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グレイトエスケープ

「宿題忘れたー! コウ助けてー!」


 三時間目の終わりになじみが泣きついてきた。


「宿題なら昨日の夜一緒にやっただろ。なんで忘れたんだ」


「終わったあと、ちゃんと机の上に置いておいたんだよ? だけど、寝る前にドラマを見はじめたらすっかり忘れてそのまま寝ちゃって……」


 いつも通りの理由だった。

 まあわかってたけどな。


 ちなみに次の授業は数学。

 宿題はいつも授業の最初に集め、その解説をしながら授業を進める形式だ。

 そして休み時間はあと5分。

 今から書き写したとしても間に合うはずのない時間だった。


 なじみがうつろな目つきになる。


「そうだ、ハワイいこう」


 現実逃避をはじめていた。

 しょうがないな……。

 俺は苦笑を浮かべつつ、ため息とともにつぶやく。


「そんなに嫌なら、次の授業はサボるか」


「えっ、いいの?」


 驚いたように振り返る。


「俺はまじめに授業受けてもいいんだが……」


「ううん! 数学なんてサボっちゃおー!」


 さっきまでの落ち込んだ様子が嘘のように消えて、満面の笑みに変わった。

 あまりのわかりやすさに思わず苦笑してしまう。


 さっそく教室を出ようとする俺たちを志瑞が振り返る。


「二人ともどうしたの。授業もうすぐだけど」


「なじみが宿題を忘れたらしい」


 それだけで色々と察してくれたようだ。


「あーはいはい。じゃあ適当に保健室にでも行ったといっとくよ」


 理解の早い委員長で助かる。

 持つべきものは悪友だよな。


「悪いな。上手く言い訳しといてくれ」


「おみやげよろしくね」


「オッケー!」


 なじみは簡単にオッケーしていたが、校内でお土産なんてどうするつもりなんだろうな。




 四時間目開始のチャイムを聞きながら、俺たちは旧校舎の廊下を並んで歩いた。

 ここらへんはほとんど人も来ないのでサボリにはもってこいの場所だ。


 それにしても、授業中の廊下を歩くのは不思議な気分になるよな。

 休み時間はいつも騒がしいから、話し声ひとつしない廊下というのがすごく特別なものに感じる。

 今の時間は体育もないため、別世界に迷い込んだのかと思うほど静かだった。

 まるで学校内には俺となじみの二人しかいないのではと錯覚しそうになる。


「コウって優等生のくせに、けっこうアタシと一緒に授業をサボってくれるよね」


「成績がいいだけで、優等生ってわけじゃないからな」


「でもその成績はけっこういいでしょ」


 確かに成績なら上位五十人には入っている。

 でも、成績がいいのは家の方針でそうしないといけないからで、別に勉強が好きなわけじゃない。


「だいたい、成績がいいだけで優等生になるなら、なじみだって優等生だろ」


 こうみえてなじみの成績は俺と同じくらいだからな。


「いつもコウに勉強教えてもらってるからだね」


「まあ俺も授業をサボれて楽しいからいいよ」


「アタシ、コウのそういうところ好きだな」


 笑顔でさらっといってくれる。

 俺もなじみのそういうところが好きだよ、とはさすがに恥ずかしくていえなかった。


「はいはい、ありがとう」


「あー。なによそれ。全然感謝の気持ちが感じられないんですけど?」


「むしろなじみが俺に感謝すべきなんじゃないか」


「確かにそうかも。いつもお世話になっております」


 ぺこりと頭を下げる。


 なじみとは家が近く、小学校に入る前からの幼なじみだ。

 家族同士の仲は良くないを通り越して冷戦状態なんだが、なぜだか子供の俺たちは気が合ったんだよな。

 お互い家が嫌いでよく家出していたから、似たもの同士ということで仲良くなれたのかもしれない。


 なじみとはいつも一緒に勉強していたし、ノートを貸すこともしょっちゅうだし、忘れ物をしないように前日に一緒に確認することも多い。

 なんだったらビデオ通話をしながら一緒にやることだってある。

 それでも今日みたいに忘れるんだけどな。


 でも、俺一人だったらこの静かな別世界に来ることはなかっただろう。


 なじみはいつもそうだった。

 いつも笑顔で、軽やかにあっさりと、俺を知らない世界に連れて行ってくれる。

 そりゃまあ面倒なことや、腹の立つことだっていっぱいあったけど、同じくらいに楽しいことも多かった。


 それらはどれも、俺一人では経験できなかったものだ。


 確かに俺は人より少しは頭がいいかもしれない。

 でもそれだけだ。

 なじみのように周囲を楽しませることはできない。


 俺の毎日が楽しかったのは、いつでもそばになじみがいてくれたからだ。


「こちらこそいつもありがとう」


 なじみがきょとんとしてを俺を見た。


「なにが?」


「いや、なんでもない」


「えー、なにその言い方。余計気になるんだけど」


「気にするな」


「気にするなっていわれたら余計に気になるでしょ!」


 確かにそうか。

 だからといって理由を説明できるわけないんだけどな。


 教えて教えてとなじみが騒いでいたからか、旧校舎に響くもうひとつの足音に気が付くのが遅れてしまった。


「二人とも、授業中ですよ」


 どうやら見回りの先生に見つかってしまったようだ。

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