第9話:味方はどこかに必ずいる
「……と、こういうことが学校であったんです。」
「そうだったんですか…」
柴村母は息子から何も聞いていなかったようで、ひと通り説明しなければならなかった。
「あの、本当にすいませんでした。私があんなことしなかったら…」
「気にしないで下さい。あなたは本当の事を知ろうとしただけ。何も悪くないんですよ。それなのにうちの子が…。
こちらこそ申し訳ありません」
「いえ、もとはといえば私が…」
「いえいえ、悪いのはこちらです…」
「いえいえいえ、悪いのは私で……」
「いえいえいえいえ、うちの息子が………」
「…………」
何なんだ、この謝罪スパイラルは。
埒があかないので、僕も口を開くことにした。
「柴村さん。お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「いえい……え? あ、はい。なんでしょう?」
イエイ?
「僕の知りたいことはひとつです」
「はい」
「琢人くんの父親は、
柴村廉人ですか?」
その言葉に、空気が固まる。
柴村さんは答えた。
「その通りです」
「……わかりました。ありがとうございます」
それが判れば十分。
「柴村さん。これから、どうされるんですか?」
海梨ちゃんの問いに、残念そうな顔をし、
「また、引っ越そうと思います。今度はもっと遠くに」
と答えた。
バレてしまった以上、仕方がないのだろう。
すると、その時、
「ただいま〜」
と、誰かが帰ってきた。
――誰か? そんなの一人しかいないじゃないか。
「今日も部活楽しかっ……あ゛あぁ!!」
「「……おじゃま、して、ます…」」
そこに立っていたのは、制服姿の柴村琢人だった。
海梨ちゃんは家に帰り(僕が帰るように言った)、残ったのは僕と柴村琢人くん。
「学校に行ってるって嘘ついてたの? お母さんを心配させないために」
「……そうだよ」
「だから、部活に行った振りもした」
「ああ」
「……学校、来ない?」
と、訊いてみるが、いかねぇよ、ときっぱり返された。
「もう、引っ越すみたいだしな」
「……柴村くんはさ、お父さんのこと、どう思ってるの?」
聞いてはいけない気もしたが、訊かずにはいられなかった。
「親父か。俺にとっては、いい父親だったよ」
「いい父親…」
「殺人犯だけどな」
フフ、と自虐的に笑う柴村くん。
「親父の唯一の形見が、このカッターだ。他の物は全て警察に持ってかれた」
そうやって取り出したのは、あの時のカッター。
持ち手の部分は古く、とても使い込んでいるように見えるが、刃は全くサビのない輝く銀色だった。
「形見って、まだ死んでないんだろ?」
「死んだも同然だよ。あんなことをすれば」
死ぬ。死刑。
「学校に来ようとは思わないの?」
「思わないな。俺には味方がいないから…」
味方? 柴村くんは気付いてないの?
「――僕は柴村くんの味方だ」
「…………」
「海梨ちゃんも。ひのでちゃんも。他にもたくさん」
「………………」
「な?」
しばらく沈黙が続く。
勿論、『他にもたくさん』というのは嘘だ。
悪意ではない。本音を聞き出すための、方便。
何秒、何分、何時間、経っただろう。
陽はもう地平線の向こうに沈み、あたりは薄暗い闇に包まれている。
そんな中、
やっと、
「俺だって…」
震えた声で、呟いた。
「俺だって、学校に行きたい…。みんなと同じように楽しみたい」
「だったら来いよ」
「でもどうしろって言うんだよ!!」
柴村くんは叫んだ。
「みんな、知ってるんだ! 俺の親父が殺人犯だってことを!」
「いいや、知らない」
僕は答える。
「みんなは、殺人鬼の息子だという決定的な証拠を持っていない」
「だからどうしたってんだ! 俺の親父は殺人鬼なんだ! その事実は変わらない!!」
「そのとおり。でも、柴村くんはそのことを誰かに話した?」
「話してはいないけど…」
「なら大丈夫。」
「どういうことだ…?」
事実は変えられない。
他とは替えられない。
何にも代えられない。
残る手段はただひとつ。
「事実を、捻じ曲げる」