第28話:仕方ないじゃん、夏だし
「あづ〜」
夏の強い日差しが僕を襲う。
そんな日にはアイス! と思い冷凍庫を勢い良く開けたは良いものの、中には保冷剤すら無かった。
仕方なくコンビニまで買いに行ったが、この暑さと田舎ゆえの全く便利ではない距離。むしろ買いに行かない方が楽に過ごせたかもしれない。
「ただいま〜」
そう言って家に入る。しかし返事はない。
母さんは多分買い物にでも出かけたのだろう。
「鍵をかけずに随分と無用心だな…」
ま、この平和なお気楽さが田舎の良いところでもあるんけどね。
そんなことを思いながら自分の部屋のドアを開ける。
冷房の効いた部屋の床の上で、一人の女の子が寝転んでいた。
「あ、こーちゃん。おかえり〜」
幼馴染、今藻奈央。
「……なんでおまえがここに?」
暑さにやられて僕の頭も、ついに幻覚を見るまでになったか? いや、これは現実だ。自分の目を信じろ。
「今日から泊まるから」
「はぁ?」
「お世話になります」
「はあぁぁ!?」
「そういうことで!」
そういうことらしかった。
「って、許可くらいとれよ!」
と当然の疑問をぶつけてみたのだが、ナオはさも不思議そうな表情で返した。
「とったけど? 三日前に電話でおばさんと話したよ?」
「三日前って、サッカーの試合の日じゃん! つーか、聞いてないんだけど!?」
母さん、そんなサプライズドッキリはいらないから。
僕にも心の準備というものがですね…。
「とりあえずー」
ナオは倒れた姿勢のままゴロゴロと転がって僕の足下に来て、下から見上げながら言った。
「アイスちょーだ「ない」」
だいたい言いそうなことは分かっていたので、即答。
「えー! 買いに行ったんじゃないの!? おばさん言ってたよ!?」
「持って帰ったら溶けるだろ? もう食べたよ」
「それじゃあ今から買いに行きましょうぜ!」
「……僕に死ねと?」
せっかく冷房天国に帰って来たというのに、また灼熱地獄に逆戻りなんてまっぴらだ。
……うん? どっちにしろ僕、死んでないか?
日本語って不思議。
「行くなら一人で行けよ」
「薄情者〜。あたしが、ここに来るまでにどれだけ苦労したと思う? ホラ、かさぶたが二つ増えてる」
「三日前よりかは四つほど増えてないか?」
「あっ、こっちのは二日前に……」
などと、家で絨毯に引っ掛かってこけた事から始まる惨劇を延々と語りだすナオ。
それを聞く限りに於いて、ナオが今、包帯ぐるぐるミイラ状態でないのが不思議なのだが、そんなことは置いといて。
買い物か……。まぁ、
「分かった分かった。コンビニに行こう」
ナオの笑顔が見れるなら、そのくらいいいか。
「お。さっすがこーちゃん。物分かりがいい」
大丈夫、奢ってくれとは言わないから、と付け足すナオ。
母子家庭である僕ん家の財政を気遣ってくれているらしい。
なんだかんだ言っても、心配りができる良い奴なのである。
「別にそのくらい奢るよ」
「遠慮しない! あたし、お小遣い貰ったばっかりだから!」
「さいですか……」
結局勢いに負けた僕。
一人の男としては奢りたかったけど、決して裕福ではないのは確かなので、その厚意に甘えておくことにする。
「さて」
そう言いながら、ナオはやっと起き上がった。
……嫌な予感。
「おわっと!」
案の定、立ち上がろうとしてバランスを崩し、僕の方に倒れこんできた。
「うわっ」
が、残念ながら身体の方が追い付かず、僕は倒れてくるナオを体で受け止めるしかなかった。
この状態を至極客観的かつ簡潔的に描写するとしたら、そう。
『抱きつかれている』!?
「あわわわわ! ご、ごめん!」
「い、いや。怪我ない?」
「だいじょぶだいじょぶぐっじょぶ」
慌てて離れたナオの顔は歩行者用信号機の如く、青くなり、そして真っ赤に染まった。
見ることはできないが、頬が熱いので、多分僕もこんな色の顔になっていることだろう。
「え〜と……、なんでだろ? 暑いね。すごく暑い」
「うん。アツはナツいからね」
「そうそう、夏は暑いよな」
冷房の効いた部屋で、僕らは頷きあった。
この展開に正直イラっときた方。その怒りは孝介に思う存分ぶつけてください。ええ、決して作者の責任ではありませんので。決して。