをスロー再生しているかのようだ。
僕は咄嗟に『少しでもこの場から離れる』、それだけの思いで、ナオの掴んだ手を思いっきり引っ張った。
次の瞬間。
ゴオッ!! という爆音とともに、屋上は真っ赤な炎に包まれた。
その後。
僕とナオは偶然灯油がまかれていない場所に倒れこんでいたらしく、無傷だった。
しかし、周りの状況は一変した。
まずナオの私室から、これまで犯人だと疑われてきた苦しみを切々と綴った遺書が発見されると、これまで騒ぎ立てていたマスコミが態度を豹変させ、互いに責任のなすり付けあいを始めた。
また、ナオの自殺未遂を受け、警察もようやく本格的に捜査をしはじめた結果、学校の裏庭にあるゴミ捨て場から、自殺した女子生徒のものと思われる遺書を発見。そして真犯人の逮捕となった。どうやら、ゴミ処理業者が一つだけゴミ袋を持ち帰り忘れたことが幸いしたらしい。
その真犯人の供述により、ナオが犯人でないと証明されたわけだ。
そして僕らは、平凡な、だからこそ幸せな生活へと帰っていったのだった。
更新がかなり遅れてしまい、本当に申し訳ありません。これからはこのような事がないよう努めます。