第34話:Remember My Past....three
更新遅れました、すみません。
――――――――――――――一年半前―――――――――――――――――――――
しつこく居座り続けたマスコミ取材班もやっと引き上げ、打って変わって静寂が支配する午前三時。
マンションのベランダには二つの人影。それらを淡い月明かりが照らしていた。
本来ならベランダにあるべき前園家と今藻家を隔てる仕切りは、両家の希望によりとうの昔に外されている。
だから、そこに佇む人影の間を遮るものなどない。
「………………」
「……………………」
「…………ナオ……」
なのに、近付くことができない。
この、たかだか2メートルの距離が――とてつもなく遠い。
伸ばしかけた手を、途中で引っ込めた。
近付けば、壊れてしまいそうな。
触れれば、崩れてしまいそうな。
そんな淡く脆い存在。
「………こーちゃん…」
「ん……?」
「こーちゃん………」
「…なに? どうしたの?」
「…こーちゃん………ねぇ、……こーちゃん…………こー、ちゃん……ね、ねぇ……こーちゃん、……………………こー、ちゃん……こーちゃんっ…!!」
ナオは光輝く満月を見上げたまま、堰を切ったように涙を流しはじめた。
どれだけ辛い目にあおうと、絶対に見せることのなかった涙。
それが今、満月に照らされて輝き、その大きな目からとめどなく溢れていた。
「ごめん、ね………。迷惑ばっかり……かけちゃって…。あたし……あたしの、せいで……、こんなことになって……。…嫌、だよね………? 目の前で、泣かれても……困る、だけだよね……?」
「そんな、ことは……」
「……こーちゃんの、おじさん…おばさんも、クラスのみんなも、先生も……、お父さんお母さんも、あたしがいるせいで………みんな、嫌な目にあって………、……あたしが……、あたしがいるせいで……っ!!」
――こいつは。こいつは、全て自分で背負いこもうとしてる。背負わなくてもいいモノを。一人では背負い切れないモノを。
重みに耐えきれないと知ってなお、背負っている。他人に背負わせるくらいなら自分が背負う、と。
「ねぇ……こーちゃん。あたし……今すっごく、
死にたいよ……。
生きてても、みんなに……こーちゃんに、迷惑ばっかり、かけるくらいなら、……あたしは…………」
「――!! おいっ!!」
いきなりベランダから身を乗り出そうとしたナオを見て、2メートルの距離を一気に詰めその両肩に手をかけることで、その衝動的行動を無理矢理止めた。
「何してんだ!? 危ないだろ!!」
「……ねぇ、ここから落ちたら、ちゃんと、死ねるかな……?」
マンションの四階。下はアスファルトの駐車場。考えるまでもない。落ちれば、十分、死ねる。
早まらせてはいけない。まずは落ち着かせよう。そう考えた僕は、軽く息を吸い、意を決して口を開いた。
「……あのな、これまでお前を逃がすために協力してくれた茅部や佐代井、岩槻とかはな、ナオを助けるためなら何でもするから、って自分たちから協力してくれたんだぞ。他の奴だって、嘘の噂がこれ以上広まらないように上級生の所にまで乗り込んでいるんだ。お前はそれだけ大切にされてんだよ。わかるだろ?」
「……あ…。…紗理奈……、みぃちゃん…、千璃っち……。………」
ナオの表情が揺らぐ。何よりも大切な友達の顔が浮かんだのだろう。
僕の言ったことは半分くらい嘘だ。ナオに嘘をつくことは後ろめたいが仕方がない。もし上級生のところにまで乗り込んでアクションを起こしていたのならば…………、いや。どちらにしろ至るところは変わらないか……。
「でも――――」
もうナオは泣いていない。何かを決意したようだ。腫れた目をまっすぐ僕に向け、頬の涙を手で拭い、そして言い切った。
「みんな大切な人だから。大切だから……これ以上迷惑はかけられない。
だからあたしは死ぬ。
そうすれば、この事件は――」
「ふざけるなッ!!」
気が付けば僕は怒鳴っていた。
一体何に怒っているのかわからない。本当に怒っているのかどうかすらわからない。けれど、怒鳴らずにはいられなかった。
「まだ分からないのか!? みんなはナオに生きて欲しいんだよ! 生きて生きて生きて生きて生きて、生き抜いて。この騒乱が終わった後の平穏な日々を、みんなで一緒に過ごすために! ナオは違うのか? 生きたくはないのか? これまで友達と過ごした時間は退屈だったのか? これからもずっと、僕らと過ごしたくはないのか!?」
そうやって一気にまくし立てた後、気が付いた。
ナオの大きな目の隅に、再び涙が溜まり始めていることに。
「…あっ……。その、えっと……、いきなり大きな声出してごめん……」
「いいから! 気にしないで! ホント、そう言ってくれたことが、嬉しいだけ、だから……!!」
ナオは笑っていた。
泣きながら、笑っていた。
「……うん。生きていたいよ。あたしは生きていたい。これからもみんなと楽しく過ごしたい。これまでのみんなとの時間は、すっごく、楽しかったから」
やっと。
やっと、その言葉が聞けた。
その言葉さえあれば。
その笑顔を守るためならば。
僕は、何だってできる。
「……けどさ、どうすればいいの? いつになったらこの事件は終わってくれるの?」
「終わってくれないなら、こっちから終わらすだけだよ。それにナオの無実も証明しなくちゃいけないし」
「どうやって?」
「そうだな……。『自殺』でもしてみるか……?」
「えっ……?」
「つまりね…………」
頑張ろう。
少しでも早く、平穏な日々を取り戻すために。
やってやろうじゃないか。
何よりも大切な人を、
誰よりも大好きな人を、
これ以上傷付かせやしない。